【Web小説】僕は結婚したくない⑧

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日曜日。午前九時四十五分。遊園地『スリス』の入口、時計台前。
僕は物陰に隠れながらその場所を見ていた。
「……やっぱりもう来てたか」
高そうな白いコートを着た青手木が一人ポツンと立っている。
一応デートということを意識したのか、いつもとは違う感じの服を着ている。
……高そうな服だな。まあ、似合ってるけど。
スリスの開園時間は十時。そもそもほとんど客がいない遊園地だから、開園前から来ている人間は皆無だ。
だからものすごく青手木が目立っている。
僕は改めて自分の格好を見る。厚手のセーターにジーパン。
青手木の格好と比べるとしょぼい。
いやいや。いいんだ。僕がここにいるのはデートをするためではなく、作戦を実行するためなんだから。
名づけて『遅刻大作戦』。
……まんまだな。
とにかく待ち合わせ時間に遅れるという作戦だ。
しかも五分や十分じゃなく、一時間単位で。
まあ、正確に言うと青手木が怒って帰るまでだ。
つまり僕は青手木とデートをする気はない。
青手木が帰ったのを確認後、青手木の携帯に電話して(無理やり番号交換をさせられた)逆ギレするという作戦だ。それまでは青手木からかかってくる電話は全て無視。
ここまですればさすがの青手木も僕のことを嫌いになるだろう。
それにしてもあいつ、何時から来てたんだ?
できればあいつより前にここに来ておきたかった。
別にこの『遅刻大作戦』はこうやって青手木の姿を間近で見ている意味はあまりない。
逆に非効率とも言えるくらいだ。
だけど僕は、自分が誘ったのに相手に待たせるという罪悪感に耐えかねてこうやって一緒の時間を待つことにしたのだった。
つくづく僕って小心者だよなぁ。
この日曜日を迎えるまでの日々にしたってそうだ。
青手木とデートの約束をしてから日曜日までの間、僕の家にこさせるわけにはいかないので僕が青手木の家に行って見送ってもらうという方法を取った。わざわざ遠回りして。いつもより早起きして。
帰りも青手木の家に寄ってお出迎えをしてもらってから帰宅するという虚しい行為を続けた。
家に帰ると、前の日どんなに綺麗にしていても部屋の中が荒らされているのには本当に凹んだ。
僕が学校に行っている間に青手木が掃除をしに来ているのだろう。
幸い、授業中だから他の生徒に見られるということはなかった。
……本当に長かった。この一週間、元々短かった睡眠時間はさらに半分になっていたし、朝に青手木の家に寄った時に渡される手作り弁当を処理する(食べる)のも本当に辛かった。
が、それも今日で開放される。
そう思うと今までの疲れも吹っ飛ぶというものだ。
その時冷たい風が吹いた。
うおっ! 寒っ!
目の端に自動販売機が写ったが、頭を振って青手木の監視に戻る。
……暖かいものが飲みてぇけどな。金がもったいない。
くそっ、家からお湯を持ってくれば良かった。
また冷たい風が襲いかかってくる。
「……ち、ちくしょう」
僕は自動販売機まで走り、財布を開ける。
残金二百八十円。
……あぶねえ。よくこれで月見里さんをデートに誘ったな、僕。
給料日まであと二日。ここでなけなしの金を使ってもいいものだろうか。
そんな僕の悩みを吹き飛ばすように風が吹く。
無理!
僕は素早く二百四十円を入れる。
ホットココアと……青手木はコーヒーで良いかな。
ガコンと二回音がした時に僕はハッとする。
……青手木の分はいらなかっただろ。
ここでコーヒーを持って青手木のところに行けば僕の計画が破綻するところだった。
今行ったら十分の遅刻くらいになってしまう。
それじゃリアルの遅刻だよ。
二本の缶を持ってさっきの場所に戻る。
相変わらず入口には青手木一人だけが立っていた。

十二時十分。
つまり待ち合わせ時間から二時間以上が経過している。
その間、青手木は微動だにせず同じ姿勢で立ち続けていた。
……あいつ絶対ロボットだ。
きっと僕の人生を狂わせるために未来からやって来たに違いない。
待っている二時間、青手木は僕に電話をかけることはなかった。
いや、それくらいはしろよ。
青手木くらい美人だったら誰かに声をかけられるんじゃないかって思ったけど、二時間しても入っていった客は二組のカップルだけだった。入っていくとき不思議そうな目で青手木を見ていったけど。
にしてもそろそろ帰れよ。見てて痛々しいだろ。
せめて動け。まさか待っている間に石になったとかか?
……。
なんでそこまで待ってられる。
二時間だぞ。怒って帰れよ。
……。
相変わらずの無表情の青手木。
くそ。全く動こうとしない。
……。
ダメだな。
恐らく一日待たせたところで帰らないだろう。
ヘタをすれば明日になっても動かないかもしれない。
……作戦失敗だな。
僕はため息をついて青手木の元へと走った。
「何で帰らないんだよ」
声をかけると青手木は僕の顔を無表情で見上げる。
そして、いつも通り淡々と答えた。
「帰る理由がありません」
「二時間も遅刻したんだぞ。理由としては十分だと思うけどな」
「私はそう思いません」
「……悪かった」
「何がですか?」
「遅れてきて。本当にごめん」
「気にしてません」
……いっそ恨み言の一つでも言って欲しかった。
これじゃ僕が悪者じゃないか。まあ、今回は完全に僕が悪いんだけど。……反省。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
僕が歩き出すと青手木は隣にやってくる。
並んで歩く僕と青手木。
幸い、この遊園地は入園料がかからない。
入口の門をくぐる。
うーん。本当に人がいないなぁ。
「デートというのは何をするんですか?」
不意に青手木が聞いてくる。
「そりゃ……」
遊園地に来てるんだ。乗り物に乗るに決まっている。
が、さすがに乗り物に乗るには金がかかる。
青手木に言えば出してくれそうだが、それだけは絶対にダメだ。格好悪すぎる。
……遅刻した上に奢ってもうらうって男として最低だろ。
「一緒に歩くんだ」
「そうですか」
黙って歩き続ける青手木。
それで納得できるんだ。ある意味すげえよ。
お互い沈黙したまま十五分ほど並んで歩く。
……なんだこれ? 全っ然楽しくねえ。デートってこんななのか?
その時、僕たちの前をカップルが走って行った。
仲良く手を繋いで。
突然、青手木が立ち止まった。
「ん? どうした?」
「先ほどの二人……夫婦でしょうか?」
「いや、大学生くらいだったから付き合っているだけだろ」
「……まだ婚約の状態ということでしょうか」
「うーん」
どうやら青手木の中では付き合うというのは結婚前提という認識らしい。
実に重たい。
「私たちと同じということですね」
「まあ、そう……なのかな?」
一瞬、違うと言おうかと思ったが面倒なので止めた。
頑張って説明したところで絶対に理解してもらえないだろうし。
「それでは……」
青手木がスっと手を出してくる。
「……なんだ? 何か欲しいのか?」
奢って欲しいなんて無理だぞ。僕の財布には四十円しか入ってないんだ。
「手をつなぎましょう」
「……は?」
「先ほどの人たちみたいに」
「……」
まあ、付き合ってるなら手をつなぐくらい当たり前だろう。
かと言って僕たちもそうするのは抵抗がある。
このままだと完全に青手木のペースに引き込まれてしまう。
「……どうかしましたか?」
無表情でジッと僕の顔を見てくる。
「つないでいただけないんですか?」
なんだ、この重圧は? やめろよ、真顔でプレッシャーかけるの。
あー、もう。わかったよ。
「ほらよ」
僕は青手木の手を握る。
これはサービスだ。作戦とは言え、二時間も待たせたんだからな。これくらいはしてやらないと。
なんだかんだ言って僕は流されてばっかりだよな。
そんなことを考えながら歩く。
繋いだ青手木の手は冷え切っていた。
僕は罪悪感に苛まれながら繋いだ手に力を込める。
僕の手で少しでも青手木の手を温めてやりたかった。

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