【Web小説】僕は結婚したくない⑩

NO IMAGE

月曜の昼。
青手木家を見上げる。
うむ。やっぱりデカイ家だ。
僕は昨日のデートで青手木の本気度がわかった。それで、なにをしなければならないかも。
婚姻届。これが全ての始まりであり僕を苦しめる根源となるものだ。つまり婚姻届さえなんとかすれば状況は変わるはず。青手木だって婚姻届がなければ強くは出られない……と思う。
だけど、面と向かって婚姻届をよこせと言ったところで素直に渡してくれるとは到底考えられない。
だから、青手木の部屋に侵入して婚姻届を始末しようという作戦を立てた。
事前に婚姻届は青手木の机の中にあるとリサーチ済みだし、今、青手木は僕の部屋を荒らしている……いや、掃除してくれているから、家にいないことも確認済みだ。
よし、行くか。
僕は青手木家の裏にまわって塀をよじ登る。
……あれ? もしかしてこれって犯罪か?
ふと、そんなことが頭をよぎる。
確か、不法侵入ってやつだよな。捕まったらどうなる?
……いや、僕の人生がかかってるんだ。少し位のリスクを負うのはしょうがない。
僕は塀の上から青手木家の敷地内を見渡す。
どうやら番犬のドーベルマンはいないようだ。
こういう家って獰猛な犬がいたりするんだよなあ。よく映画とかで見かけるし。その対処法としてポケットには犬缶が入っている。
僕は塀の上から跳んで敷地内へと着地する。
おお。すごい良い芝生だ。着地した時の衝撃がほとんどなかった。まるで綿毛の上に降りたような感覚だったぞ。
……言い過ぎか。
塀から十メートルくらい芝生が続いていた。ところどころに大きな気が植えてあって、よく手入れされていることもわかる。
さて、どこから入ろうかな。
ウロウロと歩いているとあるものが目に入る。
「うおっ! プールだ!」
思わず声が出てしまった。
外にプールがあるなんてテレビ以外で見るのは初めてだ。
プールの部分には屋根があり、よくリゾートとかで見る椅子(水着のお姉さんが座るやつ)なんかも置いてあった。
うーん。青手木がこれに座ってトロピカルなジュースを飲んでいる絵がまったく思いつかない。おそらく青手木自身は使ったことないんだろうな。
そんなことを考えていると偶然、窓が開いているところを見つけた。
チャーンス!
僕は二三度辺りを見渡した後、素早く内部へと侵入した。
罪悪感と高揚感が僕を包む。
おお。なんかスパイみたいだな、僕。……あれ? 罪悪感はないかも。
さて、上手く侵入できたのはいいが困ったぞ。
右を見ても左を見ても廊下が続いている。
ドアもない。しかも、こんなところに誰かがきたら隠れるところもないし。
一気に心臓の鼓動が大きくなる。さっきの高揚感も吹き飛ぶ。
僕は慎重に左に進む。こういう時は左手に沿ってあるけば良いとゲームの攻略本に書いてあった。
いや、ホントにダンジョンみたいだな。青手木の家って。
五分ほど廊下を進むと、階段を発見する。
上への階段と下への階段。
ここは一階なので下に行くということは地下ということだ。
まさか青手木の部屋が地下ということはないだろう。いじめじゃないんだからな。
僕は階段を上っていく。
いい加減だれかと会うんじゃないかと思っていたが、まったくその心配はなかった。
全然人気がねえな。まさか青手木、メイドがいるって嘘をついたのか?
らせん状の階段を上り、二階へと到着する。
二階も広く長い廊下が続いていた。
一階と違うところは何個かドアがあるというところだ。
どうしようかな。
僕は左右を交互に見る。
青手木に部屋の場所を聞いておけばよかった。
……いや、そんなことをしたら怪しまれるか。とにかくしらみつぶしに行くしかないよな。
左側の一番近いドアを開ける。
その部屋は何もないガランとしていた。明らかに誰も使ってない部屋。そのくせ僕の部屋とリビングがすっぽり入るくらい広い。
もったいねえなぁ。
ドアを閉めて隣のドアを開く。
また同じく何もない部屋。
ちっ、ハズレか。宝箱くらい置いとけよな。
……まあ、モンスターがいないだけマシか。
そんなことを繰り返しながら三十分ほど経過する。
いや、ホント半端ねえ広さだな。青手木家は。
二十くらいの部屋を覗いたが、その全てが外れだった。
誰も使っていない部屋ばかりで、まるでここは廃屋じゃねーのかと思ったほどだ。ただ、使っていないとはいえ掃除はしてあった。
なるほど。青手木家にはちゃんとメイドがいるんだな。
あいつが掃除してるなら綺麗になってるわけない。
それにしても、ホントもったいない。一部屋くらいくれよ。……おまけで青手木がついてくるならいらねーけど。
ようやく最後のドアの前へとたどり着く。
……最後の最後かよ。ホント僕って運がねーよな。
ドアノブをつかんで勢い良くドアを開く。
「……」
ガランとした部屋。
今までの部屋となんら変わらない部屋だった。
えーと。もしかして青手木の部屋って無いのか? あいつ、家の中でいじめられてるのか? 家主なのにメイドにいじめられるって……シュールだろ。ってか、クビにしろよ。そんなメイドたち。
……わかってる。
どうせ青手木の部屋は地下なんだろ?
今、考えてみると、あいつの部屋は地下という方が妙にしっくりくる。が、ただ信じたくないだけだ。
また地下まで降りて今の作業を繰り返すと思うとげんなりする。どうせ地下だって嫌がらせのように広いに決まってるし。
ふと、無表情の青手木の顔が頭に浮かんだ。
……イラァ。
うわ、やべえ。マジで殺意湧いたぞ。
……逆恨みもいいところだよな。部屋がデカいのは青手木のせいじゃないのに。
ため息をついて階段の方へと戻る。
くそ、地下か。ホント、ダンジョンを攻略している気分になってきた。
仕方なく階段の方へと歩いている時だった。
僕は信じられないものを発見する。
嘘……だろ。
さっきはドアを開けるために後ろをよく見てなかったから気づかなかったのだが……。
「階段……」
それは三階へと登る階段だった。
「うう……」
思わずその場で四つん這いになる。
涙で床が歪んで見える。
いじめか? 一体、青手木は僕をどこまで苦しめれば気が済むんだ。
ち、ちくしょう……。月見里さん、僕はどうすればいいんだ。
脳裏に月見里さんの元気な笑顔が浮かび上がる。
よし、頑張ろう。
僕は涙をグイっと拭って立ち上がる。
いつもそうだ。月見里さんは僕に勇気を与えてくれるのだ。
僕は顎に手を当てて階段を見つめる。
さて、どうしようか。
地下か三階か。
確かに青手木は地下が似合う。が、冷静になって考えろ。家の主が地下に住むって……。
無いだろ。
例え、青手木が地下に住みたいと言ってもきっとメイドさんたちが止めるはずだ。うん。そうだ。そうに違いない。
僕は三階への階段に足を踏み出した。

うん。わかってた。
まあ、そうじゃないかなって思ってたよ。
だから、別にショックじゃねーよ。ホントに。いや、マジで……。
三階へとたどり着くと、そこには二階と同じような光景が広がっていた。二階と三階の写真を撮って並べられたら、どっちがどっちかの判別もつかないだろう。
ああ……視界が歪む。
いや、泣いてねーよ。これは血の汗だ。
月見里さん! 再び僕に力を!
必死に月見里さんの顔を思い出そうとするがその顔すら歪む。
そういえば月見里さんの写真持ってねーなぁ。
デジカメは持ってないけど、今度携帯で隠し撮りしようっと。
僕は本日二度目の涙を拭い、現実へと向き合う。
今度は二階の時と逆の右側のドアノブに手をかける。
「……ん?」
何度ドアノブを回そうとしてもガンとして回ろうとしない。
ふざけんなよ! マジで! ここまで来て、それはないだろう。
初めて鍵がかかっている部屋を見つけて僕は確信した。
ここが青手木の部屋だ。
くそう。なんてやつだ。自分の家の癖に鍵をかけるなんて。
そんなにメイド達が信用できないのか!
……まさか僕が忍び込むことを読んでた、とかはないよな。
何度もドアノブを回すがガチャガチャと音を立てるだけで、ドアは僕の進行を阻む。
「だりゃ!」
思い切りドアに体当たりする。
テレビドラマで、こうやって体当たりでドアをこじ開けるシーンを思い出して早速試したわけだが……。
痛え。肩の骨が外れそうだ。
が、ここで諦めるわけにはかない。
僕はもう一度ドアに体当たりをする。
ドアからメリっというかベキっというか、そんな音が聞こえた。
「おっ!」
いける!
僕は少し下がってから勢いをつけてドアへと走る。
僕の肩がドアにぶつかる瞬間――。
「あら、何してるの?」
横から声をかけられる。
「……」
しまった。完全な油断。僕は今、不法侵入の最中だったのだ。
こんなに大きな音をたててりゃ、そりゃ見に来るよな。
ドッと汗が吹き出す。
動きを止めて声のした方に顔を向ける。僕の首の骨がギギギと鈍い音を立てた。
そこに立っていたのは……一言で言うと派手な女の人だった。
金色で肩まであるウェーブのかかった髪。化粧は薄い感じだけど妙に唇が赤い。それがなんか艶かしい感じがする。
格好も、胸元がパックリと開いた袖のない白いシャツに黒いミニスカート。
まるで外人のような物凄いプロポーション。
うわー。なんか、こういうのリアルで見るの初めてだよ。ボン、キュ、ボンってやつか。……この言い方古い気がするけど、まさしくそんな感じだ。
ただ、よく見ると顔は思い切り日本人だし、髪も染めているのがわかる。
完全な日本人。
歳は三十代半ばくらいか……?
「……ん?」
この女の人、どっかで見たことある気がするな。
……ああ、青手木に似てるんだ。ということは……。
「青手木のお母さんですか?」
「あら、なに? シオの知り合い?」
まるで信じられないようなものを見るような目を向けてくる。
「もしかして友達だったりするのかしら?」
「……ええ、まあ」
婚約者とも言えるわけでもないし、ましてや侵入者だとも言えないので、僕は素直にうなずくことにした。
「へえ、あの子と友達になれる人間なんかいるのね」
興味津々の顔でジロジロと見てくる。
うお、顔が近い近い。やべ、ドキドキするから離れてくれ。
「珍しい生物もいるものね。せっかくだから一緒にお茶でもしましょう」
青手木のお母さんはいきなり僕の手を掴んで歩き出す。
さすが青手木の親。性格は全然違うが、この強引なところはそっくりだ。
ここで手を振り払うのも変に思われるし。諦めて素直についていくことにする。
最近こんなのばっかだな、僕。
徐々に遠ざかっていく青手木の部屋を肩ごしに見ながら、僕は大きくため息をついたのだった。

<9ページ目へ> <11ページ目へ>