【Web小説】僕は結婚したくない⑨

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 青手木と手を繋いで歩き始めて三十分くらいした時だった。
 いきなり僕の腹がグゥっと鳴る。しかもかなりデカイ音だ。
 ……ヤバイ。色んな意味で。
 まず、恥ずかしい。よく女の子がお腹の鳴る音を聞かれて恥ずかしがっているのを見るが男だって恥ずかしいのだ。
 次に、この流れとして昼飯を食べようということになるだろう。
 まあ、当然だ。普通ならとっくに昼飯を食べ終わっている時間だ。僕は朝飯も食べていないから、正直腹が減りすぎて目が回ってきた。
 だが、ここで重要な問題が浮上する。
僕の財布の中には四十円しかない。
 例え割り勘だったとしても、この園内に八十円の飯が売っているとは思えない。かと言って奢ってもうらうなんて僕のプライドが許さない。
 どうしよう。
 我慢するか、解散か。
 ……解散だな。
「なあ、青手木、そろそろ……」
「私、お弁当作ってきました」
「……え?」
 普通はこういう場所に来た時はその場所の店で食うものだ。というか持ち込んでもいいものなのか?
 まあ、青手木に普通を求める時点で間違っているのかもしれないが。
 さて、困った。
考えてみたら帰ったところで僕の家に食物はない。せいぜい塩を舐めたり、たらふく水を飲むくらいしかできない。
 普通であれば弁当をつくてきてくれたことを喜ぶべきところではあるが、青手木の料理は食べ物ではなく危険物だ。
 餓死か、爆死か。
 ……とんでもねえ選択になったな。
 僕は目を閉じて月見里さんの顔を思い浮かべる。
 勇気が湧いた。
 うん。前のめりに死のう。

 テラスがある店で聞いてみるとあっさりと了解がとれた。
 持ち込みOKだそうだ。あまり客がいないから期待してないみたいだ。いや、期待してないって……。ダメだろ。頑張れよ。
 とにかく僕と青手木はテラスのテーブルの上に青手木が作ってきた弁当を広げている。
 今日はデートということで気合を入れたのか重箱だった。
 量から見て余裕で二人分はある。今回は自分の分も作ってきたようだ。
 うーん。見た目は美味しそうなのになぁ。
 しかし、見た目で判断すると文字通り痛い目にあう。さらに心にまで傷を追うというおまけつきだ。
 なんだろう、このギャップ。全然萌えねえな。
 青手木が僕に箸を渡してくる。今回は自分のペースで食べられると安心していると……。
「あーん」
 青手木が唐揚げを箸でつかんで僕の口へと持ってくる。
 反射的に口を開けて食べてしまう。
 衝撃。
 ぐぅ。相変わらずの威力だぜ。
「な、なあ……青手木。お前は食わないのか?」
「いえ、食べます。あ、申し訳ございません。正しくは食べさせてもらいます」
「……は?」
「あーん」
 青手木は目を閉じて口を開けた。
 ……なぜ目を閉じる必要がある。あ、いや、そこじゃねえ。
「なにしてるんだ?」
「食べさせてください」
 ……恋人というより餌をもらう前の雛鳥のように見えるのだが。
 とにかく僕は卵焼きをつかんで青手木の口に放り込む。
 何事もなく食べている。やっぱりなんとも無いようだ。
「……そういえば」
「ん? どうした?」
 ぽつりとつぶやく青手木。
「他の人と一緒にご飯を食べるのは初めてです」
「……」
 確かに青手木は学校でも一人で弁当を食べていた。いつも一人でいるというイメージが強い。
 ……僕も人のことは言えないけど。
「友達と……ってことだよな?」
「いえ、一人以外で食べることです」
「その言い方だと家族とも一緒に食べたことがないように聞こえるぞ」
「そう言ったつもりですけど」
「いやいや、待てよ。そんなわけないだろ」
「……どうしてしょうか?」
 本当にわからないといった感じで首をかしげる青手木。
「子供の頃はどうしてたんだよ? 一人で食べれなかった時は」
「メイドに食べさせてもらっていました」
「青手木の両親はそんなに仕事が忙しいのか?」
「いえ。どちらも仕事はしていません」
「……え? いや、だって、それじゃ……」
「私の家がどうしてあそこまでお金持ちか不思議ですか?」
「ああ」
「元々、母方の親がお金持ちらしいです。私から見れば祖父ですね」
「らしいって……」
「よくわからないんです。実際に会ったこともありませんし」
「……」
 おっと。なんか話が重そうだな……。あまり聞いちゃいけないことだったか?
 僕はもういいと言おうとしたが青手木は淡々と話を続ける。
「父親の方も財閥の一人息子らしいです。そこからもお金が入ってくるみたいですから」
「……自分の父親のことなのに随分と曖昧な言い方するんだな」
「こちらも話を聞いただけで実際会ったことがありません。ですから、はっきりと言うことはできないんです」
「……会ったことがない? も、もしかして、その……」
「いえ、生きているはずです」
「だったら、どうして会ったことがないんだ? 親だぞ」
「生物学的には親ですが、法律的には……戸籍上では親ではありません。あちらも特に育てる義務はないのでしかたないと思います」
「ど、どういうことだよ?」
「私、妾……今の言葉で言うと愛人の子供なんです。遊びで付き合っていたら私が出来た、と母が言っていました。父親の方もどこかの官僚の娘と婚約が決まっていたらしく、母と結婚することはできなかったようです」
「……そっか。辛かったな」
「辛い? そう思ったことはありませんけど」
「……」
 無表情のまま答える青手木。
 本当にそう思っているのか、強がりを言っているのかはわからない。
 それ以上何も聞くことができなかった。青手木もそれからは何も話そうとはしない。
 僕たちは無言のまま交互に食べさせ合ったのだった。

 飯を食い終わった後、再び手をつないで園内を歩く。
 恐ろしいことに前ほど青手木の料理にダメージを受けなくなっていたから普通に歩ける。今は少し胃がキリキリと痛む程度だ。
 なかなか解散と言い出せなくてダラダラとデート(らしきもの)を続けている。
 さらに僕たちの近くをカップルが通るたびに青手木の手を握る力が少しだけ強くなるということが、なんとなくこいつを一人にできない感じがしたのだった。
 あんな話を聞いた後だから僕が勝手にそう感じているのかもしれないけど。
 そんなことを考えている時だった。
「おや? イノリくんだ」
「……へ?」
 不意に後ろから声をかけられ、僕は振り向いた。
 そして、そこには月見里さんの姿が。
 正確に言うと月見里さんと弓道部の部員たちがいたのだった。
「あらら。お暑いねぇ。デート中だったかな?」
 月見里さんと一緒にいる弓道部員たちがキャーキャーと騒ぐ。
「え? あ、いや、違う違う!」
 慌てて僕は青手木の手を放す。
「……」
 ジッと僕の方を見上げる青手木。
 なんだ? 文句でもいいたいのか? が、今は却下だ。何もしゃべるなよ。
「またまたぁ。そんなに照れなくったっていいのにぃ」
 頭の後ろで手を組んでニコニコとする月見里さん。
 くっ……。なんて残酷な笑顔なんだ。
 なんだよ、その興味津々な感じ。ちょっとは嫉妬してくれよ。
「な、なんでここに? 『dawn』に行ったんじゃなかったの?」
「あー、うん。最初はあっちに行ったんだけどね。混んでてさ。全然乗り物乗れないからこっちに来たってわけだよ」
「そ、そうなんだ……」
 油断していた。ちっ、遊園地なんて来なきゃよかった。
 この状況を見られないために来たのに……。まったく意味ねえ。
「ねえ、カヤ。そろそろ行こうよ」
 弓道部の一人が月見里さんの袖をクイクイと引っ張る。
「じゃあね、イノリくん。お邪魔虫は退散するぜー」
 楽しくおしゃべりしながら月見里さんは弓道部員たちと歩いていってしまう。
 ……ホントなにやってんだ、僕。
 僕が好きなのは月見里さんなのに。
 人生初のデートを好きでもない青手木としている。さらにそれを月見里さんに見られた。
 ……最低だ。
 くそっ、くそっ、くそっ!
 無性に腹が立つ。さっき一瞬でも、少しでも楽しいって思っちまった自分が許せない。
 なんなんだよ! これは!
 そんな時だ。青手木が僕の手を握ってくる。
「行きましょう」
「放せよ!」
 僕は青手木の手を振り払った。
「お前、なんなんだよ!」
「……私はイノリさんの妻です」
「いい加減にしろよ!」
 わかってる。これはただの八つ当たりだって。
「おかしいって。僕たちまだ高校生なんだぜ。結婚なんて早すぎる」
「男子が十八歳。女子が十六歳」
「ああ?」
「結婚できる年齢です。イノリさんも私も十七歳です。ですので、早すぎるということはないと思いますが」
「そんなこと言ってるわけじゃないんだよ!」
「……」
「この際だ。はっきり言う。僕はお前のことが好きじゃない。だから、お前とは結婚できない」
 ……そうだ。最初からこう言えばよかったんだ。
 僕の完全な拒絶に対して青手木はまったく表情を変えず答える。
「イノリさんは最初、私のことを好きだと言いました」
「あれは寝言だ!」
「仮にそうだったとしても、私とイノリさんは婚姻届けに名前を書いて捺印をしました。つまり結婚するという契約を結んだんです。だから結婚するんです。例えイノリさんが私を好きではないにしてもです」
「本当に誰でもいいんだな。お前」
「誰でもいいわけではありません。婚姻届けに名前を書いてくれた人ではないと結婚できませんから」
「たまたま一番初めに僕が書いた。ただ、それだけだろ」
「はい」
 まっすぐ僕の目を見る青手木。
 僕は青手木のことが好きじゃないと言った。青手木も僕のことが好きというわけではない。それなのに結婚すると言う。
「お前、変だよ! 結婚ってそんなんじゃないだろ!」
「……?」
「結婚ってさ。好きな人同士でするもんだよ。ただ、名前を書けば良いってわけじゃない」
「どんな感じですか?」
「ん?」
「人を好きになるって、どんな感じなんですか?」
「そ、そりゃ……」
「イノリさんの言うように好きな方以外とは結婚できないなら、私はこの先もずっと結婚できないということになります。でも、それは嫌です。私は絶対に結婚したいです」
「……な、なんで、そんなに結婚にこだわるんだよ」
「幸せのためです」
 ダメだ。こいつ本気で言ってる。
 好きでもない奴と結婚したところで絶対上手くいかないに決まってる。それこそ幸せなんて程遠い。
 だけど、それを青手木に言ったところで通じないだろう。
「イノリさんは婚姻届けに名前を書いてくれました。それが手違いだったとしても。……私はイノリさんと結婚します。例え、それでイノリさんに恨まれて、憎まれてでも」
 相手に恨まれてでも結婚したい。青手木にとって結婚というの一体なんなんだろうか。
「終わりだ」
「……?」
「デートは終わりだ。今日はこれで解散にしよう」
「わかりました」
 僕の提案をあっさり受け入れる。踵を返し、僕に背を向けて歩き出す青手木。
 もっと早くこう言えば良かった。そうすれば月見里さんに見られずにすんだのに。
 数歩歩いた後、ピタリと立ち止まって振り返る青手木。
「今日はデートしていただいてありがとうございました。それではまた明日、お待ちしております」
 その言葉だけを淡々と言い放って再び青手木は歩き始めた。
 青手木の結婚に対する執着は一種の呪いのように僕を取り巻いている。
 なんとなく青手木に嫌われる。そもそもそんな考えが甘かった。
 青手木は本気だ。僕も気持ちを切り替えないといけない。このままいけば青手木と結婚させられてしまう。
 大きく深呼吸をして僕も出口へと歩き出した。

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