【Web小説】僕は結婚したくない②

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次の日の朝。
アクビをしながら、校門を通って玄関へと向かう。
肺に冷たい空気が入ってくるが、一向に目が覚めない。
眠さで頭がぼーっとする。
ホームルームが始まるまでは、後十五分ほどある。
この時間に登校する生徒は、結構多い。
遅刻するという時間じゃないから、みんなゆっくりと歩いている。
僕もその集団が作る流れに乗って、昇降口へと入った。
うーん。入学して一年以上経つけど、やっぱりこの学校の昇降口の広さは無いだろ。
端から端まで、ゆうに百メートル以上ある。
そこにズラッと下駄箱が入り組んで設置してあるため、迷路のような状態になっている。
僕も入学当初は、何度も昇降口で迷子になったものだ。
まあ、生徒数が生徒数だから、しかたないのかもしれないけど。
聖将学園。
僕が通っている、この高校の名だ。全在校生は二千人強。
この地域の高校は、ここしかないので人数はかなり多めだ。
まあ、この辺に住んでいれば、大体のやつは聖将学園に入学する。
僕もそうだ……と言いたいところだが、実は違う。
ちゃんと目的があって、この高校に入学したのだ。
わざわざ引越しをして一人暮らしをしてまで、どうしてもこの高校に入りたかった。
理由は一つ。
三年前に会った、あの女の子を見つけるためだ。
僕がバイオリンを弾いていたのは、聖将学園駅前。
そこで彼女に出会ったのだから、恐らくその近くに住んでいたんだろうと推測。
で、その辺に住んでいるなら、もちろん聖将学園に入学するだろうと僕は読んだ。
……なんかこうまとめると、しょっぱい話だよな。
バレたら「そんな理由で高校を決めたのか!」と、天国にいる母さんと父さんに怒られそうだ。
説教はそちらに行ったらちゃんと聞きますので、許してください。
今考えるとものすごい消極的な作戦だった。もし彼女が都会の高校へ行ってたとしたら、どうするんだよ。
僕の高校三年が、危うく無駄になるところだった。
……いや、まあ、無駄ってほどではないとは思うけど。
が、とにかく僕の作戦は成功した。
この聖将学園で、僕は彼女に再会できたのだ。
下駄箱で上靴に履き替える。
ついでに横目で、彼女の名前が書かれた下駄箱を覗き見る。
よし! 上靴が置いてある。まだ来てない。間に合った。
ホッとしたと同時に、再びアクビが出る。
うーん。いかん。最近、完全に寝不足だ。バイトの日数を減らすか? いや、それこそ金が無くて死んでしまう。まあ、キツイのを覚悟で一人暮らしを始めたんだからな。これくらいは耐えねば。
僕は眠気を払うために両手で頬を叩く。
彼女に寝ぼけた顔を見せるわけにはいかない。そろそろここを通るはずだから。
キョロキョロと辺りを見渡した時だった。
「隙有りー!」
後ろから声がする。
振り向くと、そこには一人の女の子が弓を構えていた。
いや、実際にはマフラーを矢に見立てて、弓を構えているといった格好だ。
「バーン!」
そう言うと同時に、右手でつまんでいたマフラーの端をパッと放す。
……なんで弓なのに、効果音が銃なんだろう?
「えっへっへ。今日もイノリくんのハートを打ち抜いてやったぜ」
得意げに鼻の下を人差し指でこすっている。
はい。いつも、打ち抜かれてます。……うう、可愛い。
「お、おはよう。月見里さん」
そう。僕が待っていたのは同じクラスである、この人。ショートカットがとても似合う、いつも元気な月見里カヤさん。
三年前に出会い、この高校で劇的な再会を果たしたその人だ。
残念なことに月見里さんは三年前のことは覚えていなかったんだけど……。
あ、ちなみに月見里は『やまなし』と読む。
僕の苗字と同じくらいに読み方が難しい。
共通点のような気がして、ちょっと嬉しかったりするのだ。
「ここでイノリくんに会うこと多いよねー」
月見里さんはマフラーを首に巻きながら、上靴に履き替える。
「あ、う、うん。そうだね」
そりゃそうだ。だって、僕は月見里さんと一緒に教室に行くために、この時間に来るんだから。
月見里さんと並んで廊下を歩く。まさに至福の時間。
背は若干僕の方が高いくらいだから、横を向けばすぐ月見里さんの顔がある。
……事故を装ってキスとかできないものだろうか……などと、朝から邪なことを考えてみたりする。
……おっといかん。妄想なんて、あとからいくらでもできるんだ。
今は月見里さんとの会話を楽しまねば!
「月見里さんは、今日も部活の朝練?」
「冬ぐらいは中止すればいいのにさぁ。……でも試合近いからしょーがないよねー」
両手を上げて、やれやれといった感じの仕草をする月見里さん。
いや、そこは頑張って欲しい。朝練の終わる時間は大体いつも同じだからこそ、こうして待ち伏せができるんだからさ。
月見里さんは弓道部に所属している。うちの学校はかなり、部活に力が入っていて、全国大会に出場している部活もあるくらいだ。
弓道部も去年、全国への切符をあともう少しのところで逃したらしい。
一方、僕は部活なんてやってる暇はないから帰宅部だ。
「イノリくん、今日も朝から疲れた顔してるね。バイト忙しいの?」
「いや、そんなことないよ。元々こんな顔だし」
「ええ? イノリくんって、疲れた顔で生まれてきたのかよー」
あははと笑う月見里さん。
うわ、可愛い。癒される。僕はいつもこの顔を見るために、頑張ってこの時間に登校しているのかもしれない。
「月見里さんだって疲れてるんじゃないの? 部活の後にバイトでしょ?」
「にゃはは……」
困ったように笑う月見里さん。
月見里さんは放課後、七時くらいまで弓道部の練習をして、そのあと四時間もバイトをするという猛者なのだ。
なのに眠い顔一つ見せずに、毎日部活の朝練をサボらずに出るなんて本当に凄いことだと思う。
僕は月見里さんのことが、その、す、好きだけど、それ以上に尊敬している。
「お互い、一人暮らしは辛いですなぁ。まあ、私の方は仕送りあるから、そこまでバイトに集中しなくてもいいんだけどね」
月見里さんも僕と同じく一人暮らしをしている。
「でも今度の日曜は休み取ったから、ゆっくり寝るとするさー」
「へえ、月見里さんが日曜にバイト休むなんて珍しいね」
「休みを取ったというよりは、ただお店が休みなだけなんだけどね。なんか、新メニューの開発するんだって、親父さん張り切ってるんだ」
月見里さんはラーメン屋の『K・K』というお店で働いている。
ラーメン屋にしては変わった店の名前だが、出しているラーメンも変わっているから、逆に合っているのかもしれない。
それにしても新メニューか。この前はカルボナーラ風ラーメンだったからなぁ。今度はどんな物が出てくるのか、怖いようで興味がある。
「じゃあ部活が終わってからは、ゆっくりできるんだ?」
「その日は部活も休みだよ」
「え?」
「大会前のリフレッシュ休暇だってさー。先生も粋な計らいしてくれるよねー」
「……」
こ、これは……チャーーーンス!
来ましたか? ついに僕にも春が到来ですか?
今まで何度もデートに誘おうとしたが、月見里さんは忙しくて、それどころではなさそうだったのだ。
あ、うん。まあ、実際、誘ったことはない。断られるの、目に見えてる。僕はマゾじゃないんだから、無闇に心に傷を負うことはしないって。
よし。落ち着け、僕。
確かに月見里さんにとって、その日はゆっくり休める大事な日だ。
だけどデートを昼過ぎで切り上げるか、そもそも待ち合わせの時間を午後からにすれば、そこまで負担にはならないだろう。
こんな時のために、何百通りもデートプランを考えてきた。
「あ、あのさ、月見里さん。その……よ、よかったらさ」
「どしたの、イノリくん。脂汗出して。良い出汁とれそうだよ?」
「いや、その、暇だったらでいいんだけどさ」
「……?」
「ぼ、僕とデー……」
「ん? なんだろ、あれ」
「へ?」
急に月見里さんが立ち止まって、指を指す。
その方向には人だかりができていた。ちょうど僕たちのクラスの前だ。
「なんかあったのかな?」
不思議そうに首を傾げる月見里さん。
教室のドアが全開になっていて、そこから他のクラスの生徒が教室内を見ている。
男女比率としては、若干男子が多いといったところか。
「転校生でも来た……とか?」
「まっさかぁ。こんな半端な時期にそれはないよ。イノリくんの発想ベタ過ぎぃ」
あはは、と笑う月見里さんはやっぱり可愛い。
「カヤ、カヤー! 大ニュースだよ!」
そう言って、走ってきたのはクラスメートで月見里さんの親友の細谷(だったはず、確か)だ。
二人は本当に仲が良くて、学校にいる時はほぼ一緒にいる。
……僕があまり教室で月見里さんに話しかけられない原因の一つだ。
ちなみにこの細谷も部活に入ってない。
「え? なになに?」
「来て来て、早く!」
そう言って細谷は月見里さんを引っ張って、教室に入っていった。
「はあ……」
まあ、いつものことだ。月見里さんと話せるのは、大体昇降口から教室の前までの距離だけ。それ以外はああして細谷が月見里さんを独占している。……何度も殺意を覚えたことは、あえて言うまでもないだろう。
気を取り直し、人ごみを押しのけて教室内へと入る
教室内も妙に騒がしい。
僕は自分の席に座り、カバンから教科書を出して机の中に入れる。
その動作を行いながらも、ざわついた周囲へ聞き耳をたてる。
「青手木さんが来てるぞ」
「嘘だろ! だって、テストは昨日で終わりだぜ?」
「どうしたんだろうね?」
僕は視線をあげ、左から二番目、前から三番目の席を見る。
まあ、つまりは青手木の席だ。
他のクラスメートたちは、青手木を中心に一メートル程感覚をあけて円を作り出していて、まるで見世物のような状態になっている。
本人はというと、まわりのことを一切気にもとめず、ただ前を向いている。
後ろからだと表情までは見えないので、もしかしたら注目されていることを恥ずかしがっているかもしれないが……。
確かにテスト日以外で、青手木が登校してくるのは珍しい。だが、そこまで騒ぐことか? まったく、暇な奴らだぜ。
教科書を机の中に入れ終わった僕は、いつものようにホームルームの時間まで寝ようと、机に突っ伏す。
意識がまどろんできたとき、誰かが僕の方へ近づいてくる気配がした。
「おはようございます。イノリさん」
……デジャブか? いや、幻聴か。
昨日も寝ていた時に、こうして青手木に話しかけられたんだよな。
「今朝はお迎えにあがれず申し訳ありません。何時に家を出られるのか聞きそびれてしまって……」
一気に教室内がザワザワと騒がしくなる。
……僕に言っているのか? それに、迎え? なんの話だ?
いや、僕に言ってるわけじゃないだろうな。青手木とは一緒に登校するほどの仲じゃないっていうか、昨日初めて話したくらいだ。
きっと僕の隣の奴に話しかけているんだろう。無視して寝よう。
「ね、ねえ、イノリくん。顔を上げなよ。青手木さんが話しかけてるよ?」
月見里さんの声が聞こえて、ガバっと僕は顔を上げる。
目の前には青手木が無表情で立っていた。
「……なんの用だ?」
「家を出る時間を教えていただけませんか?」
……意味が分からない。
僕は眉を寄せながら青手木に訊ねる。
「そんなことを聞いて、どうするつもりだ?」
「明日からは、ちゃんと迎えに行きますので」
「迎えにくる? なんでお前が?」
「私はイノリさんの妻ですから、当然だと思います」
青手木の言葉で、一気に教室内がヒートアップする。
「なに? 千金良君と青手木さん、付き合ってるの?」
「うっそ。マジで? じゃあ、あの条件、飲んだってことか?」
「いや、それにしたって、千金良と青手木が話してるの見るのなんか、今日が初めてだぜ。条件飲めば、誰だって良いってことかよ」
「イノリくん、どういうことなの?」
いつの間にか僕の後ろに立っていた月見里さんが尋ねてくる。
……僕が聞きたいくらいだよ。
「……」
ふと、青手木が僕から視線を月見里さんへと向けた。
目を細め、ジッと見る。まるで蛇が獲物を狙うような目で月見里さんを睨みつける、青手木。その瞳は冷めていて、かつ、敵意を露わにしていた。
「おおう!」
月見里さんも同じように感じたのか、一歩後ずさった。
なんなんだよ、一体。
「安心してください。近づく女は私が排除します」
いや、怖ぇって! 無表情なのが特に。全っ然、安心できねえ。
青手木の言葉で、いよいよクラス中が騒がしくなる。
後ろには月見里さんがいる。変な誤解をされたらマズイ。
まあ、どうも思われないかもしれないけど。
「ちょっと来い」
とにかくここじゃダメだ。
僕は青手木の手をつかみ、教室から出る。
教室の外にいる野次馬どもをかき分けて、体育館へと向かったのだった。

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