鍵谷シナリオブログ

黒葛探偵事務所の不気味な依頼 第8話 教室にいる妖怪

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■概要
人数:1~2人
時間:15分

■ジャンル
ボイスドラマ(朗読)、現代、ホラー・ミステリー

■キャスト
依頼者 男性
黒葛 女性 探偵

■台本

それは変哲もないアパートの『105号室』にある。
黒葛《つづら》探偵事務所。
 
今日、僕はここにある依頼をしにやってきた。
2ヶ月後には新任教師。
その前に何としても、この胸のモヤモヤを晴らしたい。
 
いや、どちらかというと、今年の、このタイミングに何とかしておきたい。
もうすぐ、2月8日。
それまでに絶対に解決しないといけない。
そんな予感がするのだ。
 
「どうも。黒葛《つづら》です」
 
僕と同じくらいの男の人に案内された部屋の中に、車椅子に座った女性がいた。
この人が探偵で、黒葛さんというらしい。
 
「では、依頼の内容を話してくれますか?」
 
黒葛さんが続けてそう言って、話を促してくれる。
僕は依頼内容を説明する。
10年間、ずっと胸の奥に引っかかっているモヤモヤのことを。

********************************
僕 :10年前、僕が小学生の頃なんですけど、教室に妖怪がいたんです。
   その妖怪の正体が知りたいんです。

黒葛:なんの妖怪かを調べてほしい、ということですか?

僕 :……すみません。
   いきなり、変ですよね、こんな依頼。
   やっぱり、キャンセルします。

黒葛:なぜ、妖怪だと思うのですか?

僕 :え?

黒葛:幽霊や地球外生命体、異世界と繋がっていた、などのことも
   考えられると思うのですが。
   なぜ、妖怪だと断定したのか……。
   それは、外見からそう考えた、違いますか?

僕 :そ、そうです。

黒葛:そうなるとあまりにも特徴的だった、
   もしくは特徴が無さすぎるかのどちらか……。
   依頼するくらいですから、あなた自身も色々と調べてみた、
   それでも見つからなかったということであってますか?

僕 :そうなんです。
   本当に、普通の男の子の姿をしてました。
   だから、その、調べようがなくて……。
   最初は幽霊かなとも思ったんです。
   でも、昼間に出てきていましたし、ちゃんと触れたんです。

黒葛:その妖怪が見えたのはあなただけですか?

僕 :いえ、他にも見えた人はいました。
   そのときの担任は凄い怖い先生で、いつも怒鳴ってゲンコツしてましたが
   その子には一度も怒鳴ったり、叩いたりしませんでした。
   というより、その場にいないような感じでした。
   なので、先生には見えていなかったんだと思います。

黒葛:見えていた生徒は、その妖怪に対してどのような扱いをしてましたか?

僕 :なんていうか……。
   なるべくかかわらないようにしてるって感じでした。
   まあ、そりゃそうですよ。
   教室内に、普通に妖怪がいれば、怖がるのも当たり前です。

黒葛:ですが、あなたはそうは思っていなかった。

僕 :そうなんですよね。
   僕は特に怖いって感じはしなかった覚えがあります。

黒葛:あなた以外で、怖がっていない生徒はいましたか?

僕 :いなかったと思います。
   ……あ、いや、確か、保健室の先生だけは違いました。
   僕たちに優しくしてくれたんです。

黒葛:大人でも見えた人がいたのですか?

僕 :え?
   はい……。
   町に行った時でも、見える人と見えない人がいました。
   今、考えてみると見える人の年齢はバラバラだった気がします。

黒葛:町で、見える人は怖がっていましたか?

僕 :いえ。
   たぶん、妖怪だって気づいてなかったんだと思います。

黒葛:その妖怪はなにか変わったことができましたか?
   たとえば、腕が伸びる、宙に浮く、壁をすり抜けるなど、
   人間にはできないようなことです。

僕 :あー、いや、そんな記憶はないですね。
   もしかしたら、僕が覚えてないだけかもしれませんけど。

黒葛:……妙な感じがします。

僕 :どういうことですか?

黒葛:町の人たちは怖がっていなかったと言っていました。
   なのに、なぜ、あなたの学校の人たちは、
   あなた以外がその妖怪のことを怖がっていたのか……。

僕 :確かに、そう言われると変ですね。
   ……あっ!
   もしかしたら、担任の先生に可愛がられていたからもしれません。

黒葛:担任に可愛がられていた、ですか?

僕 :はい。
   凄い美人の先生で、人気だったんですよ。
   誰にでも優しくてみんなの憧れでした。
   でも、その子だけには妙に優しかった覚えがあります。
   だから、もしかすると、みんな怖がっていたというより
   嫉妬していたのかもしれません。

黒葛:一つ確認させてください。

僕 :はい、なんでしょうか?

黒葛:あなたはさっき、担任には見えないと言っていました。
   「担任は凄い怖い先生で、いつも怒鳴ってゲンコツしていた」
   とも言っていましたが?

僕 :あれ? え? え?
   どうして……?

黒葛:落ち着いてください。
   違う学年の頃の記憶と混じっているのかもしれません。
   例えば、女性の先生は5年生の時で、
   怖い、男性の先生は6年生の時、ということも考えられます。

僕 :いえ、それはないです。

黒葛:なぜですか?

僕 :だって、その子とは6年生のときに一緒のクラスになったので。
   それに、6年生のときにあの先生になって、喜んだ記憶があります。
   ……でも、それだとおかしいです。
   だって、卒業アルバムにはあの先生が載ってて……。
   ちょっと待ってください。
   確認します。

黒葛:……卒業アルバムを持ってきていたのですか?

僕 :すみません。
   何か手掛かりになるかと思って、持ってきてたんです。
   すっかり忘れてましたが……。

黒葛:よければ見せていただけますか?

僕 :もちろんです。
   そのために持ってきたので。

黒葛:……。

僕 :あ、ここです。
   ほら、この写真に写っているのが、怖い先生の方です。
   で、こっちの先生が、優しい先生の方です。

黒葛:女性の先生が写っているのは運動会のとき……。
   そして、学芸会のときは男性の先生……。
   もしかして、途中で担任が変わったのではないですか?

僕 :……っ。
   思い出しました。
   そうだ。
   そうですよ。
   なんで、こんな重要なこと忘れてたんだろ?

黒葛:なにがあったのですか?

僕 :この先生……。
   あの妖怪に連れて行かれたんです。

黒葛:連れて行かれた?

僕 :はい。
   あの世に連れて行かれたんですよ。
   だから、途中で担任の先生が変わったんです。

黒葛:行方不明になった、ということですか?

僕 :わかりません。
   ただ、みんなが、あの妖怪のせいだって……。
   あのときから、みんな、あの妖怪に対しての態度が変わったんです。
   ほら、この写真見てください。
   運動会の時は、こうやって、友達と肩を組んでます。
   だけど、こっからは写真の隅にしか写ってません。

黒葛:この男の子が、その妖怪なんですか?

僕 :はい、そうです。

黒葛:普通に写ってますが?

僕 :え、ええ……。
   そうなんです。
   それが不思議で……。
   でも、卒業生の中の顔写真にはいません。

黒葛: K・T。

僕 :え?

黒葛:見てください。
   ここの名札のところに名前が書いてます。

僕 :……あ、本当だ。
   妖怪なのに、人間みたいな名前があるってことですか?

黒葛:あなたは今、何歳ですか?

僕 :えっと、22歳ですけど。

黒葛:10年前……。
   この苗字……。
   女性の先生……。
   そして、E小学校……。

僕 :あの、どうかしたんですか?

黒葛:少しだけ時間をください。
   ネットで調べたいことがあるので。
   スマホを使わせていただきます。

僕 :あ、はい。
   どうぞ。

黒葛:……。

僕 :……。

黒葛:やはり。

僕 :あの、何を調べたんですか?

黒葛:教室に出る妖怪。
   学校内の生徒達には恐れられている。
   途中で変わった担任。
   写真に写っているのに、卒業生にはいない。
   町の人たちの中でも見える人間と見えない人間がいる。
   そして、この事件。
   ……なるほど。そういうことか。

僕 :何かわかったんですか?

黒葛:これはあくまで私の仮説になります。
   ですので、真実ではない可能性もあります。

僕 :ぜ、ぜひ、聞かせてください。

黒葛:わかりました。
   まず、あなたが言っていた、この男の子は妖怪ではありません。

僕 :そうなんですか?

黒葛:ここまでハッキリと写真に写っているという点と、
   他の人と肩を組んでいるということから、間違いないでしょう。

僕 :どうしてですか?

黒葛:これは卒業アルバムです。
   つまり、学校から出しているものになります。
   そのようなものに、妖怪が写り込んでいる写真を使うと思いますか?
   仮に写り込んでしまったとしても、その写真は選ばないはずです。

僕 :確かに……。
   でも、それなら、この子は普通の人間だったってことですか?

黒葛:そう考えるのが妥当でしょう。

僕 :それなら、なぜ、卒業生の中の顔写真がないんですか?

黒葛:卒業していないからです。

僕 :え?
   まさか、留年?
   小学校で、そんなことあり得るんですか?

黒葛:いえ。
   『この小学校』を卒業していないだけです。

僕 :……あ。
   引っ越し?

黒葛:そうです。
   卒業前に転校していったのでしょう。
   だから、卒業生からは外された。

僕 :でも、見えない人がいたというのは……?

黒葛:無視されていただけです。

僕 :クラスでイジメられてたということですか?

黒葛:はい。
   それが転校の理由にも繋がります。

僕 :でも、なんで急にイジメられることになったんですか?

黒葛:途中で担任が変わっていますよね?
   それが原因です。

僕 :担任が変わったって……。
   え?
   先生があの子に連れて行かれたってやつですか?

黒葛:そうです。

僕 :待ってください。
   相手は小学生ですよ。
   いくら女性だからって、大人一人に何かするなんて考えられません。

黒葛:ええ。
   その男の子は何もしていません。

僕 :……どういうことですか?

黒葛:この記事を見てください。
   10年前の事件の記事です。

僕 :失礼します。
   ……えっと。
   女性教師が児童の父親と不倫。
   そのことが見つかりそうになり、口論となって児童の父親が
   女性教師を殺害。
   その後、児童の父親は自殺……。

黒葛:そうです。
   つまり、その男の子の父親が先生をあの世に連れ去った、
   というわけです。
   その男の子が、女性の先生に可愛がられていたというのも
   おそらく不倫相手の子供だったからかもしれません。
   もしかすると、離婚した後、子供は引き取るみたいな話を
   父親としていた可能性もあります。

僕 :そんな……。
   だって、あの子には関係ないじゃないですか。

黒葛:女性の先生は人気があったのですよね?
   その先生がいなくなった怒りが子供に向かうのは
   不思議ではありません。
   そして、学校側も騒ぎを起こした人間の子供の扱いに
   戸惑っていたと思います。
   特に、新たな担任の男性の先生は、その女性の先生に
   行為を抱いていたのかもしれません。
   とはいえ、あからさまな虐待はできません。
   マスコミが嗅ぎつけてくる可能性もありますから。
   なので、いないものとして……つまり、無視したのでしょう。

僕 :でも、なんで、僕はそんな重要なことを忘れたんだ?

黒葛:単に情報に疎かっただけだと思います。
   周りはなるべく、その話をしないようにするでしょうから。
   そして、だからこと、あなたはその男の子と仲良くできた。
   事情を知らなかったからこそ、普通に接することができたわけです。

僕 :それにしても、ここまで綺麗に忘れているのも変ですよ。
   名前まで忘れるなんて……。

黒葛:言われ続けたのではないですか?
   その男の子から。
   「僕のことは全部忘れて欲しい」と。

僕 :……あ。

黒葛:仲が良かったからこそ、事件を起こした人間の子供として
   記憶してほしくなかったのかもしれません。

僕 :……。
********************************

「僕のことは全部忘れて欲しい」

探偵さんが言った言葉で、僕は大事なことを思い出した。

そう。
確かに言っていた。
毎日、遊んでいるとき、何度も何度も。

こんな自分のことを覚えておいて欲しくないと。

そのときは意味がわからなかった。
だから、言われた通り、忘れるようにした。
あの子が引っ越してから。

でも、最後にあの子はこう言っていた。

「もし、10年後に覚えててくれたら、会って欲しい。そのときにはきっと違う僕になれているはずだから」
 
2月8日。
なんのイベントもない、なんてことのない日。
 
その日はあの子が引っ越した日だ。

僕は正直、10年後まであの子のことを覚えていられる自信はなかった。
だから、日付だけは絶対に忘れないようにしたんだった。
他のことは忘れて欲しいって言われていたけど、その日だけは絶対に忘れないように、と。

母校の小学校は10年も経っているのに、まるで時が止まっていたかのように、あの当時のままだった。
小学校を見ると、小学校に通っていたときのことをぼんやりと思い出す。

でも、ハッキリとは思い出せない。

10年。
色々なことを忘れるにはちょうどいい年数なのかもしれない。
あの子の父親の事件だって、覚えている人の方が少ないだろう。

そして、約束だって同じだ。
僕は探偵さんのおかげで思い出せたけど、相手もそうだとは限らない。

きっと来ないだろうな。

そう諦めかけたときだった。

「ウソ!? ホントに?」

後ろから声がした。
振り向くと、そこには僕と同じ年の男の人が立っていた。

面影がある。
僕が妖怪だと思い込んでいた、あの子に。

「10年前の約束を覚えてるなんて、ある意味引くな」
「お互い様だよ」

こうして僕らは10年という長い月日を得て再会したのだった。

終わり。

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