【Web小説】龍と姫と聖剣エクスカリバー⑯

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一時間後。
オレの横にいるルチアが寝息を立て始めのを確認して、ゆっくりと立ち上がる。
さて、行くか。
なるべく音をたてないように、ゆっくりと船の入り口へ向かう。
ルチアを巻き込むわけにはいかない。というより、ルチアに死んで欲しくないから命乞いをしたようなものだ。
議事堂から迎えがくるから、オレがこの船を持って行っても大丈夫だし。
一部心残りなのが先生の遺体を降ろせないことくらいか。ちゃんと盛大な儀式の後に埋葬して欲しかったけど、降ろしている間にルチアが目覚めてしまっては元も子もない。
入り口のドアの開閉スイッチを押そうと手を伸ばしたときだった。
右手をガッと掴まれる。
「行かせない」
「……ルチア」
相変わらずの無表情だが、怒っているようにも泣きそうにも見えた。
「エリクの性格は知ってる。自分の為に助けに行くってこと」
「……」
その言葉に若干驚いた。
オレよりも、よっぽどルチアの方がわかっていた。案外、自分のことは自分ではわからないものらしい。
「頼む。どいてくれ」
ルチアの手を払いのけようとした瞬間。
腹に重い衝撃が奔り、オレの体はくの字に曲がる。
顔が下がったとろこに、ルチアの膝が飛んできた。
「ぐはっ!」
モロに顎にヒットし、そのまま後方へと吹き飛ぶ。
「絶対に行かせない。例え、エリクに怨まれても。だって、これはボクのエゴだから」
トンファーを構えるルチア。その声には確固たる強い意志がこもっていた。
顎をさすりながら立ち上がり、口の中に広がる血をペッと吐き出す。
首をコキコキと鳴らし、数回その場でジャンプする。
幸い、脳の揺れは無くダメージは顎のみで納まっているようだ。これなら動きに支障はでない。
ソードを抜き、中段に構える。
「ルチア。悪いがオレも引けねえんだ。オレのエゴを通すためにどいてもらうぜ」
「エリクには無理」
「オレはそうは思わんけどな」
「すぐに分からせてあげる」
言い終わると同時に、ルチアはオレの背後へと回った。
振り向きざま、振り下ろすトンファーをソードで受ける。
「!」
ルチアは驚いた表情で大きく後ろに跳んで下がった。
ヴィジョンを全開にした動きについて来られないかと思っていたのだろう。
……何とか見える。
ジーノと先生との戦闘は、目で追うのがやっとだった。
言い換えれば見えていたのだ。
この『見えている』というのは、かなり大きい。
今まで訓練では絶対に勝てなかった、ルチアの攻撃をさばけた。
オレは再び、ルチアに向かって剣を構える。
驚愕よりも逆らい続けるオレに対しての苛立ちの方が勝ったのだろう。
ルチアは一気に間合いを詰めてきて、連続で攻撃してきた。
それを冷静に剣で弾く。
驚きで目を大きくしたルチアは、今度はさっきの二倍の間合いを取る。
「今までは猫を被ってた?」
「……かもな」
確かに訓練で、さらにルチアが相手の時は真剣に戦っていなかったというのはある。
が、やはり先生とジーノとの戦いを見たのはオレを劇的に変えた。
イメージ。
先生の本気の動きをトレースするイメージ。
詳しく言うと、ヴィジョンでどの部位をどのくらい強化していくのか、また強化部分を切り替えることで体への負担を減らすことに成功する。
今まではただ、漠然と体全体を強化していた。そもそも、部分強化なんて考えもしなかったのだ。
ルチアはオレを睨み、歯ぎしりをする。
「認めない」
一気に間合いを詰め、連続してトンファーを振るってきた。
最初は剣で弾き返すのがやっとだったが、徐々に目が慣れてくることで避けることに成功する。
もっとだ。もっと早く。
先生の動きをさらに具体的に、強くイメージする。
体を大きく振って避けていたのを、ギリギリで最小限の動きで避けていく。
当たる気がしない。
ルチアの方も最大限にヴィジョンを発動させて、動きが早くなっていくが問題なかった。どんな攻撃だろうと躱す自信がある。今ならそれこそ、先生の攻撃だって避けれるかもしれない。
オレは元々逃げるのは得意なのだ。
さらに加速し、今度は一気にルチアの背後へと回り込む。
「……消えた?」
ルチアから見たら、一瞬にしてオレの姿が見えなくなったのだから消えたと錯覚するのも無理がないかもしれない。
ルチアがオレを探すために様々に動き回り、視線を動かす。
その動きに合わせてオレは常にルチアの真後ろに位置し続ける。
よし、後は首筋に当身をくらわせるだけだ。
そう思い、手を上げたまさにその時、諦めたようにルチアが全身の力を抜く。
「わかった。もう止めない」
「え?」
まさかルチアの方がこんなにも簡単に折れるとは思っていなかったので、オレは思わずその手を止めてしまった。
その隙にルチアが振り向き、視界にオレを捉える。
「ついて行くとも言わない」
その言葉は予想すらしていなかったものだった。あれほど、俺が死ぬことに関して頑なに阻止しようとしていたルチアが、あっさりと折れるなんて……。
だが、逆にそれはルチアの執念にも似た、エゴを通そうとする意志が強いということを次の瞬間に思い知らされることになる。
気を抜いて動きの止まったオレの足目がけて、ルチアがトンファーを投げつけた。
左足の骨が砕ける、乾いた音が響くと同時に足から力が抜ける。
その場に膝を着くと、ルチアがオレの顔面に残ったトンファーを打ち込んだ。
鼻血が盛大に吹き出し、仰向けに倒れる。
トンファーを拾い上げたルチアがオレを見下ろす。
「言ったはず。ボクはどんな手を使っても、ボクのエゴを通す」
そう。オレを油断させるために、敢えて動揺させるような嘘を吐いたのだ。
「エリクが誰かに殺されるのを見るくらいなら、ボクが殺して、その後ボクも死ぬ」
その言葉が嘘じゃないことは、放つ殺気でわかる。
恐れ入った。そこまで我がままか。
ある意味、グレイス……いや、ヴィジョンとはエゴを通す力そのものかもしれない。
だからこそ、ルチアは先生に見いだされ、騎士見習いになったのだろう。
――けど、オレだって同じはずだ。
「悪いけど、オレも譲るつもりはねえんだよ。ましてや、お前がオレを殺した後に死ぬなんて聞いたら尚更だ」
オレの言葉にルチアが顔を曇らせる。
「失言。エリクには逆効果な言葉だった。……だから」
すぐさま倒れているオレに止めを刺すべくトンファーを振り下ろす。
それを横に転がるようにして何とか避ける。
さっきまでオレの顔があった位置の地面が吹き飛び、深さ三十センチほどの穴ができた。
「すぐに終わらせる」
殺気をまとったまま、オレの方に歩いてくるルチア。
ガクガクと震える足を殴り、なんとか立ち上がる。
ヴィジョンを使って回復を試みるが、全ての力を足に注ぐわけにはいかない。ルチアの攻撃を対処するための力を目や全身に回さないとならないからだ。
考えてみたら、ヴィジョンを同時に色々な効果に振り分けるなんて初めての経験かもしれないが、今はそんな泣き言は言えない。
「エリク。お願い。一緒に死んで」
「物凄ぇ重い告白だな。お前のそういうところは嫌いになれねーけど、答えはノーだ。オレはお前が死ぬのが嫌だ。……だから、降参する。っていうのはどうだ?」
「却下。それが嘘なことはわかってるから」
「……ちっ」
「仮にここでエリクを動けなくしたところで、フィオナが死んだことを知ればエリクは耐えきれなくて、きっと自殺する」
「おいおい。そんなことで死ぬほど、オレの心は弱くねーよ」
「そう。エリクの心は強すぎる。エゴを通そうとする意志が固すぎる。フィオナを見殺しにした自分を見たくないという理由で、死ぬことができるほどに」
その言葉に何も言えなかった。的外れな気もするし、当たっている気もする。
ただ、一つ言えることは、オレはフィオナに死んで欲しくないし、ルチアにも生きていてほしいということだけだ。
それを同時に叶えるには、ここでルチアを倒した後ジーノも倒さないとならない。
「かなり難易度が高ぇな」
「というより、不可能」
「そうか? なんか、オレは出来る気がすんだけど」
「それは妄想」
「ま、いいや。取りあえず、ここでお前に勝たないと話にならないし」
「そこが既に不可能」
ルチアの言う通りかもしれない。片足は折れていて、さっきのスピードが出ないし、足を止めての打ち合いは、小回りの利くトンファーの方がずっと有利だ。
だけど、この状態でルチアに勝てないようじゃ、次のジーノ相手に勝てる見込みはゼロと言ってもいいだろう。
「さよなら、エリク。愛してる」
ルチアが一気に間合いを詰め、トンファーを振り上げる。
腕を最大限に強化し、高速で振り下ろしてきた。
小細工は無用。どっちの意思が……どちらのエゴが強いか。
――勝負!
トンファーが頭に炸裂し、頭蓋骨が砕ける音と同時に視界が真っ赤に染まった。
遠のく意識の中、見えたのは涙を流すルチアの顔と脳裏を駆け抜けるフィオナの笑顔。
嫌だ! 二人が死ぬなんて、死んでも許せない!
目を見開き、ヴィジョンの力を最大限、頭に回す。
回復ではなく再生。
死からの復帰。
――いや、死への拒否。
「え?」
光速再生されるオレの頭を見て、目を見開くルチア。
「オレのエゴの勝ちだな」
振り下ろすことに全力を注いだルチアの体勢は流れ、その隙だらけの首筋にソードの柄頭を叩き込む。
不意を突かれたルチアに耐えることは無理で、その場に倒れ込んだ。
こうして、何とかルチアに勝利したのだった。

ジーノとフィオナが向かった、ディスファニー星までは半日ほどかかる。
その時間はある意味、体を回復させるにはちょうど良かった。
怪我は完治させ、リプレクションが起きないよう筋肉を冷やす。ヴィジョンをかなり使ったが短い時間だったので、リプレクションにはなっていなかった。
コンディションは万端。
一番の問題はジーノに勝てるかどうかだ。
ルチアの言う通り、可能性は絶望的に低い。もし、ジーノに負ければフィオナはもちろん、オレも殺される。そうなれば、ルチアも後を追うだろう
最悪の結果だ。二人が死ぬなんて、考えたくもない。
そのことがオレを支える唯一のモチベーションだったが、反対にオレ自身死んでいるのであれば、そもそも嫌な思いはすることがないという思いが頭をもたげる。
――いや、ダメだ。
ヴィジョンは想いの力。少しでも弱気になれば、飲み込まれる。
実力で劣るオレの最後の拠り所はヴィジョンしかないのに。
パンと両頬を挟むようにして手で叩く。
フィオナたちが出発して、約一日が過ぎようとしている。
儀式は半日ほどで終わると言っていたから、時間的にもギリギリだろう。
深呼吸をして、心を落ち着かせる。
眼下に迫る、赤茶けた小さな星を無心で眺め、覚悟を決めたのだった。

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