エドワード(N)「いつも、机に頬杖をついてボーっと外を見ている祖父を、俺は好きにはなれなかった。昔は裏の世界ではそこそこの名を残していたと聞いたことがあるが、今はまったくその面影はない。子供の頃、一度だけ祖父に尋ねたことがあった」
エドワード(8)がコーディー(75)を見上げて言う。
エドワード「おじいちゃんはいつも、そうやって外を眺めてばかりで、つまらなくないの?」
コーディー「ははっ。そうだなぁ。こうして穏やかな日々を暮らせるというのは、とても幸せなことなんだ。まだ、エドワードには早いかもしれないが、いつの日か、きっとそう思う日が来るよ」
エドワード(N)「そのとき俺は口にさえ出さなかったが、強く思ったことがある。俺はおじいちゃんのようにはならない。幼心に、そう誓ったのだった」
息を切らせて走るエドワード(16)。
そして、ドアを開いて部屋の中に入る。
アレン「無事か、エドワード」
エドワード「ああ……。この通り、生きてるよ」
アレン「……で? どうだった?」
エドワード「ふふっ、アレン、見ろよこれ」
エドワードが懐から一冊のノートを出す。
アレン「……ボーンズファミリーの裏帳簿。ははっ! お前、ホント、すげーよ!」
エドワード「さ、喜んでばかりもいられない。すぐに計画を開始だ!」
エドワード(N)「16歳の頃の俺は生き急いでいた。まるで……そう、寿命が残り少ないかのように」
エドワード(20)が部下を連れて歩いている。
トーマス「さすが、エドワードの兄貴だぜ。まさか、あそこで本当に撃っちまうなんてなぁ」
エドワード「この世界、舐められたら終わりだからな。俺たちには覚悟がある、そう思わせないとこっちが食われる」
レオ「トーマス、お前、あのとき、足震えてたぞ。ビビッてたんだろ?」
トーマス「ざっけんな、レオ! 兄貴があと数秒遅かったら、俺が撃ってたっての!」
レオ「ホントかよ?」
トーマス「あー? なんなら、お前の体で試してみるか?」
レオ「おお、おもしれ―じゃねーか!」
エドワード「二人とも止めろ。つまらないところで命を張るほど、みじめなことはねえよ」
レオ「す、すまねえ、兄貴」
トーマス「……そうだな。俺は兄貴のために命を張りてえ」
エドワード「ああ、期待してるぜ、トーマス」
トーマス「へい! 任してくだせぇ!」
レオ「……山賊みたいな口調になってるぞ。品がねえなぁ」
エドワード「とにかく、今回のことでこの街は俺たちの仕切りになったと言っていいだろう。他のギャングどもも、そうそう手を出せなくなったはずだ」
レオ「逆に言うと、名が売れたってことですよね……」
トーマス「なんだよ、レオ、ビビってるのか?」
レオ「ち、ちげーよ!」
エドワード「……俺はちょっと寄るところがある。お前らは先に、アレンのところに戻ってろ」
トーマス「え? 用事っすか? なら、俺も」
レオ「バカ! いいから、こい!」
トーマス「いて! おい、離せよ、レオ!」
トーマスを連れてレオが行ってしまう。
エドワードがお店に入る。
エマ「いらっしゃいませ」
エドワード「よお、繁盛してるかい?」
エマ「あ、エドワードさん! はい、おかげさまで」
エドワード「それはなによりだ。じゃあ、俺も売り上げに貢献しようかな。なにかおすすめはあるかい?」
エマ「そうですね。今日新しく入荷した、この、ベゴニアとかどうですか?」
エドワード「へえ、綺麗だな。一輪貰おうかな」
エマ「ありがとうございます!」
エドワード「な、なあ、今度の休みなんだが……」
エドワード(N)「二十歳の俺は、向こう見ずで怖いものなんて、何一つなかった……」
ノックの後、アレン(24)が部屋に入ってくる。
アレン「よお、エドワード。また、入会希望者が来てるぜ」
エドワード「そろそろ、構成員も選定していかないとな」
アレン「同感だ。腰抜けのクズは組織を腐らせるからな」
エドワード「面倒だが、なにか試験とか考えるか……」
アレン「……感慨深いよな」
エドワード「何がだ?」
アレン「最初は俺とお前の二人だけだったんだぜ? それが今は200人を超える、いっぱしのファミリーになってるんだもんなぁ」
エドワード「まださ。まだまだ俺は登り詰める」
アレン「相変わらず、生き急いでるな。まあ、お前の尻ぬぐいはやってやる。そのまま突き進め」
エドワード「ああ、頼りにしてるぜ、相棒」
そのとき、エマがやってくる。
エマ「あら、アレンさんいらっしゃい。……って、もう、あなた、コーヒーの一つくらい出したらどうなの?」
エドワード「ああ、そうだったな。俺の分も一緒に煎れてくれるか?」
エマ「もう! ……アレンさん、ゆっくりしていってね」
エマが奥に戻っていく。
アレン「まさか、お前が所帯持ちになるとはな」
エドワード「結婚はいいぞ。お前も早くみつけろよ、いい嫁さん」
アレン「今は、お前のお守りで精一杯だよ」
エドワード(N)「その頃は、ドンドン大きくなっていく組織に、俺は興奮していた。どこまででも登っていける。そう思っていた。……けどそれは、そう長くは続かなかった」
血を吐くアレン(34)。
アレン「エドワード……」
エドワード「しゃべるな、アレン! おい! 医者はまだか!」
アレン「俺はな、エドワード……」
エドワード「だから、しゃべるな!」
アレン「楽しかったぜ……。こんな俺でも……ここまで来れた……。お前のおかげだ」
エドワード「馬鹿言うな! これからじゃねーか! もっともっと大きくなるんだ!」
アレン「ああ……そうだな。お前なら行ける……この先も」
エドワード「ダメだ! お前がいないと、俺は……」
アレン「そんなこと……ないさ」
エドワード「なあ、アレン。俺の尻ぬぐいするって言ってたじゃねーかよ」
アレン「……すまねえ……な」
エドワード「うおおおおおおお!」
エドワード(N)「新興勢力だった。名を売る為、大きなことをやる。俺もそうして名を上げてきた。いつも願う側の俺は狙われることなんて全然考えていなかった……」
レオ(38)が部屋に入ってくる。
レオ「ファザー、今、ノックスファミリーが降伏の意思を伝えてきました」
エドワード「ようやくか。……アレンの仇を討つため、俺は多くの仲間を死に追いやった。……本当に、これでよかったんだろうか?」
レオ「俺はファザーのことを信じてます。これからもずっと。……きっとトーマスだって同じ気持ちだったと思います」
エドワード「初期のメンバーはお前だけになっちまったな」
レオ「……ええ」
エドワード「頼むから、お前は俺を置いていくなよ」
レオ「もちろんです」
エドワード(N)「この頃からだ。俺は得ることの喜びから、失うことの恐怖の方が強くなっていった」
病室に入ってくるエドワード(65)。
エドワード「エマ、どうだ調子は?」
エマ「もう! 朝にお見舞いに来たばかりでしょ。平気だって、何度言えばわかるの?」
エドワード「そう言うなよ。ほら、お前の好きなベゴニアの花、買ってきたぞ」
エマ「ありがとう。……でも、大丈夫なの? お仕事の方は?」
エドワード「平気だ。今は全部、レオに押し付けてる」
エマ「まあ、酷いわね」
二人ともクスクスと笑う。
エドワード「そうだ! いい情報を仕入れたぞ! なんと、アメリアに子供ができたってさ!」
エマ「あらあら。それじゃ、ついにあなたもおじいちゃんね」
エドワード「お前だって、おばあちゃんになるんだぞ」
エマ「そうね。孫の顔を見るため、早く良くならなくっちゃ」
エドワード「そうだぞ」
エドワード(N)「それから三か月後、エマの容体は急変し、この世を去った。孫の顔を見ることなく。それから、俺は何かを忘れるかのようにがむしゃらに働いた。老体に鞭を打ちながら。気づけば、俺のファミリーはこの国で一番の組織へと成長を遂げていた……」
部屋にチャーリー(8)が入ってくる。
チャーリー「おじいちゃん、こんにちは」
エドワード「おお、チャーリーか。いらっしゃい」
チャーリー「ねえ、おじいちゃん。外見てばっかりだけど何か面白いもの見えるの?」
エドワード「ん? そうだなぁ。面白いというか、落ち着くって感じかな」
チャーリー「ふーん。でも、いっつも頬杖付いて、外を眺めるのってつまらなさそう」
コーディー「ははっ。そうだなぁ。こうして穏やかな日々を暮らせるというのは、とても幸せなことなんだ。まだ、チャーリーには早いかもしれないが、いつの日か、きっとそう思う日が来るよ」
エドワード(N)「今なら祖父の気持ちが分かる。穏やかな日がどんなに良いことなのか。……できれば、みんなと、こんな日々を過ごしてみたかったな」
終わり