【Web小説】龍と姫と聖剣エクスカリバー④

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……体が重い。
まるで超重力の星にいったかのような、そんな感覚。通常の三倍以上重力を感じる。
重力発生装置でも使ったのかと思ったが、奴はそんなものを持っていない。
もう一人の老騎士の方もバリス先生を威嚇するように剣を構え、殺気を放っている。
何も道具を使わずに、重力を操るような方法は……考える限り一つしかない。
――ヴィジョン。
「そ、そんな……バカ……な」
ヴィジョンはグレイスの騎士しか使えないはず。が、現に奴らは使えている。
とにかくこの状況をなんとかしねぇと。
必死に立ち上がろうとするが、四つん這いの状態を維持するのがやっとだった。
「あんたたち……何者だ?」
今度はバリス先生の方が戸惑いの声をあげる。
「教える必要があるのか? おい、ジーノ」
「はっ! お任せください」
老騎士にジーノと呼ばれた若い方の男がゆっくりこちらに歩いてきた。
……やばい。
「くっ!」
「おっと。貴様の相手はワシだ」
バリス先生がジーノを止めようと一歩踏み出そうとするが、老騎士がその前に立ちはだかる。
「さて、姫。一緒に来ていただきましょうか」
ついにジーノがオレたちのいる場所までやってきた。
「顔が良くても、女の子の扱いは最低ね。ゼロ点だわ。出直してちょうだい」
突っ伏した状態で悪態をつくフィオナ。ある意味凄い根性だが、冗談が通じる相手ではないのが分からないのだろうか。
「これは失礼しました」
ジーノが再度指を振ると、フィオナは何事もなく立ち上がった。
「これ……ヴィジョンってやつよね?」
「ええ。さすがカライオ国の姫、博識でいらっしゃる」
「姫って呼ぶのはやめてちょうだい。……で、ヴィジョンは、グレイスの騎士しか使えないんじゃなかったかしら。あなたたち、グレイスってわけじゃなさそうだけど」
フィオナの言葉に、ジーノはフッと馬鹿にするような笑みを浮かべた。
「いえ。違いますよ、姫」
「……なにが?」
「ヴィジョンを使えるのは、グレイスだけではないということです」
「そ、そんなはずは……ぐぅぅ!」
「雑魚は黙っていてください。今は姫と話しているのです」
自分の思い通りにいかないと嫌な奴らしい。オレが口を開くと笑みから不機嫌そうな表情になり、体感の重力がグンと増した。
「じゃあ、あなたたちはグレイスの騎士ではなく、別件で私を迎えにきたというわけ?」
「ええ。まあ、そういうわけですので、来ていただけますでしょうか」
「悪いけど、先にこいつらと契約してるのよ。それに言ったでしょ? 出直してちょうだいって」
「ふふ。本当に肝が据わった人ですね。そういう人間は好きですよ。ですが、私たちも言ったはずです。来ていただけない場合は力ずくで連れて行くと」
「……」
フィオナはオレたちと、老騎士と戦っているバリス先生の方を見る。
戦いはほぼ互角だった。
老騎士はバリス先生とオレたちの間に立つような形になり、近距離戦闘に持ち込んで『閃光』を使わせないようにしている。
剣技は若干、バリス先生の方が上のような気がするが、それでも老騎士を倒すのには時間がかかりそうだ。
「私、痛いのは嫌いなの」
「言うことに従っていただければ、傷つけるような真似はしませんよ」
大人しくすると思ったんだろう。ジーノの表情が、フィオナの返答で再び余裕の笑みに戻った。
情けないことに、オレは全く動けそうにない。後ろを見るとルチアも同様に立ち上がれそうになかった。
オレよりもルチアの方がヴィジョンの能力は強い。それでも、ジーノの重力を解けないようだ。
身体――いや、細胞からビリビリとジーノのイメージの強さが伝わってくる。
下手をすると、バリス先生よりも……強い。
フィオナがジーノの顔に視線を戻す。その瞳には恐怖の色はない。強固な意志を宿した目だった。
なんでこの状況でそんな表情ができるんだ? バリス先生は敵と戦闘中で、オレたちは立つことすらできないのに……。
「でも……」
フィオナは一歩前に出て、ジーノを見上げた。
そして――パンと乾いた音と同時にジーノの顔が横に振れる。
フィオナがジーノの頬を平手打ちしたのだ。
「他人に命令されるのはもっと嫌なのよ」
「……」
ジーノの口の端から一筋血が流れる。
この女、どんだけ力込めたんだよ。
少しスカッとしたが、そんなことを考えている場合ではない。確実に状況は悪化した。
「意思が強いのと蛮勇とは違いますよ」
まるで昆虫かのような、冷たくなんの感情を持たない表情に変わる。自分のテリトリーに入り込み、動けなくなった獲物に止めを刺そうというような目でフィオナを見下ろす。
「生きてさえいればいいんですから、四肢を捥いでおきましょうか。……いや、担ぐのも面倒ですからね。両腕くらいにしておきますか」
ジーノが槍を振りかぶる。そこに殺気はない。目が覚めてベッドから降りるかのような、日常的な動作をするかのような、そんな何の感情もこもっていない表情だった。
「……」
さすがのフィオナも不気味に思ったのか、数歩下がってジーノから距離をとる。
「いや……近寄らないで」
「あまり動かないでください。うっかりで殺すわけにはいかないんです」
離れた分、ジーノが近づく。
「ちょ、ちょっと! あんたたち、何とかしなさいよ! 護衛でしょ!」
オレたちに対して声を張り上げるが、恐怖のためか小さく震えていた。
「おしゃべりな女は好みではありません」
「きゃっ……!?」
ジーノが人差し指を振ると、フィオナが地面に膝を着く。口をパクパクさせるが、全く声を出せないようだ。
強いだけじゃない。コントロールの技術も次元が違う。
オレとルチアには、四つん這いで耐えるのがやっとというほどの重さを感じさせながら、フィオナには立っていられないくらいの重力にしている。さらに喋られないように舌か声帯を麻痺させたんだろう。
複数の種類のヴィジョンを相手に与えるなんて、今まで見たことがない。きっと、バリス先生でも出来ないだろう。
「くそっ!」
「くっくっく。剣筋が乱れているぞ」
剣がぶつかり合う金属音が高速で鳴り響き続けている。
バリス先生はこっちのフォローには来れそうにない。ルチアは……。
歯を食いしばり、必死に立ち上がろうとしていた。
――ダメだ。何をしているんだ、オレは。この状況で他人に期待ばかりしていてどうするんだよ!
オレはグレイスの騎士見習いだ。――フィオナの護衛だろ!
ヴィジョンは想像の力。意志の力。
奴の重力を跳ねのけ、全身の筋肉を……力を最大限に引き出すイメージ。
……こんな奴に。
ジーノが槍を振り下ろし――。
「負けてたまるかぁ!」
鈍い音と重い衝撃が腕を伝い、体中に駆け巡る。
何とか間に合った。
奴の槍を受け止めるのに成功する。
「……少々、あなたを見くびっていたようですね。いいでしょう。チャンスをあげましょうか」
ジーノが指を振ると嘘のように重さが消え、体が軽くなる。
「はあっ!」
ソードを振るうと、ジーノは後ろに小さく飛びのいた。
槍をオレの喉元に突き付け、余裕の笑みを浮かべる。
「三十秒です。その間、私は能力も使わないし、あなたしか狙わない。あなたたちにとっては破格の待遇でしょう」
「……舐めるなよ!」
突き付けられた槍をソードで弾く。
数歩下がって距離を取り、乱れた呼吸を整える。
まずいな。今のでほとんど力を使いきっちまった。立ってのが限界といったところだ。
……三十秒なんて無理。半分の十五秒――いや、十秒すら戦える自信がない。
「エリク。よくやった。後、五秒持ちこたえてくれ。すぐにそっちにいく」
バリス先生がホッとしたような安堵のため息と笑顔を向けてくれ、手に持っていた細剣を鞘に収める。
右籠手の中から十五センチほどの金色で円柱状の金属を取り出す。その金属には龍の姿が彫り込まれていて、その上部にはひし形の全長三センチほどの透明の結晶が埋め込まれている。
『あれ』を使う気だ。それなら、五秒持ちこたえれば必ず先生は来てくれる。
そう思うと、少しだけ体が軽くなった。なんとも現金なものだと、自嘲してしまう。
「面白い。ワシを五秒で倒すというのか。そんな筒で?」
「ああ。あんたの人生は後五秒だ」
バリス先生が筒を両手で握りしめた。一度、大きく息を吸って吐く。
「はっ!」
気合と共にヴィジョンを発動する。それに呼応して結晶が眩く光り出す。
円柱状の金属の真ん中に切れ目が出現し、左右に分かれる。それが剣の鍔になり、中心から刀身が現れ、黄金の剣となった。
エクスカリバー。
グレイスの騎士だけが持つことを許された十二の武器の一つだ。
普段は収納しやすいように筒状になっているが、ヴィジョンの力で透明の結晶――龍石を開放することで発動される武器。
古代のオーバーテクノロジーが生んだ、強大な力を持った機械だ。それを使えば、相手がAランクのドラゴンだろうと、一瞬で真っ二つできるという代物になっている。
現在、この武器に関して研究が進められているが、分からない部分が多いというか、ほとんど解明できてないらしい。
「悪いが、一瞬で終わらせる」
「ふん、やってみ……」
老騎士は言葉を最後まで発することができず、その場に前のめりに倒れた。
持っていた剣が砕け散っている。
「面白い武器ですね」
ジーノが振り返り、先生たちの方を見る。
興味が完全にオレからバリス先生の方へと移った。
――今だ!
奴が油断しているところに、ソードを下から突き上げるようにして刺そうとする。
「雑魚は下がっていてください」
身体を捻って、オレの攻撃を避けてそのままカウンターで腹に蹴りを入れられた。
「がはっ!」
衝撃に耐えきれず、後ろに二メートルほど転がる。
すぐに立ち上がってソードを構えるが、ジーノにとってはそれが煩わしかったようだ。
「身の程というものを知った方がいいですよ」
瞬きほどの間に、間合いを詰められる。さっきのオレと同じ、下から槍を突き上げるように攻撃してきた。
早い!
避けるどころか、防ぐことすらできないほどだった。
――死。
重い金属音が響き渡る。
「ふう。危なかった」
ジーノの槍が体に刺さる直前で、バリス先生が槍を叩き落としてくれていた。
見下ろすと鎧の胸の部分に真一文字の傷が深々と刻まれている。バリス先生がいなければ、完全に死んでいただろう。
「エリク。二人を連れて、船に戻って」
ジーノと対峙したバリス先生が剣を構え直す。
「は、はい」
フィオナとルチアに視線を向ける。フィオナは気絶していて、ルチアはヨロヨロとしながら立ち上がっていた。どうやら、ジーノのヴィジョンは解かれているみたいだ。
ジーノの様子を見ながら、ゆっくりと二人の方へ歩く。奴は完全にオレどころかフィオナにすら興味をなくし、完全に意識はバリス先生に向いていた。
ヴィジョンを解いたのはバリス先生との戦闘に集中するためだろう。
「ルチア、大丈夫か? ほら、掴まれ」
「平気。自分で歩ける。だから、エリクはフィオナをお願い」
「あ、ああ」
唇を噛みながらジーノを睨むルチア。何もできなかったのが相当悔しかったみたいだ。
だが、すぐに視線を船へと戻し、フラフラしながらも足早に進んでいく。
ジーノはバリス先生が引き留めてくれるから、オレは気絶したフィオナを抱きかかえる。華奢な彼女は見た目通り、凄く軽い。
もしかしたら、さっきまで物凄い重力を感じていたせいかもしれないが。
オレも小走りで船へと向かう。
「ちょっと……触らないでよ」
「え?」
視線をフィオナに落とす。だが、目を閉じたままだ。
「……エリクって……ホント……エロいんだから……」
寝言だった。
よくこの緊迫した中で寝られるな。っていうより、どんな夢見てんだよ!
とにかく、フィオナは無事ということに安堵しながら、船へと乗り込んだ。
宇宙船と言っても、そこまで大きなものではない。五メートル四方のリビングに個室が四個とキッチンルームがある以外は、操縦席があるだけの簡素な作りになっている。
フィオナをリビングにあるソファーに寝かせ、すぐに操縦席へと急ぐ。
既にルチアが座っていて、発進の準備が完了していた。
「すぐに出発する」
「おい! ちょっと待てよ! バリス先生は……」
「低空飛行で進むから、エリクはハッチを開いて先生を回収して」
「あ、そういうことか。わかった」
即座に操縦席から出て、出入口のハッチへと向かう。
開閉スイッチを押して開くと、もう船は浮いていた。
砂煙が舞い上がり視界が悪い中、バリス先生の姿を探す。
さっきまでいた場所にはいない。
目を凝らすと、一キロほど離れた場所に人影が見えた。
ルチアの方もそれを見つけたのか、船がその方向へと向かっていく。
……嘘だろ?
遠目で見ても、二人の動きがほとんど目で追えない。
バリス先生は『閃光』を発動させ、光速でジーノを攪乱させながら剣を振るっているのだが、相手であるジーノの反射速度が常人を超えていた。
背後に回ったバリス先生の剣を、まるで背中に目があるかのようにかわして、瞬時に反撃へと移る。
なにより凄いのはエクスカリバーを槍で受けないことだ。
オーバーテクノロジーであるあの剣とぶつかれば、今存在するどんな武器や防具であろうと即座に破壊することができる。
それがわかっているからこそ、ジーノは絶対に自分の武器で攻撃を受け止めたりしない。
しかも、『閃光』を発動しているバリス先生の剣をだ。
このまま二人の戦いを黙って見ているわけにもいかない。
オレはあと三百メートルにほどの距離に迫ったバリス先生へ向かって大声を上げる。
「バリス先生! 乗ってください!」
だが、まったく反応がない。というよりは、ジーノが逃がさないように連続で攻撃を繰り出していた。
このままじゃ、バリス先生を回収できない。
オレは逸る気持ちを抑え、ヴィジョンを発動させて二人の動きをジッと見続ける。
攻防はほぼ互角。戦いに集中している今なら、お互い、咄嗟な攻撃には反応できないはずだ。
オレは腰のソードを抜き、刀身の真ん中あたりを握る。
ヴィジョンを右腕と目に集中させ、狙いを定めていく。
チャンスは一度きり。失敗は許されない。
一度、深呼吸をする。
右手に力が入り、剣の刃で手の平の皮が切れて血が流れ出てきた。
――今!
「はっ!」
オレはジーノに向けて、剣を槍のように投げる。
「ちっ!」
やはり、その剣は簡単に避けられてしまった。が、奴の体勢が僅かにブレる。
「バリス先生!」
今度はオレの言葉に反応し、先生が大きくジャンプをした。
空中で先生の腕を掴み、船の内部へと引き上げる。
同時に、ルチアが船を加速させ、上昇させていく。
「大丈夫ですか?」
「余裕……と言いたいところだが、限界を超えたみたいだ」
内部に入った瞬間、物凄い勢いで前のめりに倒れるバリス先生。
ヴィジョンは万能ではない。イメージで筋肉の動きを飛躍させることができたとしても、生身の肉体ということには変わりない。
無理をさせた反動は必ず後からやってくるものだ。
しかもバリス先生の『閃光』は特に短期決戦型の能力なので、長期戦に持ち込まれると、それだけで自滅しかねない。
ジーノとの戦いはかなりギリギリだったはずだ。
「ルチアに騎士団の議事堂に戻るように伝えてくれ」
「それじゃ……任務は……?」
「一度受けた依頼は、どんなことがあっても完遂すると言いたいが、肝心の俺が二日は動けないことと、奴ら……ヴィジョンを扱う者が出てきたということを報告する方が重要だ。下手をすると、政府崩壊もあり得ないことじゃない」
「……」
分かっている。今の奴らが、とても危険なのは。でも……それでも、フィオナの即位式は成功させてやりたかった。
「すぐに違う隊を送ってもらう」
「え?」
「姫との約束は果たす。まあ、俺たちの隊は脱落ってことになるけど、無事、式までの護衛を果たせるように申請する」
バリス先生はオレの気持ちを汲み取ってくれたのか、次の策を示してくれる。
本当なら、オレ自身、見届けてみたいと思ったが、そこまで我儘を言うわけにはいかない。
「わかりました。ルチアにそう伝えます」
「あ、その前に……」
歩き出そうとしたところをバリス先生に止められた。
「起こしていってくれないか?」
そう。バリス先生はなかなか恰好いいことを言っていたが、未だに倒れたままだった。
ゆっくりと引き上げ、壁に寄り掛からせる。
「すまない」
「いえ……」
今度こそ、ルチアのところに行こうとしたときだった。
大きな爆発音と揺れが船を襲う。
危険を示すサイレンが鳴り響き、船が安定しないどころか、揺れがドンドン大きくなっていく。
「なるほど。ただ黙って船の前で待ってたわけじゃないみたいだ。爆薬を仕掛けていたんだね」
ふう、と大きくため息をつくバリス先生。
「いや、何のんきなこと言ってるんですか! 何とかしないと!」
「うーん。これはもう手遅れっぽいね。あとはルチアの操船技術に期待しよう。なに、彼女なら近くの星に、無事、不時着してくれるさ」
「不時着は無事じゃないです!」
そのとき、もう一度、爆発が起こる。
「ぎゃーーーー!」
船が錐もみ状態で落下していくのを感じたのだった。

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