【Web小説】龍と姫と聖剣エクスカリバー⑨

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目を開けると、見慣れた銀色で金属の天井が見える。
見慣れているはずなのに、すぐにどこの天井なのか思い出せない。
「あら、起きたみたいね」
視界に現れたのはフィオナだった。
「ここ、どこだ?」
思い出すのが面倒くさいので聞くことにした。
「船よ。本当はあんたの部屋のベッドを使いたかったんだけど、流石に二人寝るのは狭いからリビングのソファーで看病してるってわけ」
「色々、聞きたいことがあるんだけど、質問するのも辛い」
実際目を覚ましたが、まったく起きる気になれない。体が物凄い重いし、眠たい。
「仕方ないわね。美人で素直で可愛らしいフィオナさんが説明してあげるわ」
「……異議あり。お前は素直じゃない」
「そこだけ? 美人と可愛らしいってところは?」
「そこは否定しない。本当にことだしな。けど、美人と可愛らしいって、同じような……って、ダメだ。話すのしんどい」
「いいからあんたは楽にしてなさい。ちゃんと説明してあげるから」
これ以上オレが喋らないようにするためか、フィオナはオレの口に人差し指を当てた。
「まず、ドラゴンが朝になる前に帰ったのはバリスさんが能力を使ったから、らしいわ」
ヴィジョンか。なるほど。普通なら、多少思考を操作する程度くらいしかできないけど、ダークイーターくらいの低知能の生物なら完全に思考を操れるのかもしれない。
それにしたって、相当なイメージ力を駆使しないといけないから、オレでは逆立ちしても無理だ。
「日没になっても戻ってこなかったから、心配で街に来たみたいよ。そしたら、あんな状態でしょ? 広い街の中を探すのなんて無理だから、ドラゴン自体にご退場をお願いしたんだって」
……いや、お願いしたって。そんな気楽で簡単なことじゃないだろ。
「そのせいで、バリスさんは、一週間以上は完全に動けないみたい」
それはそうだろう。元々先生は、リプレクションの状態だったんだから。さらに無理をしたのだから、下手したら動けないどころか、こん睡状態になってもおかしくない。
「船の修理はルチアが起きたら、すぐやってくれってさ。いざってときに動かせるように」
「……その、ルチアはどこにいるんだ?」
「隣にいるじゃない」
フィオナがオレの横を指差す。顔を右側に振る。
「うおっ!」
すぐ近くにルチアの寝顔が迫ったので、思わず変な声を出してしまう。
ルチアはオレの右腕に絡み付くようにピッタリと寄り添っていた。
振り払おうとするが、寝ているくせに物凄い力で全く引き剥がせない。
「あ、起こさないでちょうだい。丸二日、寝ないであなたの看病してたのだから」
「……二日?」
「大変だったのよ。血だらけになったあなたを見て、半狂乱になって。『もし、エリクが死んだら、あなたを殺してボクも死ぬ』って言い出す始末よ。ホント、生きた心地しなかったわ」
ルチアの顔をよく見てみると、確かに涙の痕がくっきりと残っている。
「でも、良かったわ。目が覚めて。ルチアに殺されなくて済んだし、私のせいで人が死んだなんて、目覚めが悪いもの」
「……完全に自分のためだけだな」
「そりゃそうよ。他人の心配ができるほど、人間ができてないわ」
「それは、出来なさ過ぎだろ。あ、そうだ。……えっと」
ポケットをさぐろうとするが、寝間着姿になっていたので、そもそもポケットがない。
……というか、下着まで代わっている。
「誰がオレを着替えさせたんだ?」
「ルチアに決まってるでしょ。意気揚々とやっていたわよ」
「げっ……」
「なに? その不満そうな顔。私にやって欲しかったというならお断りよ。あなたの粗末なものを見せられるなんて冗談じゃないわ」
「……粗末って。まあ、そのことは置いておくとして、オレが着ていた服はどこだ? あの中に……」
「これでしょ?」
フィオナが手を開くと、その中にはネックレスがあった。
「あなたの身柄より先に確保しておいたわ」
「いや、それはオレを優先しろよ。これでも頑張ったんだぞ」
「自分で頑張ったアピールは恰好悪いわよ」
「うっ!」
「でも、ま、感謝はしてるわ。ありがとう」
いつも浮かべている悪戯っぽい笑みではなく、本当に嬉しそうな笑顔だった。
フィオナのこんな表情を初めて見る。まあ、そこまで長い付き合いなのではないが。
とにかく、こいつの笑顔というものを初めて見ることができただけで、死にそうになってまでネックレスを回収した甲斐があったという気がしてくる。
それほどまでに、綺麗な見とれてしまうほどの笑顔だった。

ルチアやバリス先生は起き上がるどころか、目覚めてもいない。
オレとフィオナはレトルトで温めるだけの簡素な、遅めの夕食をとった。
その後は手持無沙汰になり、リビングでフィオナと二人きりという状況に何となく照れくさくなり外の空気を吸ってくるという言い訳をして船から出る。
どうも、昼に見た笑顔が脳裏に張り付いて意識してしまう。
近くにある手ごろな岩に腰をかけて、大きくため息を吐く。
心地よい夜風が吹いてきて、火照った顔を冷やしてくれる。
街での騒動が嘘のように、この辺りは静かだった。
ジーノたちの襲撃に備えて、街からかなり離れた場所にいるためダークイーターも出て来ない。そもそも、街に行くまでこの星にドラゴンが出ることすら知らなかったほどだ。もし、知っていればバリス先生がオレたちだけで……というより、街に行くこと自体許さなかっただろう。
ふと、空を見上げるとそこには満天の星空が広がっていた。
考えてみれば、この星についてからゆっくり夜空を見るなんてことはなかったから、こんなに綺麗な星空が見えるなんて気づかないのも当然だ。
空気が澄んでいるためか、そもそも星が近いのか。すごく近くて、様々な色の星が空に散らばっている。砕いた宝石に光を当てたかのように、色鮮やかな星がたくさん見えた。
ルチアが起きたら、教えてやろう。
ボーっと見ているだけで、余計なことが頭から抜けていく。
「あら、綺麗な星空ね」
フィオナが船から出てきて、オレの横に座って空を見上げた。
「お、おう。そ、そうだな」
一気に顔が熱くなり、声が上ずってしまう。
「あなたたちが、羨ましいわ」
「ん? 何がだ?」
「いつも、こんな素敵な空を見てるんでしょ? カライオは夜でも、街の明かりの方が強いから、星が霞んで見えるのよね」
星を眺めながら、ふう、と大きく息を吐いた。
「別にいつも見てるわけじゃないさ。船の中で過ごすことも多いし」
「それはそれで、羨ましいわね。だって、色々な星に行けるってことでしょ?」
「んー。オレとしては、家があるというお前の方が羨ましいけどな」
「それは、なかなか家に帰れないってこと?」
フィオナが空からオレの顔に視線を移した。オレの方といえば、目を合わせるのが気恥ずかしくて、そのまま空を見上げている。
「オレ、孤児なんだよ。いわゆる戦災孤児ってやつ。両親は三歳の頃に死んだから、顔も思い出せねえんだよな。写真とか映像でも残ってりゃよかったんだけど」
「意外と、重い人生を送ってるのね。てっきり、貴族のドラ息子だと思ってた」
「なんだよ、その設定。そんなこと言われたのは初めてだな。オレ、貴族っぽいのか?」
「能天気で、馬鹿そうなのがね。その辺の坊ちゃんと一緒だわ」
「……それ、褒めてねえだろ」
「ええ。もちろん、馬鹿にしてるのよ」
「……馬鹿にって、お前なぁ」
「どうして、騎士になろうと思ったの? やっぱり、極貧生活から抜け出したいから?」
フィオナはオレから視線を逸らそうとしない。オレの方も顔を下ろさないから、フィオナがどんな表情をしているかは分からない。
「お前は本当に、聞きづらいことをズケズケと聞いてくるな。遠慮ってもんを知らねえのかよ」
「遠慮? そんなものして、何か得になるの?」
声のトーンからして、どうやら本気で言ってるらしい。そんなところが姫って感じがすごくする。まあ、偏見かもしれないが。
「孤児っつったって、そこまで極貧じゃねーぞ。普通に教育受けれるし、食う物とか困らねえし。何より、命の心配をしなくても済むしな」
「なら、世界を変えようと思ったから……とか? 戦争を無くしたいとか、困ってる人を助けたいとか?」
「そこまで人間は出来てねーよ。それに、騎士っていうのはなりたくてなれるもんじゃない。勝手に選ばれるっていうか、騎士が弟子を決めるんだ。もちろん、弟子入りするかの決定権は本人に有るけどな」
「じゃあ、バリスさんが、あなたを選んだってわけね。あなたには特別な素質があったってことしかしら? 優秀な子供だったの?」
「いや。どっちかというと、成績は悪かったかな。先生に会ったときは、運動もダメだったし」
「それなら、どうして選ばれたの?」
「騎士っていうのは、言ってしまえば誰でもなれるもんなんだよ。騎士の訓練を積めば誰でも。ま、一つだけあった方が有利なことと言えば、想像力かな」
「……ヴィジョンってやつね」
「ああ」
チラリと船の方を見る。先生やルチアが出てきていないことを確認する。
あまり詳しいことは話すつもりはないが、本来は話に出すこと自体タブーなのだ。
「小さいころから、想像することが好きでさ。ソフトで映画もどきの動画を作ったりして遊んでたんだ。けど、あまりにもリアルに作りすぎて、ちょっとした噂になって、それで、バリス先生が一度会ってみたいってことで、面談しに来たんだよ」
「どんな人間でも、一つは優れたものを持っているのね。私はなんだろ……? あ、美貌かしら」
「傲慢さだろ」
「でも、どうして騎士になろうと思ったのよ? 拒否権はあったんでしょ?」
「んー。まあ、な。……暇だった……から、かな……」
「はぁ?」
心底呆れたような、若干イラッとした声を出すフィオナ。
確かに、胸を張れるような動機ではないことは自覚している。
「いや、だってさ。オレ、将来なりたいもんもなかったし、騎士にスカウトされたって言ったら、孤児院のみんなが凄い羨ましがってさ。それは、もう断ったら殺されるんじゃねえかって勢いだったし……。まあ、いいかな……って」
「ホント、どうしようもないほど馬鹿ね。殺意が湧いたわ」
「思っても、本人に言うなよ。そういうことは」
「こんな奴を少しでも見直した自分が、情けないわ」
「……は?」
今度は、オレが変な声を出してしまった。思わずフィオナの顔を見てしまったほどだ。
フィオナがオレを見直すなんて、銀河が崩壊してもあり得ないことだと思っていた。
フィオナは両手を首の後ろに回し、ネックレスのホックを外す。そして、ネックレスを手の上に乗せて、オレの方に見せてくれる。
「これは、お父さんの形見なの」
「……形見?」
「弟が生まれてすぐに暗殺されたわ。まあ、世間では病死ってことになってるけどね」
「……」
「お父さんは結構な有名な冒険家で、噂を聞きつけたお母さんが呼んだらしいの。で、一目惚れしたらしいわ」
「へー。じゃあ、お前の親父さんは逆玉の輿ってわけか」
「最初はすごく嫌がったみたいよ。結婚を断られたから拘束して、しばらく城の中に監禁したって聞いたわ」
「犯罪だよ! 一国の王がすることじゃねー! すげーな、さすがお前の母親って感じだよ」
「でも、最終的にはお父さんはお母さんにベタ惚れしてたのよ」
「ホントかよ。そう言わされてただけじゃねーのか?」
「どうなのかしら? そのときはそんなこと思ったことなかったけど、今考えたら、その線もあり得るわね」
「……あり得るのかよ」
フィオナは「それはそれとして」と、話を切り替える。
「子供の頃はよく、お父さんに冒険の話を聞いたわ。立場上、あまり外に出ることも制限されてたしね。だから、お父さんのその話を聞いて、想像することが唯一の楽しみだったの」
「わかる。想像って楽しいよな」
「あなたのは妄想だけどね」
「……」
「十歳の誕生日のとき、お父さんがこのネックレスというより、この石をプレゼントしてくれたの」
ネックレスについている青い小さいな石を愛おしそうに撫でる。
「願い事を叶えてくれる石って言っていたわ。正確に言うと、龍石。今は絶滅してしまったドラゴンから採れた石ってお父さんは話してくれた。私はそんな大切な石ってことよりも、お父さんがプレゼントしてくれたことがすごく嬉しくて……。結局、これがお父さんからの最初で最後のプレゼントになってしまったわ」
再び、ネックレスを首に掛けるフィオナ。
そして、フィオナは星空を見上げる。オレもつられるように、空を見た。
満天の星。キラリと一筋の光が……流れ星が横切っていく。
「……だから、このネックレスを取ってきてくれて、すごく感謝してる」
ポツリと独り言のように呟くと、今度はいきなりオレの顔を両手で挟むようにしてつかみ、無理やりフィオナの方に向かされた。
ジッとオレの顔を見てくるフィオナ。その目と表情は真剣だった。
顔と顔が近い。心臓が、ドクドクとあり得ないほどの速さで脈打つ。
「ありがとう」
「れ、礼を言うのはいいんだが、強引過ぎないか?」
「あら、そう?」
キョトンとした顔をして、ようやく手を離してくれる。
ふう、と一息ついて、オレの肩に寄り掛かってきた。
それはよくある恋人がするような、そんな甘いニュアンスではなく、壁とか椅子とかのような、ただ疲れたところに便利なものがあった的なニュアンスの寄り掛かり方だった。
それでも、フィオナの温もりや女の子特有の甘い匂いのせいで、ドキドキしてしまう。
「ホントはね、私、お父さんの跡を継いで冒険家になりたかったのよね」
「そ、そうなのか?」
「色々な星に行って、色々なものを見てみたい。子供のころから、ずーっとそう思ってたのよ」
「なればいいんじゃないのか? だって、弟がいるんだよな? そっちが王を継げばいいんじゃねーの?」
「最初はそう思っていたんだけど……。弟の出来も悪いし、何より、弟を利用しようとしている大臣共が下種なのよね。さすがにあんなのには、国は任せられないわ」
「下種って点ではお前も引けをとらないと思うけどな」
「私は美人で、可憐だからいいのよ」
「意味がわからん」
「今回が最初で最後の旅行になるから、色々見てみたいって思ったのよ」
「ああ、だから、超加速艇じゃなくって、普通の船で行きたいって言ったのか」
「でも、ちょっと我がままが過ぎたわね。ごめんなさい。これからは少し、自粛するわ」
「……少しかよ」
「……冷えてきたわね。そろそろ戻ろうかしら。あんたは?」
フィオナが身震いしてから立ち上がり、オレの前に立つ。
月と星の輝きに照らされたフィオナは、どこか神々しく見えるほど綺麗だった。
「お、オレはもう少し風に当たってから戻るよ」
「そう」
クルリと踵を返して、船の方へと歩き出すフィオナだったが、数歩歩いて立ち止まる。
こちらに背を向けたままで、話しかけてきた。
「あ、そうだ。自粛する代わりにお願い、聞いてくれないかしら」
「お前が我がままを自粛するのに、なんでオレがお願いを聞かないとなんねーんだよ」
「そ、その……。と、友達になってくれないかしら」
「……は?」
こちらを向いたフィオナはどこか恥ずかしそうに顔を赤らめ、やや俯いている。
「べ、別にコミュニケーション能力が低いとか、友達が出来なかったとかじゃなくて、必要としていなかったからというか……」
そこでフィオナは自分に気合を入れるかのように、両手で頬を挟むようにして叩く。
「あー、もう! これは命令よ! 私と友達になりなさい!」
左手を腰に当て、右人差し指でビッとオレを指す。
「……友達は命令してなるもんじゃねー。それに、もうオレたちは友達だろ?」
「へ?」
目を大きく見開いて、呆気に取られたような表情をするフィオナ。
「あんたは私の奴隷じゃないの?」
「……」
オレとフィオナの間には物凄い隔たりがあったようだ。護衛ですらない。というか、いつからそうなったのだろうか? そんな契約をした覚えもないし、命令された覚えもない。
友達になりたくないタイプだ。
「いいわ。あんたがそのつもりだったっていうなら、友達に昇格してあげる」
上から目線だった。たった今、友達同士という関係になったみたいだが、速攻、縁を切りたくなる。
「友達にしてあげたんだから、二つ、守って欲しい命令があるわ」
「……友達というのは主従関係のことじゃないぞ」
「一つ目。一年に一回は、必ず会いに来ること!」
まったく話を聞かないやつだ。友達を辞めたくなる。
「二つ目。私が即位して女王になっても、態度を変えないこと」
「ん? どういうことだ?」
「敬語とか、気を使うのは止めてってことよ。今のような感じのままでいて欲しいってこと。……ほら、いるでしょ。身分が分かった途端、手のひらを返したり、距離を置いたりする人って」
「……ああ。なるほどな。けど、そういうのは、そもそも友達って言わねーだろ」
「とにかく、あんたはそうならないって約束しなさい」
「あのなぁ。お前が女王になったからって、敬語を使えって言われても無理だぞ。っていうより、使いたくねー」
「ふふ。そんなことを面と向かって言ってきたのは、あんたが初めてよ。あとは、ちゃんと行動に示しなさい。期待してるわよ」
そう悪戯っぽく笑みを浮かべるフィオナは、普通の同世代の女の子にしか見えなかった。

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