鍵谷シナリオブログ

【シナリオブログ】龍は左手でサイを振る④

凛の回想。
賭場でツボを振る凛。
客たちが賭け金をはる。
凛(N)「娘は賭博にのめり込み始めた。最初は一座の為にと思ってやっていたが、いつの間にか、賭博、そのものが楽しくなっていったんだ」
凛がツボをあげると、大勢の客たちが悲痛な顔をして天井を仰ぐ。
それを見て、ニッと笑う凛。
×     ×      ×
凛「ある時、変わった客が来た。その客はその賭博師が欲しいと言ってきたんだ」
新兵衛「その人自身を、ってことですか?」
凛「まあ、引き抜きってやつだな。良い賭博師がいれば、その賭場は繁盛する。そう珍しい話じゃない」
新兵衛「……」
凛「賭場の方も、その賭博師を引き抜かれては困るからな。もちろん、話しはこじれる」
新兵衛「本人の意思はどうだったんですか?」
凛「馬鹿。そう簡単に移るなんて言えるわけねえだろ。一応、スジってもんを通さないといけないわけだ」
新兵衛「それで、どうなったんです?」
凛「……賭けで決めることになった」
×     ×      ×
凛の回想。
暗い部屋。
ロウソクが一つだけ点っていて、炎がゆらゆらと揺れている。
凛が黒い影と向かい合って座っている。
凛(N)「相手はどこかのお偉いさんで、顔を見られるわけにはいかないらしい。と……娘は聞いていた」
ロウソクの火は弱く、凛は相手の顔が見えない。
凛(N)「その勝負は膨大な賭け金が積まれていた。勝てば五割を貰えるって約束だったし、その賭場は気に入っていたからな。その娘は賭けに負ける気はなかった」
ツボを振る凛。
凛(N)「勝負は呆気ないほど簡単についた。大勝負がこんなもんで良いのかって肩透かしにあった気分だったよ。……でも」
賭場の戸が開かれ、光が入ってくる。
凛が向かいの相手の顔見て、愕然とする。
凛の父「……凛」
凛「親父……どうして?」
賭場の若い衆が入ってきて、凛の父を連れて行く。
若い衆「来い!」
凛「……(呆然として)」
×     ×      ×
凛「父親は必死に娘を探し、ようやく賭博師になった娘を見つけた。娘を解放してもらおうと賭場の胴元のところに駆け寄ったらしい。が、そう簡単にいくわけがない。それでも、父親は諦めず、膨大な借金をして勝負に挑んだ」
新兵衛「お父さんはどうなったんですか?」
凛「盗みや殺しを強要されて……随分と汚い仕事もさせられたみたいだ」
新兵衛「……」
凛「娘は娘で、父親を解放してもらうために、借金分を返そうと必死に賭場に出た。……えげつない勝負もしたよ。一家心中なんてものも何度も見てきた……」
新兵衛「……凛さん」
凛「その娘は父親を助けるためだと言い聞かせて、自分の心を誤魔化した。それで、ようやく父親の借金を返せるくらいの金が貯まった時だった……」
新兵衛「? どうしたんですか?」
凛「毒を飲んで自殺したんだ。人を楽しませるために教えた技術を、娘は人を死に追いやるために使った……。そのことに耐えられなかったんだろうな」
新兵衛「……」
凛「それ以来、その娘は賭博を嫌い、旅芸人になった……。笑えない話だ」
新兵衛「……すいません」
凛「は? なんでお前が謝るんだよ」
新兵衛「賭場をずっとやっていた僕の顔なんて、見たくもないですよね」
凛「……賭場を取り戻したいか?」
新兵衛「え?」
凛「父親がずっと守ってきた賭場、どんなことをしてでも取り戻したいと思うか?」
新兵衛「例え、命に変えても」
凛が新兵衛の頭をガンと殴る。
新兵衛「痛い! なにするんですか!」
凛「いいか? 二度と賭博で命をはるなんて言うな!」
新兵衛「あっ……すいません」
凛「賭博で失った物は、賭博で取り返す」
新兵衛「……はい」

〇 新兵衛の家
居間。
凛と新兵衛が畳を挟んで向かい合って座っている。
畳の上にはサイコロとツボがある。
凛「龍鬼がなんで、お前のサイの目が読めるのか……わかるか?」
新兵衛「(首を振って)サイコロもうちのものを使いましたし、ツボもいたって普通のものでした」
凛「ありゃ、イカサマじゃねえ。技術だ」
新兵衛「一体、どうやって……」
凛「音だ」
新兵衛「音?」
凛「あいつ、お前がツボを振る時、目をつぶってただろ?」
新兵衛「……」
×     ×      ×
新兵衛の回想。
新兵衛がツボを振り始める。
龍鬼が目を閉じる。
×     ×      ×
新兵衛「はい。確かに」
凛「あれは、サイがツボの中で、どう転がったのかを音で聞き分けているんだ」
新兵衛「音で……」
凛「相手がツボにサイを入れる瞬間、どの目かを見ていて、あとはツボの中でどう転がったかを音で聞き取る。そうすればサイの目は何かが手に取るように分かるってことだ」
新兵衛「そんなこと、できるんですか?」
凛「できなきゃ、お前は勝てない」
新兵衛「……」
凛「が、音を聞き取れるようになって、ようやく互角だ。それじゃ、あいつには勝てない。経験値はあっちの方がずっと上だからな。勝負が長引けば完全に不利だ」
新兵衛「じゃあ……どうすれば」
凛「ツボの中で不規則な音を発する」
新兵衛「どうやってですか?」
凛「見てろ」
凛がサイコロを掴み、ツボの中に入れる。
空中でツボを振る際、ツボの中でサイコロ同士をぶつける。
そして、素早くツボを畳の上に置く。
凛「分かるか?」
新兵衛「……はい」
凛「いくらあいつでも、始めての技には対応できない。奴は、完全に読みと勘に頼るしかなくなる」
新兵衛「でも、それって……」
凛「そうだ。逆に言うと、一回しか通用しない。その一回で確実に決めないとお前の負けだ」
新兵衛「……わかりました」
新兵衛がサイをツボに入れて振り始める。

〇 同・夜
こそっと台所から食べ物を漁っている凛。
きゅうりの漬物を見つけて、かじりながら部屋に戻ろうとする。
新兵衛の部屋からロウソクのあかりが漏れている。
そっと覗くと新兵衛が必死にツボを振っている。
凛「(ニッと笑う)」

〇 同・昼間
新兵衛がツボを振っている。
凛「違う!」
凛に頭を殴られている新兵衛。

〇 同
外は大雨。
凛が昼寝をしている横で、必死に特訓をしている新兵衛。

〇 同
凛がツボを振る。
凛「……どうだ?」
新兵衛「イチニの半」
ツボをあげるとサイコロの目は『一』と『ニ』。
凛「……よし! 次」
新兵衛「はい」
新兵衛がツボを振る。
ツボの中で、二つのサイコロが何度も弾ける。
ツボを畳の上に置く。
凛「よし!」
新兵衛「(ニッと笑う)」

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