【Web小説】トーテムポールと学校の七不思議⑪

【Web小説】トーテムポールと学校の七不思議⑪

「達っちん、大丈夫?」
「どうして、今ので転ぶことができるのよ!」
二人が慌てて僕の方へ駆け寄ってくる。
「痛ってぇ。頭ぶつけた! おい、布姫! ショックで僕の頭が悪くなったらどうするんだ!」
「安心して。それは元々よ」
「……」
張本人なのに、謝罪もなく、誠意も感じない。
まあ、今さら感があるので、それ以上は突っ込まないが。
「それにしても、すげー痛かったぞ。何にぶつけたんだ?」
僕は後ろを振り返ってみた。
「……」
「……」
「……」
三人が、その『物』を見て言葉を失った。というか、何を言っていいのか見失ったという方が近いかもしれない。
沈黙が続く中、水麗がつぶやく。
「車輪だ……」
そう。そこには車輪が置いてあった。
木で作られた丸い(車輪なんだから当たり前だけど)簡素な車輪。
イメージ的には人力車の車輪が、片方だけ放置されているような感じだ。
大きさは直径が両手を広げたくらい。結構、大き目だ。これが車輪なら、本体はかなり大きいことになる。
「えーっと、これってなんの車輪だ?」
「さあ、知らないわ」
倉庫内を見渡しても、この車輪に合うような本体らしきものは見当たらない。
そもそも、倉庫内じゃなくても学校全体で考えても、本体らしきものは思い浮かばなかった。
「これ、なんか、湿ってるよ」
水麗がさっきの跳び箱のように手で触っている。
「お前、すごいな。よく触れるな」
「ん? 別に爬虫類じゃないし」
「いや、爬虫類じゃないけど、謎の物体だろ」
「謎じゃないよ。だって、これ車輪でしょ?」
「そういうことじゃなくって……ああ、もう、どう説明していいかわからなくなったから、もういいや」
僕も水麗と同じように触れてみる。
木が水を吸ったような、そんなしっとりとした潤い。
触っているうちに、何となく思い浮かんだのは人力車の車輪だった。
実際には人力車なんてみたことないが、写真やイラストで見たのは確かこんな雰囲気だった気がする。
だけど、そんなものがなぜ、学校の倉庫内にあるかの謎は解けない。
「外が雨だったから、乾かしてるのかな?」
「片方の車輪だけか?」
一応、倉庫内をくまなく探してみたが、車輪は見つからず、これ一個だけだった。
結局、跳び箱の件と車輪は特に関係ないのではないかという布姫の言葉に同意する形で、僕たち三人は再び、跳び箱を盗んだ犯人を待つことにする。
最初の方は話をすることで暇を潰していたが、十二時近くになると、さすがに疲れて眠くなってきたのもあり、暇を持て余し気味になってきていた。
「地味につらいわね」
「んー。ちょっと眠くなって来たねー」
「かと言って、相手がいつ来るか分かんねーから寝るわけにもいかないしな」
僕や水麗は何回か欠伸をする程度だったが、布姫は限界なのかコクコクとうたた寝を始め出した。
「布姫。少し、寝てていいぞ。僕が起きてるから」
「大丈夫よ。一分に一回くらい意識が飛ぶくらいだから」
「全然ダメじゃねーか」
ほとんど寝てるよ、それ。
「寝転がってたら、さすがにヤバいー」
マットの上で横になっていた水麗が起き上がって、座る。
そして何足を広げて前屈し始めた。
僕の位置から足というか太ももが丸見えで、もう少しでスカートの下が見えるかどうかのギリギリのところだ。
このギリギリというのが最高のシチュエーションなのである。
ありがとう、水麗。物凄く目が覚めたよ。
「あら、体を動かすというのは良いアイディアね。だけど、残念なことに私にはもう起き上がる気力すらないのよ」
「だから、少し寝ろって」
「嫌よ。佐藤くんに負けた感じがするじゃない。そんなことは絶対に許されないわ」
半分閉じかけた目で、僕を睨んでくるが凄みは全くない。
いつもなら、僕が水麗の足を見てるなんて状況だったら、真っ先におちょくってくるのに、それすらできないということは、本当に限界なんだろう。
「良いことを考えたわ。見張りを交代制にしましょう」
目をつぶっていたので、寝言かと思ってしまった。
布姫の目がゆっくりと開く。
が、開きらない。半分も開かなかった。
クリスマスに、サンタを待つ子供のように思えて、ちょっと可愛い気がしてくる。
「交代制か。なるほどな。いいかもしれない」
「じゃあ、順番は佐藤くん、水麗さん、私、でいいかしら?」
さりげなく……というか少々露骨に、自分を最後に持ってくるあたりが布姫らしい。
提案者なのだから、それくらいの我儘は許容範囲内だろう。
「ああ、いいぜ」
「私もー」
「次は時間ね。佐藤くんは十二時から八時までお願い」
「それは交代制じゃなくて、ただの押し付けだ!」
僕が朝まで一人で起きてろってことじゃねーか。苛めかっ!
少しでもこいつを可愛いと思ったのが間違いだった。
「あははは。仕方ない。私も八時まで付き合ってあげよう。一人だと寝ちゃうっしょ」
水麗が立ち上がり、跳び箱の上……僕の隣にちょこんと座る。
肩が触れそうなくらい近い距離。
水麗の甘い香りが漂ってきて、心臓が高鳴っていく。
「いや、水麗、あっさりと受け入れるなよ。理不尽なことには抗議していいんだぞ?」
「……そうよ。どさくさに紛れて……ずるい……わよ……」
「ずるいって、何がだよ?」
意識をなんとか保っているといった様子の布姫がつぶやくようなか細い声で言う。
「そういえばさー。達っちと、二人きりで何時間も話すって初めてかもね」
「ん? そうか? 部室とかでよく話すだろ?」
「ううん。いつも、三人だもん」
「ああ、そっか。そう言われてみれば、そうかもな」
考えてみると、水麗と話してると必ずと言っていいほど布姫も会話に入ってくる。
その逆もしかりだ。
「えへへへ。なんか、独り占めって感じで、嬉しいかも!」
水麗が僕の腕に抱き付いてくる。
柔らかくて大きな胸が当たっているというか、押し付けられている。
さらに、ジッと真っ直ぐ、上目遣いで僕を見てきた。
え? え? え? な、なに、このシチュエーション。こんなのは新聞部では無かった、諦めていたもののはずなのだが。
「うおおおおお!」
突如、布姫が叫びながら、拳を打ち付けるようにして寝たままの状態でマットを殴る。
顔を上げ、腕をブルブルと振るわせながら、必死に立ち上がろうとしていた。
「はあああああっ!」
気合いと共にグッと起き上がってきた布姫。
肩を揺らしながらの呼吸は荒い。
それはまるでバトルマンガの一シーンのような光景だった。
「……お前は一体、何と戦ってるんだ?」
「負けないわよ、水麗さん」
「おやおや。やりますなぁ。さすがあたしのライバルだね」
互いに不敵な笑みを浮かべている。
よくはわからないが、二人の中で何かを争っているらしい。
それが一体、なんなのか? 知りたいけど知るのは怖い。
「ほら、佐藤くん。私も座るんだから、スペースを空けなさい」
グイグイと、まるで満員電車で無理やり乗ってくるかのように、強引に僕の横に座ってくる布姫。
何もわざわざ跳び箱に座らなくても、体育館倉庫は広いのに。
そんな僕の考えなども知る由もないというか、知る気もない布姫は結局、僕の隣に座ってきた。
そして、水麗と同じく僕の腕に絡みついてくる。
上目遣いで僕を見上げて、囁く。
「どうかしら?」
水麗と同じように布姫の胸が当たり……。
「というか、あばら骨でゴリゴリす――」
ゴキッ!
布姫の拳が僕のあばらに突き刺さり、鈍い音を立てる。
「うぐぅ……違った。ゴキ、だった。固くて小さな拳が押し付けられている……」
「え? もう一本、いっとく?」
「既に一本、いっちゃったの!?」
なぜ僕のあばら骨は折られなければならなかったのか。それは未だに謎である。
額からにじみ出る脂汗を拭おうとした、その時。
ガシャンと、何かが派手に倒れるような音が響き渡った。
「なんだ、今の音は?」
「わ、私じゃないわよ。一本しか折る気なかったし、まだやってないもの」
「やる気だったのかよ!」
再び、ガタンと、さっきよりは小さいが派手な音がする。
「……どうする?」
二人の顔を見ると、布姫は青ざめた表情で、水麗はニコニコと楽しそうな顔をしていた。
「ご、強盗かもしれないわね。ここで大人しくしてた方がいいと思うわ」
「いや、夜の学校に強盗って……。何を盗む気なんだよ」
「跳び箱盗んだ犯人かも知れないね!」
「うーん。まだ、そっちの方が可能性は高いけど、わざわざこんな深夜に盗むこともないと思うんだけどな。正当な理由があれば、盗まなくても学校側が貸してくれると思うし」
自分で言ったことでハッと気が付く。
そう。そもそも、なんで犯人はわざわざ跳び箱を盗むのだろうか? 普通に借りればいいだけの話だ。盗って、戻しているなら借りることと同じはずなのに。
……借りることができない?
ふと、頭に浮かんだのは河童の姿だ。
妖怪であれば、人前に出て跳び箱を借りることができない。
「二人はここで待っていてくれ」
跳び箱から飛び降り、水麗の方に顔を向ける。
「それと、水麗。カメラ貸して……。あ、やっぱ、なんでもない」
一応、証拠として写真に撮ろうかと頭をよぎったが、河童に関しては全く映らなかったことを思いだす。
恐らく、河童だから映らなかったのではなく、妖怪だから映らなかったのだろう。
だから、今回もきっと写真に写ることは無いと思う。
「わたしも行く!」
水麗もピョンと跳び箱から降りて、僕の腕に飛びついてくる。
「ちょ、ちょっと、仕方ないから私も行ってあげるわ!」
布姫も慌てて僕の隣に来て、腕を組んできた。
結局、いつもと同じように三人並んで、音がした方向へと向かうことになった。
廊下は静まり返っていて、外からの雨音も随分と遠くに聞こえる。
ほんの一時間前に通って来たはずの廊下が、全然違う、不気味な迷路に見えてきた。
ゴクリと生唾を飲み込む音が響く。
それは、布姫のものか、水麗のものか。はたまた、僕自身が無意識のうちに飲み込んだのかもしれない。
今更ながら、二人についてきてもらったのは助かった。こんな場所、一人でなんて絶対に無理だ。
か細い懐中電灯の光を頼りにゆっくりと歩く。
やはり、僕と同じように怖いのか、布姫が微かに震えているのが腕を通して伝わる。
水麗もそうなのかとチラリと視線を向けてみた。
「何が出るかな、何が出るかな。それは見ての楽しみよー」
つぶやくように小声で、笑みを浮かべながら歌っていた。
……本当に肝が太いな。
さすが初見で、河童を見た時に捕まえようと走り出しただけある。
実に心強い。
そんな水麗を見て、若干心に余裕が出来た。
「あれぇ? 音、しなくなったね……」
「ん? そういえば……」
さっきから廊下は静まり返っている。
体育館倉庫を出るまでは、数回、音が聞こえていたが、今はまったく音がしなくなっていた。
「一応、グルッと校内を見て回ってみるか?」
「え? じょ、冗談でしょ? 戻りましょ!」
必死に僕の腕をグイグイと引っ張る布姫。
それに対して、水麗も同じように腕を引いてくる。
「ええー。つまんない。一階だけでも見ていこうよ!」
両サイドから正反対のことを言われる。まさに板挟み状態。いや、引っ張られているんだけども。
「じゃあ、一階の半分まででどうだ? ほら、もしかしたら、倉庫に跳び箱盗んだ犯人が入れ違いで来てるかもしれないし」
僕の妥協案に、二人とも渋々だが頷いてくれた。
懐中電灯の光で色々なとこを照らしながら、ゆっくりと進む。
布姫が、なんで天井までみるのよ? と言いたげな目で見てくるが、妖怪の仕業というのも視野に入れているので念のためだ。
どんな妖怪がいるか、わからないからな。
「あ、最初の階段だ!」
水麗が指差したのは、一番初めに階段の七不思議を調べたところだった。
そして、ここがちょうど一階の真ん中になる。
入り口に一番近く、僕らが一番多く使うであろう階段だ。
「達っちん、じゃーんけん、ぽん!」
不意に言われて、咄嗟にパーを出してしまう。
「いえい! 勝ったっ!」
ピースサインをしながら微笑む水麗は、ピョンと一段階段を登った。
「ち、よ、こ、れ、い、と」
そこから、六段、跳ねるようにして登っていく。
……いや、最初の一段、ずるくない?
結局、水麗は一度勝っただけで、七段を登ってしまった。
「はい、じゃーんけーん」
クルリと振り向き、グーの状態で手を振る水麗。
くそ、ここは一気に挽回するにはパーか、チョキを出すしかない!
「ぽん!」
僕の選択はチョキ。
そして、水麗は――グーだった。
「ちくしょう。一気に進もうとした僕の作戦ミスだ」
「ぐ、り、こ!」
ピョピョピョンと水麗が階段を登っていく。
再び、水麗が振り返り……。
「じゃーんけーん」
さっきと同じように手をグーにして振る。
僕も気持ちを切り替えて、次なる作戦を立てる……って、あれ?
「……水麗。なんで、じゃんけんする必要、あるんだ?」
「んん? なにが?」
「……佐藤くんの言う通り、じゃんけんをする必要はないはずよ」
隣にいる布姫が水麗を見上げる。
どうやら、布姫も気づいたらしい。
「佐藤くんは生まれついての負け犬。どうせ、負けるんだから、必要ないわ」
「そっちじゃねえっ! じゃなかった、そっちでもねえっ!」
「え? 何が違うのかしら? 『負け』? 『犬』?」
「僕は人間だ!」
「……そうなの?」
目を見開いて、心底びっくりする布姫。
「その言葉が一番傷つく。……って、そんなことを言ってる場合じゃねえ!」
僕は慌てて水麗を見上げる。
あ、ちょっとスカートの中、見えそう……でも、なくって!
「水麗。この階段は十段のはずだ。最初に、お前は七段登って、今、三段登ったから勝ちのはずじゃないか?」
「え? あ、そっか……。ん? でも、もう一段あるんだけど?」
「いやいや、そんなわけないだろ」
僕は段数を数えながら、階段を登る。そして、十段目。水麗の隣まできた。
もちろん、布姫も僕にくっつきながら、一緒に登ってきている。
「――ホントだ」
確かに、水麗の言う通りもう一段あった。
一瞬、頭をよぎったのは七不思議のことだ。
階段が増える七不思議。
最初の取材の為に調査した案件だ。
ゴクリと生唾を飲み込み、ゆっくりと懐中電灯を、あるはずのない、十一段目に向ける。
「うおっ!」
「おおうっ!」
「……」
僕と水麗は思わず声をあげたが、布姫は声すら出せなかったようだ。
そりゃそうだろう。
夜の学校の階段で、いきなりこんなものを見れば誰だってかなり驚く。
「――おっさん?」
懐中電灯の光に照らされ、眩しそうに眼をしぼめているのは、髭もじゃでスキンヘッドのおっさんだった。
その顔は現代のものというより、戦国時代の武将のようにゴツく、いかつい顔だった。
何よりビックリしたのは、そのおっさんは顔しかないところだ。
生首が転がっているようにしか見えない。
「おお……。さすがの水麗さんも、心臓が跳ね上がったよ。どうなってるのかな、これ?」
尚も眩しそうにしているおっさんに、顔を近づけてマジマジと見る水麗。
……いや、本当に凄いな、お前。
僕はもう、足がガクガクして、動けないというのに。
「顔だけだったら、階段と間違わないと思うんだけどなー。達っちん、ちょっと懐中電灯貸して」
固まっている僕の手から懐中電灯を取り、色々と辺りを照らす水麗。
そのことで、ことの真相がわかる。
「なるほどねー」
水麗の言う通り、顔だけが転がっていたら、いくら暗がりでも階段に見間違えることはない。
僕らが見間違えていたのは……跳び箱だった。
無くなっていた、跳び箱の一番下の段が階段の一番上に置いてあったのだ。
それを下から見ていたのだから、階段に見間違えたのだと思う。
そして、本来、跳び箱の中は空洞のはずなのだが、そこにおっさんの首が転がっているというわけだったのだ。
懐中電灯の光と、水麗にジロジロと見られたせいか、おっさんは不機嫌そうな顔をして動き始めた。
すると、同時に跳び箱も動き出す。
ガタン、ガタンと、音を立てて跳び箱が転がり、その跳び箱の中心にはおっさんの顔。
……えーっと、これ、どこかで見たことあるよな。
おっさんは、物凄い音を立てながら階段を下りるというか、転がっていく。
最初に聞いた物音はこれだったのだろう。
下の階に着いたおっさんは、再び、ガタン、ガタンと音を立てて転がっていく。
跳び箱は四角だから、転がり辛そうだ。
「追ってみよう!」
僕と布姫があっけにとられる中、またも水麗が階段を駆け下りていく。
慌てて、僕と布姫も後を追う。
おっさんは音を立てながら、僕らが来た方向へと向かっている。
「どこに行くんだろうね?」
「さあ……」
「あれって、妖怪かな?」
「まあ、そうだろうな。けど、あんな妖怪見たことないぞ? 跳び箱の中にいる妖怪なんて」
「けどさー、なーんか、見たことあるような、ないような感じなんだよねー」
水麗が腕を組み、首を傾げている。
それは僕も同様に思っていたことだった。
布姫はというと、僕の腕にしがみつくようにして無言で震えている。
余程怖いのだろう。まあ、わからないでもない。
とにかく、僕らはおっさんに着いて行った。すると――。
「体育館?」
おっさんは跳び箱の角を器用に使って、体育館のドアを開ける。
そして体育館の中央を転がって横切り、倉庫へと向かう。
僕らもその後に続く。
おっさんが倉庫の扉の前で立ち止まり、再び、跳び箱の角を使って扉を開いた。
そっと、中を覗くと、おっさんは跳び箱の前で立ち止まる。
すると、跳び箱がふわりと浮き始めた。
そして、自分が入っていた跳び箱を一番下に滑り込ませる。
生首だけになったおっさんが、跳び箱の裏へと消えていく。
「あっ! 消えた!」
「ああ……消えるなら、捕まえるんだった」
残念そうに肩を落とす水麗。
河童ならまだわからないでもないが、僕なら絶対におっさんの生首を捕まえるなんて嫌だ。
と、その時だった。
カラカラと音がして、跳び箱の裏から何かが出てくる。
それは……車輪だった。
僕が頭を打ち付けた、あの車輪。
その車輪の中央にはおっさんの顔が張り付いていた。
おっさんは、顔を赤くして、踏ん張るような表情をする。
すると、車輪の端に、小さな火が灯った。
その火を横目で見て、おっさんはしょんぼりとする。
それでも気を取り直したように、転がっていく。
今度は車輪なので音がすることもなく、スムーズに転がる。
「輪入道だったんだ……」
ポツリと水麗がつぶやく。
その名前を聞いて、僕もピンと来た。
火の車の真ん中に人の顔が付いた妖怪。
割と、ポピュラーな部類に入る妖怪だろう。
「じゃあ、跳び箱を盗んでいたのは、あの輪入道だったってこと?」
顎に手を当てて、首をひねる水麗。
「あれ……何かしら?」
まだ顔は青白いし、震えも止まっていない布姫が倉庫の中を指さした。
「ん?」
僕と水麗が振り向いて、布姫が指差す方へ視線を向ける。
そこには、小さい光の玉が転がっていた。
それは河童を捕まえたと水麗が言ったときに、持っていたのと同じ玉だった。
「あれ? 輪入道も尻児玉持ってたってこと?」
「いや、前回のが尻児玉じゃなかったってことだろ」
水麗が光の玉を拾い上げる。
すると、前回と同じく上に向かって飛んでいく。
今回は天井があるからどうなるかと思って見上げていたが、玉は何事もなく天井を透き通るようにして通過していったのだった。

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