【Web小説】僕は結婚したくない⑱

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 ……。
 ……。
 ……。
「いや、チェロって言ったじゃん!」
 思わずツッコミを入れてしまう。
「……あ」
 急にみるみると月見里さんの顔が赤くなっていく。
「いやー! トラウマえぐるのやめてー」
 頭を抱えて泣きながらうずくまる月見里さん。
「あうう……。私、バイオリンをチェロだって思い込んでたの……」
 シクシクと泣き声をあげている。やっべえ、可愛い。萌える。
 にしてもバイオリンとチェロを間違えるって……。まあ、確かにフォルムは似てるけど……大きさ全然違うじゃん。
「そ、それにさ、イノリくん、三年前のこと全然話てこないから、てっきりソックリさんだとばかり……」
 ……いやぁ。いないでしょ。そんなソックリさん。
 大体、世界に三人自分と同じ顔がいるってよく言われるけど実際、そういう人、見たことないんだよな。
「私ね、聖将学園に入ったのも実はバイオリンを弾いてた人を探すためだったんだ」
「……」
 その話の流れ、どっかで聞いたことがあるんですが?
「ほら、イノリくんってさ、あの時、聖将学園駅前で弾いてたでしょ。だからその辺に住んでるんだろうって。きっと高校もそこを選ぶんじゃないかって思ったんだ」
 なんと! 月見里さんも僕と同じ理由で高校を選びましたか。
 ……似た者同士ですねー。
「でもさ、一年間探したけど見つからなくて……正直諦めかけてたんだよ。そんなとき、隣に並んでいるイノリくんを見て、おお! って思ったのに人違いだってなったからガックリしたんだよ」
 うーん。僕もそのときガッカリしてたんですよ。
「ま、とにかく! あのとき、バイオリンを弾いてたのはイノリくんなんだね?」
 立ち上がり、ビシっと指をさしてくる月見里さん。
「あ、う、うん」
 すると突然、月見里さんが僕に抱きついてきた。
 ……え? えええ? な、なになに?
 月見里さんは、僕の胸に顔を埋めてポツリとつぶやいた。
「お礼を言いたくて、ずっと……ずっと探してたんだよ」
「……」
「ありがとう。イノリくん」
 よくわからないけど……生きててよかった。

 この公園にはベンチがないから僕と月見里さんはブランコに並んで腰掛けている。
 くそ。マジでベンチくらい設置しろって。そうすれば、もっと接近できたのに。
「中学の頃さ、私、自分が養子って知ったんだよねー」
「……え?」
 さらりと、とんでもないことを言う月見里さん。
「養子だからって、別に意地悪とかされてたわけじゃないんだ。逆にすごい可愛がられてたんじゃないかなぁ。お父さんとお母さんはなかなか子供ができなくて、それでもやっぱり子供が好きだから私を養子にしたんだってさ」
「……」
「あ、ちなみに本当の親の顔は覚えてないよー。生まれてすぐ捨てられたみたいだから」
 えへへと恥ずかしそうに頭をポリポリと掻きながら言う。
「でね、最初になんか変だなーって思ったのは弟ができた時かな」
「変?」
「空気が変わったっていうのかな。なんでもかんでも弟が中心になったんだよね。最初は赤ん坊がいたら、そっちが優先になるのはしょうがないって思ったんだけど……。私に対しての接し方? が、なんか冷たくなった気がしたんだ。必死に気のせいって思ったんだけどね」
 口元は笑っているのに目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「辛いなら話さなくていいよ」
「ううん。聞いてほしいの。……あ、イノリくんの方が聞くの嫌かな? そうだよね。他人の不幸話って、どう反応していいかわからないもんね」
「聞くよ。何も言ってあげられないかもしれないけど、ちゃんと聞く」
「ありがと。イノリくんの、そういうところ好きだよ」
 今にも泣きそうな顔で、それでも必死に笑みを浮かべる月見里さん。
「中学二年の時、戸籍を見たんだ。その時、学校で流行ってたの。戸籍を見せ合うっていうのが。今考えても変なのって思うけどね。で、私は見たわけ。私の戸籍を」
「……」
「そのことをお父さんとお母さんに話したら、あっさりと全部教えてくれたんだ。私はお父さんとお母さんと血がつながってないって。その時『血は繋がってなくても娘だよ』って言ってくれたけどさ。やっぱり本当に血が繋がった子供の方が可愛いよね。ずっと欲しかったんだしさ」
 涙がこぼれないようにか、月見里さんは上を向く。
「やっべー。私、この家に居場所がないー! って思ったわけ。そしたらさ、私って誰からも必要とされてないんじゃないかって思っちゃうわけですよ。思春期って怖いですなぁ」
 その気持ちはわかる。……だって僕も同じだから。
「そんな時だった。私はイノリくんに出会った」
「……」
「すっごい優しい音色だったんだよ。なんかさ、いいよって言ってくれてるみたいだった。私はちゃんとここにいてもいいんだよって」
 月見里さんが僕の方を向いて微笑む。今度はすごく嬉しそうに。
 ……そうだ。あのときも……三年前、僕のバイオリンを聞いている時と同じ微笑みだった。
「一目惚れだったなぁ。……あー、えっとね。正直に言うと、その……音色というか存在? に惚れちゃったって感じだから、あんまり顔を見てなかったんだよねー。いやぁ、とんだ困ったちゃんですよー」
 うーん。それは嬉しいのか、嬉しくないのか判断が微妙な感じなのですが……。
「で、告白しようって決心した次の日からイノリくん、いなくなっちゃうんだもん。もう! 泣きそうになったよ!」
 ぶうと頬を膨らませる月見里さん。
「あー……。うん。ごめん」
 あの日の夜、僕の両親は事故に遭ったのだ。そりゃ、てんやわんやでバイオリンどころじゃなかったんだよ。
 なんとか落ち着いたのは三ヶ月くらい経ってたし、一応駅で張り込みとかしたけど見つからなかった。
 ……というのは、まあ、話すほどじゃないかな。
 なんか不幸合戦みたいになっちまうし。
「ま、いっか。こうして再会できたんだもんね」
「そう……だね」
「私さー。結婚するならその人と、って決めてたから他の人と付き合うのは浮気って考えてたんだよね」
「……へー」
 最近、この『結婚』って言葉よく聞くなぁ。流行ってんの?
「でも、イノリくんに出会って、好きになって……。やっばっ! 浮気になっちゃうって自分で勝手にテンパってさ」
 ん? 今、なんか凄いこと言わなかった? も、もう一回言ってくれないかな? 録音するから。
 突然、月見里さんが立ち上がって僕の目の前に立つ。
「撤回します!」
 ビシッと僕に対して指差す月見里さん。
「えっと……何をでしょう?」
 僕も立ち上がった方がいいのかな?
「告白!」
「……え?」
「私、イノリくんのこと友達のままが良いって言ったでしょ?」
「あ、うん」
 あのときの光景が……トラウマがニュっと顔を出してきた。イラッとしたから、叩いてやったぜ。モグラ叩きのようにな。
「やっぱり、あれ無しでいいかな?」
「……え?」
「あのとき断っちゃったけど……。本当に自分勝手でごめんだけど……。でもね、私ね」
 月見里さんは顔を真っ赤にして、こう言った。
「私、イノリくんのこと大好きです。付き合ってください!」
「あ、は、はい」
 間抜けな返答をしてしまった。……だってさ、急だったし物凄い勢いだったし。……くそ、格好悪い。
「ホント? やったーーー!」
 月見里さんがピョンピョンと飛び跳ねる。
 ……でも、こういうのって逆じゃねえ? 僕が告白して喜ぶのが普通でしょ。僕って本当にダメ人間だな。
 ため息をついて月見里さんを見る。
 嬉しそうにキャッキャしてて可愛いこの上なし。
 僕がやるのは告白までだな。あんな風に喜んで可愛いのは月見里さんだからだ。僕がやったら「あ、やっぱ、付き合うの無しで」ってことになりかねない。
「あ、そうだ!」
 月見里さんがピタリと跳ぶのを止めてこちらに走ってくる。
「あのね、イノリくんにお願いがあるの」
 顔を赤くして、モジモジしながらチラッとこっちを見る姿がかなりヤバイ。抱きしめてしまいそうだ。せっかくうまくいってるんだから、ここは我慢だぞ。
「今度の日曜日。弓道の大会があるんだけど……応援に来てくれないかな?」
 今度の日曜。……ふと、青手木のことが頭をよぎって胸がチクリと痛む。
「ダメ……かな?」
 返答が遅かったせいか、不安そうな顔をする月見里さん。
「あ、いや。うん。行くよ。応援に」
 いつも行ってたんですけどね。弓道の大会。影からずっと応援してました。ストーカーのように。
「ありがと! すっごく嬉しいよ! 私、絶対、イノリくんを全国大会に連れて行ってあげる!」
 ……えっと、それってよくある「君を甲子園に連れて行く」系な感じですか? いや、嬉しいけど、そろそろこの男女逆のシュチュエーションは止めたいです。
「頑張ってね。応援するよ」
 そんなこと言えるはずもない、チキンな僕でした。
「あ、そだ。忘れてた。これ!」
 月見里さんがカバンを渡してくれる。
「……これ、僕の?」
「うん。イノリくん、今日、保健室に行ったまま帰らぬ人になっちゃったでしょ。こりゃ、私が届けてあげなきゃなーって思ってさ」
 なるほど。で、この近くを通りかかったところにバイオリンの音が聞こえて公園にやってきたというわけか。
 あ、ちなみに帰るときになって「顔、どうしたの? すごい腫れてるけど」と言われた。それまで突っ込まなかったのは、なんとも月見里さんらしい。
 僕が「んー。転んだ」と言うと「そっか」と笑ってくれた。
 その時、改めて思ったんだ。
 僕は月見里さんが大好きだって。

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