クテキラ「弥生。休み。これ、食べて」
弥生「ありがとうございます。……でも、その、いいんですか?」
クテキラ「いいって、何?」
弥生「食べ物がもう、少ないって、教授から聞きました。そんな大切な食べ物、部外者の私が貰っても……」
クテキラ「部外者? 違う。弥生も村の仲間」
弥生「え? でも……」
クテキラ「村のこと、手伝ってくれた。それに、アシリとチュプが懐いてる。仲間の証」
弥生「ありがとうございます。それじゃ、お言葉に甘えて……」
弥生がイモ餅を食べる。
弥生「イモ餅だ……。美味しい」
クテキラ「耕介が教えてくれた料理。イモも、耕介が作ってくれた」
弥生「そっか。教授、種芋、持ってたのかな?」
クテキラ「耕介は凄い。色々、知ってる。みんな、大助かり」
弥生「へー。教授、村の人たちにたくさん、教えてたんですね」
クテキラ「言葉も。耕介から習った」
弥生「クテキラさん以外にも、話せる人、いるんですか?」
クテキラ「少し。単語だけ。話せるの、僕だけ。でも、僕もまだまだ」
弥生「そうですか? 結構、話せてると思いますけど」
クテキラ「ホント? 嬉しい。弥生。あっちのこと、聞きたい」
弥生「私がいた世界のことですか?」
クテキラ「そう。耕介、あまり話してくれないから」
弥生「家の中が暖かくて、電気もあって、食べ物も豊富で、とっても良いところですよ」
クテキラ「デンキ?」
弥生「電気が無い世界で、電気って言っても、わからないですよね」
クテキラ「デンキ、なに?」
弥生「えーとですね、明かりを付けたり、部屋を暖かくしたり、色々なものを動かしたりできるものですよ」
クテキラ「すごい! まるで、カムイの力」
弥生「カムイ……ってなんですか?」
クテキラ「神という意味」
弥生「ふふ。確かに、知らない人が見たら、電気は神様のように凄くて、便利かもしれませんね」
そこに女の子(5)が走って来る。
女の子「花!」
弥生「え?」
クテキラ「弥生に渡したいみたい」
弥生「……でも、どうして私に?」
女の子「(アイヌ語で)だって、友達だから」
弥生「……」
クテキラ「仲間だから。弥生と友達になりたいって」
弥生「そう。ありがとう」
女の子「うふふ」
女の子が走り去っていく。
弥生「……どうして、この村の人たちは、こんなに私に良くしてくれるんですか?」
クテキラ「良く? 普通」
弥生「でも……」
クテキラ「僕らはこうして、支えあってきた。こうやって生きてきた」
弥生「いい村ですね」
クテキラ「弥生の村は違う?」
弥生「私が住んでいたところは豊でしたが、協力し合ってないっていうか……」
クテキラ「……」
弥生「ねえ、クテキラさん。この村って、大丈夫なんですか? 食料がもたなくなるかもしれないって、聞いたんですけど」
クテキラ「……きっと、この村は滅ぶ」
弥生「……そんな」
クテキラ「でもそれは、カムイの意思。僕らは受け入れるだけ」
弥生「ダメです! そんなの!」
クテキラ「弥生……」
弥生「私はこんな素敵な村の人たちが滅ぶ難って、嫌です」
クテキラ「でも、どうしようもない」
弥生「……新しい土地に行けばいいんじゃないんですか?」
クテキラ「ここを離れる?」
弥生「そうです。他にもっといい土地があるかもしれません。熊にだって、襲われなくなりますし」
クテキラ「考えたこと、なかった。でも、ここは僕が育った場所。ここで生きて、ここで死ぬ。それが僕たちの誇り。ずっとそうしてきた」
弥生「……クテキラさん」
クテキラ「それに怖い……」
弥生「怖い?」
クテキラ「ここよりも、ひどい場所かもしれない。ここよりも食べ物ないかもしれない」
弥生「大丈夫です! この村の人たちなら、きっと、どんな場所でもみんな協力し合って、生きていけます」
クテキラ「……弥生。でも、すぐには無理」
そこへ耕介が現れる。
耕介「……いや、すぐに考えることになるかもしれないぞ」
クテキラ「耕介?」
弥生「教授?」
耕介「弥生くん。君のいうように、この村から離れるということは、あの洞窟から離れるということになる」
弥生「……うん」
耕介「いいのか? 元の世界に帰れなくなるんだぞ?」
弥生「今でもあっちの世界に帰りたいって気持ちは変わりません。でも、こうも思ってます。この村の人たちとなら、私、やっていけるんじゃないかって」
耕介「そうか。君の気持ちはわかった。……クテキラ。すぐに族長に村のみんなで話し合いする準備をするように言ってくれ」
クテキラ「何か、あった?」
耕介「状況は最悪だ」
弥生(N)「教授の提案により、すぐに村人全員が族長と呼ばれる人の家に集められ、話し合いが行われた」
長(45)の家に、村人全員が集まっている。
家の中は話し合いのため、騒がしい。
青年「(アイヌ語で)この土地を捨てることは絶対にできない。誇りを捨てることになる」
クテキラ「(アイヌ語で)状況が変わった。それなら、我々も変わらないといけない」
長「(アイヌ語で)落ち着け」
弥生「教授、何があったんですか?」
耕介「二日前から行方不明になってた人の遺体が見つかった」
弥生「……熊にやられたってことですか?」
耕介「それだけじゃない。……食べられていたんだ」
弥生「……それって」
耕介「そうだ。今までは、我々人間は、食料を奪うのに邪魔をしてくる者という認識だったが、今度は餌として見てくる。つまり、人間自体を標的にしてくるというわけだ」
弥生「……」
耕介「ここに残れば、全滅は免れない」
弥生「村の人たちは知ってるんですよね?」
耕介「ああ。その上でここに残ると言ってる者が多い。今、クテキラがみんなを説得してる」
弥生が立ち上がる。
弥生「クテキラさん。あの、私の言葉、みなさんに伝えて貰えませんか?」
クテキラ「……弥生?」
弥生「私はこの村の人たちに感謝してます」
クテキラ「(アイヌ語で)弥生は僕たちに感謝してるって言ってる」
以降、弥生の台詞の後ろに被せてクテキラのアイヌ語が小さく流れる。
弥生「この世界に迷い込んだ私を、この村の人たちは何も言わず、受け入れてくれました。食べる物だって、少ないのに分けてくれました。仲間だって言ってくれました。……すごく、嬉しかったです。だから、この村の人たちが死んでいくなんて、嫌なんです。この村の人たちは優しくて、誇り高いということは短い時間でも、感じることができました。この土地を離れることで、誇りを捨てることになるって聞きました。でも、死んでしまったら、その誇り自体が消えてしまいます。ここで死ぬよりも、未来に誇りを受け継がせるべきだと思うんです。……ごめんなさい。その、うまくいえなくて……」
耕介「……弥生」
族長「(アイヌ語で)わかった。クテキラ、耕介、来てくれないか?」
耕介「ああ」
クテキラ「うん」
弥生(N)「族長と呼ばれる人に、教授とクテキラさんが呼ばれ、何やら話をしている。そして、十数分後。族長は村を捨て、新たな地へと向かうことを決めたのだった」