【Web小説】僕は結婚したくない⑯

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体育館。
ホームルーム中だからやはり誰もいない。
いるのは僕と青手木だけだ。
状況はあの時と同じ。青手木に結婚届けを見せられ、無理やり婚約者にされたあの時と。あの衝撃的なことは昨日のように思い出せる。
うーん。……思い出したくねえな。
さてと、そろそろ本題に入るか。早くしないと一時間目に体育があるクラスの奴が来るかもしれないし。
「口座番号を教えて」
口火を切ったのは青手木の方だった。
「……は?」
「現金の方がいい?」
いきなり、こいつは何を言ってるんだ? ……いや、それよりも気になるのは違和感だ。こいつが……青手木が僕にタメ口をきいている。
「何の話だ?」
「一億円」
うーん。相変わらずマイペースなやつだ。このちぐはぐ感はいつも通りだな。
「ちゃんと説明しろ。なんの一億円だ?」
「慰謝料」
ぎっくーーーーー! ヤベェ。僕に結婚の意志がないことを察知されたか。くそっ。二日前、払うって決心したばかりだが、いざ実際に請求されると焦る。
「い、いや、あのな、青手木……」
「現金で欲しいというなら、少し時間がかかる。小切手でもいいなら、この場で発行できる」
「……ん?」
さらなる違和感。
「おい、その言い方だとお前が僕に払うように聞こえるぞ」
「……」
お、おい。なんだよ、そのアホな子を見るような目は。……いや、無表情なんだけど。僕の後ろめたさがそう見せるのかも。
「破棄した方が慰謝料を払うのは当然」
「なに? 破棄した方だと?」
「……私が婚約を破棄したから私が慰謝料を払う」
「……」
なんだ? 何を言ってる? 青手木の方から? こいつの結婚願望は、そりゃ半端ない。だから、絶対にあっちが諦めるなんてことは有り得ないはずだ。
「待て! なにがどうなってるのかわからん。説明しろ」
「一億円。どうする? 現金? 振込? 小切手?」
「あー、もう! そんなのはいらねえよ! 説明しろって!」
「……そう」
青手木が踵を返してスタスタと歩き出す。
「お、おい。どこ行くんだよ?」
「……」
無視。青手木らしいっちゃ、らしいけどよ。
僕は青手木の前に回り込んで肩を掴む。
「説明しろって!」
「そんな義務ない」
「……えっと、ほら、僕はお前の婚約者だろ。聞く権利はあると思うぞ」
「破棄したんだからもう違う」
「あ、でも、結婚届けがあるだろ」
「……これ?」
青手木が制服の内ポケットから一枚の紙を出す。
僕と青手木の名前が書かれた結婚届け。
「そ、そう。それだ、それ」
「もう必要ない」
それは一瞬のことだった。
いきなり、青手木はその場で結婚届けを破りだす。
「え?」
「これで完全に婚約は破棄」
青手木はそう言うと僕の手を振り払い、歩き出して行った。
僕は青手木を追うことができず、ただ細切れになった結婚届けの残骸を呆然と見ることしかできなかった。

青手木家の前。
恐らく、青手木にもう一度聞いたところで話してくれないだろう。ということで事情を知ってそうな人に聞こうと思い、やってきたのだ。
多分、メイド長さんなら何か知ってるはずと思う。
ちなみに学校はサボりました。あー、もう不良まっしぐらだ。
なんて言ってる場合じゃない。
今回はちゃんと正門から呼び出しベルを押す。
しばらくの沈黙の後、明るい声がインターホンから聞こえてくる。
「あら、千金良くんじゃない」
ほどなくして門が開き始める。
おお、すげえ! 自動だ!
僕は青手木家の玄関まで続く石畳を歩く。
相変わらずデカイ家だよな。ただ、その割にはホント人気ない。そのうち幽霊屋敷って噂が立つんじゃねえか?
玄関付近まで来たとき、いきなりドアが開く。
「また来てくれたのね! あ、もしかして愛人になりに来た……とか?」
……青手木のお母さんは相変わらず派手な人だった。
やたらと露出が激しい赤いドレス。なんか、ハリウッド女優あたりが着てそうなやつ。ネックレスも高そうだし。
「えっと、聞きたいことがあって……」
「なに? 私のスリーサイズ? いいわよ。ベッドの中でゆっくり教えてあげるわ」
青手木のお母さんが僕の隣に来て、腕を絡ませてくる。
いやいやいや! 腕に胸が当たってますって!
「当ててるのよ」
にこりと妖艶な笑み浮かべる、青手木のお母さん。
読心術は止めてください。……てか僕、そんなにわかりやすいですか? クラスの奴らにも色々筒抜けだったし。
「あ、青手木……いや、シオさんは……」
「なーにぃ? シオに会いに来たの? 面白くなーい」
腕を振りほどこうと力を入れたが逆にもっと胸を押し付けられてしまった。しょうがないので諦めることにした。
……しょうがなくだぞ! あくまで! べ、別に胸が気持ちいいからじゃないんだからねっ!
……ツンデレ風に言ってみたが意味ねえな。ただのエロガキの言い訳みたいじゃねえかよ。
「あの子なら帰って来てないわよ。色々準備とかあるから帰ってくるのは夜になると思うけど」
「……準備?」
「あら? 聞いてない? 結婚式のよ」
「結婚? 誰の……ですか?」
「シオの」
「だ、誰と……ですか?」
心臓がバクバクと鳴り始める。なんでこんなに動揺するんだ、僕は?
「私とだよ」
後ろから声がして、振り向くとそこにいたのは――。
「あら、雄一さん。早いのね。シオと一緒にドレス選ぶんじゃないの?」
「馬鹿馬鹿しい。そんな子供みたいな真似できるか。シオには好きなものを選ぶように言ってきた」
「冷たいわねー」
「そんなことより、離れたらどうだ? 千金良くんが困ってるだろ」
「妬いてるの? 雄一さんだって充分子供っぽいわよ」
「堂々と浮気をするなと言ってるんだ」
「それこそ、雄一さんには言われたくないわ。結婚するなんて究極の浮気でしょ。しかも私の娘とよ」
「……まあ、そうだな」
また、僕がその場にいないかのように話が進んでいく。
「だったら、私が少しくらい浮気しても構わないと思うけど?」
「まったく、仕方ないやつだな」
「ちょっと待ってください!」
「ん? どうしたの? 千金良くん。怖い顔して」
「今、青手木がこの人と結婚するって言いませんでしたか?」
ビシッと雄一(どうしても、さんを付ける気になれない)を指差してやる。眉間にシワを寄せて不快そうな顔をする雄一。
「言ったわよ」
「……は?」
「なに? シオから聞いてない? 今度の日曜に挙式よ」
「ちょ、ちょっと待ってください! その……この人はあなたの恋人じゃないんですか?」
「恋人だってー。そんな初々しい言い方されると照れちゃうわよね、雄一さん」
「答えてください!」
「そうだとして、何か問題あるかね?」
「いや、問題も何も話にならないでしょ! なんで青手木が自分の母親の恋人と結婚するなんてことになるんですか!」
「この人、株で失敗したの。だからよ」
……ホント話の通じない人たちだ。それとも、僕の理解力が足りないんだろうか?
「失敗じゃない。ベッカー商事の株は必ず回復するはずだ」
「負け惜しみは見苦しいわよ」
「……ふん。どう解釈するかはお前の勝手だ」
「だから! ちゃんとわかるように説明してください!」
「やーね。千金良くん、怒りっぽいわよ。カルシュウム足りてる?」
ブチ切れそうだ。ホント、青手木の関係者は僕をイラつかせるのがすこぶる上手いな。
「はいはい。そんなに睨まなくても説明するわ。えっとね、つまり雄一さんはお金が必要になったよ。で、家のお金が必要になったわけ」「それが青手木の結婚と、どういう関係……」
「焦らないの。説明するって言ってるでしょ」
「ふん。餓鬼はこれだから……」
馬鹿にしたような目で雄一が見てくる。よし、最初に殴るのはこいつからだな。
「お金が必要だからって、簡単に、はい、どうぞって渡すわけにはいかないのよ。色々税金がかかっちゃうでしょ。もったいないじゃない」
「……」
前置きが長いのは我慢しよう。また雄一に馬鹿にされるのはしゃくにさわるし。
「で、どうすればいいか。それは家族になっちゃえばいい。財産は共有になるから簡単に渡せるのよ」
「……お金のやり取りのことはよくわかりませんが、それならあなたが結婚すればいいんじゃないですか? てか、それが普通だと思うんですけど」
確か青手木のお母さんは結婚してないと言っていた気がする。だから重婚とかにはならないはずだ。
「私、縛られるのきらーい。結婚なんて冗談じゃないわよ」
「は?」
「だから、シオと結婚させるってわけ。いいアイディアでしょ」
狂ってる。なんで、こんなイカれたことを平然と笑いながら言えるんだ。……それとも、おかしいのは僕の方なのか?
「私もな、世間体があるからできればシオと結婚は避けたかった。が、こいつがゴネるからしょうがなくな」
「あらあら、そんなこと言って。若い子を抱けるから嬉しいんじゃないの?」
「馬鹿にするな。あんな子供、異性として見れるか」
「そんなの、おかしいだろ! なんだよ、それ! 結婚って、そんなことでするもんじゃないだろ!」
「子供には理解できないだろうな。まあ、君も大人になればわかる」
ポンポンと僕の肩を叩く雄一。
僕はその手を払いのける。
「納得できねえよ! こんな結婚」
「君が納得できなくてもこれは決まったことなんだよ。シオも了承している」
「……青手木が?」
確かにあいつは言っていた。結婚してくれるなら誰でも良いって。でも……そうじゃねえだろ。お前、何のために結婚すんだよ!
脳裏に、一緒にベッドで寝たときのことが浮かぶ。
一人は嫌だと言っていた青手木。
あいつは家族が欲しかっただけだ。こんなデカイ家にポツンと一人でいて、唯一の家族である母親は滅多に家に帰ってこない。
学校でも友達がいなくて……。あいつはずっと一人だった。
だから、あいつは……自分の居場所が欲しい。ただそれだけだったはずだ。
青手木……。お前、わかってねえよ。それじゃ、そんなんじゃ、また繰り返すことになるだけだ。お前、この先もずっと一人だぞ。それでいいのかよ?
「気が済んだだろ。さ、帰りたまえ。私たちは忙しいんだ」
「一つ聞きたい」
「ん?」
「お前、青手木のこと幸せにできるのかよ」
雄一は……あいつは大げさに肩を上げ、こう言った。
「馬鹿か、お前。話を聞いてなかったのか? 私が必要なのは青手木家の金であって、シオじゃない。まあ、どうしてもと言うなら一回くらいは抱いてやってもいいがな」
血が逆流した。
僕は……。
僕は!
「ふざけんなぁ!」
憎かった。ただ、こいつは許せないって思った。
気づいたら僕は殴りかかっていた。
僕の拳があいつの顔に当たる寸前だった。
急に目の前が真っ暗になる。
「これだからガキは。痛い目見ないとわからんみたいだな」
目の前の景色がグルグルと回る。草しか見えない。僕は倒れてるのか?
「もう、雄一さん。やりすぎよ」
「いいんだよ。これくらい。どうせ甘やかせて育ったんだろ。親の代わりに教育してやったんだ」
意識は朦朧とするのに声だけはハッキリ聞こえる。
ふざけんな。テメェらが親を語るんじゃねえ。
立ち上がったはいいが、足がガクガクと震えてまともに立っていられない。
「完璧に顎に入れたと思ったんだけどな。立ち上がられるとちょっとショックだ」
「やっぱり、若いっていいわね。私、千金良くんに本気になっちゃうかも」
「おいおい」
くそっ。止まれ、膝。震えすぎだ。
一発でいい。あいつに一発入れるんだ。少しは協力しろよ。僕の体。
「お前は絶対許さん」
回る視界の中、必死にあいつの姿を追う。そして、そこに向かって拳を振り回す。
「めんど臭いな」
不意に視界が揺れる。
……鼻が痛え。息が苦しい。けど、まだあいつに一発、入れてない。
倒れてたまるか!
「ぐっ」
今度は腹に衝撃が走る。どうやら腹を殴られたみたいだ。
ふん。なんだよ、そのくらい。青手木の料理の方がインパクトあったぜ。
……けど、完全にあいつの姿を見失った。
あー、もう! うざいな!
僕はとにかく腕をブンブンと回す。
きっと傍から見たら馬鹿みたいなんだろうな。なんて考えてるってことは結構落ち着いてるのか、僕は?
その時だった。
不意に右の拳になにか感触のようなものを感じだ。
……当たったのか?
「この……クソガキがーーーー!」
僕が覚えてるのはそこまでだ。
そのあと何発殴られたかはわからない。
でも、一発入れれたみたいだから、まあ良しとするか。

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