【Web小説】龍と姫と聖剣エクスカリバー⑭

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第3章 
 最初はデジャブかと思った。それほど、前の状況と酷似した状況だった。
「ワシらはお前たちの敵ではない……。とは、もう言わん」
 黒いフードの付いたコートを着ている二人組。
 ジーノたちだった。
「あなた方は、本当に優秀でした。ただ、少々マニュアル通りに動き過ぎましたね」
「下がっててくれ」
 バリス先生が小声でオレたちに指示を飛ばす。今度は「自分も戦う」などと言うつもりはない。素直にフィオナを守るようにして、数歩下がる。
「すぐに船を出さなかったのは、撃墜を恐れて……ですよね?」
「俺も馬鹿だった。考えてみれば、撃墜する気なら着陸するときにやられていたはずだ」
 フードを下ろすと、そこには冷徹な笑みを浮かべたジーノの顔が露わになる。
「フィオナ姫に古の儀式をさせるのが目的か?」
「ご名答」
 おっさんの方もフードを下ろした。そこには以前はなかった傷が顔を斜めに奔るように付いている。先生につけられた傷じゃない。それなら、一体……?
「わからないな。それなら、なぜ、あのタイミングで襲ってきた?」
「知らなかっただけですよ。姫が銀河の巫女だってことに」
「前回は純粋に金のためだったからな。その女の弟だかなんだか知らんが、浚ってこいって依頼されたのだ」
「……今回は違うのか?」
 二人がにやりと笑みを浮かべる。
「仇討と復興。それが我々の目的だ」
「……お前たちは何者だ?」
「十英雄については、知っているか?」
「いや。十人の逆賊なら知っているけどね」
 前に船で話してくれていた、政府にたった十人で挑んだ奴らのことだろう。
 先生の言葉に、ジーノたちは肩を震わせてくつくつと笑った。
「まあ、貴様ら側ではそう呼ぶのだろうな」
「そいつらの生き残りの子孫……というわけか」
「正確には技と理念を受け継ぐ者だ」
「どんな理念かは話さなくていい。どうせ、ここで途絶えるんだからな」
 先生が、今回はいきなり伝説の剣、エクスカリバーを発動させる。
「安心しろ。こちらも、死人に話すほど悪趣味じゃない」
「そうかい」
 一瞬にして先生がオレたちの前から姿を消した。
 閃光。
 すでにヴィジョンを発動していた先生は、刹那的にジーノたちの後ろに回り込んだ。
 今回はエクスカリバーだから、例えジーノが防ごうとしても槍を破壊してそのまま切り捨てられるはず。
 ――と思っていたのだが。
 高い金属音が鳴り響く。
 先生のエクスカリバーを……防いでいる?
 目を凝らすと、おっさんが金色の槍で先生のエクスカリバーを受け止めていた。
「なっ!」
 先生が驚いて後ろに下がる。
 おかしい。伝説の武器を受け止められるなんて、それこそ同じ伝説の……。
 そこで、オレはあることを思い出す。
 援護の隊が消息不明になっている。確か、先生からそう聞いていた。
「……グングニルか」
「手に入れるのに、少々苦労したがね」
 おっさんはそう言って、顔の傷を指でなぞる。
「今度は確実にあたなを殺してから、弟子を始末します」
 ジーノが槍を構えて一歩、先生の方へと踏み出す。
「武器も同等で、一対二。さて、死ぬのはどちらかな?」
 おっさんの方もグングニルを構えて、間合いをつめていく。
「あんたたちの方さ」
 先生が二人相手に、一気に間合いを詰めて高速で切り付ける。
 ……一気に決める気だ。
 最初からヴィジョンを全開で攻撃している。
 光速の剣技。
 いつもなら足を最大限に強化するところを、腕までも同じように身体能力をアップさせていた。
 二人相手なのに、先生の方が押している。
 逆に今の先生に瞬殺されない二人の方が凄いと思ってしまうほどだ。
 連続で鳴り響く金属音。
 おっさんの方はグングニルがあるおかげで、なんとかエクスカリバーを防いでいるがもし普通の武器だったら、即刻破壊されて刺されているはず。
 ジーノの方は完全に攻撃するのを諦め、避けることだけに集中している。というより、集中せざる得ないようだ。
「ぐっ!」
 おっさんの方が徐々に被弾し始める。腕や足、肩などに致命傷でないにしても、深い傷が増えていく。
 その様子を見て、ジーノが焦るように槍を振るった。
 致命的な失敗。
 先生はその槍を最小限の動きでかわし、がら空きの喉に向けて剣を突く。
「ちっ!」
 ジーノは槍を手放し、大きく後ろへ飛んだ。
 戦闘の最中に武器を手放すなんて、愚行以外なにものでもないが、今のはそうしなければ確実に死んでいた。それをあの刹那に判断し、迷わず実行したジーノは凄いとすら思える。
 追い打ちをかけるかと思ったが、先生は踵を返しておっさんの後ろへ回り込んだ。
「なにっ!」
 一瞬の油断。
 おっさんの方も、先生がジーノに追い打ちをかけるのだと思っていたのだろう。
 ジーノに追撃した先生を後ろから突き刺そうと考えていたのに、その相手が自分の後ろに立っている。それは驚愕するのは当たり前だ。
「くそっ!」
 慌てて振り向こうとするが――。
「がはっ!」
 エクスカリバーが深々とおっさんの胸を貫いたのだった。
 先生が剣を抜くと、脱力し、膝から崩れ落ちて倒れるおっさん。
 数回痙攣したのち、完全に動かなくなる。
「な? 死ぬのはあんたたちの方さ」
 ――強い。まさか、先生がここまで強い人だったなんて。
「次はあんたの番だ」
 先生がジーノに視線を向ける。
 ジーノはおっさんが刺されている隙に槍を拾っていた。
 だが、普通の槍。エクスカリバーを一度でも受けたら破壊されるはず。
 勝った。
 恐らくはオレだけじゃなく、ルチアとフィオナもそう思ったのだろう。安堵の短いため息を吐いたのが聞こえた。
 ……だが。
「くっくっくっく。はっはっはっは。はーっはっはっは」
 圧倒的不利の状態になったジーノが高らかに笑い始めた。
「いや、本当にあなたは優秀な戦士ですね。ここまで思い通りに動いてくれるなんて……最高の手ごまですよ」
「……思い通り、ね」
 先生が目を細める。恐らく、先生も不気味なものを感じているんだろう。
 さっきの高笑いもそうだが、表情も完全に余裕そのものだった。
 短く息を吐いた先生は、エクスカリバーを中段で構える。
 空気が張りつめていく。
「強がりではないことを見せてあげましょう」
 槍を構えたジーノの方が間合いを詰めてくる。先生の方からは出られない。
 ……ハッタリか?
 そう思った瞬間だった。ジーノが思い切り槍を振りかぶる。
 まだ攻撃が当たるような間合いじゃない。一体何をするつもりだ?
 先生がやや剣先を上げて、攻撃に備える。
 ――そして。
「はっ!」
 いきなりジーノが槍を投げてきた。
「!?」
 完全に虚を突かれた先生は槍を弾くと同時に半歩だけ左に体を流す。
 その間にジーノがおっさんの倒れているところまで走る。
 素早く落ちているグングニルを拾い上げた。
 ……くそ、オレはなんて馬鹿なんだ。
 忠告されていたのもあるが、完全に観戦モードだった。
 先生が一人を倒したことにより、勝ったと過信してこの場から動こうともしなかった自分が情けない。
 戦いに参加しないまでも、倒れた相手の武器を回収することくらいはできたはずなのに。オレが気を抜いたせいで、武器のアドバンテージがなくなってしまった。
 ……これで互角。
 そう思っていたオレをあざ笑うかのように、ジーノは肩を震わせて笑い始めた。
「くっくっく。これで、チェックメイトです」
 グングニルの切っ先を先生に向ける。
「御託はいい」
 一瞬にして先生がジーノの背後へと回り、剣を振り下ろす。
 ジーノは振り向くこともなく、あっさりとグングニルで剣を受け止めた。
「確かに、戦士に対して言葉で語るなんて無礼でしたね。お許しください」
 剣をいなして、ゆっくりと先生の方へ振り向く。
「では、槍で語ることにしましょう」
 まったくの同等。
 さっきまで攻撃を避けるのが精いっぱいだったのが嘘のように、先生の動きについていっている。
 エクスカリバーを弾き、グングニルで突く。
 それを紙一重で避け、回転しながら剣を横薙ぎに振るう。
 それをまた躱して……。
 遠目で、目で追うのがやっとなほどのスピードで攻防を続ける二人。
 次元が違う。……ん? いや、違う?
 さっきと比べると若干、先生の動きが鈍い。その遅れが、ジーノの反撃を許すことになっている。
 ……リプレクション?
 先生は最初から全開でヴィジョンを使っている。もしかしたら、かなりの負担が体にかかっているせいで限界が来るのも早いのかもしれない。
 ただ、いくら全開だったとして、三分でリプレクションになるほどなんだろうか?
 それにリプレクションなら、動きが遅くなる程度じゃ済まない。完全に動けなくなるはずだ。
 それなら一体……。
 横にいるルチアもオレと同じようなことを考えていたのだろう。
 オレよりも早く、その謎に行き着いた。
「ヴィジョン……」
 一瞬なんのことを言っているのかわからなかったが、すぐに理解する。
 奴も……ジーノもヴィジョンを使い始めたということだ。
 あいつの能力は重力。
 実際には相手に重いと『思わせる』という能力。
 オレやルチアなんかは、立つこともできないほどの重さをイメージさせられてしまったほどの強烈なシグナルを細胞に送られていた。
 先生ほどの実力ならそのシグナルを緩和させるほどのイメージを体に送ることで相殺できるだろうけど、わずかにその効果を受けてしまう。
 その『わずか』が戦闘では大きく影響する。
 現に、先生はその若干の遅れのせいで、さっきまで圧倒していたのが今は互角の戦いを繰り広げている結果につながっている。
 いや、すでに互角ではなくなっていた。
「ぐっ!」
 グングニルの切っ先が先生の肩口を切り裂く。
 傷口は浅いが、攻撃を当てられたという事実の方が深刻だ。
 ……ヤバい。
 先生は自分の肉体をヴィジョンで強化しているので、能力を使い続けていれば必ずリプレクションが起こる。
 それに対してジーノの方は『相手の肉体に影響を与える能力』なので、ヴィジョンを使い続けてもリプレクションは起こらない。
 もちろん、ジーノの方の能力にリスクがないわけではない。相手の肉体に影響を与えるほどの強いイメージは、精神的な疲労度が自分の肉体操作の倍は高い。
 肉体と精神の削り合いだが、完全に先生の方が不利だ。
 相性が悪いと言ってもいいかもしれない。
「ルチア……。左右から同時に仕掛けるぞ」
「……わかった」
 このままじゃ、先生がやられるのは時間の問題だ。
 そうなったときに、オレとルチアだけではジーノは倒せない。それなら、ここは俺たちが体を張って、ジーノの体勢を崩し、そこを先生に突いてもらうしかない。
 オレとルチアは、ヴィジョンを発動し身体能力を上げる。
 視線を一瞬だけ交わし、同時に一歩踏み出そうとしたときだった。
「来るんじゃない! 逃げろ!」
 先生が叫んだ。
 その声に反応して、オレもルチアも立ち止まってしまう。
 逃げる。
 つまり、先生は命をかけてオレたちが逃げるまでの時間を稼ぐつもりだ。
 ただ、前とは状況が違う。武器の有利性もなく、気を抜いた瞬間に殺されるほど肉薄した戦いの中、船に飛び乗るなんてことは無理なはず。
 それにジーノはそのことも読んでいるせいか、船の入り口付近から離れようとしない。
 船に辿り着くことすら困難だ。それなら、どこに逃げる? 神殿か?
 一瞬、隠し扉のことを思い出したが、ジーノがあの部屋のことを知っている可能性は高い。
 オレはこんな馬鹿げたことを考えている状況ではなかったのだ。
 先生に止められてでも、ジーノに突っ込むべきだった。
 ……例え、やられても。
 この場を逃げ切ったとしても、先生がいなければ必ず捕まってしまう。オレたちではジーノに対抗できないし、通信が遮断された今では助けを呼ぶこともできない。
 先生がやられてしまえば、ジーノの言う通りチェックメイトだ。
 ……そして、ついに一番恐れていたことが現実となった。
 鈍い金属音が響く。
 グングニルが先生の鎧をいとも簡単に貫いた。
 胸から刺さった槍の先端が背中から飛び出ている。
「がふっ……」
 先生の大量の吐血で、グングニルの柄の部分が真っ赤に染まった。
 ジーノが勢いよく槍を引き抜くと、先生の体からは力が抜けて前のめりに倒れる。
 ピクリとも動かない。即死だと遠目からでもわかるほどだ。
「……あ、ああ」
 絶望のあまり気の抜けた声が出てしまった。
「さて……」
 当然のように、ジーノが今度はこっちのほうを向く。
 頭の中が真っ白になり、冷や汗が全身から吹き出す。
 いつの間にかガタガタと体が震え出す。
 怖い。
 一歩、一歩、ゆっくりとこっちに向かってくるのに、逃げたいのに足が……体が動かない。
「エリク。ボクが時間を稼ぐ。逃げて」
 ルチアがトンファーを構える。
 ……ダメだ。先生ですら勝てなかったのに。ルチアも死んじまう。
 倒れている先生の死体がルチアのものと重なる。
 ――嫌だ。
 先生を失って、さらにルチアまでなんて。そんなの、耐えられない。
 二人の死の上に立って生きれるほど、オレは強くない。
 だからといって、自分が死ぬのはもっと怖い。
 ジーノが目の前に立ったとき、オレの体は自然と地に両膝を着き、祈るように両手を合わせてジーノを見上げていた。
「……助けてくれ」
 そんなオレをジーノが冷たい目で見下ろしている。何を考えているのか伺え知れない。
「エリク、ダメ! 逃げて!」
 ルチアがジーノに襲い掛かろうとした瞬間、体が地面に吸い寄せられる、そんな感覚がオレとルチアを襲った。
 ヴィジョン。
 もはや、立ち膝もできなくなり四つん這いの状態になる。
 ルチアのほうは何とか立ってはいるが、一歩も動けないようだ。
「頼む、見逃してくれ」
 体は動かない代わりに必死に口を動かす。残された最後の手段は命乞いしかなかった。
「これはこれは。師匠が優秀な分、弟子は無能なようですね。でも、まあ、そうですね……」
 ジーノが考え込むように顎に手を当ててオレを見下ろしている。
「……オレたちには、もうあんたに逆らえるほどの力はない。頼む」
「敵を見逃す愚行。戦士であるなら、するわけありません」
 心臓が大きく鼓動する。
 ダメだ、殺される。
 自然と涙が浮かんできた。情けないなんて思うこともなかった。ただ、助かりたいとしか考えていなかった。
「……ですが、まあ、敵ですらないというなら問題はないでしょう」
「そ、それなら!」
「あとは……姫。あなた次第です」
「え? ……あ」
 オレは恐怖のあまり、自分のことしか考えられてなかった。フィオナの存在を完全に忘れていた。護衛なのに。友達なのに。
「黙ってついていけば、二人は見逃す……。そういうことでいいのかしら?」
 その声には恐怖の欠片も感じなかった。いつものひょうひょうとした、偉そうとすら感じるほどの堂々とした声だった。
「さすが一国の姫……。ああ、いや、もう女王になったのでしたね」
「少しでも二人に傷をつけたら、協力はしないわよ。自殺する覚悟だってあるわ。まあ、どうせ、生きていても、死んでるのとあまり変わりがないような気もするし」
「約束しましょう。どうせ、儀式は半日ほどで終わります。二人が助けを呼んだとしても、間に合わないでしょうから」
「行先はディスファニーでいいのよね? あと、半日もかかるのだから狭いのは嫌よ?」
「その点は大丈夫です。一人分、空きましたしね」
「ああ。なるほど」
 ジーノとフィオナはおっさんの死体をチラリと見る。
「では、行きましょうか」
 ジーノがエクスカリバーを回収した後、船があるだろう方向に歩き出し、フィオナもそれに着いていこうと一歩、踏み出す。
 オレは慌てて、その足を掴む。
「フィオナ……ダメだ」
 だが、フィオナはそのオレの手を蹴り払った。
「あなたには心底失望したわ。護衛、失格ね」
 何も言えなかった。現にオレは守るべき人間の前で、敵に命乞いをしたのだ。
「ああ、あと友達も辞めさせてもらうわ。絶交よ。絶交。二度と私の前に顔を見せないでちょうだい」
 冷たく鋭い声だった。
 氷の刃で心臓を貫かれたような、そんな悪寒が走るような言葉で切り付けられる。
 オレはどうすることも出来ず、ただ黙ってフィオナがジーノに着いていくのを見送ったのだった。

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