【Web小説】僕は結婚したくない⑦

NO IMAGE

 異変はすぐに感じることができた。
 というのも、僕の家のドアに鍵がかかってなかったからだ。
 いつも学校帰りにそのままバイト先に行くので家に帰るのは十二時を過ぎる。
 今は深夜の十二時十分。
 なぜこの時間に鍵が空いているのか?
 今日の朝、僕はドアに鍵をかけずに学校へ行った。青手木が家にいたからだ。
 ……あいつ、まだいるのか?
 一瞬、青手木が鍵をかけ忘れて帰ったのかと思ったが、人がいる気配がする。
 泥棒という線も頭をよぎったが、取るものがないのに長居はしないだろう。
「……ただいま」
 玄関でそうつぶやくと奥から青手木が歩いて来る。
 三つ指添えて頭を下げる青手木。
「お帰りなさいませ」
 うーん。なんかこの光景も慣れてきたなぁ。
 って、ダメだろ!
いつの間にか受け入れている自分に喝を入れる。
「どうして家にいる?」
「お出迎えするのは妻として当然です」
「言うと思ったよ」
 こんなやり取りもすっかりお馴染みになってしまった。
「僕が帰ってくるまで待ってたのか?」
「もちろんです」
「暇だったんじゃないか?」
「いえ、お掃除してましたから」
「……なに?」
 急いで靴を脱ぎ、青手木の横を通り抜けてリビングまで走る。
 確かにキッチン(というほど立派ではないけど)までは入ることを許した(いや、許してはいないが)。
 だけど、部屋まで荒らされたのではたまらない。
 大体僕の部屋は掃除するほど汚くない。というか散らかるほど物がないのだ。
 ……しかし。
 部屋は見事に荒らされていた。
そう。文字通り荒らされていたのだ。
 部屋の中は物が散乱している。
 泥棒だってここまではしないだろう。
 タンスの中の服が全て引っ張り出され、本棚にある数少ない本も床にばらまかれている。
 一番びっくりしたのが足の踏み場もないほど何かの欠片が散乱していたことだ。
 拾って見てみるとそれは皿や茶碗の破片だった。
 さらに所々赤い斑点のようなものが床についている。
どう見ても血だよな、これ。怖ぇよ。
 へえ、僕の部屋って結構物があったんだな。
 ……ん? 違う。そうじゃない。
「青手木」
「はい」
 いつの間にか横に立っていた青手木が無表情のまま返事をする。
「お前、掃除してたって言ってたよな?」
「はい」
「これはどういうことだ?」
「すいません。まだ掃除の途中だったんです」
「逆に散らかってるよ!」
「……?」
「いやいや。何言ってんの? って顔するなよ! 僕が出ていくよりも明らかに部屋が汚くなってるだろ! 掃除の途中ってレベルじゃねーって」
「……夕御飯の支度してませんでした」
 ポツリと青手木がつぶやく。それはもう、鮮やかなスルースキルだった。
「大丈夫だ。もう食べたから」
 こんな疲れた状態で青手木の料理を食べさせられたらさすがに死んでしまう。バイトで夕御飯が出たことをこれほど感謝したのは初めてだ。
「では、掃除の続きをさせていただきます」
 青手木は破片を気にせず、裸足のままトコトコと歩き出す。
 その歩いたところには赤いものが足跡のようについていく。
 やっぱり青手木の血だったのか。
「青手木、ストップ」
「……なんでしょう?」
 何事もなかったように振り向く青手木。
 ……こいつ、神経通ってないんじゃないか?
「血が出てるぞ」
「……そうですね」
 自分の血の跡を見下ろす青手木。
 すると何を考えたか、近くにあった僕の服(白のTシャツ)で血を拭いた。
「おい! 何してんだよ!」
「汚れていたので拭きました」
「僕の服を使うなよ!」
「……?」
 なんとなくこの部屋がこうなった理由がわかった気がする。
「とにかくこっちに来い。あ、破片を踏まないようにな」
 本や服の上を踏んでやってくる青手木。もちろん血の足跡をつけながらだ。
 さよなら。僕の本と服たち。
「ここに座れ」
 壁に立てかけていた折りたたみ式の椅子を広げて座らせる。
 そして青手木の足の裏を見る。案の定、傷だらけになっていた。
「ちょっと待ってろ」
「でも、まだ掃除の途中です」
「いいから動くなって」
「……はい」
 僕は破片を踏まないように押入れまで移動する。
 押し入れの奥に置いてある救急箱を持って、青手木の元へと戻る。
 包帯を取り出して青手木の足に巻いていく。
「自分でやります」
「動くなって言ってるだろ」
「……はい」
 青手木は真面目に掃除をしたんだろう。一時間や二時間じゃここまではできない。
 ……頭が良いのに、運動もできるのに、抜けていて不器用なんだな。
 青手木は無表情のまま、僕が包帯をしていくのを黙って見ている。
 でも、どこかバツの悪そうな感じがするのは気のせいだろうか。
 うっ、ヤバイ。少し可愛いって思っちまった。
「青手木、今日はもう帰れ」
「……でも」
「もうこんな時間だ。親も心配するだろ」
「親は家にいません」
「ん? そうなのか?」
「三ヶ月に一度帰ってくるかどうかです」
「ふーん」
 まあ、金持ちってそういうものなのかもな。きっと仕事が忙しいんだろう。ということは家に帰っても一人か。寂しいだろうな。
 僕も一人暮らしを初めて二年目だけど、今でも時々寂しいって感じることがある。
 学校でも友達がいないから月見里さんが唯一の僕の癒しだ。
 青手木はその友達すらいない。どう思っているんだろうか。
 って、ダメだ。変に感情移入するなって。
「とにかく家に帰れ。これは命令だ」
「……わかりました」
 少し寂しそうに青手木は答えた。
 相変わらずの無表情だったけど。

 月明かりが僕と青手木を照らしている。
僕の家から青手木の家までは街灯がほとんどない道だった。
 こんな道を青手木一人で帰らせるわけにはいかず、家まで送って行っているのだ。あくまで仕方なく。
 青手木は朝、僕の家に着いた時にリムジンを一旦帰したらしい。
 考えてみると僕が家を出るときにはリムジンは停ってなかった。
 だから帰るときに電話して迎えに来てもらうはずだったが、携帯の電池が切れてしまったのだという。
 しょうがないから僕の携帯を貸してやろうとしたが、番号を覚えてないとあっさりと言いやがった。
 ……いや、家の電話番号を忘れるなよ。ホント肝心なところで抜けてるよな、こいつ。
 で、青手木は平然とした顔で歩いて帰ろうとした。
 すでに深夜一時を過ぎているのにだ。
 この辺は別に治安が悪いってわけじゃないけど何かあったら僕の後味が悪い。ただそれだけだ。
「おい。なんで後ろを歩いてるんだ?」
 歩きながら振り向く。
 青手木は僕の家からずっと僕の斜め後ろを歩いていた。
「妻というものは夫の三歩後ろを歩くものです」
 それ、かなり古い情報じゃねえのか? 一体誰が青手木にそんな夫婦像を教えたんだ? ……青手木の親がそうなんだろうか?
「とにかく話しづらい。横を歩け」
「……でも」
「妻は夫の言うことを聞くもんじゃないのか?」
「……」
 青手木は黙って僕の隣を歩き始める。
 ……しまった。今のは失言だ。青手木を妻と認めるような発言だった。今度からは気を付けよう。
「なあ、青手木。朝は僕の家に来なくていいぞ。お前がいなくてもちゃんと起きるし、朝ごはんも食べる」
 ……ちゃんと起きるのはホントだが、朝ごはんは嘘だ。だって金ねえし。
「いえ。お見送りさせていただくためにイノリさんの家に行きます」
 うーん。なんか変な感じだな。お見送りをするためにわざわざ家に来るって。大体お見送りって、一緒に住んでないと意味ないんじゃないのか?
「僕が来なくて良いって言ってもか?」
「これだけは譲れません」
 ……まったく変なところで頑固者だな。恐らくどんなふうに説得しても、曲げたりしないだろう。こいつの性格もわかってきた。となればやはりあの作戦を実行に移すしかない。
「なあ、青手木。今度の日曜、デートしないか?」
「デート……ですか?」
 くっ! 本当はデートという言葉を使いたくなかったが仕方ない。
「ほら、全然お互いのことを知らないのに結婚なんてできないだろ?」
「知る必要があるのでしょうか?」
 ……おいおい。マジかよ。ホント結婚してくれるなら誰でもいいんだな。それなら僕じゃなくて、他の人を探してくれよ。
「とにかく一般的に結婚する前にはデートをするもんなんだ。だから、な? デートしようぜ」
 ……なんで僕が頼む方になってんだろう。なんか理不尽だ。
 いやいやいや。これは作戦なんだ。
「わかりました。デートさせていただきます」
「じゃあ、今度の日曜、朝の十時に待ち合わせな。場所は『スリス』の入口で」
 スリスと言うのはこの街にある二つの遊園地の、古い方のことだ。
「わかりました」
 よし! 上手くいった。
 僕の作戦はこうだ。
 青手木に嫌われるためにはある程度時間がかかる。それを僕の家でやっていたのでは、いつまた変な噂が立つかわからない。だからデートという形で外に連れ出し、そこで嫌われるようなことをするしかない。
 場所を遊園地にしたのはあそこならほとんど誰もいないからだ。
 さらに今度の日曜、月見里さんは『dawn』の方に行くと言っていたから、まず鉢合わせすることもない。
 うーん。我ながら完璧な作戦だ。
「送っていただいて、ありがとうございました」
 気がつくと目の前に物凄い豪邸が現れていた。
 ここが青手木の家か。
 よくテレビとかで出てくる、アメリカの富豪の家って感じだ。
 とにかくデカイとしか言い様がない。
「今リムジンを手配するので待っててください」
「あ、いや良い。歩いて帰る」
「いけません」
「走って帰りたいんだよ。最近体力が落ちてきてるしさ」
 もちろん嘘だ。リムジンに乗ってるところを誰かに見られたらマズイし。
「とにかく日曜日は空けとけよ。じゃあな」
 僕は青手木の返事を待たずに走り出す。
 これで作戦の第一段階は成功した。
 あとは当日どうやって青手木に嫌われるかだ。
 ……それにしても。
 僕は月を見ながらぼんやりと考える。
 人生初のデート。月見里さんとじゃなくて青手木とになっちまった。

<6ページ目へ> <8ページ目へ>