【Web小説】龍と姫と聖剣エクスカリバー⑦

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「さて、これからが本番ね。何が起きるのかしら」
「……お前、帰る気ゼロじゃねーかよ」
昼飯を食い終え、買い物が終了した頃には街が夕日の光で紅く染まっていた。
それにしても、女の買い物ってどうしてあんなに時間がかかるんだろうか……。
服を一つ買うのに、何度も試着したり何軒も回ったり、戻ってきてまた試着する。まさに拷問にあっているかのような心境だった。
しかも要所要所で「どっちがいい?」なんてことも聞かれたりするから、気が抜けない。下手な方を選ぶとフィオナが不機嫌になるなど、本当に大変だった。
今回はどちらかというと、フィオナではなくルチアの服を選んでいたという感じだ。
ルチアはこういう機会がないと服を買うような性格ではないので、これはこれで良かったと思う。
「あら……。急に街が慌ただしくなってきたわね」
買い物の途中で、何人にも店員から帰るように言われているので、今は街の外れにある廃墟ビルの屋上から街を見下ろしている。
「変だな。店を閉めるにしても、こんな急なもんか? あ、でも、通りに人もいなくなってきたぞ」
あれほど賑わっていたはずの街の中心部には、まったく人の気配がなくなっていた。
ほぼ全てといっていいほどの店の入り口にシャッターが下りていく。
「シャッターが強固」
ルチアの言う通り、店の入り口や窓までも頑丈な鉄の扉のようなものが嵌められている。多少の銃や爆薬ならビクともしなさそうだ。
ルチアが背中に括り付けていたトンファーを装着する。この異常な街の状況に不穏な空気を感じたのかもしれない。
オレも腰にベルトで固定していた鞘からソードを抜く。
「くそっ! やっぱり、船に戻ればよかったぜ。フィオナ。オレたちから離れるなよ」
「ちょっと、勝手に盛り上がらないでよ。別にまだなにも起きてないじゃない」
「何かあってからじゃ遅い……って、まあ、街の人たちの忠告を無視したオレたちの落ち度もあるけど」
「エリク。いつでもヴィジョンを使う準備をしておいて」
「ああ。わかった。フィオナ。お前、高いところは苦手か?」
「え? 別に大丈夫だけど。なんでそんなことを聞くのよ」
「最悪の場合、家の間を飛んで、屋根の上を走ることになるかもしれない」
「あら、面白そうじゃない、それ」
なぜか目を輝かせるフィオナ。本当にお気楽なものだ。
「エリク。何か来る」
ルチアが顔を向けた方向から、地鳴りのような音が聞こえてくる。
遠くの平原から街に向かって、大きな影の群れが物凄いスピードで走ってきていた。
「なんだ、ありゃ?」
「……ダークイーター」
目を凝らしながらルチアがポツリとつぶやく。
「は? なんで、そんなのが群れをなしてやってくるんだよ?」
「わからない。でも、あれは……多分間違いない」
オレも慌ててヴィジョンを発動させて、視力を引き上げると群れをなしている大きな影の正体がはっきりと見えてくる。
体長二メートル。全身が堅い爬虫類のような皮膚に覆われ、短い前足に太い後ろ足で二足歩行。象の頭すら簡単に噛み砕くであろう巨大な口に、尖った牙。闇夜に赤く光る二つの瞳。
間違いない。あれはダークイーターだ。
「なんで、D級のドラゴンが群れなんかをつくってんだ? そんなの聞いたことないぞ」
「ボクにもわからない。でも、早くこの場から離れないと」
「そ、そうだな」
奴らは明らかにこの街を目指していた。このまま黙っていれば、格好のエサになってしまう。
「フィオナ。オレの背中に掴まれ。最悪の事態だ。このまま家の屋根を走って、船まで戻るぞ」
「あなた……。背中で私の胸の感触を楽しむ気でしょ?」
「今はそんな馬鹿なこと、言ってる場合じゃないだろ!」
「ホント、抜け目のない変態ね。まあいいわ。あんな奴らに食われるくらいなら、胸の貞操は諦めるわ」
「胸の貞操って……」
「エリク。ボクが背負おうか?」
「いや、ルチアの戦闘力を削ぐのは得策じゃない。それに、ヴィジョンでの身体能力の向上は、オレの方が得意だし」
「……本当にそれだけが理由?」
ルチアが悲しそうな表情と、目に疑いの色が浮かんでいた。オレって、そんなに変態に見えるのだろうか。こんな緊急事態に、女の子の胸とかに気を取られるオレではない。
「オレを信じてくれ」
「……わかった」
ルチアの両肩を掴んで目をジッと見ると、頬を赤く染めて顔を逸らしてしまった。
よくわからないが、何とか納得はしてくれたようだ。
「はいはい。ご馳走様。ほら、さっさと行くわよ。これでいいの?」
フィオナがオレの背中に抱き付き、首に手を回してくる。
ムニュリ。
小さめと思っていたが、こう密着してしまうとしっかりと胸の感触が伝わってきた。
……柔らかい。
「帰ったらお金取るから」
「え? なんで?」
「一個潰す」
「何を?」
なぜか、女性陣に殺気のこもった目で見られる。一体、オレが何をしたというのだ。
なんてやり取りをしている間に、ダークイーターの群れはかなり街に近づいてきていた。
「行くぞ!」
ヴィジョンを発動させ、足の筋力をアップさせる。
オレが先頭で、ルチアには後方から援護してもらうような陣形で進んでいく。
フィオナを背負い、家と家の合間を飛び、屋根の上を滑らないようにして走る。
「ねえ、エリク。ダークイーターってどんなドラゴンなの?」
耳元で、緊張感のない声で聞いてくる。近すぎるせいで、耳に息が当たり少しくすぐったい。
「ダークイーターはEランクのドラゴンで、最大の特徴としては極度の夜行性なところだな」
「極度?」
「完全に夜にしか動けないんだ。日が昇ると消えるっていう不思議なドラゴンなんだよ」
「消えるって……帰っちゃうってこと?」
「いや、文字通りパッと消えるんだ。夜霧が晴れるかのように。未だに詳しい生態が分かっていなんだけど、専門家の間じゃ、闇を操っているんじゃないかって言われてる」
「闇を操るなんて……そんなことできるの?」
後方の街では、ダークイーターが家々を破壊しようと暴れている音が響く。
「ドラゴンはEランクから、自然の力を操ることができるんだけど、その一つの要素として、闇があるんじゃないかって見解らしい。まあ、光を操るドラゴンなんてのもいるから、まんざら的外れってわけじゃないんじゃないか」
「……ホント、ドラゴンってデタラメね」
「けど、そのデタラメなおかげで、人間の生活は潤ってるんだけどな」
「それは否定しないけど」
現在ある発展は、龍石の膨大なエネルギーの上に成り立っている。
チラリと後ろを見るが、特に家が崩壊していたり、人の悲鳴が聞こえたりはしていない。家の造り事態が強固なんだろう。ドラゴンの攻撃を難なく受け流している家を造れるって考えたら、文化が千年遅れているとは言い難いのかもしれない。
銀河政府の星々の中でも、そんな建物は数えるくらいしかないはずだ。もし、この星が辺境ではなく、もう少し中心側にあれば、案外、最先端の技術を持った星になっていたんじゃないかと思う。
フィオナもオレにつられて後ろを見ていたが、ふと首を傾げた。
「あれ? あのダークイーターってドラゴン、Eランクなのよね? 群れを成すのはBランクじゃなかったかしら?」
「だから、さっき……いや、今も驚いてるんだけどな。今までダークイーターが群れるなんて聞いたことがない」
「この情報、ドラゴンマニアに高く売れるんじゃないかしら?」
「ドラゴンマニアって……。確かに研究者に教えれば喜びそうだけど、情報を売るっていうのは、なんか後ろめたい気がするぞ」
「馬鹿ね。情報は金になる時代よ。あんたみたいなボーっとした馬鹿正直な奴は損していくのよ」
「……随分、金に執着すんだな。王族なんだから、そんなこと気にする必要もねえだろ」
「その言い方、なんか腹立つわね。自分で使うお金は自分で稼ぎたいってだけよ。そんなにおかしなことかしら」
「いや、立派なことだと思うぞ。お前って性格は最低だけど立派な女王になれるかもな」
すぐにマシンガンのように反撃がくるかと思ったが、フィオナは口を開かなかった。
数秒後、ポツリと呟く。
「別に、王女になんか……」
走っているのと、ダークイーターが暴れている音のせいで、聞き取れなかった。
聞き直そうか迷っていると、後ろのルチアが前の方を指差す。
「エリク。油断したらダメ」
「あ、ああ」
ずっと後ろに気を取られていたが、前を向くとダークイーターが屋根に上っているのが見えた。
街が完全に囲まれている。
ダークイーターにはまだ気づかれていないようだったので、迂回して進む。
そんな中、フィオナがふうとため息をついた。
「なんか、ガッカリね」
「何がだ?」
「この街の人たち、結構いい人だと思ったんだけど」
「……オレが見てないところで嫌がらせでもされたのか?」
「違うわよ。ドラゴンのこと。教えてくれても良かったんじゃないかしら」
「んー。けど、夕方には帰るようにって、すげー言ってくれたじゃねーか」
「あんな言い方されたら、気になって誰でも残るわよ。私、フリかなにかだと思ったくらいだわ」
「いや、そう思うのはお前くらいだよ」
「もう少しハッキリ言って欲しかったわ。あんたたちがいなかったら、死んでたのよ?」
「!?」
フィオナの言葉に衝撃を受けて、危うく立ち止まりそうになる。
確かに言われると変だ。あんな遠回しな言い方をしなくても、「ドラゴンが出る」と直接言ってくれれば、残ろうなんて思わなかった。
……意図的に隠していた? なぜ?
この星は最近、開発が進んできたと店番をしていたおばちゃんが言っていた。店で売っている品物も、観光地用の物が多いという印象がある。観光客を呼び込もうとしているのは明白だ。
それなら、尚更、街で観光客の死者なんか出すわけにはいかないはず。
「ドラゴンのこと、知られるわけにはいかなかったのだと思う」
いつの間にか並走していたルチアが呟く。
「あー、なるほど……」
「どういうこと?」
「超メジャー観光地に、ドラゴンが出るって聞いたら行きたいと思うか?」
「面白そうじゃない。逃げ惑う人々を眺めるなんて、最高のエンターテイメントだと思うわ」
「暴君の素質が半端ないな。……一般的な人間の心理としては、まず近づかない。他にだって観光星はあるわけだし、お前みたいな変態以外はまず来ない」
「……変態に変態って言われると凹むわね」
「オレはその言葉に凹んでるよ」
「観光地にドラゴンが出る時点で終わり。まして、街を襲うなんて論外。下手をすると特定管理下に置かれるだろうな」
特定管理。政府によって、観光客どころか住民すら移動させられて、ドラゴンを狩るハンターのみしか入れない星になることだ。
政府としては、移民料は大分かかるがドラゴンから採れる資源を考えれば十分利益は見込める。喜んで特定管理下にするだろう。
そう考えれば、ダークイーターが群れを成すなんていう異常な状態が起こっているのを政府に知らせず、隠ぺいしているのもわかる。念のため、オレたちのような観光客には絶対に話さないだろう。
「エリク! 右に飛んで!」
ルチアの叫びに咄嗟に反応して、大きくジャンプして右の家の屋根に飛び移る。
同時にオレたちがいたところから、ガチンという高い金属音が響く。
ダークイーターが一匹、屋根の上に登ってきていた。一瞬でもと飛ぶのが遅れていたら、噛まれていただろう。安堵しながらも、背筋が寒くなる。
「前! 前!」
フィオナがオレの肩を掴んで、グイグイと揺らす。
すぐ目の前にも一匹いて、大きく口を開いていた。
「うおっ!」
「きゃあっ! ……ぐえ」
咄嗟だったので、思わず転がるようにして避けてしまう。当然、背中につかまっていた、フィオナがオレと屋根に挟まれる形になる。
「わ、悪ぃ」
「……よ、よくも……私に……あんな声を……出させたわね」
咳き込みながら、フィオナは羞恥と激怒の感情を込めた声を発する。
「エリク、ジャンプ!」
ルチアの声が耳に入った瞬間、思い切り上に跳ぶ。
今度は左右から二匹が襲い掛かってきていた。
空中に逃げたので、その二匹はお互いにぶつかって倒れる。
ルチアの方はというと、すでに数体のダークイーターの死体に囲まれていた。
攻撃してくるダークイーターをトンファーで殴り殺している。
「ちょっと! 来てるわよ!」
「ん? げっ!」
ジャンプしたオレたちに向かって、一体が突進してきている。
まだ空中にいるので、避けられない。
ドンという重い衝撃を受けて、真横に吹き飛ばされて隣の家の屋根に叩きつけられる。
オレとフィオナは屋根の上をゴロゴロと転がっていく。
さすがにフィオナはオレの背中にしがみついていられず離れてしまった。
すぐに立ち上がって、ソードを抜きながら、フィオナの方へと走る。
フィオナの方が勢いよく吹き飛ばされていたので、屋根の端の方まで転がっていた。
――落ちる。
咄嗟にソードを捨てて、飛びつくようにスライディングするように屋根を滑り、落ちていくフィオナの右腕をつかむ。
間一髪、間に合った。
「……手を離したら殺すわよ」
「大丈夫だ。先にお前の方が死ぬ」
「離さないでください」
涙ながらの声を出すフィオナがちょっと可愛かった。
すぐに引き上げ、放っていたソードを拾い上げる。
ルチアも近くに駆け寄ってきた。
「さてと。どうするかな」
完全に囲まれていた。無数のダークイーターが屋根の上にいて、オレたちをギロリと睨んでいる。
ルチアがオレの横に来て、そっと耳打ちをする。
「フィオナを囮にすれば、なんとか逃げられる」
「……冗談でも、そんなことを言うな」
「それしか方法はない」
「オレたちは護衛だぞ! 死ぬなら、オレたちの方が先だ!」
「ボクは! ボクは……エリクが死ぬのは嫌」
ここまで必死なルチアを初めて見た。
「エリクが助かるなら、なんでもする。それでエリクに憎まれてもいい。エリクには生きていてほしい。もし、助かった後、死ねって言うならボクは死ぬ」
「お前なぁ……」
すがりついてくるルチアに対して、怒りが一瞬にして消えていく。
「とにかく、まだ諦めるのは早い。フィオナ」
「なに? 囮ならやらないわよ」
「お前なんかじゃ、一分ももたない。囮にすらならねえよ」
「どうする気?」
ルチアが不安の色を秘めた瞳でオレを見る。まるで悪戯好きの子供を見る母親のような目だ。
本当に信用ねえなぁ、オレ。
若干、気分が滅入ったが今はそんなことを言っている場合ではない。
「正直に言って、こいつらから逃げながら街を出て船まで戻るのは難しい。けど、不幸中の幸いなことに、こいつらはダークイーターだ。朝になれば消える」
「……どういうことかしら? まさか、戦い続けながら朝を待つとか言わないわよね?」
「いくらオレでも、それは船に戻るよりも難しいことだってわかる」
日は沈んだばかり。暗くなる時間や星や太陽の大きさを見るところ、日の出までには少なくても六時間はかかる。その間、戦いながらフィオナを守るなんて芸当はバリス先生がいれば余裕かもしれないけど、オレとルチアだけじゃ到底無理だ。正直、一人で逃げ回るだけなら自信はあるが、それを言うとフィオナにやれと言われそうだから、黙っておくことにする。
「戦いながらじゃなくて、隠れながら朝を待つ」
「誰かの家に入れてもらおうってこと? でも、ドアを開けてくれるかしら?」
「いや、無理だろうな。自分の身の危険を顧みず助けてくれるような奴がいないこともないけど、見つけるまでに殺られる可能性のほうが高い」
「あ、わかった! ドアを破壊して強引に入るのね!」
ポンと両手を前で合わせる。動作は可愛いかったが、言ってる内容は下種だった。
「違ぇーよ! 大体、ドアを壊したらダークイーターも家に入ってくるじゃねーかよ」
「じゃあ、どうするのよ」
「……オレを信じて、ついてきてくれるか?」
「え? 普通に無理」
さも当然かのように言い切られてしまう。少し……いや、結構ショックだった。人格まで否定されたような気分になる。
「ボクは信じる。エリクを疑って生きるよりは、信じて死にたい」
いつもの無表情で、ルチアも当然かのように言い放った。これはこれで重すぎる。普通でいいのに。
「とにかく、時間がない。ここで黙って立ってるよりは少しでも可能性がある方に賭けた方がいい。フィオナ。お前に何か他に策がないなら、オレに命を預けるしかねーだろうが」
「……もし、それでダメだったら一生怨むからね」
「ダメだったら、お前の一生はすぐ終わることになるし、怨む相手も死ぬことになるさ」
もう一度、フィオナを背負う。そして、踵を返して来た方向へと戻る。
「ちょっと! どうする気よ!」
耳元で叫ばれ、耳の奥が痛い。だが、今はそんなことを気にしている場合ではなく、ダークイーターを避けることに集中する。
チラリと後ろを見るとルチアは何も聞くことなく、オレの後を着いてきてくれていた。
視線を前に戻し、目指す場所を見上げる。
街の中心にそびえ立つ、巨大な白い塔。
ヴィジョンで視力を上げて、頂上部を見る。展望台のように窓が並んでいるが、割れていたり傷ついていたりしている部分はない。もちろん、そこまで登っているダークイーターもいなかった。
よし、これなら大丈夫だな。
襲い掛かるダークイーターを避けつつ、塔へと向かったのだった。

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