挑戦を避けて

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■概要
人数:5人以上
時間:10分

■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス

■キャスト
金元 夏斗(かなもと なつと)
金元 晴樹(かなもと はるき)

高城
母親
監督
アナウンサー

■台本

茜(10)が走ってくる。

茜「晴樹、夏斗―!」
晴樹「おう、茜か」
夏斗「どうした?」
茜「高城選手が学校に来てるんだって!」
晴樹「マジか!」
夏斗「いくぞ、晴樹!」
晴樹「おう!」

晴樹と夏斗が走り出す。

茜「二人とも、ちょっと待ってよー!」

場面転換。
グラウンド。
人がにぎわっている。

晴樹・夏斗「高城選手、サインお願いします」
高城「お、君たち、双子かい?」
晴樹「はい、そうです」
夏斗「俺も晴樹も、高城選手みたく4番バッターを目指してます!」
高城「そっかそっか。二人とも、頑張るんだぞ」
晴樹・夏斗「はい!」

場面転換。
家の庭。
晴樹と夏斗が素振りをしている。
それを見ている茜。

晴樹「ふ、ふ、ふ!」
夏斗「ほ、ほ、ほ!」
茜「ねえ、二人とも。いつまでやってるの? もう7時だよ」
晴樹「もう少し!」
夏斗「晴樹が止めないなら、俺も!」
茜「もー!」

場面転換。
グラウンド。

監督「じゃあ、明日の試合のレギュラーを発表するぞー」
晴樹・夏斗「……」

場面転換。
トボトボと道を歩く、晴樹と夏斗、茜。

晴樹「う、うう……」
夏斗「くそ、なんでだよ……」
茜「仕方ないじゃない。監督だって、僅差だって言ってたじゃない」
夏斗「……レギュラーになれなかったら、意味ないじゃん!」
晴樹「う、うう……。あんなに頑張ったのに」

そのとき、3人に声をかける老人。

老人「悔しいか? 努力したのに報われなくて」

3人がピタリと立ち止まる。

茜「おじいさん、誰?」
老人「はははは。この辺に住んでるただの爺だよ」
晴樹「……」
老人「で、どうだ? そっちの2人。努力したのに、報われなくて悔しいか?」
晴樹「はい」
夏斗「悔しいに決まってるよ」
老人「そんな悔しい思いはもうしたくないか?」
晴樹「……」
夏斗「当たり前だよ」
老人「じゃあ、いい方法がある」
夏斗「なに?」
老人「勝負しなければいい」
晴樹「……」
夏斗「え?」
老人「努力するから、勝負するから、負ける。負けると悔しい。なら、最初から勝負しなければいいのさ」
晴樹「……」
夏斗「おお! そっか」
茜「ちょっと待ってよ! それって、やる前から諦めろってこと?」
老人「違うよ。そもそも、諦めるということ自体なくなるんだ。勝負をしないだからな」
晴樹「……」
老人「いいかい? 世の中、全員が報われるわけじゃないんだ。なら、報われようとしなければいい」
夏斗「なるほどなぁ」

場面転換。
グラウンド。

茜「ねえ、夏斗。ホントに野球やめちゃうの?」
夏斗「ああ。あのじいさんも言ってただろ。大体さ、レギュラーにもなれないのに、やる必要ないだろ」
茜「……頑張れば、なれるかもしれないじゃない」
夏斗「なれないかもしれないだろ? なれなかったら、それまでの努力が無駄になるんだ」
茜「……」

場面転換。※時間経過。夏斗が中学生。
夏斗の部屋の中。
ゲームをしている夏斗。

夏斗「あー、くそ! また、やられた。……違うゲームにしよ。ロールプレイングとかにするか」

場面転換。
公園。
晴樹が素振りしている。

晴樹「ふ、ふ、ふ!」
茜「……」

そこに夏斗がやってくる。

夏斗「晴樹、まだやってんのか?」
茜「今回もレギュラーになれなかったみたい」
夏斗「だから言ったんだ。やめた方がいいって」
晴樹「ふっ! ふっ! ふっ!」

場面転換。※夏斗たちが高校1年生
グラウンドを走る晴樹。

晴樹「……」
茜「……」

そこに夏斗がやってくる。

夏斗「あいつ、まだ走ってんのか」
茜「3回戦で負けたのが悔しかったみたい。1年生でレギュラーになれるなんて、それだけですごいのにさ」
夏斗「……結局、そうなるだろ」
茜「え?」
夏斗「頑張ってレギュラーになってもさ、今度は試合に負ける。勝ったとしても、優勝できなかったらどっかで負けるってことだろ?」
茜「……」
夏斗「もし、頑張って甲子園で優勝したとしてもさ、プロになるときにまた、争わないとならない」
茜「……そういうことじゃないと思うけど」
夏斗「お前は見てるだけだからそう言えるんだよ。プロになっても、争い続けることになる。絶対、どこかで負けることになるんだよ」
茜「……」
夏斗「そのたびに悔しい思いをする。……それならさ、最初から勝負なんてしない方がいいんだよ」

場面転換。※2年後
リビングでテレビを見ている夏斗。

アナウンサー「打ったー! 大きい! 入ったー! 入った、さよならホームラン! 金元選手、4番の仕事を達成しました」
母親「やったー! 勝った! 勝った! 晴樹のホームランで勝ったのよ!」
夏斗「見てたから知ってるよ」
母親「そういえば、あんたは応援に行かないの?」
夏斗「茜が行ってるからいいんだよ」
母親「それにしても凄いわね。甲子園、2回戦突破よ」
夏斗「どうせ、次で負けるさ」
母親「たとえそうだったとしても、甲子園まで行ったんだから、大したものじゃない」
夏斗「……」

テレビを消し、リビングを出ていく。

場面転換。5年後。
リビングでテレビを見ている母親と夏斗。

アナウンサー「金元選手。ついに、メジャーリーグに挑戦ですね」
晴樹「はい。やれるだけ、やってきます」
アナウンサー「金元選手。大リーグに挑戦するにあたり、全国の野球少年に何か一言をお願いします」
晴樹「挑戦することは勇気がいることです。努力して、それでも失敗したとき、悔しい思いをします。でも、その悔しい思いこそが、人を成長させるんです。確かに、勝負をしなければ、悔しい思いも傷つくこともありません。でも、勝負をしなければ、成長することはないんです。傷つくことを恐れないでください。挑戦を……」

プツッとテレビの電源を切る夏斗。

母親「ちょっと! 夏斗、なに消してるのよ」
夏斗「……うるさいな」
母親「晴樹がメジャーに行くのも嬉しいけど、お母さんは茜ちゃんと結婚してくれるのが嬉しいかな」
夏斗「……」

立ち上がってリビングを出る夏斗。

夏斗「……」

ドンと壁を殴る。

夏斗「くそ! なんでだよ? 俺、勝負してないのに……。どうして、こんなに悔しいんだよ! ……勝負しなければ、悔しい思いはしないんじゃなかったのかよ……。くそ、くそ、うう……」

終わり。

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