○ 加納家・キッチン
響子と正治が、夕食を食べている。
響子「(食べながら)ああ、そうそう、お母さん、仕事変えたから」
正治「え? ……なんで? 職場、結構気に入ってるって言ってたのに」
響子「もっと給料がいいところ、見つかったんだよね」
正治「それって、正社員なの? 前は、給料が安くても、ちゃんと社員にだから、いいんだって言ってたよね?」
響子「パ、パートだけど……。いいの。あんたは、何も心配しないで」
正治「……いいけどさ、変える前に言ってよ。……で、どんな仕事なの?」
響子「神田原遊園地で、裏方の仕事」
正治「ふーん。確か、あそこって着ぐるみのショーやってるところだよね」
響子「ショ、ショーとは、関係ない部署だから、平気よ」
正治「……別に、僕に気を使わなくていいよ。逆に母さんの方は平気なの?」
響子「うん……。全然、平気(作り笑い)」
○ 神田原遊園地・舞台
戦隊物のショーが行なわれている。
子供たちが真剣に見ている。
○ 同・舞台裏
慌しく動いているスタッフたち。
その中に、ジャージ姿の響子もいる。
そんな時、大きな声が響いた。
山城の声「香田さん! 本番前には止めてくれって言ってるでしょ!」
山城が、着ぐるみを着ている(頭だけは外した状態)香田哲也(54)に向って怒鳴っている。
香田は、椅子に座って焼酎を煽っている。
香田「バカ野郎! こっちは、これで三十年やってるんだ。逆に飲まないと調子がでないんだ」
山城「……そうは言ってもですね」
香田「黙って見てろい。若造が」
香田が、着ぐるみの頭を被り、完璧な怪人の姿になる。
長い尻尾と、背びれ。トカゲが立ったような、恐竜のような怪人姿。
香田「じゃあ、行ってくるぜ」
立ち上がり、歩き出す香田。
山城「だ、大丈夫かな……」
響子「……」
○ 同・舞台
五人のヒーロー達が雑魚敵をやっつけたところに、怪人姿の香田が現れる。
香田「おのれぇ、今度は私が相手だ」
香田がふらつきながら、ヒーロー達に向っていく。
が、足を捻って倒れてしまう。
香田「ぐ、ぐわっ!」
ヒーロー・観客たち「……」
香田「(ハッとして)お、おまえたち、かかれ!」
倒れていた、雑魚敵役の人たちが慌てて立ち上がり、ヒーロー達に襲い掛かる。
ヒーロー1「むぅ、しぶとい奴らめ」
ヒーローと雑魚敵との戦いが再開される。
その中で、香田が這うようにして舞台裏へと移動する。
○ 同・舞台裏
四つん這いで舞台裏に入ってくる香田。
山城「香田さん!」
山城と、スタッフ、そして響子が香田にかけよる。
香田「た、助けてくれ!」
苦しそうに、右足を抑える。
山城「ど、どうしたんですか?」
香田「お、折れた。死ぬ!」
山城「骨折ですか? みんな、とにかく着ぐるみを脱がして」
スタッフ1「は、はい」
スタッフたちが、香田の着ぐるみを脱がす。
香田の右足首が、腫れている。
香田「は、早く、医者だ。病院に」
山城「し、しかし、舞台は……」
香田「それどころじゃないだろ! 早くしないと死んでしまう」
響子「(大きくため息をついて)ただの捻挫じゃない」
香田「……は?」
香田の前に行き、屈んで香田の足の状態を見る響子。
響子「(スタッフに)湿布と包帯ありますか?」
スタッフ2「は、はい」
スタッフが、救急箱から包帯と湿布を出し、響子に渡す。
受け取った響子が、香田の足に湿布を張り、手馴れた手つきで包帯を巻いていく。
香田「(唖然として)……」
山城「(唖然として)……」
響子「骨折の心配はなさそうですが、念のために病院には行ってください」
山城「ず、随分と手馴れてますね」
響子「学生の頃、体操をやってまして……。それで、この手の怪我には慣れてるんですよね(包帯を巻いていく)」
山城「あの、ショーには(出れそう?)」
響子「それは、さすがに無理ですね。少なくても一週間は安静にしないと」
山城「そ、そんな……」
香田「……」
響子の体型をジッと見る香田。
香田「うむ。あんたならいけそうだ」
響子「は?」
香田「ワシの代わりに、着ぐるみに入って、ショーに出るんだ」
響子「そ、そんな無理ですよ」
香田「ここには、ワシと同じ体格は、あんたしかおらん」
響子「そんなこと言われても……」
山城「私からもお願いです。もう、ショーは始まってますし……」
響子「……(困って)」
香田「手順は、そんなに難しいことじゃない。ヒーロー側が合わせてくれる。あんたは、適当に動き回って、最後に倒れてくれればいい」
響子「……でも、着ぐるみは」
舞台のほうが、ザワザワと戸惑いの声があがり始めている。
山城「お願いします。そうだ! うまくいったら、パートから正社員に昇格させてもいいですよ」
響子「え? せ、正社員? でも……」
山城「ボ、ボーナスもつけますよ」
響子「……」
× × ×
フラッシュバック
正治「……あのさ、なんなら、行かなくてもいいよ。旅行」
× × ×
響子「(決意した目で)分かりました。やります!」
○ 同・舞台
ヒーローと雑魚敵が、戦っている。
雑魚敵は、やられてもすぐに立ち上がり、また戦い始める。
観客が、ゾロゾロと舞台の前から離れ始めている。
その時、「おのれぇー」と、怪人の雄叫びの声が放送で流れる。
振り向く、観客達。
すると、舞台の裏から怪人が現れる。
ヒーローと雑魚敵役の人たちが、ホッとし、雑魚敵役が、舞台裏に下がっていく。
香田の声「今度は、私が相手だ」
香田の声に合わせて、ヒーローに向っていく怪人。
ヒーロー1「現れたな怪人め。俺たちがやっつけてやる。トゥー」
ヒーロー1が、怪人に向って飛び蹴りを放つ。
怪人「きゃっ!」
咄嗟に、ブリッジで蹴りを避ける怪人。
ヒーロー1「なっ!」
ヒーロー2「こ、今度は、俺が相手だ」
ヒーロー2のパンチ。
怪人「ちょ、危ないっ」
怪人は側転で、ヒラリとかわす。
ヒーロー3「く、くそっ」
次々、ヒーロー達が怪人に襲い掛かる。ヒーロー達のパンチや蹴り。
怪人「うわ、……ひえ、ひゃっ」
その攻撃をアクロバットに、器用にかわす怪人。
○ 同・舞台裏
マイクを握った香田と山城が、舞台の様子を見ている。
香田「こりゃ、何を避けてるんだ! 早くやられないか」
山城「(響子の動きに見惚れて)……すごい」