【Web小説】僕は結婚したくない④

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僕は朝の時間をとても大事にしている。
というのも、家に帰ってくるのはバイトが終わってからなので大体十二時を過ぎてからになる。
それから授業の予習復習をして、筋トレをこなし、バイオリンのイメージトレーニングをして(実際に音を出すと苦情がくるから)シャワーを浴びて、寝る。大体その頃には深夜の三時を過ぎてしまう。
睡眠時間が短いから朝は一分一秒長く寝ていたいのだ。
僕は目覚まし時計を朝の七時にセットしている。
本当は七時半でも間に合うのだが、その七時に起きないと月見里さんに会えないからだ。
眠いけれど、登校する月見里さんに会うために早めに起きる。
これで一日乗り切ることができるのだ。
つまり何が言いたいかと言うと、目覚ましが鳴るまでは寝ていられるということだ。
しかし、この日は違った。
「イノリさん。朝です。起きてください」
目覚ましの音よりも先にその声に起こされた。
聞き覚えのある声。
僕は重いまぶたを必死に上げる。
案の定、見えるのは青手木の無表情の顔だった。
なんだろう。青手木は僕の睡眠を邪魔するのが趣味なんだろうか。
三回連続眠りを妨げられている。
今度はなんだ? なんの用だ? 僕はまだ眠いんだぞ。
……ん? あれ?
ぼんやりとした頭に一つの疑問が浮ぶ。
ガバっと状態を起こすと、枕元に正座した青手木がいた。
「青手木! なんでここにいる!」
「おはようございます」
ペコリと頭を下げる青手木。
「質問に答えろ!」
「……起こしに来ました」
「あ……うん。僕の質問が悪かった。どうやって中に入ってきた?」
「ドアを開けてです」
なんでこいつとは会話がすれ違うのだろう。
よし、わかった。ちゃんと丁寧に質問しよう。
「ドアには鍵がかかっていたはずだ。どうやってドアを開けて中に入ってきた?」
「大家さんにお願いして鍵を開けてもらいました」
ほう。なるほど。大家さんならマスターキーというものを持っているだろうから開けられるだろう。
……いや、開けるなよ! 大家さん!
「そして鍵の業者さんを呼んで鍵を付け替えました。これ合鍵です」
そう言って、青手木は鍵を僕の手のひらの上に置く。
「なんで僕の家なのに僕が合鍵の方なんだよ!」
「……そうですね。こちらがマスターキーになります」
青手木は合鍵とマスターキーを入れ替える。
「……ん?」
「どうしました?」
「待て! 危ねえ! 騙されるところだった!」
「……?」
相変わらずの無表情で首を傾げる青手木。
大分この動作にも慣れてきた。もう怖くないぜ。
……それより!
「なんで鍵を付け替える!」
「私、鍵を持ってませんから。毎回大家さんに開けてもらうのは非効率です」
「……当然のように僕の家に入ってこようとするなよ」
「夫を起こすのは妻として当然です」
「……」
ダメだ。こいつには何を言っても時間の無駄だな。諦めよう。
チラリと時計を見ると、まだ六時だった。
よし、まだ一時間眠れる。
「わかった。起こしに来てくれてありがとう。僕は起きた。もう少し寝るから帰ってくれ」
「朝ごはんの用意ができてます」
「……朝飯?」
「黒毛和牛が手に入ったので、それを中心に作りました」
「……」
青手木の顔はいつも通り無表情。まったく真意が読み取れない。
ヤベェ。ちょっとテンション上がった。
タダ飯が食える!
基本的に金がない僕は、朝食を食べられない。
ぶっちゃけて言ってしまうと金が無い。
昼は購買で百円のコロッケパンを食べ、夕飯はバイト先で弁当が支給される。
とにかく僕にとって食べ物はなにより有難い救援物資だ。
……いや、待て待て。素直に青手木の飯を食ってどうする。
そんなことをしたら青手木の策略にまんまと飛び込むようなものだ。食物は惜しいが、忘れるな。僕の目的は青手木に嫌われることだ。
婚姻届を握られている以上、こちらが不利だ。さらに弱みを見せるわけにはいかない。
ふん。いつまでもやられてばかりの、この千金良イノリではない。
昨日、一時間ほどかけて『青手木シオに嫌われよう計画』を立てたのだ。しかも今は家の中。つまり完全に僕のテリトリー内だ。
ふん。油断したな、青手木シオ。ここならどんなことを言おうが外に漏れる恐れはない。
僕はわざと間抜け面をして、気の抜けた声を出す。
「僕さ、朝はグダグダと過ごさないとダメなんだ。もちろん朝ごはんも食べないし、遅刻だってする。ホント、ダメ人間なんだ」
「今後はきちんとした生活をしましょう。私がサポートします」
作戦一、失敗。
ちっ、まあいい。次だ。
「なあ、青手木。お前に僕はもったいないと思うんだ。もっとお前にふさわしい男がいると思うぞ」
「いません」
作戦二、失敗。
なかなかやるな、青手木。だが、最後のこれには耐えられまい。
「青手木。実は僕、お前の身体と財産が目当てなんだ」
「お好きにどうぞ」
……作戦三、失敗。
青手木はあっさりと僕の作戦を全て看破して見せた。
無表情と淡白な物言いが、逆に凄みを感じさせる。
くそ。昨日頑張って考えたのに。
「それでは朝ごはんを食べましょう」
青手木が僕の手をグッとつかむ。
「い、いや、待ってくれ。ほ、ほら、僕、朝ごはん食べない主義だし」
……本当は食べたい。食べたいが、ここで食べてしまったら負けな気がする。
「朝食を摂らないと脳に栄養が届かないため、やる気低迷につながります。これからはちゃんと食べてください」
「うう……」
僕はガクリと肩を落とし、ベッドから出る。
考えてみれば青手木はすでに朝食を作ったと言っていた。しかも僕の為に。ここで嫌われるためだからと言って、その料理を捨てるわけにもいかないよな。
……だってもったいないだろ。
僕は食べ物を粗末にするのが嫌いだ。
「わかったよ」
僕は降参の感じで両手を上げ、リビングへと向かった。

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