○ 同・舞台
息を切らせて、肩を揺らせるヒーロー達と怪人。
ヒーロー1「(小声で)お、おい……。段取りと違うだろ」
響子「へ? ……あ、そっか。やられないと」
ヒーロー1「(小声で)いいか、今度はよけるなよ」
響子「……(うなづく)」
ヒーロー1「(大声で)怪人め、これで最後だ。トゥー!」
再び、飛び蹴りを放つ、ヒーロー1。
響子「きゃあ」
今度は蹴りを受け、倒れる怪人。
ヒーロー1「どうだ! 怪人。参ったか」
香田の声「くそ、覚えていろよ」
響子「……(倒れたまま)」
香田の声「(大きい声で)くそ、覚えてろよ!」
響子「……!(ハッとして)」
慌てて、立ち上がり舞台裏に逃げていく怪人。
ヒーロー1「これで、世界の平和は保たれたぞ!」
シンと静まりかえっている観客達。
ヒーロー達「……」
○ 同・舞台裏
ガックリと肩を落として、落ち込ん でいる怪人。
響子「……(ダメだったかと)」
その時、ワッと歓声があがる。
響子「え?」
○ 同・舞台
観客達が一斉に拍手をする。
子供1「怪人、かっこいい!」
中年の男1「すごかったぞ、怪人!」
子供2「お母さん、怪人さん、すごかったね」
母親「そうね、すごかったわね」
中年の男2「もう一回、やれ! 怪人」
観客を前に、ガックリと肩を落とすヒーロー達。
ヒーロー1「いや、俺たちが主役なんですけど……」
○ 同・休憩室
着ぐるみの頭の部分を外した響子が、ぐったりと椅子に座っている。
響子「つ、疲れた……」
山城の声「お疲れ様でした」
響子「え?(顔を上げる)」
山城が響子の前に立っている。
山城「(ニコリと笑って)本当に、ありがとうございました」
響子「(ドキッとして)い、いえ」
山城「大盛況でした。これで約束通り」
響子「はい?」
山城「正社員として、契約しましょう」
響子「!」
ガバッと立ち上がって、深々と頭を下げる響子。
響子「ありがとうございます!」
○ 加納家・キッチン
鼻歌を歌いながら、料理をする響子。
テーブルには、豪華な料理が並べられている。
その光景を呆然と、椅子に座ってみている正治。
正治「お母さん、どうしたの? これ」
料理を盛りつけた皿を持って、振り向く響子。
響子「ふふーん。実はね、今日、正社員になれたのよ」
正治「え? ホント? おめでとう!」
響子「し、か、も、ちょっとしたボーナスまで出たのよ。これで、修学旅行も安心して行けるわよ」
正治「……ありがとう。でも、ごめん」
響子「(椅子に座って)え? 何が?」
正治「僕のせいで、母さんには、苦労かけてばっかりだね」
響子「何言ってるのよ。息子の面倒をみるのは、母親の義務よ、義務。あんたは、そんなこと気にしないの」
正治「……(うつむいて)」
響子「ま、その分、私の老後を頼むわよ。医者にでもなって、私に贅沢させて」
正治「うん。そうする」
響子「冗談よ。あんたは、好きなことしなさい」
正治「……」
響子「ほら、そんな顔しないの。今日は私のお祝いなんだからさ」
正治「う、うん。いただきます」
響子「いただきます」
料理に箸を伸ばす、響子と正治。
○ 神田原遊園地・舞台裏・休憩室
響子と山城が話している。
その横では、松葉杖をついた香田の姿がある。
響子「き、昨日だけじゃないんですか?」
山城「ええ。もちろん」
響子「で、でも……」
山城「(香田の足を見て)香田さんだって、この足ですし、加納さんは怪人役として、正社員になってもらったんですよ」
響子「そ、そんな……」
香田「大丈夫。あんたなら、やれるさ。あれは、素人の動きじゃなかった」
その時、山城が響子の手をギュッと握る。
山城「(目をキラキラさせて)そうです! 加納さんの、昨日の動きは素晴らしかった。まるで、あのゴメラを見てるようでした」
響子「(ドキドキ)そう言われても、着ぐるみはちょっと……」
香田「よし! そうと決まったら、さっそく特訓だ!」
香田が響子の腕を掴み、松葉杖を使って器用に歩き出す。
響子「勝手に決めないでください!」
○ 学校・校庭(夕方)
楽しそうに、サッカーをしている男子生徒たち。
○ 同・教室
教室には正治しかいない。
正治「……」
窓から、サッカーをする生徒たちをジッと見ている正治。
机に、教科書とノートが乗っている。
その時、ガラガラとドアが開き、原田恭介(17)と、男子生徒二人が入ってくる。
原田「(正治を見て)おっ! 優等生が残って勉強してるぞ」
男子生徒1「感心、感心。やっぱり、優等生は違うよね」
原田たちは、正治とは離れた場所で話し出す。
原田「(正治に聞こえるように)てか、わざわざ学校でやらなくても、いいじゃんよ。俺らへのあてつけか?」
男子生徒2「違うよ。ちゃんと学校でやらないと、アピールにならないからさ」
原田「アピール?」
男子生徒1「先生に見てもらわないと」
原田「『ぼくちゃん、真面目に勉強してまーす』てか」
正治「(勉強を再開して)……」
原田「内申点上げるの、必死だな」
男子生徒1「そりゃそうだよ。奨学金もらわないといけないんだから」
原田「片親だと大変だよなぁ」
正治の手が、ピタリと止まる。
正治「……」
○ 加納家・リビング
響子がソファーにうつ伏せで寝転がっている。
手には、湿布を持っている。
響子「痛てて。あー、もう年は取りたくないわ。あれだけで、筋肉痛になるなんて」
ガチャリと扉が開き、正治が入ってくる。
正治「ただいま」
響子「お帰り。あ、丁度いいところに来た。ちょっと、湿布貼ってよ」
正治「いいよ」
正治が響子の腰に湿布を貼る。
響子「あー、気持ちいい」
正治「……仕事、キツイの?」
響子「まあ、それなりにね。今回は身体動かす仕事だからさ」
正治「……なんで、仕事変えたの?」
響子「うん? 前にも言ったでしょ。給料がいいから」
正治「……僕のため?」
響子「もうちょっと、贅沢したかっただけよ」
正治「僕も、何かバイトでもしようか?」
響子「!」
ガバッと起き上がる響子。
響子「何言ってるの! あんたは、そんなこと、心配しなくてもいいの」
正治「……」
響子「とにかく、あんたは、あんたのしたいことをしなさい。いいわね」
正治「(小声で)……母さんは、いつもそうだ」
響子「え?」
正治「ううん。なんでもない」