真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方である
- 2023.05.13
- ボイスドラマ(10分)
■概要
人数:5人以上
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス
■キャスト
池宮 勇人(いけみや はやと) 24歳
部長 37歳
木村 42歳
佐々木 36歳
田中 48歳
新入社員
■台本
社内。
勇人「今日からお世話になる、池宮隼人です。よろしくお願いいたします」
パチパチパチと拍手が沸き起こる。
場面転換。
廊下を歩いている部長と勇人。
部長「池宮くんは帝大(ていだい)なんだってね。すごいなぁ」
勇人「ははは。期待しててください。他のFランのやつらには負けませんよ」
部長「……池宮くん。意識するのはいいことだが、敵対する必要はないぞ。同僚なんだからな」
勇人「……」
部長「これだけは忘れないでくれ。一人でできることなんてたかが知れている。協力してやれば、その力は倍増するんだ」
勇人「……はい」
勇人が立ち止まる。
勇人「……あの、この部屋は? なんで、ここだけ壁がガラス張りなんですか?」
部長「ああ。ここは情報管理の5課だ」
勇人「寝てる人とかもいるんですけど、いいんですか、あれ?」
部長「……池宮くん。さっき、言ったことで一つだけ、補足しておく」
勇人「なんでしょうか?」
部長「世の中には力を借りてはいけない人間というのが存在する。彼らはああしているのが仕事なんだよ」
勇人「……寝ることが仕事、ですか?」
部長「ここはいわゆる、窓際ってやつだ。あの人たちはああしてるのが、一番、会社のためになるのさ」
勇人「……」
場面転換。
社内。
勇人「部長。さっき言われた書類を読み終わりました。次は何したらいいですか?」
部長「え? もう、読んだの? そっか……。えーっと、どうしようかな。少し休んでていいよ」
勇人「あの、何か作業とか言ってくれればやりますけど」
部長「あー、いや、大丈夫」
勇人「……そうですか」
部長「池宮くん。やる気があるのは凄くいいことだ。だけど、会社に慣れるというのはもっと大事なことなんだよ」
勇人「はあ……」
場面転換。
周りからパソコンのキーボードを打つ音。
勇人「……言ってくれればすぐに仕事なんてできるのに」
マウスをカチカチとクリックする。
勇人「……ん? これ、間違ってないか? ったく。新入社員の俺でもわかる間違いするなよな」
キーボードを打つ音。
勇人「……よし、これでオッケー。他にも間違いがありそうだな。見てみるか」
場面転換。
社内。ざわざわと少しだけ騒がしい。
部長「池宮くん。休んでてと言ったと思うんだけど?」
勇人「間違いがあったので、修正しただけです」
部長「ここはそういう仕様なんだ。社内ルールってやつだ」
勇人「教わってなかったので……」
部長「(ため息)池宮くん。君は、少し肩に力が入り過ぎだ。情報管理部、5課で息抜きしてきなさい」
勇人「……」
場面転換。
ガチャリとドアが開く音。
勇人「池宮勇人です。よろしくお願いします」
木村「あー、よろしく」
田中「……」
佐々木「……」
勇人「俺、何したらいいですか?」
木村「ん? んー。適当にしてて」
勇人「具体的には?」
田中「寝てればいいんじゃない?」
佐々木「あははは。田中じゃないんだから」
勇人「……」
場面転換。
チャイムが鳴る。
佐々木・田中「お疲れ様です」
木村「おつかれー」
佐々木と田中が出て行く。
勇人「あの……。あんなんでいいんですか?」
木村「なにが?」
勇人「定時前にPC落としてましたよ?」
木村「いいんだよ。別に」
勇人「……」
木村「さてと、俺も帰るか。池宮くんだっけ? 君も帰ったら?」
木村がカバンを持って部屋を出て行く。
勇人「……」
場面転換。
静まり返っている部屋内。
いきなり勇人が立ち上がる。
勇人「あの! こんなんでホントにいいんですか?」
田中「なにが?」
勇人「この一週間、ずっとサボってばかりじゃないですか!」
佐々木「だって、仕事ないんだから仕方ないだろ」
勇人「だったら、貰ってくればいいんじゃないんですか?」
田中「もらえるわけねーだろ」
佐々木「そうそう。俺たちの仕事は何もしないことなんだよ」
勇人「なんですか、それ! それでいいんですか?」
木村「池宮くん。いいじゃないか」
勇人がバンと机を叩く。
勇人「あなたたちはどんなつもりでこの会社に入ったんですか? 毎日、ダラダラして、それで家族に胸を張って仕事してるって言えるんですか?」
田中「うるせえ!」
佐々木「俺らだって、やれるならちゃんと仕事したいんだよ」
勇人「なら!」
木村「池宮くん。もういいって」
勇人「そうやって諦めてるから、こんなことになってるんですよ!」
木村「……」
勇人「あの……俺に考えがあります。これ、前の部署の資料なんですが……」
田中「おい、いいのかよ、持ち出して」
勇人「これで手柄を挙げませんか?」
田中「どういうことだ?」
勇人「俺が見た限り、この会社にはブラックボックスになってるところがあります。そこはバグと言われる不具合が起きてます」
木村「それがなんなんだ?」
勇人「俺たちで直すんです。それを直せば、きっとみんなが見直します。胸を張って仕事ができるんですよ」
佐々木「……どうやるんだ?」
田中「俺もやる」
木村「……仕方ない。仕事なんて5年ぶりだが、やってやるか」
勇人「……みんな」
場面転換。
キーボードを打つ音が響く。
田中「池宮、ここはどうすればいい?」
勇人「そこは、ここの仕様書を見てください」
佐々木「おい、こっち終わったぞ」
勇人「じゃあ、次、こっちをお願いします」
木村「俺も終わったぞ」
場面転換。
カチャカチャとキーボードを打つ音。
田中「ははは。残業なんて久々だよな」
佐々木「でも、仕事してるって感じだよな」
木村「これが終われば、もう窓際なんて言わせないぞ」
勇人「もう少しです。頑張りましょう」
キーボードを打つ音が響く。
場面転換。
勇人「できました! あとはこれを会社のサーバーに上書きすればいいんです」
木村「ドキドキするな」
カチッとエンターキーを押す音が響く。
場面転換。
部屋の中。
部長「池宮。会社にはそれぞれのルールがあるんだ。勝手なことをされたら困るんだ」
勇人「……なんで、その社内ルールを教えてくれなかったんですか?」
部長「(ため息)もういい。部屋に戻ってくれ」
勇人「わかりました」
部長「あと、あの部屋のネットワークを切ることになったからな」
勇人「それだと、社内のデータが見れなくなりますが……」
部長「ああ、そのための措置だ」
場面転換。
静まり返っている部屋。
田中のいびきが響く。
勇人「……」
木村「池宮くん、何読んでるんだい?」
勇人「プログラミングの本です。今がスキルをアップさせるチャンスなので」
木村「……ああ、そう」
壁の外の廊下を部長と新入社員が歩いている。
二人の声が聞こえてくる。
新入社員「あの、この部屋はなんですか?」
部長「いわゆる、窓際の部署だよ」
新入社員「……そうですか」
部長「ああ。そうだ。さっきのことの補足があるんだが……」
新入社員「なんでしょうか?」
部長「世の中には力を借りてはいけない人間というのが存在する」
新入社員「……」
部長「真に恐れるべきは有能な敵ではなく、無能な味方である。ナポレオンの言葉だ。覚えておくように」
新入社員「……わかりました」
部長「ああはなるんじゃないぞ」
二人が歩き去っていく。
木村「……」
勇人「(つぶやき)ああ、ここをこうすればいいのか」
勇人が読んでいる専門書のページをめくる。
終わり。