【Web小説】僕は結婚したくない⑥

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「それでは、勉学、頑張ってください」
青手木は玄関で三つを指ついて、頭を下げる。
朝食のダメージを抱えながらも必死で着替え(青手木が手伝おうとしたが、断固として断った)準備をして家を出るところだ。
そろそろ出ないと月見里さんとの甘美な朝の一時が送れなくなる。
「あー、うん。どうも」
なんか調子が狂う。……それって、妻っていうよりメイドっぽくなってないか?
今日も青手木には学校を休んでもらうように言った(まあ、最初から行く気はなかったようだが)。
「五分待っていただければリムジンを呼びますが?」
「や、め、ろ!」
そんなことをしてみろ。完全に青手木家にお婿に行ったと噂になる。
「お前も早く帰れよ」
青手木は食器を洗うから、もう少し家にいるのだという。あまり他人に家の中を触られたくないのだが仕方ない。
「じゃ、行ってくる」
僕がドアに手をかけた時だった。
不意に後ろを引っ張られる感覚がした。
振り向くと、青手木が僕の制服の端を掴んでいる。
「……どうした?」
「忘れ物です」
「あん? 教科書は入ってるし、今日は体育もねえぞ」
「違います」
青手木は顔を上げて目をつぶり、そっと唇を近づけてくる。
「ちょ、ちょっと待て! なんのつもりだ!」
僕の言葉に青手木は目を開ける。不思議そうに首を傾げる青手木。
「行ってきます、のキスですけど?」
なんだその円満な夫婦像は? すげードキドキするだろ!
僕は動揺を見破られないように軽く咳をする。
「いいか、青手木。僕たちはまだ結婚してない。そういうことは夫婦になってからだろ」
「……そうですね。失礼しました」
そう言って、顔を離す青手木。
ふう。危なかった。
何とか僕のファーストキスは守ったよ、月見里さん。
……でも、ちょっと惜しいことしたかな?
あー、いやいや。ウソウソ。嘘だから。
それにしても……。
青手木に嫌われるという計画が……全く進まない。

学校に着いて、昇降口で十五分ほど待っていたが月見里さんは来なかった。
どうしたんだろう? 今日は休みなのか? 月見里さんが学校を休むなんて初めてじゃないのかな。僕の中では月見里さんは元気の塊みたいな存在だったから風邪とは無縁だと思っていたのに。
一瞬朝練を休んだのではと思ったが、風邪で学校を休むよりも有り得ないことだ。
そんなことをぼんやりと考えていると、予鈴が鳴り始める。
僕は慌てて教室へと向かった。

教室に入ると、すでに月見里さんが席に座っていた。
あれ? 今日、休みじゃなかったんだ? やっぱり朝練を休んだのかな? それとも早く終わった、とかか?
朝の幸せな一時を過ごせなかったことにショックを受けながらも自分の席に着く。
ぼんやりと月見里さんを見る。
……可愛い。
いつもだったら先生が来るまで睡眠に入るところだが、朝の一件(青手木)のせいか全く眠気がない。
よし、今日はホームルームまで月見里さんを眺めていよう。
朝に話せなかった分、目で見て堪能しよう。などと、若干ストーカーじみた行為に及んでいるとあることに気づく。
月見里さんの机の周りには、五人ほどの女子たちが取り囲んでいた。珍しいことにそこには細谷がいない。
……五人ともクラスの奴じゃない。他のところの生徒か?
でも、全員見たことある気がするな。どこでだ?
ジッと五人の顔を見る。必死に脳内を検索。そしてピンっとヒットする。
ああ、弓道部の奴らだ。
僕は弓道部の試合には毎回応援(というか、隠れて見てるだけだが)に行っている。だから弓道部員は見たことがあるのだ。名前までは知らないけど。
それにしても弓道部の奴ら……うちのクラスで何やってるんだ?
あの様子だと随分前からこの教室にいたようだ。
……今日は朝練休みだったんだろうか。珍しいな。
その時、クラスの担任が教室に入ってくる。
「ほらほらー、ホームルーム始めるよー。他のクラスの生徒は教室に戻りなさーい」
うん。相変わらずトロい話し方だ。
「はーい。それじゃあカヤ、また後でね」
弓道部の奴らが教室を出ていく。
「ホームルーム始めますよー」
僕の眠気を誘うようにホームルームが始まったのだった。

一時間目終了後。ようやく朝の衝撃が落ち着き、眠気が襲ってきていた。
いつものように休み時間は寝て過ごすことにしよう。
「ねえ、イノリ君、ちょっと良いかな?」
ちょうどうつ伏せになろうとした時に後ろから声がした。
振り向かなくてもわかる。月見里さんの声だ。
そもそも僕に話しかけてくるのは月見里さんしかいないのだが。
僕は勢い良く振り向く。
後ろで手を組んで立っている月見里さんがいた。
いたずらっぽく微笑んでいる。
ヤバイ。本当に可愛い。
「な、なに? ど、どうかした?」
思わず声が上ずってしまった。教室で話しかけられるなんて本当に久しぶりでビックリしたからだ。
「イノリ君ってさ、青手木さんと付き合ってるの?」
「……え?」
「今日の朝、イノリ君のアパートの前にリムジンが停ってたって話題だよ」
「……」
「沼っちが……。あ、弓道部の子ね。朝、通りかかった時に見たんだってさ」
「……」
くそ、油断した。確かにリムジンなんか目立つからな。この街でリムジンを持ってるなんて青手木の家くらいしかないだろう。
「婚約まで進んでるって聞いたけど実際どうなのかな?」
「……」
マズイ。非常にマズイ。
「あとあと、あの噂ってホントなの?」
「あの噂?」
「青手木さんって誰とでも付き合うらしいけど、それには条件があるって」
「なに?」
「婚姻届けに名前を書かせるって話だよ。付き合うイコール結婚ってことだね。青手木さん、美人だけど結婚までって言われるとみんな引くみたい。そりゃそうだよね。高校生で結婚までは考えられないって」
やけにテンションが高い月見里さん。
嫉妬の微塵も感じられない。どちらかというと噂話に沸く、一般的な女生徒のようだ。
「ま、まさか。そんな話、デ、デマだよ」
かろうじてそう言うのが精一杯だった。
「そうなんだ? でも、付き合うなら真剣にね。結婚までは考えないにしても大切にしてあげるんだよ」
「い、いや、違うって。デマって言ったのは青手木と付き合ってるってところ」
「あれ? そうなの? じゃあ、リムジンの話は?」
「そ、それは……その……。あ、そう。忘れ物を届けにきてくれたんだ。あいつ、結構律儀なところがあってさ」
「忘れ物? 青手木さんの家に行ったの? イノリくん」
「ああ、いやいやいや。ほ、ほら、その、学校でだよ。なんかさ、青手木のカバンの中に僕の教科書が入ってたみたいでさ」
「……なんですと?」
首を傾けて考え込む月見里さん。
くっ、やっぱり、苦しいか? まあ、そりゃそうだろう。僕と青手木の机は離れている。教科書が混じるなんてことはほぼ百パーセントないだろう。
「そ、それよりさ! 月見里さん、今度の日曜休みって言ってたよね? どこか遊びに行かない?」
「およ?」
月見里さんの顔がキョトンとなる。
……はっ! 今、僕、苦し紛れに何て言った? さりげなく月見里さんをデートに誘ったんじゃないのか?
偉いぞ! 僕! さすがだ! 勢いに任せて、長年できなかったことをやったぞ!
しかし、月見里さんは寂しそうな顔をして、
「うーー。ごめんね」
と両手を顔の前で合わせて謝ってきた。
フラレたーーーーーーー!!!
ショック……。一日暇だけど僕と出かける暇はないと。
まあ、そりゃそうだろう。僕と月見里さんの関係なんて、朝ちょっと話すくらいの仲だ。
でも改めて面と向かって断られると凹む。
やっぱり脈がなかったのか……。
「今度の日曜日、弓道部の皆と『dawn』に行くことになったんだ。大会前のリフレッシュってことでさ」
「え? 『dawn』? 遊園地の?」
この街には二つ遊園地がある。一つは潰れかかった古い遊園地。で、もう一つが話に出てきた『dawn』だ。『dawn』は最近オープンした、最新の乗り物がそろっている遊園地だ。
噂では一つの乗り物に乗るのに一時間待ちが当たり前らしい。
……そんなの待ち疲れするだけだろ。
でも、とりあえず先約があるから僕の誘いを断ったということに安堵する。
月見里さんは友達を大事にする人だ。その友達と一緒に遊びに行くなんて本当に久しぶりだろう。ぜひ、楽しんできて欲しい。
朝、月見里さんの机に集まって話していたのはその計画を立てていたのだろう。
チャイムが一時間目の休み時間の終りを告げる。
「ホントごめん。今度、また誘ってね」
そう言って去っていく月見里さん。
ふう。なんとか誤魔化せた。
でも、これは良い方に転がったんじゃないか?
月見里さんは「また誘って」と言ってくれた。これで次はもっと誘いやすくなったと思う。
……社交辞令な感はものすごくあるけど。まあ、気にしない。悲しくなるから。
それにしても厄介だな。
家の中なら青手木との会話が聞かれないから嫌われるのはちょうどいいかと思っていたけど、完全に逆だった。
青手木が僕の家に通っていると噂になれば今度こそ誤魔しきれない。青手木にリムジンを使うなと言ったところで、家の付近を歩いているのを見られたら意味がない。
となると僕の家はダメだ。テリトリー内と言ってもリスクが大きすぎる。
やっぱり外で、誰も見てないところで、だよなぁ。
そう考えながら二時間目の先生が来るまでの時間を寝るために、僕は机に突っ伏したのだった。

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