【Web小説】僕は結婚したくない⑭

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僕は昼休みが始まるとすぐに第二理科室へ向かった。
昼飯は食べるのを諦めた。
さすがに緊張してご飯が喉を通らない。
例え、青手木が作った弁当じゃなくてもだ。
午前中の授業は全然頭に入らなかった。というか、なんの科目だったかすら思い出せない有様だ。
月見里さんを意識してしまってチラッと見ると月見里さんと目が合い、慌てて月見里さんが目を逸らすということが十回くらいあった。
第二理科室は月見里さんの言う通り誰もいない。
しかも、学校の端っこにあるということで廊下から生徒の声とかも聞こえてこないくらい本当に静かだった。
うーん。これはこれで緊張するなぁ。
でも、うるさい場所で告白して、「好きです!」「え? なに? 聞こえなかった。もう一回言って」っていうのは避けたい。
間抜けだし精神的にもキツイ。
そんなことを考えているとガラガラとドアが開いた。
まさか! 誰かの昼寝の場所にされてるのか!
……と思ったがドアを開けたのは月見里さんだった。
まだ、昼休みになって十分も経っていない。
「えっへっへ。なーんか、お昼ご飯どころじゃなくってさー」
ポリポリと頬を掻きながら第二理科室に入ってくる月見里さん。
「……で? お話ってなにかな?」
軽い口調とは裏腹に真剣な眼差し。
緊張してるみたいだった。
まあ、いきなり昼休みに異性に呼び出されたんだからな。
僕だって緊張するさ。
「あ、うん……」
目をつぶり深呼吸をする。例の緊張のほぐし方ってやつだ。
「月見里さん!」
「は、はいぃー」
月見里さんの背筋がピンと伸びる。
お互い見つめ合って沈黙が続く。
言い出そうとしてもなかなか口から出てこない。
たった一言なのに言えない。
何回も頭の中でシュミレーションしただろ。
行けって!
「……」
「……」
沈黙。
教室内は一切の音が存在しないのに僕の耳には心臓の音が半端なく騒ぎ立てている。
昨日、青手木と一緒に寝たときくらい心臓が混乱していた。
……青手木。
ふと、あいつの顔が頭に浮かんだ。
「寂しいのは嫌」とつぶやいた青手木。
不思議と心が落ち着いた。
大丈夫。今なら言える。
僕は顔を上げて一歩踏み出す。
「月見里さん……僕!」
「無理!」
「告白前にフラレた!」
いや、今言おうと思ってたんだから、もうちょっと待ってくれよ! なんか僕、すげー格好悪いじゃん。
「あ、ごめんごめん。つい張り詰めた空気に耐えられなくてさぁ。ボケちゃった」
てへへと笑いながら頭をポリポリと掻く月見里さん。
え? あ、ボケ? うーん……洒落になってないよ。それ
月見里さんは大きく息を吸ってから意を決したように僕を見る。
「聞かせて。今度は真面目に聞くから」
先ほどの緩んだ空気が一気に張り詰める。
月見里さんの真剣な眼差し。
再び心臓の鼓動が高鳴っていく。
えーい。もうどうにでもなれ!
「月見里さんが好きだ!」
「ありがと」
「……」
「……」
「……え?」
「ん?」
「それだけ?」
「なにが?」
「いや、僕、告白したんだけど」
「うん」
「……?」
「?」
月見里さんは首を傾げる。
もちろん僕もだ。
なんか会話が噛み合っていない感じがする。
愛の告白をして「ありがと」って……。どう受け取ればいいんだ?
「えっと……。それって付き合ってもらえるってことで……いいのかな?」
「……え? ええええ! ちょ、ちょっと! ど、どど、どうしてそうなるの!」
いきなり月見里さんの顔が真っ赤に染まる。
……あれ? どういうことだ?
アタフタする月見里さんを尻目に僕は考える。
どうやら、告白したのに月見里さんはそれを告白とは受け取ってない感じだ。
……あ、そっか。わかった。
告白は告白でも月見里さんは違うニュアンスで受け取ったのだ。
つまり、隠し事を打ち明けるみたいな。
実は僕って妖怪なんですとか、0点のテスト用紙を机の中に隠してますとか、僕が犯人でしたとか、そんな感じの打ち明け話。
恐らく、月見里さんは僕が友達としてというか人間として好きだと宣言させたという感覚だったんだろう。
恋とかそんな感じじゃなくて。
いやいやいや。普通わざわざ呼び出してそんな宣言しないだろう。まあ、そんなトボけたとこも可愛くていいんだけど。
「で、でもさ! あのさ……」
月見里さんがモジモジと両手の指を絡ませながらチラリと僕を見る。頬と耳が真っ赤だ。
うわー。ヤベエ。油断したら抱きついちゃいそうだ。
「イノリくんには青手木さんがいるでしょ?」
「……あ」
そっか。月見里さんは僕と青手木が付き合ってるって勘違いしてるんだった。
あー。なにやってるんだ、僕は。
そもそもの目的が違っていることに今更ながら気づく。
そう。僕は月見里さんの誤解を解きたかっただけだったのに、勢いに任せて告白してしまった。
なんか最近、こんなことばっかだな。空回り知ってるっていうか無駄骨折ってるというか……。
「実はね、青手木とは……」
僕は今まであったことを月見里さんに説明する。
寝ぼけて婚姻届にサインと捺印したことや嫌われるために遊園地に行ったこと、この数日にあったことを『告白』したのだった。
もちろん、青手木家に侵入したことや一緒に寝たことは省略して話した。

「イノリくんらしいねー」
お腹を抑えて転がりながらケラケラ笑う月見里さん。
チラチラと見せてはいけないものを見せながら。
「寝ぼけて結婚届に名前書くって! ダメだー。お腹痛いぃ」
もちろん、僕は見ないように視線を外す。僕は紳士的な男だ。
おヘソや白い布を見せながら転がる月見里さん。
五分後。
ようやく落ち着いた月見里さんはスクっと立ち上がる。
「バカ者!」
いきなり月見里さんに頭をチョップさせた。
さっきとは打って変わって真剣な表情。というか、ちょっと怒ってますか?
「イノリくん!」
「は、はいぃ!」
僕はピンと背筋を伸ばす。
……ん? なんかデジャブ。こんなやりとりがさっきあったような……。
「相手に嫌われてうやむやにしようなんて、男らしくないぞ!」
「……返す言葉もございません」
あ、正座した方がいいですか?
「まあ、断って、相手を傷つけたくないって言う優しい部分はイノリくんらしいけどさ」
「……」
あー。それは考えたことなかったなぁ。
青手木を傷つけてでも早く開放されたいと思ってましたよ。逆に。
「でもね。そういう優しさが逆に相手を傷つけることだってあるんだよ」
「……はい」
「きっと青手木さんは本気だよ。イノリくんと結婚するつもりだと思う」
「……うん」
それは身をもって思い知らされている。
「だから、イノリくんにそのつもりがないならちゃんと断らないと」「……でも、慰謝料、一億円とか言われたんだけど」
「しょうがないよー。体売ってでも払うしかないって」
さらっと怖いことを言う月見里さん。
「大丈夫! いざとなったら私も手伝ってあげるよ」
「え?」
「なーんて、冗談、冗談!」
あっはっはと笑う、月見里さん。
えーと、どこからが冗談か教えてくれませんかね? 「体売ってでも」からですよね?
「私も一緒に謝ろうか?」
今度は心配そうな顔をする月見里さん。
どうやら「体売ってでも」から冗談だったらしい。
……ホッとした。
「いや、自分でちゃんとケジメつけるよ」
「そっか。……なんなら月見里家に伝わる、土下座術、伝授しようか?」
「……いや、大丈夫」
一瞬迷ったが、月見里さんの土下座姿は見たくなかったので断ることにした。
……にしても、この歳で借金一億かぁ。なんか色々終わった気がするな。一億って凄すぎて全然実感湧かねーや。
それに、ちゃんと真摯に謝れば青手木は許してくれそうな気がする。……希望的観測だけど。
「それにしても、呼び出された時はドキドキしたよ。イノリくん、真剣な顔だったしさぁ。私、てっきり仲人でも頼まれるかと思った」
「……」
いや、仲人って。別に月見里さんが青手木を紹介したわけじゃないでしょ。
「でさ、話しは戻るけど……」
一気に月見里さんの顔が真っ赤になり、モジモジし始める。
うーん。今日は月見里さんの色々な表情が見れる日だな。なんかラッキーだ。
「ん? えっと、なんだっけ?」
「私もね、イノリくんのこと好きだよ」
「……」
うおっ! 危なかった。今、一瞬、昇天しかけた。
突然の言葉に嬉しさの絶頂を迎え、魂が天へと召されるところだった。まさしく天にものぼる気分。
……そういえば僕、告白してたんだったな。告白した本人が忘れるってどうよ。
って、そんなことはどうでもいい。
今、月見里さん、僕のこと好きって言ってくれたよな?
ってことは……。ってことはだ……。
やったーーーーーーーーーー!
うおーーーーーーーーーー!
「でも……ごめん」
深々と頭を下げる月見里さん。
「お?」
「イノリくんとは付き合えない」
「……」
うおっ! 危なかった。今一瞬、他界しかけた。
突然の言葉に絶望の絶頂を迎え、魂が地獄へと落ちかけた。
地獄を見るとはこういう気分なのか……。
「私ね……。好きな人がいるんだ。……片思いなんだけどね」
好きな人。
……僕のことも好きと言ってくれた月見里さん。
でも、僕への好きは友達としてで、そいつのことは異性として好きということなんだろうな。
「この先、もし片思いのままで終わるとしても今の気持ちは誤魔化したくないんだ。イノリくんのことは好きだけど……好きだからこそ今はイノリくんの気持ちには応えられないよ」
うつむいて今にも泣きそうな顔で言う月見里さん。
その気持ちは痛いほどわかる。
それは僕が青手木に思っている感情と一緒だから。
だからこそ僕は月見里さんの言葉を受け入れるしかなかった。
月見里さんはバッと顔を上げて僕の制服の袖をギュッとつかむ。
「あのね! イノリくんにお願いがあるんだ」
「な……に?」
かすれた声しか出なかった。いつの間にか口の中はカラカラに渇いている。
「告白断っておいて、こんなこと言うの勝手だと思うんだけど……」
「……」
「今まで通り友達でいて欲しいんだ」
「……え?」
「私、イノリくんを友達として失いたくないんだ。今まで通りにお話もしたい。ダメ……かな?」
残酷だよ、月見里さん。この先、手の届かない人の横でずっとその人を見ていかなきゃならない。
月見里さんの恋の応援ができるほど僕は人間ができちゃいない。
「あ、うん。いいよ」
……つくづく僕はチキンだった。
「ありがと」
バツの悪そうな笑顔。苦笑とはまた違う、どう言っていいのかよくわからないけど……。
でも僕は思ってしまった。
可愛いなって。

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