【Web小説】龍と姫と聖剣エクスカリバー⑪

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出発して二日が経った。
もうすぐ、フィオナの戴冠式が行われる星に着くころだ。
高確率で航路中に襲撃があるだろうと、緊張しながら監視していたが一向にジーノたちが現れる気配はない。
「到着するときが一番狙われやすいんだぞ」
砲座にぼんやりと座って、宇宙を見ているとバリス先生がコーヒーをすすりながら歩いてきた。
「先生だって、気を抜いてるじゃないですか」
「ま、あまり緊張しすぎても、返ってつかれるからね」
先生はオレの隣の砲座に座り、コーヒーを飲む。
「……あいつらって、何者だったんでしょうね」
「ジーノたちのことかい?」
「かなり訓練された騎士ですよね。ヴィジョンだって使いこなしていたし」
「ただの傭兵じゃないってことは確かだね。一国が雇えるレベルじゃない。グレイスの騎士にさえ匹敵する……いや、下手をすると凌駕している。我ながら、よく二人相手に生きて帰ってこれたと感心するほどさ」
「例えば騎士見習いの誰かが、他の人にヴィジョンを教えたとか、考えられませんかね?」
「それは難しいだろうね」
クイっとコーヒーカップをあおって、中のコーヒーを全て飲み干す先生。
ふう、とため息をつき、防弾ガラスの窓から外を見る。
「ヴィジョンは門外不出の技術だよ。一度覚えた人間は議事堂から厳しく監視される。黙って他の人間に教えるなんてことは無理だと思う」
「じゃあ、独自に編み出した……とかですか?」
「ヴィジョンは誰にでも使える技術だけど、見様見真似で出来るほど簡単なものじゃない。それは修行をしている、エリクならわかるよね?」
「……ええ。まあ」
バリス先生の言う通り、誰にでも使える技術ではあるが、簡単に使えるわけじゃなかった。十年以上修行してきて、ようやくものになってきたというくらいだ。
「他に考えられる可能性としては……」
先生は立ち上がり、窓の前に立つ。オレの方からは背中しか見えないので、先生の表情は見えない。だけど、声にはどこか緊迫したものが混じっている。
「グレイスの騎士が結成される前から継承されていた……かだな」
「え? どういうことです?」
「……千年前。十人の集団が政府に対して戦いを挑んできた」
「……は? ちょ、ちょっと待ってください。十人って」
「当時、政府も同じような反応をしていたらしい。たった十人で何ができるのか、ってね。だけど、その十人を倒すのに政府は百万の兵士と五年の月日を要した」
「……」
「今はその記録は全て抹消されているけど、グレイス騎士議事堂に残されている書物には、奴らはヴィジョンのような術を使いこなしていたとある。というより、そいつらの技術を応用してヴィジョンが生まれたと言ってもいいだろう」
「ということは……」
「その十人の死亡は確認している。……が、そいつらに弟子がいたとしたら……」
「そいつらの子孫がジーノたち、ってことですか?」
バリス先生がクルリとこちらに振り向き、ニッと笑う。
「ま、あくまで可能性の話さ」
言葉には出さなかったが、今度襲ってきたときは倒さないとならないという意思がビリビリと伝わってくる。
「そ、そういえば……キュベレーの件は報告したんですか?」
「ああ、ダークイーターのことかい?」
振り向いた先生は穏やかな笑みを含んだ表情に戻っていた。
「随分と悩んだんだけどね。住民の問題だし……。だけど、観光地だからね。エリクたちのように襲われる人も出てくるかもしれないってことで、議事堂に相談してみたよ」
「やっぱり、ハンターを派遣して狩るんですか?」
「いや、政府への報告は一旦保留という形になったよ。まずは調査団を送るのと、街の代表との協議になると思う」
確かにそう簡単に決めれる問題じゃないことはオレにもわかる。政府に報告すれば、あの規模で発生したドラゴンを駆逐するということになるだろう。そうなれば、大量のハンターが投入されるし、住民も移住を余儀なくされることになる。実質、あの街は解体されるといってもいい状態になるはずだ。
……それにしても。
「なにか、気になることでもあるのかい?」
「あんなことがあるなんて、今でも信じられなくて……」
「ダークイーターが群れていたこと……?」
「異例中の異例ですよね」
ほとんどのドラゴンは単独で行動する。ドラゴン同士で簡単な意思疎通ができるBランク以上のドラゴンは稀に団体で動くことはあるが、ダークイーターなどのDランクのドラゴンが群れをなすなんて、聞いたことがない。
Bランク以上で群れるといっても、せいぜいが三、四体だ。だが、ダークイーターは少なくても、百体以上はいたと思う。
「そうとも言えない。実は発表はされていないが、ああいった事例は数件報告されているんだ」
「え?」
初耳だった。見習いとはいえ、騎士はその仕事柄、一般的に公開されていない情報を聞くことが多い。というより、知りえない情報なんてほとんどないくらいだ。
オレが聞き逃していたという可能性もあるが、そんな恐ろしいことを聞きもらすなんてことはないはず。
そうなってくると、その情報は正式な騎士のみにしか伝わっていないのかもしれない。
ドラゴンが群れをなす、なんてことを一般人が聞けばパニックになるだろう。単独でも厄介な存在なのに、それが集団で襲ってくる恐怖は、体験した者にしかわからない。
「ここ数年で急に現れ出した」
「異常気象か何か……ですか?」
「まあ、異常気象といえばそうかもしれない。一つの星でなら、問題はなかったんだけどね。複数の星で起こっているのが気になるってところだ」
「似た環境の星、というわけでもないんですか? たまたま条件が重なったとか」
「いや、環境はバラバラだよ。ただ、原因は共通している……」
そこでバリス先生は目を細める。ジーノたちのことを話していたときのように、空気が張りつめた。
「星の核が震えているんだ」
「……震えている、ですか?」
「呼応している、とも言うね」
難しくてよくわからない。そもそも星の核というのはなんのことなんだろう。
オレが首を捻っていると、先生は苦笑しながらポリポリと頭を掻く。
「この辺は、俺自身もよく理解していないだけどね。星の中心には、核と呼ばれる膨大なエネルギーの塊があるんだ。ドラゴンはこのエネルギーを利用して生きていると言われている。ドラゴンから採れる龍石はそのエネルギーが凝縮されているものらしい」
その話も初めて聞くことだった。だけど、何となく納得できる。自然を操るほどのエネルギー量をどこから得ているのか、不思議に思ったこともあるくらいだ。
「つまり、ドラゴンは星の核の影響を受けていることになる」
「ええ。なんとなく、わかります」
「だけど、中には逆の場合があるんだ」
「逆?」
「ドラゴンの方が星の核に影響を与えるってこと。そのくらい膨大な力を持っているドラゴンだ」
「……」
背筋がゾッとする。星に影響を与えるほどの力……。強大過ぎて想像すらできない。
「そのドラゴンが深い眠りから覚める……もしくは、目覚めさせようとしている者がいる」
「本当に、そんなドラゴンがいるんですか?」
「銀河を飲み込み、無を食い荒らす。神すら絶望し、悪魔すら恐怖した。なんて、古い文献には載っているけどね」
「初耳です。そんな化け物がどうして、一般的に知られてないんですか?」
「まあ、はっきりとしたことは分かっていないからね。言ってしまえば、星伝説的な噂程度のものだ」
「飛躍し過ぎて頭がついていけません。でも、異常気象が起きてるってことは本当に存在するんすかね?」
「議事堂もその辺に関しては意見が割れている。政府にも協力を仰いで入念に調査した方がいいっていう側と貴重な人材をそんな不確かなことに裂くなという側にね」
「先生はどっち派なんですか?」
「ん?」
その問いに先生は腕を組んで困ったように小さく唸る。
「少し卑怯だけど、中間かな。今は他にもやらないことは山ほどあるからね。正直言って、伝説や噂に対して人員を割いている余裕はないよ。……けど、放っておくわけにはいかないというのもある。……それに」
そこで先生は目を細めた。瞳の奥には鋭い光が宿っている。
「裏でヤバいことが起きてる。……俺の勘がそう言ってるよ」
「それなら中間じゃないんじゃないですか? 大規模な調査をするように進言したほうがいいんじゃないですか?」
「いや、結局勘というのも噂と変わらないからね。私情の類になるかな」
「建て前ってやつですか? 騎士って面倒くさいんですね。オレ、なれる気がしません」
「大丈夫だよ、ならせる気ないから」
「え?」
サラッと言われた衝撃発言に思わずビクリと体を震わせると、それを見て先生がニッと笑う。
「冗談だよ。冗談。それに、建て前なんて騎士に限らず、大人になれば誰でも使いこなせないといけなくなるぞ」
「うっ! それなら、大人にもなりたくないです」
「大丈夫さ。その時はちょっと、人生損するだけだから」
ひどいことを言う。一体、どのくらい損するのだろうか。考えるだけでも怖い。
「だけど、それは裏を返せば純粋ってことだよ。騎士……いや、ヴィジョンを使うにはそのほうがいい。ここだけの話、エリクの方に騎士を継承させようって考えてるんだ」
「……それ、ルチアにも言ってません?」
「あ、バレた?」
先生は少し落ち込んだような表情をして「俺って、嘘が下手なのか?」と呟く。
本当にこの人はどこまで本気なのかがわからない。
「エリクにはちゃんと騎士としての素質がある。それは本音だよ」
「素質があっても、本人の意思が弱いとなれませんよ。オレ、戦いとか好きじゃないし」
「そういうところも、十分、素質として見ているよ」
優しい笑みを浮かべた先生は、窓からチラリと外を見る。
「そろそろ、到着みたいだね。フィオナ姫に着陸の準備をするように言ってきてくれ」
「わかりました。それじゃ」
頷いて、ドアから部屋の外へ出て、リビングを横切るようにして歩く。
星に着いたら、フィオナとはお別れになるのか……。いや、儀式が終わるまでは同行させてもらおうかな。あ、そもそも、年に一回は会いに行くって約束してるからなぁ。って、なんで、オレ、あいつと離れるのが嫌みたいな感じになってんだよ。
邪念を払うかのようにブンブンと頭を振る。
そうしているうちに、フィオナの部屋のドア前に着いたので、ノックした。
「はい?」
部屋の中から緊張気味の声が聞こえる。
「エリクだけど」
「ああ。なに? 開いてるわよ」
急に声質と対応が雑になった。
なんなんだよ、この差は。
開いてるって言ってるし、このまま部屋の前で突っ立てても意味がないのでドアを開けて部屋に入る。
フィオナは窓際で椅子の上に膝を抱えて座っていた。水色のチュニックを着ているのでスラリとした足が露出している。
窓の外に向けていた顔をこちらに向けてきた。気怠そうというか、面倒くさそうというかやる気がなさそうな表情をしている。
「何の用? 告白でもしにきたの?」
「なんでだよ!」
「違うの?」
今度は色っぽい目つきでオレを見上げて、唇に人差し指を当てる。妙に可愛らしい仕草。ちょっとドキッとしてしまう。
「あ、当たり前だろ! な、なんでオレがお前に告白なんてしないとなんねーんだよ」
「なら、良かったわ。あんたの心にトラウマを負わせることにならなくて」
「……フル気満々かよ。てか、なんでお前にベタ惚れ設定なんだよ」
「いえ、逆に残念……なのかしら。一人の男の人生を狂わせる……。なんかゾクゾクするわね」
オレの言ったことは全く耳に入ってないみたいで、ブツブツと物騒なことを口走っている。
こいつは口を開かなければすっごい美人なんだけどな。それを上回るというか、大差で性格の悪さが浮き出ている。実に勿体ない。
「それにしても、ビックリしたわ。あんたがドアをノックするなんて」
「へ? なんでだよ?」
「あんたのことだから、いきなりドアを開けたら私が着替えててラッキー的な展開を期待してると思ったのだけれど」
「お前、オレを友達じゃなくて、変態として見てないか?」
「それは違うわ」
キッとオレを睨んでくる。そして、きっぱりとこう言い切った。
「友達で変態として見てるのよ」
「タチが悪ぃよ!」
オレの突っ込みに、フィオナは満足そうに「ふふふ」と笑った。
「本気よ。本気」
「あ、ガチなんだ……」
「それで? 何か用があったんじゃないのかしら?」
オレを変態扱いしていることを訂正することなく、フィオナは話を切り替えてきた。
「ああ。そろそろ着くから準備しろってさ」
「……そう。わかったわ」
呟いてから、顔を窓の外へ向けるフィオナ。
しばらくの沈黙。
オレとしてはもう用件を伝えたんだから、部屋から出て行ってもいいはずだ。だけど、なぜかその場から動いちゃいけないような気がした。
数分が経ったころ、不意にフィオナが口を開く。
「ねえ……。私が逃げたいって言ったら、一緒に来てくれる?」
「え?」
表情は見えないが、どこか堅い真剣みを帯びた声だった。
なんて答えていいかわからず黙っていると、フィオナがこっちに振り向く。
さっきまでのおちゃらけた表情ではなく、真っ直ぐオレの目を見てくる。
「もし、一緒に来てくれたら……」
下唇をグッと噛み、恥辱にまみれたような屈辱いっぱいを前面に押し出したような顔をする。
「キスしてあげてもいいわ……。頬に」
「そんなに嫌なのかよ! それに、報酬がショボイ!」
オレの反論にムッとするフィオナ。
「なによ? 私の神聖な初キッスを頬に受けれるのがショボイですって? 心外だわ……って、ああそうか」
なにやら納得したように頷いて、ニヤニヤと口元を綻ばせる。
「それ以上をお望みってわけね。言うだけタダだし、万が一了承を得たらラッキーってわけ? 案外交渉上手じゃない」
「違う! そういう話じゃねえよ!」
「はいはい。そう、ムキにならないの」
フィオナがオレのところに歩いてきて、ポンと肩に手を置いた。
「困らせて悪かったわね。今のは冗談よ」
「……今って、どの辺りからだよ?」
「さ、話は終わり。これから着替えるから、出てくれない? それとも、堂々と眺めてる?」
またいつものような、悪戯っぽい笑顔になる。言うことがコロコロと変わって、結局何が言いたいのかがわからない。こういうところはバリス先生と一緒で、はぐらかすのが上手いから、余計にややこしい。
ルチアほどじゃないしても、もう少し直球的な言い方をしてほしいと思う。
なんにせよ、着替えると言われてしまったら出て行くしかない。
オレはフィオナに背を向けて部屋を出ようと歩き出す。
だが、そのとき心に何か引っかかるような感覚を覚える。
「フィオナ……。お前、やっぱり王女になりたくないのか?」
振り向くと、フィオナはオレに背を向けていた。
「話は終わりって言ったはずよ」
そう言って、いきなり服を脱ぎだし下着姿になる。
「お、おい、馬鹿!」
慌てて部屋を出て、閉めたドアに寄り掛かった。
十七歳で星を束ねる女王になる。その重圧は俺には理解できないほどだろう。それに、本当は冒険家になりたかったという夢もある。
オレがその立場だったら、どうしてただろうか?
目を瞑って必死に考えようとするが、フィオナの白い下着が浮かび上がってしまう。
「考え事はガラじゃねえよな」
頭に浮かんだ光景を振り払うように頭を振り、オレはオレで着陸準備をするために自分の部屋に戻ったのだった。

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