【Web小説】僕は結婚したくない⑪

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一階のベランダ(あ、テラスっていうのか?)に連れて行かれ、僕と青手木のお母さんは向かい合って座っている。
まるでお見合い?
……いや、違うな。悪さをした子供を叱る母親の図ってところか。
チラリと青手木のお母さんの表情を伺う。
ニコニコと笑いながら僕の顔をジロジロと見てくる。
「あ、あの……」
沈黙に耐えられず思わず声を出そうとした時、いきなり青手木のお母さんは手をパンパンと叩く。
数秒後。
一人のメイド姿の女性がテラスへと現れた。
二十歳中盤くらいかな。でも、なんかオーラというか貫禄がある。メイド長ってやつだろうか。
にしても危っねえ。今、地下の方から出てきたぞ。
もしあの時、三階じゃなくて地下に行ってたら完全にアウトだったな。
「お茶とお菓子を二人分用意してちょうだい」
「かしこまりました。それで……あの、こちらの方は?」
チラリと僕の方を見る、メイド長さん(暫定でこう呼ぶことにした)。
「聞いて。この子、シオの友達らしいわよ。世の中にはそんな珍獣もいるのね」
クスクスと笑う青手木のお母さん。
……いや、珍獣って。否定はしないけど。確かに青手木と友達になれるなんて奴は珍獣扱いされてもしかたないかも。
もちろん僕は違うからな。友達じゃなくて婚約者だ。
……うん。もっとダメだね。
「あの、お名前は……?」
「ああ、そういえば聞いてなかったわね」
青手木のお母さんとメイド長さんの、二人の視線が僕に注がれる。
うーん。今日はなんかジロジロ見られる日だな。
「あ、千金良です。千に、金に、良いと書いて『ちぎら』」
「あら、性格だけじゃなくて苗字まで珍しいのね」
「千金良……イノリ様……ですか?」
「知っているの?」
「ええ、まあ」
不審そうに僕を見るメイド長さん。
恐らく今、青手木が僕の家に行ってることを知っているのだろう。それなのに家主の僕がここにいる。明らかに怪しい事態だ。
マズイな。そのことを言われたら万事休す。何も事情を知らない青手木のお母さんだからこそ、この状況に納得してるけど(……普通は不審がると思うけどそこは流石、青手木の親ってことにしておく)突っ込まれたら、今度こそ弁解できない。不法侵入ってやつで通報されてしまう。
「紅茶は何にしましょうか?」
「ん? そうね……アールグレイでお願い」
僕の心配をよそに、メイド長さんは話を逸らしてくれた。
ふう、助かったぜ。
「イノリ様も同じでよろしいでしょうか?」
「え? あ、は、はい」
油断していたところに、急に話を振られて声が上ずってしまった。
メイド長さんは一礼をして下がっていく。
「ねえ、千金良くん」
テーブル越しに青手木のお母さんが迫ってくる。
「な、なんでしょう?」
「これからもシオのこと宜しくね」
ニッコリと微笑んだ。
うわっ、反則だよ。その笑顔。ちょっとドキっとしちまった。
「あの子、あんな性格だから友達なんて出来た試しないのよ。少し心配だったのよね。でも、家にまで遊びに来てくれる友達がいて安心したわ」
……ものすごい罪悪感。
僕は友達ではなく婚約者で、家に来たのは遊びにではなく婚約届けを奪いに来たんです。
「ちょっと変わった子だけど、そのうち慣れるはずだから見捨てないであげてね」
いや、少しじゃないっす。大分変ですよ。お宅のお嬢さん。
それに慣れるって……見捨てないでって……。
やっぱり青手木のお母さんだ。変なところが似ている。
それにしても、青手木の話から結構冷たい母親って感じがしてたけどそうでもなさそうだ。
ちゃんと青手木のことを心配しているし、良いお母さんじゃないか。
「私もほとんど家にいないから寂しいと思うの。だから遠慮とかしないで、ドンドン遊びに来てちょうだね」
一瞬、頭の中に遊園地でのことが頭によぎった。
表情は無表情なのにどこか寂しそうな雰囲気を出した、あの青手木の顔。
「……あの、青手木……いや、シオさんからはお母さんはほとんど家にいないって聞いたんですけど……」
「ええ、そうね。この前帰ってきたのは半年前だったかしら」
半年。さらっと言ったけど、そんな長い間帰らないなんて……。
寂しい思いをさせてるって感じてるならもう少し帰ってあげればいいのに。
「仕事もしてないとも聞きました」
「あら、あの子、そんなことまで話してるの? やーね。恥ずかしいじゃない」
「どうしてもっと家にいてあげないんですか?」
言ってからハッとする。
あんまり他人の家のことに口出しするのは良くないことなのに。
「だってデートで忙しいんだもの」
「……は?」
え? 聞き違いか? デート? 今、自分の娘よりデートを優先してるみたいなこと言わなかったか?
「それにしても、千金良くんって結構、私の好みかも。どう? 私の恋人にならない?」
今度は妙に色っぽい表情をしてくる。
でも今度はドキっとはしなかった。頭が真っ白になったから。
「私、若い子好きよ。元気だもの。千金良くん、まだ経験ないでしょ? 色々教えてあげるわ」
一体何を言ってるんだ? この人は? 娘の友達に対して言う言葉じゃないだろ。
「おいおい。私が家にいることを忘れてないか?」
そう言ってテラスに入って来たのは口ひげを生やしたスーツ姿の男だった。
……歳は三十代中盤ってところだ。
「あら、雄一さん。もう商談は終わったの?」
「ようやくベッカー商事の株を買い占めることができたよ。これであの会社は、実質、私のものだ」
「そう。それは良かったわね」
「そんなことより、子供をからかうのは感心しないな」
「なぁに? 妬いてるの? 大丈夫よ。あなたが本命。この子はつまみ食いみたいなものなんだから」
「お前は相変わらずだな。いい加減に痛い目見るぞ」
そう言って雄一と呼ばれた男が青手木のお母さんの横の椅子に座り、にこやかな顔をして僕を見てくる。
「君も本気にしないようにな」
「ちょっと。せっかく落とせそうなんだから邪魔しないでくれない?」
「十代は止めとけと言ってるだろう。この年齢はすぐ本気になるし、何をするか分からん。せめて二十以上にしときなさい」
「えー。何をするか分からないところがいいんじゃない」
僕のことを話しているのに完全に僕のことを忘れているような感じだ。まるでこの場に僕がいないかのような……。
「青手木のお父さんですか?」
なんとなくムッとしたので、自分の存在をアピールするために当たり障りのないことを言ってみる。
が、雄一(なんか、さんを付ける気がしない)は急に顔をしかめた。
「そんな年に見えるかね?」
うーん。二十くらいの時に青手木が生まれたなら十分あると思うんだが。どうやら僕の質問はお気に召さなかったようだ。
「雄一さんは私の、こ、い、び、と、よ」
うふ、って感じで青手木のお母さんが人差し指を顎につけて言う。
「何人目の恋人なんだかな」
「だから本命はあなたって言ってるじゃない。子供じゃないんだから、妬かないの」
また二人だけの世界に入っている。
良い母親と思ったのは撤回する。この人、完全におかしい。頭のネジが外れてるどころかネジ自体はまってるところがない。
なるほど。青手木も変だと思ったがこの母親と比べれば可愛いものだ。
「……設楽様、いらっしゃったんですね。すぐにもう一つ紅茶をお持ちします」
二つの紅茶とクッキーが乗った皿をお盆に乗せて持ってきたメイド長さんがテラスに入ってくる。
「いや、私はコーヒーにしてくれ」
おい。そこは「お構いなく」じゃねえのか。
ダメだ。この男、好きになれねえ。
僕と青手木のお母さんの前にそれぞれ紅茶を置き、テーブルの真ん中にクッキーが乗った皿を置く、メイド長さん。
そしてキビキビとした動きで家の中へと戻っていく。
ああ、行かないで! 三人にしないで!
……てか、帰りたい。
なんだこの拷問。ホント、最近の僕はついてない。

無視して話し続けられるという拷問から開放されたのは約一時間後だった。
その一時間の間、僕はひたすらリスの様にクッキーをかじっていたのだ。……美味しかったけど。
青手木のお母さんと雄一は話が弾み(内容は覚えていない)、いきなり出かけてしまった。
もちろん僕に一言も声を掛けずにだ。
展開についていけずに十分くらいボーッとしていたら、メイド長さんに「そろそろお帰りになられますか?」と声をかけられてハッと現実に戻ってきたわけだったのだ。
メイド長さんに見送られて玄関まで移動する。
「お邪魔しました」
ペコリと頭を下げる。
「今度は入る時も玄関からにしてくださいね」
……ニコリと笑って言われた。額に血管が浮き出てる。
ヤベエ、超怒ってる。……当たり前か。
「じゃあ、僕はこれで!」
慌ててドアを開けようとした時だった。
「あ、待ってください」
不意に呼び止められ振り向くと、メイド長さんの手には紙袋が握られていた。
……どうやって出した? さっきは持ってなかっただろ。
あなたは次元の違うポケットとか持ってるロボットかなにかか?
「これ、お土産です。グレイランドの特注のお弁当が入ってますので」
グレイランドと言うのは超高級料理店の名前だ。そこの特注とくればウン万円はするだろう。
「いや、お構いなく」
ホントは食べたいよ。だって、こんな機会がなければ一生食べれ合いもの。でもさ、不法侵入した家でそんな高価なお土産もらってかえるなんて、食った後に罪悪感で死んでしまいそうだ。
「ホントにまた来てくださいね」
メイド長さんは僕の方に駆け寄って来て、僕の手に紙袋を持たせる。
「最近のシオ様は本当に変わりました」
「……え?」
「お弁当を作って、それを持って玄関でイノリ様を待っている姿はとても嬉しそうです」
「……」
さすが、ずっと青手木を見てきただけある。あの無表情を見て感情を読み取れるとは。
「初めて自分が作った料理を全部食べてもらえたと、喜んでいました」
「……あ、あの。あなたも青手木の料理を食べたことあるんですか?」
「三ヶ月入院することになりました。私もまだまだ修行が足りません」
目を伏せて、悲しそうに言うメイド長さん。
いやいや、修行って……。メイドになるためには拷問にも耐える訓練が必要なんだろうか。メイドもなかなか厳しい職業らしい。
「この家のメイドさんって、あなただけなんですか? こんな広い家を一人で掃除とかするのって大変だと思うんですけど」
そう。僕は青手木の家に来てからメイドさんは目の前のメイド長さんの姿しか見ていない。
おかげで自由に家を探索できたんだけど。
大きな家だからもっとたくさんいるものだと思っていた。
まあ、面倒を見るのは青手木一人だから少なくても大丈夫なんだろうか? 掃除とかは大変そうだけど。
「恥ずかしながら、私以外のメイドは入院中なんです」
「……ああ、なるほど」
あいつ、メイドたちにも料理の毒見をさせたんだな。
……メイドさんたちが倒れたものを僕に食べさせるなよ。
ここに来て、青手木が僕を暗殺しようとしているのではないかという疑惑が再び浮上する。
やっぱりあれか? 未亡人萌えを目指しているんだろうか。
「シオ様はとても不器用な方ですから、今まで友達ができたことがないんです。しかも奥様はあのような方ですから……。顔には出してはいませんが寂しかったんだと思います」
すでに両親が他界している僕にとって、まだ両親が生きている青手木は恵まれている。……そう思っていたけど生きているのに心を通わせるどころか話もろくにしない関係というのはどういう感じなんだろうか? それはそれで辛いんだろうな。しかも青手木は父親の顔すら見たことがないと言っていた。
「イノリ様。どうかこれからもシオ様を宜しくお願いします」
深々と頭を下げるメイド長さん。青手木のお母さんと同じセリフだった。ただ、青手木のお母さんは言葉だけって感じがしたけど、メイド長さんは心の底からそう思っていることが伝わってくる。
キリキリと胃が痛む感じがした。
僕は青手木との関係を切る為にここに来たのだ。
青手木のことを友達と思うどころか迷惑だと思っている。
そんな僕にこの言葉は反則だと思う。
「また来ます」
そう言って僕は逃げるように青手木の家から出ていった。

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