【Web小説】僕は結婚したくない⑰

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目が覚めると同時に激痛が襲ってくる。
「痛っ!」
「大丈夫ですか?」
目を開けると僕の目の前にメイド長さんがいた。
「あれ? ここは?」
「あ、まだ起き上がらない方が……」
上半身だけ起こして辺りを見渡す。
どうやら、青手木の家のリビングらしい。僕はそこのソファーに寝かせられていた。
「救急車を呼ぼうと思ったのですが、奥様と雄一様が面倒を起こすなということで……。すみませんでした」
メイド長さんが深々と頭を下げる。
「いえ。別にいいですよ」
どうせ治療費ないし。逆に助かった。
「あの、これ、治療費ってことで」
そういってポケットから札束を出す、メイド長さん。
確かその束って……百万円だっけ?
「いりませんよ」
欲しくないと言えば嘘になるけど、貰っちゃったらなんか負けた気がする。特にあいつから金を貰うなんて、屈辱以外なにものでもない。
「帰ります。ご迷惑をおかけしました」
ペコリと頭を下げて玄関へと向かう。
……おっとっと。やっぱりまだフラフラするな。
「あ、車でお送りしますよ」
メイド長さんがついて来る。
「いえいえ、お構いなく」
とにかく僕は早くこの家から出て行きたかった。あいつの顔を見たくなかったから。それに――。
玄関のドアを開こうとした時だった。
不意にドアが開いた。
そして玄関に入ってきたのは――青手木だった。
「……青手木」
青手木は一瞬僕の顔を見たが特に表情を変えることなく、僕を避けて家の中へと入って行く。
「青手木!」
ピタリと動きを止める、青手木。でも、振り向いてはくれない。
「お前、それでいいのか?」
「それでって?」
「あいつとの結婚。本当にそれがお前の望んだ結婚なのか?」
「……言ったはず。私はずっと結婚したかった。結婚してくれるなら誰でも良いって」
「あいつは……。雄一はお前のこと好きでもなんでもないんだぞ」
「結婚にお互いの感情は必要ない」
「青手木。……お前、それで満足か? 幸せになれるのか?」
「やっと結婚できる。私は今、とっても幸せ」
「……そっか」
再び青手木が歩き出す。
後ろ姿が見えなくなってから僕はドアを開けて外へと出た。
石畳の上を歩いて門から出ようとした時だった。
「イノリ様!」
メイド長さんが駆けてくる。
「これ……。受け取ってください」
そう言って差し出して来たのは二枚の紙。
一枚はどうやら地図のようだった。真ん中の建物に赤い丸が書いてある。そして、もう一枚は……。
「招待状?」
「日曜日の……シオ様の結婚式のです」
「せっかくですけどいりません。行く気ありませんから」
「シオ様は毎日、嬉しそうに婚姻届を眺めていました。イノリ様の名前が書かれた婚姻届を」
「だから、なんです?」
その、嬉しそうに眺めていた紙を青手木はあっさりと破り捨てた。
「イノリ様との婚約を結んでからのシオ様は本当に幸せそうでした。あんなシオ様を見るのは初めてでした」
「……」
「でも、今のシオ様は前のシオ様に戻ってしまわれました。一人でいた頃の……。感情のない人形のようなシオ様に」
「そんなことを僕に言って何を期待してるんですか?」
「さあ、なんでしょうね」
にこりと微笑む、メイド長さん。
「とにかく、僕は行く気ありませんから」
そう言って僕は歩き出す。地図も招待状も受け取らずに。
もう二度とここには来ることはないんだろうな、なんて思いながら。
「シオ様を宜しくお願いします」
後ろからそんな声が聞こえたが、聞こえないふりをして僕は歩き続けたのだった。

最近、本当についてない。
いや、最近というか青手木と関わってからだな。
皆勤賞は無くなるし、顔はボコボコになるし、学校では変な噂立つし……。あれ? 全部、僕のせいな気がするけど、まあ気のせいだろ。
リビングにある椅子の背もたれに顎を乗せながらぼんやりと部屋を眺める。
さてと、何すっかな。
学校をサボったからまだ夕方にもなっていない。
バイトも今日は休むことにした。この顔じゃ、ちょっと……な。ていうか、働く気になれん。
でも、時間は持て余し気味だ。うーん。暇なときって僕、何してたっけ? ……あー、いや、高校に行ってからは暇なんてことなかったなぁ。
かと言って、勉強なんてする気も起きない。
大きくため息をついたときだった。
視界の端にバイオリンが映る。
……そうだな。こんな時はバイオリンだ。
弾いてる時は何も考えなくてもいいから。
僕はバイオリンを手に取って、いつもの練習場の公園へと向かったのだった。

気づいたら辺りは暗くなっていた。
公園の電灯が点灯し、その下で演奏しているとスポットライトを浴びてるようで気分が良かった。
そろそろ辞め時かなと思って弾くのを止めると、僕の前に呆然とした表情で月見里さんが立っていた。
……あれ? いつの間に?
夢中で弾いてるとこれだからなぁ。陶酔してるところを他の人に見られるって結構恥ずかしいんだよ。
すると突然、月見里さんの目から涙が溢れ出してきた。
「え? や、月見里さん?」
「イノリくん……だったんだ」
うつろな表情でポツリとそうつぶやく。
「どうしたの?」
「三年前……聖将学園駅……」
うつむいたまま独り言のように言う月見里さん。
……ん? 三年前? 聖将学園駅……って、もしかして。
「あのとき、バイオリン弾いてたのってイノリくんだったの?」
「……覚えてるの?」
「やっぱり!」
月見里さんが僕の手をギュッと握ってくる。
「もう……バカ! ずっと……探してたんだぞ!」
目に涙を浮かべながら微笑む。
えっと……なにが、なにやら……。
「おかしいって思ったんだよー。顔とか声とかそっくりだったし。ねえ、どうして嘘ついたの?」
「え? 嘘?」
「私がバイオリン弾くの? って聞いたとき、いや、バイオリンはやったことないって言ったじゃない。だから私、別人だったのかなって……」
「……ん? 僕、バイオリンのこと聞かれたっけ?」
「あー、そのことも忘れてるの? ほら、始業式でさ、列の隣になったとき。初めて話したときのこと覚えてないの?」
「……」
いや、覚えてるよ。忘れるわけない。だってさ、僕だって、やっと見つけたって思ったんだから。
ただ、そのとき僕も探りを入れようとして……。
月見里さんは三年前のこと覚えてないようだったから、すげーがっかりしたんだよ。
……ちょっと待て。話が食い違ってる感があるぞ。
七ヶ月前にプレイバック!

四月。体育館。始業式。
男女一列になって並んでて、ひたすら始業式が早く終わんねーかなって考えていたんだ。
二年生になった僕はクラス替えのせいで孤立していた。
……まあ、元々そんなに友達が多いというわけではないけど。
自慢じゃないが前のクラスじゃ休み時間に話せる友達が二人もいたんだぞ。
とにかく、また一から友達作るのめんどうだなーって思って何気なくキョロキョロと。
「こら、よそ見してたら怒られるぞー」
小声で言われ横を向くと……ものすごい可愛い子がいた。
「私、月見里カヤって言うんだ。よろしくね」
「あ……ぼ、僕は千金良イノリ。よ、よろしく」
「イノリ? あはは。変わった名前だねー」
「よく言われるよ」
「ん? あれ?」
急に真剣な顔で僕を見る月見里さん。
な、なんでしょう? もしかして……品定めですか?
……って、あれ?
僕も思わず、月見里さんの顔を凝視する。
この人……。
僕の脳裏に聖将学園駅前の光景が広がる。
僕が演奏するバイオリンの音色を気持ちよさそうに聞く女の子の顔。
……そう。まさしく僕の隣にいる月見里さんだ。間違いない。
うおっ! やっと見つけた! すっげー。テンション上がる!
この学校に入って、一年間探し続けたけど見つからなかった。
なにしろ、この学校の生徒数が生徒数だ。それに……バイトとかしててあんまり時間なかったし。
月見里さんは僕の顔を目を細めたり角度を変えたりして見ている。
「ねえ、イノリくんって、もしかして……」
お? やっぱりそうだ! 月見里さんも覚えてるんだ。僕のこと。
「チェロ好きだったりする?」
「……へ? チェロ?」
「あ、いや、その……やってみようかなーって思ってさ。格好いいじゃん。ただそれだけ。意味はないよー」
顔を赤くしてブンブンと手を振って恥ずかしそうにする月見里さん。
「……い、いや。チェロは弾いたことないなぁ。ごめん」
「そっか。まあ、珍しいからね。アニメのキャラとかだとよく弾いてるんだけどねー。お金持ちのキャラとか」
「……あー、うん。そうだね……」
え? チェロ弾いてるキャラなんていたっけ?
「まあ、とにかく同じクラスだからよろしくねー」
「う、うん。よろしく」
……そっか。月見里さんはあのときのこと覚えてないんだ。
僕は月見里さんに会えた嬉しさと、僕のバイオリンのことを覚えてないことへの落胆を同時に味わったのだった。

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