【Web小説】僕は結婚したくない⑬

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「それではお休みなさいませ」
 僕の隣で青手木が目をつぶる。
 数秒後。青手木は静かな寝息をたて始めた。
 寝やがったぞ。あっさりと。
 いつも無表情の青手木は眠っても無表情だった。
 いや、当たり前なんだけど。っいうか、やっぱり美人だよな、こいつ。
 ……ヤバイ。
 相当テンパってるぞ、僕。
 寝返りをうって青手木に背を向ける。
 なんでこんなことになったんだ?
 高鳴る心臓の音に邪魔されながらも僕は必死で考える。
 今の、この状況。
 夜。
 僕の部屋。
 電気は消えていて真っ暗。
 ベッドの中。
 隣に青手木が寝ている。
 お互いパジャマ姿で完全に寝る体勢。
 というか、既に青手木は寝ているわけなのだが。
 どういう神経してるんだ、こいつは。
 なんなんだ、これは。
 落ち着け。
 順を追って考えていこう。
 まず、公園で青手木にバイオリンを聞かせていただろ。
「もう一曲聞かせていただけませんか?」って言われて、気分を良くした僕は調子に乗って五曲くらい弾いたのだ。
 気がつくと辺りは暗くなってきてたから、当然僕は青手木を家まで送っていくと言ったんだ。
 そしたらあいつは……。
「お願いがあるんですが」
「なんだよ。今日は妙にお願い事が多いな」
「……」
「いいぜ。言ってみろよ。今の僕は機嫌が良いんだ。高確率でお願いをきいてやるぜ」
「では……」
 青手木は信じられないことを言った。
「今日はイノリさんの家に泊めていただけないでしょうか?」
「……は?」
 もちろん最初は断った。
 僕たちは高校生だ。そして、僕は男で青手木は女だ。
 さらに僕は一人暮らしなわけで。
 青手木が僕の家に泊まるとなれば当然二人だけになる。
 ……危険だって。
 もちろん、僕は手を出す気はない。月見里さん一筋なんだから。
 だけど、僕の家に青手木が泊まるという状況がダメだ。
 そんなことを知られたら、もう完全に終わりだ。
 だから僕はダメだと言おうとしたんだ。
 そしたら……。
「今日は母が家にいるので……」
「……」
 何も言えなくなった。
 よそよそしい家族ほど一緒にいるときの気まずさは半端ない。
 僕も経験がある。というか一年くらい嫌ってほど味わった。
 だから、なんか断りづらくなって……。
 OKを出しちまった。
 ドラマとかでよくあるシュチュエーション。
 青手木をベッドに寝かせて僕は居間で寝ればいい。
 寝返りをうてば、僕は血だらけになるけど。
 とにかく、それで乗り切れると思ったんだ。
 今、冷静になって考えればなにも僕の家じゃなくても良かったんだよなぁ。ビジネスホテルとか旅館とか漫画喫茶とか色々あったんだよな。
 まあ、今となっては後の祭りだけど。
 で、なんで今並んで寝てるかと言うと……。
「夫婦は一緒に寝るのが当たり前です」
 いや、抵抗したよ。それはもう。
 だって、まだ結婚してねーんだから。……結婚する気ねーんだから。
「イノリさんの家には布団がひと組しかありませんが」
「……あ」
「私と寝るのが嫌なんですか?」
「……嫌とかそういうわけじゃなくてだな」
「それなら私が居間で寝ます。イノリさんに寒い思いはさせられません」
「……」
 青手木がこう言い出せば、なんと言って説得しても無駄だということは嫌というほど思い知らされている。
 かと言って居間に青手木を寝かすわけにはいかない。
 凍死とまではいかないにしても絶対に風邪ひく。
 というか男として……いや、人間としてダメだろ。女の子にそんな仕打ちしたら。
 ということでこういう状況になってしまったのだ。
 とにかく寝よう。それが一番だ。
 うん。何事もなければいいんだよ。手を出したりしなきゃいいんだ。
 ……なんか、さっきと言ってることが違う気がするが。そこを気にしたら負けだ。
 青手木の方を向かなければ大丈夫。一人で寝てるのと何も変わらないじゃないか。
 そうだよ。青手木なんていない。僕は一人で寝てる。
 いつも通りだ。
 よし、寝よう。
 早速僕は目をつぶる。
 そのとき僕の背中に誰かが寄り添ってくる。
 一気に心臓の鼓動が大きくなる。
 ゆ、幽霊だ。そうに違いない。体温のある幽霊だ。
「……」
 その幽霊は僕の背中に顔を埋める。
 とり憑くのは止めていただけないでしょうか。
 僕、悪いことしてませんよ。
 勘弁してください。マジで。
「イノリさん……」
「あ、青手木? ……離れてくれねーか。ね、寝づらい」
「もう……一人は嫌です」
「……」
 振り向くとすぐ近くに青手木の顔があった。
 目が開いていて僕をジッと見ている。
「お前、起きてたのか」
「結婚したら、いつもこうして二人で寝るんですよね」
「……」
「一人で寝なくて済むんですよね?」
「……ああ。そうだな」
「イノリさん……私と結婚してくれますか?」
「……」
 答えることができなかった。
 嘘をつくのは簡単だ。でも、それはダメだと思った。
 僕は孤独の辛さを知っている。だから青手木の不安な気持ちも、なんとなくわかる。
 だからこそ、本気の青手木に対していい加減な答えを言うことができなかった。
「青手木……」
 青手木を抱きしめた。
 確かに僕は青手木と結婚する気はない。
 でも、今だけは一緒にいる間だけは一人という寂しさから開放してやりたかった。
 青手木は目をつぶると僕の胸に顔を埋めてきた。
 頭をそっと撫でてやると青手木の体から力が抜けていくのがわかる。
 そして、寝息をたて始める。
 今度こそ本当に眠ったようだった。
 青手木の閉じた瞳から一筋の涙が流れて枕に吸い取られていく。
「……」
 青手木の涙を指で拭って僕は目をつぶったのだった。

 学校の昇降口。
 外靴から上靴に履き替て廊下を歩く。
 結局、朝の青手木はいつも通りだった。
 朝ご飯を用意して僕を起こし、食べさせてからお弁当を渡して見送ってくれた。
 毒気が抜けるくらい普通だった。
 男女が一晩一緒の布団で寝るという、かなり刺激的なことの後だったというのにだ。
 ……まあ、何も無かったんだから当たり前と言えば当たり前か。
 文字通り男女が一晩一緒の布団で寝ただけだ。
 僕が気にしすぎなだけなのか?
 そこにダダダと誰かが走ってくる音が聞こえてくる。
「イノリくーん。待ってー」
 ……あっ。
 僕は足を止めて呆然とした。
「今日は微妙に早いんだね。おかげで話す時間が短くなっちった」
 月見里さんが僕の隣で足を止め、笑いかけてくる。
 うわっ。何を考えてるんだ、僕は。何よりも優先していた朝の安らぎの時間を忘れるなんて……。
「イノリくん?」
「あ、いや。……おはよう」
 頭が真っ白になってこんな言葉しか出てこなかった。
「おやおや? 今日はなんか余所余所しいぞ。……もしかして、まだ体調悪いの?」
「ん? ……ああ、いやいや。風邪は治ったよ。大丈夫」
 そうだった。昨日は風邪ということで学校を休んだんだった。
「イノリくんが学校休むなんて初めてじゃない? 私、ビックリしちゃったよ」
 ああ、そうだった。
 地味に皆勤賞も消えたことにショックを受ける。
「さ、行こ。チャイム鳴っちゃうよ」
 月見里さんが歩き出したので僕も慌てて隣を歩く。
「昨日はさー。お見舞いにでも行こうかなって思ったわけよ」
「え? ぼ、僕の?」
「学校を休むくらいなんだから相当やられてるんじゃないかって思ったし、イノリくん一人暮らしだから大変かなって」
 うう。月見里さん、優しい。泣けてくる。
 でも、そういう手があったのか。
 『学校を休んでお見舞いに来てもらう』
 脳内にしっかりとメモる。……相変わらず消極的な作戦だけど。
 お見舞いに来てくれなかったら、ただ学校をサボるだけになってしまう。
「でもさー。それはマズイと思ったわけよ」
 月見里さんが口を尖らせる。
 え? なに? 来てくれないの? この作戦ダメなのか?
「だって、イノリくんには青手木さんがいるじゃない。逆にお邪魔虫になっちゃうでしょ。目の前でイチャついてるのを見るのは、さすがに独り身としては辛いわけですわ」
 ボトっとカバンを落とす僕。
「ん? どうしたの? 急に立ち止まって」
 何考えてるんだよ、僕は。
 僕は月見里さんが好きだ。
 これが全てだったはずだろ。
 それなのに僕は青手木を受け入れつつある。
 青手木を家に泊まらせ、一緒に寝て一緒にご飯を食べてお見送りをしてもらう。
 ……完全に青手木のペースだ。まるで夫婦じゃねーかよ。
 さらに馬鹿なことに僕はその状況に対してちょっと悪くないかなと思っていることだ。
 青手木のことばかり考えていて一番重要な『昇降口で月見里さんを待つ』という日課させ忘れる始末だ。
 状況に流されるのはある程度仕方ない。……いや、仕方なくないけど。
 でも、気持ちだけは絶対にブレちゃダメだ。
 しっかりしろ! 千金良イノリ!
 僕は思い切り両手で挟み込むように自分の頬を叩く。
「ど、どしたの? イノリくん、急に」
 ドン引きされてしまった。
 が、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「月見里さん!」
 僕は月見里さんの両肩をガッと掴む。
「おおう! い、イノリくん、こ、ここは学校だぜ」
 顔を真っ赤にしてアタフタしている月見里さん。
 ……可愛い。
 いや、だから違うって。
「今日の昼休みに、話したいことがあるんだ。屋上に来てくれないか?」
「屋上って入れないよ。鍵かかってるもん」
 ……そうだった。告白というと屋上って感じがしたからつい……。
「じゃ、じゃあ。体育館裏で」
「人、いっぱいいるけど大丈夫? 逆に話しづらいよ?」
「……ああ。えっと、じゃあ……」
「第二理科室は? あそこなら誰もいないよ。鍵もかかってないし」
「う、うん。じゃあ、そこで」
「お弁当食べてからでいい?」
「あ、そうだね。それでいいよ」
「じゃあ、昼休み。第二理科室でね」
 月見里さんは僕の手をスルリと抜け出して教室まで走っていった。
 後ろ姿を見送った後、僕はいわゆる『Orz』の体勢で愕然とする。
 一世一代の告白をしようって時なのになんてグダグダなんだ。
 後半、完全に月見里さんペースだったじゃねえかよ。
 なんてダメ人間ぷりだ。
 チャイムが鳴る。
 が、心に負ったダメージが抜けない。
 まあ、いいや。皆勤賞が無くなった今、遅刻ぐらい。
 僕はチャイムが鳴り終わった後も、しばらく起き上がれなかったのだった。

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