【Web小説】龍と姫と聖剣エクスカリバー⑰

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ディスファニーは小惑星で、鉱石のような岩山が立ち並んでいる。
生物の気配は全くなく、地面も赤い砂が広がっていた。
フィオナたちを見つけられるかと心配だったが、それも杞憂ですぐにジーノの船を見つけることに成功する。
一瞬、船に近づけて着陸したら追ってきたことがバレるかもと頭を過ったが、どうせバレたところで大した違いはないだろうと思う。
ジーノの隙を突くにしても、ここは完全にやつの方が地理的に詳しい。
地の利はあっちの方にある。逆に不意打ちをくらうのはこっちの方だろう。
今、心配することはあっちにオレの存在を気づかれないことよりも、無事、フィオナのところに辿り着けるかどうかだ。
ジーノ船の隣に着陸させ、辺りを見渡す。
すぐに洞穴を見つけることができる。
中は鍾乳洞が広がっている。雰囲気はあの隠し扉の向こうの、フィオナが封印の儀式の記憶を得た場所に似ていた。
一キロほど進むと、ドーム状に広がる空間に出る。
その更に奥には円柱の岩と、その上に石板が乗った、儀式の間にあったものと同じようなものが見えた。
そして、その前にはジーノが立っている。
「……追ってくるとは思いませんでしたよ。もしかして、姫の最後を見取りに来た……というわけではありませんよね?」
ゆっくりとジーノがこちらに振り返った。
「いや、残念ながら。その逆……かな」
「へえ……」
ジーノが目を細めて、オレを興味深そうに見てくる。
「たった半日で何があったんです? 顔つきがまるで違いますが」
「ちょっと死線を二、三回くぐって来た」
「……それで、私に勝てる自信がついたと?」
「はは。まさか。そこまで己惚れてないさ」
「では、ここには何しに?」
「言っただろ。フィオナを助けにだ」
「矛盾していますね」
「そうか? 勝てる自信はねえけど、勝てばいいんだろ」
ジーノはクックックと肩を震わせて笑う。
「世間ではそういうのを蛮勇というのですよ。まあ、嫌いじゃありませんけどね」
「……フィオナはどこだ?」
ピタリと笑いを止めるジーノ。
「聞いてどうするんです?」
「何回も言わせんなよ。フィオナを助けにきたんだ。居場所を聞くのは当然だろ?」
「まあ、いいでしょう。そこまで勿体つけることでもありませんし」
そう言って、ジーノは上を指差した。
その先を目で追う。
「なっ!」
さすがにその光景には驚いた。
ジーノ後ろの壁からは巨大な三角錐のものが十数本ずつ上下に突き出ている。
その一つ一つの大きさは約十メートルほど。
あまりの巨大さのため、最初にみたときはそれが牙だとは気付かなかったほどだ。
つまり、壁からドラゴンの口だけが飛び出している状態だった。
そして、その口の中にフィオナが祈りを捧げているようにして座っている。
目を瞑っているので、意識があるのかどうかここからはわからない。
「フィオナ!」
試しに叫んでみるが、反応はない。
「無駄ですよ。今は儀式の最終段階で、深いトランス状態ですからね」
「あんたを倒せば、意識は戻るのか?」
「くっくっく。本当にあなたは面白い。いいでしょう。ここは正直に答えてあべましょう。答えはノーです。儀式は既に私の手を離れました。私がどうなろうと関係はありません」
「くっ……」
絶望に心が折れかけたとき、敵であるジーノが一筋の光を投げかけてくる。
「ただし、儀式を終える前にあの場所から出て、何かしらのショックを与えることで意識を戻すことは可能かもしれません」
「いいのか? そんな情報を簡単に教えて」
「これは楽しませてくれた礼です。……ですが」
ジーノは懐から二つの、金色の金属を出した。エクスカリバーとグングニルだ。
「あなたは私に殺される運命ですからね。問題ありませんよ」
「まずはあんたを倒さないと話にならないってことだな」
「そういうことです」
ジーノは右手にエクスカリバー、左手にグングニルを握り発動させる。
伝説の武器の二刀流。おそらく、歴代のグレイスの騎士ですらこんな豪華な使い方はしたことがないだろう。
これで、懐に入ってどちらか一本を奪うという作戦は無理になった。
ただ、完全に不利だけというわけでもない。
ジーノは槍使い。剣の扱いにはまだ慣れていない上に、二刀流だ。
ギリギリまで追い詰められれば、使い慣れていない武器に戸惑うこともあるはず。
問題があるとすれば、そこまで追い詰めることができるか、というところだろう。
使い慣れていない武器とはいえ、伝説の武器だ。威力は半端ない。
受け止めるだけで、武器は破壊されるだろうし、もし被弾しようもんなら一撃で終わりなんてことも有り得る。
こっちは一撃も受けることなく、乱打戦に持ち込む。
かなり難易度が高い……どころかほぼ不可能。
ルチアが言った通りの展開だ。
けど、そんな程度で諦めるほどオレは素直じゃない。
「ま、やるだけやってみるか」
腰にくくっているソードを抜き、構える。
思い出せ。ルチアとの戦いを。
ヴィジョンを発動させ、足を最大限に強化する。
……そして。
一瞬にしてジーノの後ろへ回り込む。
「!」
完全に油断していたジーノはオレの動きを追えていない。
ここだ!
ジーノの心臓目がけてソードを突く。
が、甲高い金属音が響くと同時に、オレのソードの剣先が宙に舞った。
ジーノがグングニルでオレの攻撃を防いだのだ。
――しまった。
慌てて大きく後ろに下がる。
「へえ……。これは驚きました。今の速さ。あの正騎士よりも上だったんじゃないですか?」
振り向いたジーノの顔には余裕の笑みが浮かんでいる。
対して、オレはかなり焦っていた。
大破は避けられたものの、ソードの三分の一が無くなってしまったのだ。
斬られたソードの断面を眺めながら、オレはようやく当たり前のことに気付く。
あっちの攻撃を受けるだけで武器が壊れるなら、こっちの攻撃を防がれても武器が壊れてしまう。
考えてみりゃ、そやそうだけど……。反則だろ。
相手の攻撃は全て避けて、こっちの攻撃は防がれることなく確実に本体を捉える。
強風の中で針に糸を通すよりも難しい。
ジーノが先生と戦っていたときに、まったく攻撃しなかった理由も、そういうことなんだろう。
理想はやっぱり、ジーノからどちらかの武器を奪うことだろうけど、まあ、無理っぽい。
さて、どうしたもんかな。
チラリとフィオナの方を見上げる。
あっちのほうもいつ、その儀式というものが終わるか分からない。逃げ回って隙を突く戦法も得策じゃないよな。
実力も武器も格段に、あっちが上。さらにこっちには時間制限もあるときた。
こっちがハンデ欲しいくらいだ。
だけど、そんなことを考えている時間がない。
「うおおおおおお!」
オレは地面を蹴り、スピードを加速する。
唯一対抗しうる武器は速さだけだ。
あとはジーノが油断しきっている今に、勝機を見出すしかない。
とにかく、動きでかき乱して隙を見つけることしか作戦が思いつかなかった。
そんなオレの動きに対して、ジーノはまったく慌てることなく、だらりと腕を降ろしている。
オレが間合いに入ったときにのみ、ピクリと反応するという戦法だ。
「くそ、きたねえぞ!」
「ふふふ。私は虫けらを狩るのにも全力を尽くすタイプでしてね。それが相手に対する誠意だと思っています」
……人のことを虫けら扱いしておいて、誠意って。舐めてるとしか思えない。
だけど、これはかなりヤバい流れだ。
このまま動き続けていたら、いつリプレクションが起こるか分からない。
かといって、無意味に突っ込んだところで真っ二つにされるのがオチだ。
覚悟を決めるしかない。
一旦、立ち止まってジーノと対峙する。
今度は何をしてくるのか楽しみ、そんな表情をしていた。
よし。まだ、勝機はある。
折れた剣を両手持ちで構え、その場で小さく跳ねるようにステップを踏む。
失敗したら死。
自然とプレッシャーによる汗が吹き出してくる。
痛いのは大嫌いだ。
が、オレが死ねばフィオナとルチアが死ぬ。その事実が否応なしに鼓動を高めさせた。
――いくぞ!
蹴り出す左足を全力で強化。
一気にジーノの懐に入る。
当然、このスピードはジーノの方も想定済み。
片手で槍を突いてくる。
左手を柄から放し、腕を犠牲にして槍の軌道をズラす。
左腕が肘より先から切れて、飛んでいくが攻撃を逸らすことに成功。
ジーノはオレが腕を捨ててくるなんて想像もしていなかったのだろう。
驚愕の表情を浮かべ、慌ててエクスカリバーを横薙ぎに振ってくる。
だが、遅い。
オレは既にジーノの懐に潜り込んでいる。
間合いゼロ。
この状態なら奴のエクスカリバーよりも、『折れた』ソードの方が断然有利。
「おおおおお!」
右腕を最大に強化して、ソードを振るう。
エクスカリバーが無防備なオレの脇腹を斬るが、所詮、剣の根元。
そして、こっちはソードの根元で、ジーノの首筋を切り裂く。
「ぐがっ!」
盛大に血を吹き出すジーノ。
オレの方も、いくら剣の根元といっても、相手は伝説の武器。
その威力は強大で、そのまま横に吹き飛ぶ。
地面を転がって、壁にぶつかり、かなり痛いがジーノはこれの比ではないはず。
――勝った。
勝利の余韻に浸りたいところだが、もちろん、そんな時間はない。
オレは踵を返して、フィオナの方へ走った。
その時だった。
「糞が! 糞が! 糞が! 糞がーーーーーーーーー!」
止血するようにジーノが右手で首を抑えながら叫んだ。
怒りと憎しみが混じり合う目で睨んできたが、もう勝負は着いている。
ジーノを無視して、再びフィオナの方へ足を向けようとする。
「貴様には絶望を味あわせてやる」
首から手を放し、ジーノは高々と手を上げた。
「古の邪龍よ! 我が命に呼応し、目覚めろ!」
ジーノがドラゴンの方を睨むと、それに反応したかように、今までピクリともしなかった牙が動き出す。
「や、やめろ!」
必死に叫ぶが、何もかもがもう遅かった。
ドラゴンの口が閉じてしまう。
閉じた口の中から光が溢れ、口がせり出して壁からドラゴンの顔が現れる。
目が開き、縦長の瞳孔でオレを見下ろしている。
「あ、ああ……」
オレはその場に膝を着き、ただただ、ドラゴンを見上げることしかできなかった。
「約束通り、絶望をプレゼントしましょう」
ドラゴンがオレからジーノへ視線を移す。
すると……。
「き、傷が……」
斬ったはずの首筋が、何もなかったかのように完全にふさがっている。
――ヴィジョン。
茫然とするオレを見て、笑みを浮かべる。
ジーノはエクスカリバーとグングニルの発動を解き、ただの筒に戻すと懐にしまった。
チャンスだと思うが、飛び込めない。武器をしまったのに、まったく隙が見当たらなかった。
手を開いて向けてくる。
「どんな死に方がいいですかね?」
首を僅かに傾けた瞬間、その手のひらから黒い炎の塊が出現し、襲い掛かってきた。
咄嗟に腕で顔を庇うが、黒炎の威力は凄まじく、勢いだけで壁際まで吹き飛ばされる。
転がることで、何とか炎を消すことに成功する。
「バラバラにしましょうか」
今度は腕を横に振るう。
目に見えるほどの空間の歪みが発生する。
慌てて、その場から逃げると、オレがいた場所の壁が大きく切り裂かれた。
あり得ない。
ヴィジョンは対生物用の技術。つまりは思い込みの力。
岩のような無機質なものには効かないはずだ。
それなのに、岩が切り裂かれた。これはヴィジョンというより……。
「龍石の力に近いですね。……いや、ドラゴンの力そのもの、と言った方が正しいです」
困惑するオレに、ジーノは自慢気に話を続ける。
「ドラゴンという生き物は、自然エネルギーを循環させることに特化しているんです。星の核から力を得て、放出する。または、瞳に蓄えることができる。それが龍石と呼ばれ、今の人間の文明を支えているというわけです」
その辺のことは、いくらオレみたいな無知な人間でもわかっている。
だが、龍石も特殊な機械を使うことで、ようやくエネルギーを抽出することができる。それが何も使わず、しかも龍石じゃない状態でドラゴンから力をもらうなどと……。
「グレイスの騎士は、ヴィジョンを自分たちで生み出したと思っているようですが、本来は龍の民の技術なんですよ」
「……龍の民?」
「ああ。あなたたちは十人の逆賊と呼んでいたんでしたね」
昔、たった十人で政府に挑んだ人のことだろう。
その話は先生に聞いて知ったくらいで公にはなっていない。
「彼らはドラゴンと共に生き、星の声を聴いていました。世界のバランスを何よりも重視していたんです。が、そこに……蛮族の集団が現れました」
ジーノがオレをギロリと睨みつける。根底から湧き出る怒りを感じた。
「ドラゴンを狩り、星の力を貪る、凶悪な集団……」
「……銀河政府」
「蛮族によって、無数の星の命が消えました。ドラゴンを狩ることは星の命を削るということを知っていながら……」
知っていた? いや、そんなことは聞いていない。恐らくは先生ですら……グレイスの騎士ですら……。
ジーノの言うことが本当であれば、それは政府の中でも限られた人間しか知らないことだろう。
「星のために、龍の民は立ち上がりました。……まあ、あなたも知っている結果になりましたが」
「その復讐をする……ということか」
「どちらかというと、それは本当の目的を果たす、ついでになるでしょうね」
「……本当の目的?」
オレの問いに、しばらく沈黙した後、ふうと一息吐いた。
「話が逸れましたね。つまり、龍の民はドラゴンから力を得て、自分の力にするという技術を持っていました。それをアレンジ……いや、劣化させたのが、あなたたちが使うヴィジョンというわけです」
「もし、あんたの話が本当だとしたら、一つ腑に落ちない点がある」
「なんですか?」
「なんで、フィオナを巻き込んだ? ドラゴンを復活させるだけなら、あんただけでも出来たはずだ」
「ほう……。なぜ、そう思います?」
目の色に興味が加わり、オレを見てくる。
「フィオナの儀式は、ドラゴンを封印する技術だけだった。それに、そもそもドラゴンの封印が弱まって来たからフィオナは巫女になる覚悟を決めたんだ。放っておいても時期にドラゴンは復活した。違うか?」
「……」
「これはオレの予想だけど、今、色々な星でドラゴンが暴走している……というより、ドラゴンを復活させようと画策していたのはあんたたちだろ? フィオナはその邪魔になることはあっても、あんたたちにとって有意義な存在じゃない。違うか?」
「なるほど。なかなか頭は回るようですね」
パンパンと馬鹿にしたように拍手をする。
「私たちは龍の民の思想を受け継いでいるのであって、別に龍の民というわけではありません。残念なことに、残されている文献や口伝では、あなたたちが使っているヴィジョンとそう変わらない技術しか得ることはできませんでした」
なるほど。確かに、その技術が使えるなら先生との初戦で使ってもおかしくない。
「ですので、我々は龍の民のようにドラゴンの力を得ることはできません。……だからこその姫なのです」
「フィオナが?」
「龍の民はドラゴンと意思疎通ができたというのです」
「……じゃあ、ドラゴン自身が、力を渡していたってことか」
ジーノは頷いたが、その表情はどこか悔しそうだ。自分に会得できなかったことによる劣等感だろうか。
「そんなときです。グラーディア星の姫の依頼が来ました。最初は全く興味がありませんでしたよ。だが、私たちは儀式の間である文献を発見した。そこには儀式の内容が書かれていて、それを見た瞬間、あることを思いつきました」
ジーノがチラリとドラゴンを見上げる。
「あなたたちは、ドラゴンの封印術というのは、何か特殊な力を使ってのものだと思っているのでしょうが、実際はあなたや私が使うヴィジョンの力に近いものなんです」
「……どういうことだ?」
「もしかしたら、グラーディアの王家の血筋は龍の民に繋がっているのかもしれません。彼女らはドラゴンの意思や思考に入り込み、思考を操ることができるんです」
「……思考を?」
ヴィジョンは相手の肉体すらも操る強力な電波を放出する術だ。
人間以外の生き物にも有効なのも頷ける。
「封印の儀式というのは長い時間をかけて、動かず眠るように術をかけ続けることなんです」
フィオナが封印するのはあまり難しくないと言っていたことを思い出す。
「そこで私はこの儀式を行う人間の思考を操つることができれば、ドラゴンの力をこちらに流せるのではないかと考えたわけです」
その言葉を聞いて、腹の底が熱くなるような感覚に襲われる。
怒り。今まで感じたことのないどす黒い感情が湧き出してくる。
「ただの思いつきで、フィオナを犠牲にしたっていうのか? もし、お前の考えが間違えていたら、どうする気なんだ!」
オレの叫びに顔をしかめて、まるで汚い物を見るような目で一瞥してくる。
「一つの銀河を滅ぼせるほどの素晴らしい力ですよ? 仮説段階でも、十分試す価値はあると思うんですけどね」
「ふざけんなっ! 人の命をなんだと思ってんだよ!」
「大いなる成功の陰には、それに見合うほどの犠牲は付き物です」
「貴様ぁ……」
「それに、私の考えは正しいと証明されたのです。彼女の死は無駄じゃなかった。それでいいじゃありませんか」
頭の中で何かが切れるような感じがした。
思考が真っ白に……いや、暗くて重い、黒い感情に染まる。
気づいたらジーノに向かって突進していた。
折れたソードを振り上げ、力を籠めて振り下ろす。
「うおおおおおお!」
「愚かですね」
懐からエクスカリバーを取り出し、すぐに発動。
触れると同時に、オレのソードがあっさりと砕け散った。
「消えなさい」
ジーノが左手をオレの前で開く。
それはまるで、巨大なものに高速でぶつかったような衝撃だった。
肋骨が数本へし折れる音を聞きながら、オレは後方へ吹き飛ぶ。
五メートルほど空中を舞い、背中から落ちた。
受け身が取れず、息が詰まる。
「……おや? 加減したつもりはなかったんですけどね」
ジーノは左手を数回握ったり開いたりして、訝しげに自分の手を見ている。
さっきの炎の威力から見れば、確かに今の攻撃は温い。
恐らくジーノはオレを即死させる気で放ったつもりだったのだろう。
まだ、うまく力をコントロールできないんだろうか。
そのおかげで助かったけど、この状態ではあまり意味はない。
数十秒、死ぬのが遅くなっただけだ。
「ここは早急に、かつ確実に止めを刺しておきましょうか」
グングニルの方も発動させ、ゆっくりとこっちに歩いてくる。
ひん死のオレに対して、まったく油断の欠片もない。
窮鼠猫を噛むどころか、身動き一つできない状態だ。
ジーノから視線を外し、ドラゴンの方を見る。
結局、誰一人救うことはできなかった。きっと、ルチアもオレなんかの後を追うんだろう。
だけど、フィオナを助けられなかったことを胸に刻んで生きていくよりは楽だ。
などと、ろくでもないことを考えていた。
――すると。
『本当に役立たずなんだから! あーあ。こんな奴と一瞬でも友達になった自分が恥ずかしいわ』
「……え?」
顔を上げて、辺りを見渡す。
今のは……フィオナの声だった。
ただ、声というよりは、直接頭の中に響くような感覚だ。
『それに、追ってくるなって言ったのに……。私の命令を無視するなんて、とんだ奴隷豚だわ』
「……オレはお前の奴隷でも豚でもねえよ」
思わず、つぶやくように突っ込んでしまった。
そのオレを見て、ジーノが立ち止まる。
ひん死のオレがぶつぶつと言い始めたので、戸惑ったんだろう。
良かった。
ふと、頭によぎった感情がそれだった。
それは死ぬ時間が延びたことではなく、例え幻聴だったとしても、もう少しフィオナと話せる時間があることに、だ。
「なあ、フィオナ。死んで、そっちに行ったら友達になってやるぞ」
『なによ、その上から目線。それに、あんたと友達になるのは嫌って言ったじゃない』
「なんだよ。もっと素直になれって。恥ずかしがってるのか?」
『あんたと友達になるのが恥ずかしいって言ってんのよ! それに、死んでも、あの世には私はいないわ』
「ん? それはオレが天国で、お前が地獄にいるってことか?」
『どう考えても、逆じゃないかしら。そうね。一回、地獄の炎で滅菌すれば、その腐った脳みそも綺麗になるかもしれないわね』
「いや、普通に燃え尽きるだろ」
フィオナと別れたのは、ほんの一日くらいなのにこうやって話すのが随分と久しぶりに感じるし、悔しいことにちょっと楽しい。
『とにかく、あんたが死んだら、私の目覚めも悪いし、あんたの幽霊にストーカーされるなんて、想像しただけでも悪寒が走るわ。だから、あんた、逃げなさいよ』
「それができたら、とっくにしてるっつーの」
『死んで感謝しなさい。特別に私が力を貸してあげるわ』
「……死んだら、結果は同じだろ」
『あー、もう! くだらないこと言ってないで、ほら、立ちなさい!』
「だから、それができたら……。え?」
全身の痛みが嘘のように引いていく。それどころか、遠くに転がっていたオレの腕が飛んできて、切れた箇所にくっついた。
「な、なにっ!」
様子を見ていたジーノが慌てて、オレに向けてグングニルを突き下ろしてくる。
「うおっ!」
慌てて横に転がって攻撃を避け、立ち上がる。
大きく後ろに跳んで距離を取るが、ジーノは追って来ない。
どちらかというと、今起こったことに戸惑っているような感じだ。
くっついた左腕を動かしてみる。
斬れていたのが嘘みたいに、普通に動く。
体も治っている。ここに来たときよりも、調子がいいくらいだ。
『ほら、治ったんだから、さっさと逃げなさい! 速さはあんたの方が上なんでしょ?』
オレは視線を上げ、ドラゴンを見る。
ドラゴンの縦長の瞳孔と目が合う。
「フィオナ……。お前、そいつの中でまだ生きてんのか?」
『……あんた、ジーノの話、ちゃんと聞いてたの? 私を通して力をもらってるって言ってたでしょ。私を殺したら意味ないじゃない』
「あ、そっか。でも、お前、生きてたんなら、何あいつに力を送ってんだよ!」
『仕方ないじゃない。さっきまで、意識がぼやけてたんだから。きっと、ジーノのヴィジョンに操られてたのよ』
そのことはジーノ自身も言っていた。今のフィオナのように自我を持たせた状態だと操りにくいから、強めのヴィジョンをかけたんだろう。
『あんたがボコられてるの見て、テンション上がったおかげで目が覚めたわ』
「そんなことで覚めんなよ……」
『ほら、何してんのよ。逃げなさいって言ってるでしょ!』
少しイラついたような声。自分の思い通りにならないと機嫌が悪くなるのは、ドラゴンの中に入っても健在のようだ。
「なあ、フィオナ。ここまでできるんなら、もう少し力くれよ。そしたらあいつを倒して、お前を助け出せるんだけど」
すると、盛大にため息を吐かれる。
『なんか勘違いしてるみたいだけど、私、助けて欲しいわけじゃないのよ』
「は? なんでだよ? って、うおっ!」
今まで傍観していたジーノが間合いを詰めてきて、グングニルを横薙ぎ「してきた。
瞬時にヴィジョンを発動させ、ジーノの後ろに回り込む。
フィオナからドラゴンの力を貰っているせいか、身体能力の向上が桁違いに高い。
本当なら隙だらけの背中に一撃入れたいところだが、今は丸腰なのでそうもいかなかった。
「くっ!」
今度はジーノの方が距離を置いてくる。
体が回復し、さらにフィオナから力を貰ったおかげで身体能力はオレの方が上だ。
だが、武器の面では圧倒的に不利。
なんとかできないかと視線を動かし、武器になるようなものがないかを探す。
『なに? あんた、もしかして私を助けようとしてくれてる? それなら的外れもいいところよ』
「……どういうことだよ?」
あくまでジーノから一定の距離を保ちつつ、フィオナに問いかける。
『簡単に言えば、どうでも良くなったって感じかな。疲れちゃったのよ』
「疲れた? なにがだ?」
『だってさ。どうせ、あんたに助けてもらったところで、どうせここでドラゴンの世話でしょ? それなら、いっそジーノに星を壊してもらうっていうのも有かなって』
「……お前、それ、本気で言ってんのか?」
少し怒気が孕んだ声が出てしまう。それを聞いて、フィオナが少しだけ言いよどむ。
『どうせ……あんたには……わからないのよ。銀河を自由に飛び回れるあんたには……』
寂しそうな声。それは、船で聞いた――一緒に逃げてと言ったときと同じような声だった。
今でも、あのときなんて言えばよかったのかはわからない。
それでも、思いを口にしようと思った。
というより、考えるよりも先に言葉にしていた。
「一緒にいてやるよ」
『え?』
「お前を色々連れ出すことは無理かもしんねーけど、ずっと近くにいてやることはできるぞ」
銀河の平和よりもフィオナの自由を取る、なんてことはできないけど、一緒にいてやることくらいはできる。それが素直な想いだった。
『ば、馬鹿じゃないの!? それに、あんた、騎士の任務はどうすんのよ』
「先生が死んじまったからな。騎士見習いも終わりだ。で、これからどうやって生きるのかを考えるのも面倒だし、お前といるのも楽しいし。……だから、一緒にいてやるよ」
しばらくの沈黙の後、フィオナがポツリとつぶやく。
『まあ、銀河を破壊するより、あんたをからかって遊んだ方が楽しいかな……』
なんだか知らないが、物凄い照れている感じが声に出ている。あいつの真っ赤な顔をしているのが頭に浮かぶ。
「ああ。そんなんでいいんじゃねーの? 銀河を守るとか破壊するとか、壮大過ぎてピンとこないし。やりたいことをやる。人生なんて、そんなんでいいんじゃねーか?」
『そうね。あんたと遊び飽きたら全部壊す、でもいいかもしれないわね』
「気まぐれで銀河の運命を握る……か。ホント、お前は器がでかいな」
『宇宙並にね』
「全然、うまくねー」
『それじゃ、さっさと終わらせようかしら。あんたが、いたぶられてるの見てるのも楽しかったけど……。あんたを痛めつけていいのは、私だけだしね』
「……一緒にいるって言ったの、ちょっとだけ後悔した」
『もう遅いわよ』
「だな。じゃ、終わらせるか」
莫大なエネルギーがフィオナから送られるのを感じる。
視線を下ろし、ジーノを見ると、ビクリと体を震わせ、身構えた。
ジーノにも既に形勢は逆転したことがわかっているんだろう。
オレはスッと右腕を胸の高さまで上げる。
ジーノの左手に握られているエクスカリバーを見て、それが自分の手元にあるイメージを頭の中で描く。
固く握られていたはずのエクスカリバーは、吸い寄せられるようにオレの手の中に納まった。
「くっ!」
残されたグングニルを両手で握り、オレに刃を向けて構える。
オレもエクスカリバーを握り、ジーノと対峙する。
『もう一個の方も奪い取ってから、極大炎を打ち込めば終わりなのに』
「身も蓋もないことを言うなよ。……ま、これはケジメみたいなもんだな」
『ケジメ?』
「先生の仇っていうのかな。先生と同じ条件で戦って、あいつを倒したい」
『男って面倒くさいわね。まあ、いいわ。勝手にしなさい』
「頑張れ、くらい言えねーのかよ」
少々気合を削がれたが、オレはジーノに向かって走った。

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