【Web小説】龍と姫と聖剣エクスカリバー⑧

NO IMAGE

「私、高いところ、苦手なのよね」
「そうなのか? 馬鹿と偉い奴は好きだと思ったんだけどな」
「どっちだって言いたいのかしら?」
首に回されている腕に力を込められ、ギュッとしまる。
こっちは塔に登っている最中で、両手両足がふさがっているので成すがままの状態だ。
オレが落ちたら背中にへばりついている自分も落ちるというのに、こんなことをしてくるなんて、本当に肝が据わっている。もしかしたら、何も考えていないだけなのかもしれないが。
「あんたの読み通り、さすがにここまで登ってくる奴はいないみたいね」
フィオナはチラリと下を見て、「きゃっ! 高いっ!」と言って慌ててオレの背中に顔を埋めてくる。
馬鹿だなと思いつつ、少し可愛いと思ってしまう自分がいた。
下の方ではダークイーターたちがオレたちを追おうと、爪で壁を引っ掻きながら登ろうとしているが、すぐにズルズルと落ちていく。
「確かにこの高さなら羽がない限り、登ってくるのは無理。さすがエリク」
隣でオレと同じように、塔の壁をよじ登っているルチアがポツリと呟く。
塔に着く前までは、何の凹凸もない壁を登るのはかなり大変かと思っていたが、実際、壁の表面は煉瓦のような物を積み上げて造られていたので、意外に登りやすい。
「もしかしたら、それ用に作られた塔なのかもな」
「どういうこと?」
「この塔、結構古いだろ? 昔の人間が、ドラゴンを避ける為に作りあげたんじゃねーかな」
「なるほど。この壁も特殊。もしかしたら、オーバーテクノロジーなのかも」
コンコンとノックするようにルチアが壁を叩く。
世界には聖騎士が持つ十二の武器以外にも、色々な星で古代人の遺産が見つかっている。なぜ、こんな高い技術を持った人間たちが滅んだかはわからない。
分かっていることと言えば、今から約五千年前に突如消えるように絶滅したということだけだ。
この壁も軽くてかなり頑丈な物質だと分かる。金属でも石でもない。触った感触はレンガだが、強度は金剛石に匹敵するほどだろう。街の家の壁は色が濃いもので傷を目立たないようにしているが、この塔の壁は傷一つ付いていなかった。
古代の人たちは、いざというときにはこの塔に登って難を逃れていたのかもしれない。
十五分もかからず、塔の頂上部に到着する。
展望台の窓も特殊な金属で出来ているかもしれないと多少は覚悟していたが、普通のガラスだった。
ということは、古代にもガラスはあったのか、などと考えながらソードの柄頭の部分でガラスを叩き割る。
塔の中に入ろうと割れたガラスをくぐろうとした時だった。
「きゃっ! 危ないじゃないっ!」
フィオナを背負っていたことを完全に忘れていたので、割れたガラスのギリギリのところを通ってしまった。
「首にガラスが刺さるところだったじゃない!」
フィオナがオレの肩を掴んでグイグイと揺する。
「お、おい! 危ねぇって! 文句は中に入ってから聞くから、もう少し待てって!」
「ホントにあんたはガサツ……え?」
プツっという小さい、何かが切れるような音がした。
「あっ!」
フィオナのネックレスが切れ、落下していく。
「ダメっ!」
フィオナが慌てて手を伸ばすが遅かった。ネックレスはスローモーションの中にいるかのようにゆっくりと落ちていく。
「降りて! 取りにいく!」
「馬鹿言うなっ!」
暴れるフィオナが落下しないように、とにかく塔の中に転がり込む。
だが、フィオナはすぐにオレに詰め寄り、必死な顔で懇願してきた。
「お願いっ! 大切なものなの!」
「我がまま言わないで」
続いて入って来たルチアが間に立って、フィオナを突き放す。
「……」
フィオナは恨めしそうにルチアを見たが、すぐに振り向いて割れたガラスの方へ歩いていく。
そのまま入ってきたところから出ようとする。
「何やってるんだ! 危ねぇだろ!」
「放しなさい! これは雇い主としての命令よ!」
「お前じゃ、降り切る前に滑って落ちて終わりだ。仮に下まで降りれたとしても、食われるのがオチだぞ」
「うるさい! それでも行くのよ!」
ヒステリックに叫ぶ。今までここまで必死なフィオナは見たことがなかった。
「あのネックレスは、何なんだ?」
「……言いたくないわ」
プイと顔を逸らして、口を真一文字に閉じてしまう。
「話にならない。エリク。放っておこう」
その態度を見てルチアは呆れたように肩をすくめ、首を左右に振って壁に寄り掛かる。
フィオナはオレの手を払いのけて、また外に出ようとした。
オレはその肩をグッと掴み、窓から引き剥がすように引っ張る。
「あのネックレスは……大事なものなんだな?」
「え?」
「命をかけてでも守りたいものなんだな?」
「エリク。何を考えているの?」
壁に寄り掛かっていたルチアが慌てて、オレのところに歩み寄ってくる。
「朝になれば、あいつらは消える。それから探せばいい」
「いや。ネックレスがダークイーターの口の中に落ちていくのが見えた。早く取りにいかないと、見失っちまう」
オレの言葉にフィオナとルチアの顔が青ざめた。
「そ、そんな……」
「待って。だからと言って、エリクが取りに行くなんて駄目」
「迷ってる時間はねえ」
窓の方へ振り向くと、ルチアが強くオレの腕をつかむ。
「無視すればいい。ボクたちは護衛であって、召使いじゃない。この女のせいでエリクが死ぬなんて、絶対許されない」
「許されないって……。あのなぁ。別にオレは死ぬつもりなんかないぞ。ちゃんと勝算があって、取りに行くんだ」
「それでも、危険なことには変わりない。絶対、ダメ」
「……わかったよ。お前の言う通りにするから手を離してくれ」
ため息交じりに肩をすくめると、ルチアも安堵の息を吐いた。一瞬の気の緩み。このチャンスを逃す手はない。
ルチアの首筋に手刀を打ち込む。油断していたせいで、躱すこともできずにまともに喰らい、その場に倒れ込んだ。地面に顔を打ち付けないように、途中で体を支えてゆっくりと床に寝かせる。
立ち上がって、茫然とその光景を見ていたフィオナの方を向く。
「このままだと、着いてくるって言いかねないからな」
「……どうして?」
「ん?」
「なんで、そこまでしてくれるの? あのネックレスは私にとっては命と同じくらい大切なものだけど、あなたにとってはゴミみたいなものでしょ?」
「いや、ゴミって……。まあ、オレにとっては価値のないもんだけどな。けど、お前にとっては大事なもんなんだろ? このまま放っておくのも後味悪ぃし」
「後味悪いからって死ぬの? あんた、馬鹿なの?」
「お前なぁ。これから、お前の為に一働きしようって人間にかける言葉か? 大体、さっきもルチアにも行ったけど、死ぬつもりなんて、これっぽちもねえよ。そこまで人間、出来てねえ」
「でも、危険なことには変わりないのでしょ?」
「まあな。けど、見捨てて何日か眠れないくらいモヤモヤした気持ちになるのと、取りに行く危険を天秤にかけたら、気持ち悪い思いをするのが嫌ってほうが重かっただけだ」
「なによ、格好つけちゃって。逆に恰好悪いわ。気持ち悪いわよ」
口をへの字にして、腕を組んでプイっとそっぽを向くフィオナ。
「だから、もう少しくらい労いの言葉はねーのかよ。まあ、いいや。あ、もし、ルチアが起きて降りようとしたら止めてくれ」
「あ、ちょっと待って」
「ん?」
「……気を付けて」
唇を噛んで、服の裾を掴んで呟く。
「そんなに嫌なら言うなよ。逆に罪悪感しかなくなったじゃねーか。ホント、人のモチベーションをコントロールするのが下手だな。それじゃ、王女になったときに苦労するぞ」
「私は……別に……」
しょぼんと落ち込んだ顔でうつむいてしまうフィオナの話を聞きたいところだったが、あまりゆっくりもしていられない。
「じゃあ、行ってくる」
割れた窓から外に飛び出る。
ソードの切っ先を下にして、一気に急降下していく。ビリビリと風が頬に当たって痛い。
地面に近づくにつれ、群れをなしているダークイーターたちの姿も大きく見えてくる。
えーっと……いた!
眉間に小さな傷の付いたダークイーターを発見。フィオナのネックレスを口に入れた奴だ。遠くに行っていなくて良かった。
そいつの真上に位置するように調整する。そのままの勢いでダークイーターの頭にソードを突き刺す。
声を上げることもなく、そのダークイーターは絶命する。落ちた勢いも吸収された。
素早く剣を引き抜き、口の中に入って見渡す。多少時間はかかったが、何とかネックレスを見つけることができた。歯に引っかかていてホッとする。もし、飲み込んでいたら腹を裂かなくてはならないところだった。
ネックレスをポケットに入れ、口から出ると一斉にダークイーターたちが襲い掛かってくる。
「うおっ!」
すぐ近くで、ガチン、ガチンと空噛みの音が響く。
転がるようにして、その場から退避する。物陰に隠れてから、ソードを鞘に納めた。戦うわけではないし、逃げ回るなら返って邪魔になる。
「グルルル……」
後ろから唸り声が聞こえ、振り向くと案の定、一匹のダークイーターがこっちを睨んでいた。
目が合った瞬間、突進してくる。
それをジャンプして避けると、次々にオレに向かって突っ込んできた。
建物の壁を蹴ったり、襲い掛かってくるダークイーターの体を利用したりして空中で方向転換して避ける。
走りながら隠れる場所を探す。
できれば、また塔に登りたいところだが、結構離れてしまったし、ルチアの援護がない今はなかなか難しい。自慢じゃないが、オレは戦闘が苦手なのだ。
――その代り。
「おっと!」
不意に左からダークイーターが突進してきたが、スライディングすることでかわす。
すぐに立ち上がって、また走る。
逃げるのは得意なのだ。
あと、体力にも自信がある。逃げることに集中すれば、バリス先生にだって捕まらない。唯一、オレが誇れるスキルだ。騎士として情けないことこの上ないが。
あと六時間、この大量のドラゴンと壮絶なる鬼ごっこをしないといけないと考えると多少はゲンナリするが、死ぬよりはマシだと自分に言い聞かせながら走る。
だが――それは大体、三十分くらいしたときに起こった。
突如、足に痙攣が奔ったかと思ったら、全身が鈍痛に包まれる。
――ヤバい! リプレクションだ!
ヴィジョンの使い過ぎによる筋肉痛。バリス先生が、ジーノと戦った後に起こったやつだ。
最近、何かとヴィジョンを使う機会が多かったのを完全に忘れていた。
そういえば、塔を登っているときはフルに身体能力を上げていた気がする。
走るどころか立っているのも辛くなり、家の陰に身を潜めた。
立ち止まると一気に脂汗と冷や汗が噴き出てくる。
状況が一変してしまった。夜明けまで逃げるはずが、次に見つかったら食われてしまうという状態だ。
六時間隠れ続けることなんて可能なんだろうか。などと考えてると、あっさりと歩いていたダークイーターと目が合ってしまった。
「グルルル……」
ジッとオレを見たまま、動きを止める。
もしかしたら見逃してもらえるかと、淡い期待を抱いた瞬間に奴は突っ込んできた。
避けようとするが、全く体が動かない。
「ガアアアア!」
ダークイーターの歯がオレの右肩に食い込む。と、同時に当たり前だが激痛が走った。
「うがっ!」
声を上げそうになるのを必死に堪える。ここで、大声を出せば他の奴らにも見つかってしまう。
……ただ、そんなのは一分か二分、死ぬのを先延ばしするくらいの効果しかない。
「ぐあっ!」
現にオレの肩に食らいついたダークイーターの歯は肉を引きちぎった。
たまらず仰向けに倒れてしまう。ジーノの能力を喰らったかのように全身が重い。まったく立ち上がれる気がしなかった。
肩から流れる血が暖かい。遠のく意識を必死につなぎとめる。
騎士なら死を覚悟しているべき、という教えがあるが無理。死にたくない。
肉の味をしめたダークイーターが倒れたオレを見下ろしている。
口を大きく開けて、オレの喉を目がけて牙を食い込ませ――
「グガアアアアアアア!」
奴は悲鳴のような声を上げてのけ反った。
間一髪。ソードを抜いて、奴の喉元に突き刺したのだ。
抜くのが精いっぱいで、せいぜい傷をつけるのがやっとだったのだが。
今のうちに。
何とか体を反転させてうつ伏せになり、這って進む。
目の前に突如、でかく黒い爪が現れた。
見上げるとそこには、新しいダークイーターの姿が。
――くそ。死にたくねえ。
必死に突破口を考えるが思いつかない。
奴が大きく口を開けて、オレの頭を噛み砕かんと牙を向けてくる。
……死んだ。
強制的に本能がそう告げたときだった。
ピタリとダークイーターの動きが止まる。
「へ?」
ダークイーターは虚ろな目をして、空を見上げていた。
つられてオレも見てみるが、特に変わったものは見えない。
他のダークイーターも同じく、動きを止めて空をぼんやりと見ている。
街の中がシーンと静まりかえった。
十秒ほどその状態が続いたかと思うと、今度はヨロヨロとやって来た方向へ戻っていく。まるで帰えろと命令されたかのように。
一体、何が起きたのかわからなかった。ただ、助かったという安堵感から、あっさりと意識を失ってしまったのだった。

<7ページ目へ> <9ページ目へ>