【Web小説】トーテムポールと学校の七不思議㉒

【Web小説】トーテムポールと学校の七不思議㉒

 その教室は三年生の教室だったが、僕がいる二年の教室とあまり変わらない。

 当然と言えば当然なのだが。
 教室に入るなり、布姫は机をくっ付けて並べてその上に寝転がった。
 水麗は壁に張っている、時間割表や行事の案内が書かれたプリントなどの掲示物を見て回っている。
 
 唯織ちゃんはドアに耳をくっ付けて、廊下の音を聞き洩らさないようにしているようだ。
 さすがに教室内の電気は付けるわけにはいかないから、明かりは月の光だけなのだが、歩くのに不自由しないほどの明るさはある。
 僕は布姫ほど神経が図太くないので、適当な机に腰かけた。
 
 ……これはこれで図々しい気がするけど。
 
 教室の正面の壁にかけてある時計を見ると、既に十一時近くになっていた。
 もうそろそろ布姫も限界だろう。
 横を見ると寝転がっている布姫の目がゆっくりと閉じたかと思うと、カッと見開く。
 
 ……なんか怖いぞ、それ。

「布姫、眠いなら寝ていいぞ」

「だ、大丈夫……よ。絶対に……寝ない……わ」

「お前、何と戦ってるんだ?」

 布姫は寝ないようにするためか、右手で左手の甲をつねっている。
 寝る気がないなら、寝転がらなきゃいいのに。余計辛いだけだと思うんだが。
 逆に唯織ちゃんはドアに張り付いたまま、微動だにすることなく廊下の音を聞くことに余念がなかった。

「唯織ちゃん、あまり無理するなよ」

「大丈夫です。もうすぐ妖怪に会えると考えるだけで、血がたぎってしまって」

「……妖怪は関係ないかもしれいぞ?」

 そんなに妖怪が好きなのか?
 いや、怖いものが好きなのだろう。
 ……怖いものが好き?
 それって、怖いって言えるのか?
  まあ、どうでもいいか。

 水麗は既に教室の後ろにある物入れの物色を始めていた。

「ほう! 0点のテストだ! こりゃ凄い! 伝説上でしかないものだと思っていたのに! まさか、こんな場所で出会えるとは! 貰っておこうっと」

「おい、止めろ!」

「え? なんで?」

「いや、なんでって言われても……。一応、窃盗になるんじゃないか?」

「はっはっは。達っちんはまだまだ考えが浅いなぁ。いいかい? この人はこのテストを家に持って帰らないってことは、持って帰りたくないってことじゃない?」

「うーん。まあ、そう……かな?」

「つまり、これは要らない物ってことじゃないかな? それを欲しい私が貰う。これは立派なリサイクルだよ! 今流行りのもったいない、だね!」

「……違うと思うんだが」

 何となく、正論に聞こえるところが怖い。
 それでも、急にテストがなくなっていれば本人はかなりビックリするだろうし、盗人を我が新聞部から出すわけにはいかないので、水麗にはしまっておくように言う。

「ぶぅ。もったいなぁ。よし、せめて写真に撮っておこう」

 パシャリとシャッターを切る水麗。
 ちょっとテストの持ち主のことが可愛そうになってきた。見ず知らずの人間に、0点をとったことがバレた上に証拠を撮られるなんて……。ゆすりのネタにしか思えない。

 写真を撮ったことで満足したのか、水麗は乱雑した物入れに、テストを戻していく。
 強引に入れようとして、隣の物入れから飛び出していた棒のようなものが、水麗の肘に当たり、床に落ちる。

 カランという、やや響く、軽い音だった。

 布姫はチラリと顔を上げ、唯織ちゃんは物凄い勢いで振り返る。

「ああ、ごめんごめん。なんでもない。ちょっと物を落としただけだ」

 僕の言葉を聞いて、布姫と唯織ちゃんはさっきと同じ体勢に戻った。
 水麗は落ちたものを拾い上げる。

「リコーダーだ」

 水麗が落としたのはどうやら、縦笛……リコーダーだった。

「そういえばさー。リコーダーが舐められるっていう七不思議もあったよねー」

「んー。それは七不思議っていうより、悪戯っていうか……変態の仕業だろ」

「え? 佐藤くん?」

 布姫がガバっと起き上がった。
 半分閉じかかったというか、半分開けた眠そうな目をしている。

「……なんで変態イコール僕って図式になってるんだよ。僕の話じゃない。寝てろ」

「あらそう。違う変態の話か。つまらないわね」

 そう言って、寝転がる布姫。
 僕が変態だってことは断固として変えないんだな。

「でもさ。おかしくない?」

 水麗がリコーダーを見下ろしながら首をかしげる。

「何がだ?」

「だってさー。リコーダーが舐められるのって、すっごい嫌だと思うんだよね。特に女子はさ」

「そりゃ、そうだな」

「だったら、持って帰らない?」

「……えっと、どういうことだ?」

「七不思議の噂になるってことは、一回だけじゃないと思うんだよね。何回もやられるから噂になるんじゃないかな? ねえ、いおりん、あの七不思議って特定の人がやられるって話だったよね?」

「……はい。確か、三年生で、どこかのクラスの委員長をしている方だと聞いています」

「その人しか被害に遭ってないの?」

「あたしが聞いた限りでは……」

「そっか。ありがと」

 質問に答え終わった唯織ちゃんは、コクリと一度頷いてドアに耳をつける。

「ね? おかしいでしょ?」

「……確かにな」

 自分だけが被害に遭っているのに、何も対策を打たないのはかなり違和感がある。
 その対策が難しいというのならまだわかるが、単にリコーダーを家に持って帰ればいいだけだ。

 相当なうっかりさん、なのか?
 でも、曲がりなりにも委員長をやっているというなら、普通の生徒よりはしっかりしていると思うのだが。
 偏見かもしれないけど。
 それにしたって、自分の笛が舐められるなんてことをされて、うっかりで持って帰るのを忘れるなんてこと、あり得るんだろうか?

「わかった! きっと、毎回、新しいのを買ってるから、気にしないんじゃないかな?」

「……それはないだろ」

「だよねー」

「謎は大体、解けたわ」

 いつの間にか布姫が起き上がって、僕らのところに来ていた。
 相変わらず、眠そうな顔をしている。

「大体かよ……。そういうのは全部解けてから宣言するもんだぜ?」

「全部解くのって、面倒じゃない」

「……探偵だったら、怒られるぞ。まあいいや。で? その大体解けた答えを聞かせてくれ。どうせ、僕がやったとか言うんだろうけどな」

「その可能性も捨てきれないわ」

「捨てきれないのかよ。大体、僕はその人のことを何も知らないんだぞ?」

「知ってることを隠してるだけかもしれないじゃない? それに、佐藤くんはそこに女子の笛があれば舐める男じゃない」

「そこに山があるから登る的に言うなっ!」

「落ち着きなさい。ムキになると返って怪しまれるわよ」

「ぐっ!」

 なぜだ。
 完全な冤罪なのに、自分が犯人に思えてきた。
 
 布姫は「佐藤くんが犯人だということを置いておいて」と前置きして、話しを続ける。

「自分が被害に遭っているのに、それに対して何も対策を打たない。これが意味していることは……」

「なんだ?」

「喜んでるのよ。自分の笛が舐められていることに」

「……お前には、がっかりしたよ」

「なんでよ!?」

 心底意外な顔をする布姫。

 え? その解答、真面目に言ってたのか?
 そっちの方が驚くんだが。

「……なるほどねぇ。なくもないかも」

「お、おいおい。水麗まで……。どうしたんだ?」

 普段は変だが、こういうシリアスな場面では一番まともな水麗がまさかの布姫の意見に同意するとは。
 そうなってくると僕の自信の方が揺らいでくる。

「達っちん。……女の子はね。舐めることは好きでも、舐められるのは嫌いなんだよ」

「……いやいや。それは男でも同じだろ。っていうか、相手によるんじゃないか?」

 その前に女の子が舐めるとか舐められるとか言わないで欲しい。
 思わずブルンブルンと揺れる胸に目がいってしましまい、思わず舐めたくなってくる。

 ……あれ?
 案外、男は舐めるの好きかな?

「そう! その通りなんだよ!」

「え? やっぱり、男って舐めるの好きなのかっ!?」

「……ん?」

「ん?」

 僕と水麗は首を傾げる。

 なんか、変なことを言っただろうか?
 僕の意見に水麗が同調してくれたんじゃなかったっけ?
 ポンッと布姫が後ろから僕の肩に手を置き、耳元で囁く。

「地面。舐めてみる?」

「いや、いくら好きと言っても物によるかと……」

 布姫の殺気のこもった言葉に思わず冷汗が吹き出てくる。

「よくわからないけど、話を戻すね。達っちんが言ったように、舐められるのは嫌でも、相手によるんだよ」

「ああ。そっちか」

「佐藤くん。普通の女の子は人の思考なんて読めないのよ」

「そうだな。お前の変人性が身に染みてわかったよ」

 ドン。
 っとアバラに重い衝撃が走り、その後、ピシっという乾いた音が響く。

「え? なに? 聞こえなかったわ」

「き、聞こえなかったなら……殴る……なよ……」

 冷汗が脂汗に変わっていく。
 二本は逝っちゃったな。

「笛が舐められているのに対策を打たないってことは、その状況に満足まではいってないにしても不快には思っていないんじゃないかな?」

「えーっと、ということは……」

「きっとその人は犯人が誰か知ってるんだと思う」

「だったら、本人に注意するか、そうじゃなきゃ先生とかに相談するだろ」

「うん。そうしないってことは嫌じゃないってことじゃない?」

「ええー。そんなことあり得るのか? さっき、水麗が言ったように舐めるならともかく、舐められるのが嫌じゃないなんてこと」

「うーん。そうだねぇ……」

 水麗が顎に手を添えて何やら考え事をしている仕草をしていたかと思うと、不意に僕の方を見て、にこりと微笑んだ。
 思わず、ドキっとしてしまって一歩下がってしまう。
 そんな僕の右手を掴む水麗。

 そして――。

 僕の人差し指をベロッと舐めた。
 さらにチュバチュバとしゃぶり始める。
 指から水麗の柔らかくて、暖かい舌の感触が伝わってきた。
 心臓がバクバクと、まさしく早鐘のように打ち続ける。
 興奮し過ぎて失神してしまいそうだ。

 それほどまでに、水麗のその行為は……エロかった。

 数秒後、水麗は僕の指から口を離す。
 その時に、糸を引く唾液がさらに僕のボルテージを引き上げていく。

「どう……かな? 嫌……だった?」

 さすがに今の行為がかなり恥ずかしかったのか、水麗は手をモジモジとさせて上目遣いで僕を見てくる。
 その頬は桜色に染まっているのがまた、いい味を出していた。

「い、いや……嫌じゃない。てか、良かった……」

 思わぬ事態に呆然としてしまう僕だったが、まだ心臓の鼓動は早い。

 ……なるほど。
 確かに舐められて嫌じゃないパターンというのも存在するようだ。

「……水麗さん。どさくさに紛れてやってくれたわね」

「でへへ。ごちそうさまでした」

 いつもの笑顔……よりもデレッとした表情で頭の後ろを掻く水麗。

「まったく。油断も隙もないわね」

「それはこっちの台詞かな。屋上の階段まで、布布はずっと独り占めしてたでしょ!」

「あら。水麗さんが唯織さんと仲が良さそうだったら、気を利かせてあげたつもりだったんだけれど」

「むむー。まあ、とにかく、これでイーブンだよね」

「どう考えても釣り合わないわよ! 佐藤くん、私を舐めなさい!」

「なんでだよ!?」

 いつものように何の話をしているのかよくわからないところから、僕を巻き込んでくる。

「舐めるより、舐められる方が好きだからよ」

「……お前も充分変態だからな」

 いきなり、布姫が僕の顔面を鷲づかみにする。
 ぐっと力が込められて、顔の骨がきしみ始めた。

「いいから、さっさと言うことを聞きなさい」

「痛ててて! 舐められるのが好きなら、クロに頼めよ! あいつなら喜んで舐めてくれるはずだ!」

「相手によるって言ってるでしょ!」

 まるで万力に挟まれたかのような、強大な握力。
 このままではプチっと頭がつぶされてしまう。

「わかった! わかったから! 潰れる! 潰れる!」

「早くそう言えばいいのよ」

 布姫がパッと手を離すことで、僕の顔面は恐怖から解放された。

 一体、僕が何をしたんだというのだ?
 前世は相当な悪人だったんだろうか?

「それじゃ、舐めなさい」

 布姫がスッと右手を差し出してきた。

「布姫。その位置に手を出されたら、僕は座らないとならないぞ」

「よくわかってるじゃない。正座した状態で舐めるのよ」

「お前は鬼畜かっ!」

「あなたは家畜だけどね」

「うまくねぇ!」

 それでも仕方なく、正座して差し出された布姫の指に向かって舌を伸ばす。
 布姫はその光景を、鼻息を荒くして、興奮気味の表情で見ている。
 そして、なぜか水麗も隣で同じような顔をしていた。
 いや、水麗、止めてくれよ。そこを期待していたのに、お前まで期待したような顔で眺めないで欲しい。

「どうしたの、達ちん。ほら、ほら!」

「は、はやく舐めなさい!」

 興奮が最高潮といった様相で、僕を急かす布姫と水麗。
 せめて、唯織ちゃんがこの光景を見ていないのが救いか……と思ったら、ガン見している。

 ……どうして、こうなった?

 この場に僕の味方はいない。
 意を決して、布姫の右手の指の先をぺろりと舐めた。

「あんっ!」

 布姫が大きく、ビクンと震える。
 さっきの水麗と同じように、人差し指をぱくりと口の中に含む。
 口の中で味わうように布姫の指をしゃぶる。

「だ、だめーーーー!」

 いきなり、布姫に左手でビンタされた。
 その衝撃で、僕は床に顔面を打ち付ける。

「こ、これヤバいわ……」

「え? ホント? どんな感じ? もっと詳しく!」

「感触的には何に近い感じでしょうか?」

「そ、そうね……。熱い柔らかい物が指を包む感じかしら」

「それで? それで?」

「もっと具体的にお願いします」

 布姫、水麗、唯織ちゃんの三人が何故かハイテンションで盛り上がっている。
 僕はと言えば、床に広がっていく、僕の体から流れ出る液体の水たまりを見ているのが精いっぱいだった。

 このまま死ぬんだろうか?
 そんなことをぼんやりと考えながら、僕は目をつぶったのだった。

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