鍵谷シナリオブログ

黒葛探偵事務所の不気味な依頼 1話 形見の定期券

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■概要
人数:1~3人
時間:15分

■ジャンル
ボイスドラマ(朗読)、現代、ホラー・ミステリー

■キャスト
依頼者 女性
黒葛 女性 探偵
助手 男性

■台本

それは普通のアパートの一室だった。
二階建てのアパートの角の『105号室』。
 
本当にここで合っているんだろうか?
でも、表札にはちゃんと『黒葛《つづら》探偵事務所』と書いてある。
 
私は恐る恐る、チャイムを鳴らした。
数秒後、ドアが開き、中から高校生か大学生くらいのタキシードっぽい姿をした男の子が出てくる。
 
「はい」
「あ、あの……。予約をしていた者ですけど」
「ああ。Sさんですか。どうぞ」
 
男の子はそう言って、中に招いてくれた。
 
部屋の中はガランとしていた。
家具などが何もなく、まるで引っ越し前の下見のときのような状態だ。
 
テーブルはもちろん、座る場所もない。
私がオロオロしていると、男の子が良く通るが淡々とした声で言った。
 
「今、先生をお呼びしますので、お待ちください」
 
待つこと3分。
後ろからギシギシという音がしたので、振り返る。
 
するとそこには車椅子に乗った20代中盤くらいの女性がいた。
さっきの男の子が車椅子を押してきたようだ。
長いストレートの髪に、まるで女優みたいに美人な人だった。
目つきは鋭く、やや冷たい印象を受ける。
 
「お待たせしました。黒葛《つづら》です」
「え? あなたが?」
「探偵なのに、車椅子なんて変だな、と思いましたか?」
「あ、いえ、その……」
「普通、探偵業というのは移動することが仕事みたいなものですからね。ただ、うちは違う。それだけですよ」
「は、はあ……」
「では、さっそくですが、依頼の内容を話してくれますか?」
「は、はい」

********************************
私 :先月、父が亡くなったんです。
   死因はおそらく、心臓発作と医者からは言われました。
   特に、心臓に持病などもなく、健康診断でも引っかかったことがありませんで
   した。
   父の葬儀が終わり、遺品を整理していたら少しおかしな物が出てきたんです。
   それは、2枚の定期券でした。

黒葛:その定期券というのは、磁気カードのものですか?

私 :はい、そうです。
   父は営業をしていたので、会社と得意先の最寄り駅なのかと、最初は思ったん
   です。
   ですが、どちらも違いました。
  
黒葛:というと?
  
私 :父の名刺に書いてある会社の最寄り駅とは全然違う駅だったんです。
  
黒葛:もしかすると、お父さんはあまり会社には戻らないタイプだったのでは?
   電話で報告するだけのような業務形態だったと考えられませんか?
  
私 :私もそう思ったんです。
   ただ、父の会社について妙に引っかかったことがありまして……。
  
黒葛:引っかかったこと?
 
私 :誰も来なかったんです。
   父の葬儀に。
 
黒葛:それは香典や電報もなかったということですか?
 
私 :はい。
   だから、正直、ムッとしてたんです。
   父はその会社で30年以上も働いていたんですよ。
   葬儀に誰か来るのは当然じゃないですか?
 
黒葛:確かに何もないというのは変ですね。
 
私 :なので会社に電話してみたんです。
   もちろん、定期のこともありましたが、文句の一つも言いたくて。
   でも、いないって言われたんです。
 
黒葛:いない?
 
私 :会社内に父のような社員はいないと言われたんです。
   最近クビになったとかそういうことではなく、『最初から』いないって言われ
   ました。
   父は真面目な人間でした。
   家族に嘘をつくような人じゃないんです。
 
黒葛:だけど、会社の件で嘘をついていた……。
 
私 :なにか理由があるんだと思います。
   家族に嘘をつかないとならないような、重要な理由が。
 
黒葛:それを調べて欲しいと?
 
私 :はい。
 
黒葛:まずはその定期券を見せてもらえますか?
 
私 :どうぞ

黒葛:どちらも最寄り駅からということでいいんですか?
 
私 :はい。

黒葛:……なるほど。変ですね
 
私 :どこがですか?
 
黒葛:2枚とも1ヶ月間の定期です。
   4月までと5月までのもの。
 
私 :それがなんですか?
 
黒葛:どちらも継続じゃないですね。
   普通、継続の場合、継続を示す文字が打たれます。
   それに継続した場合は書き換えるので、文字のところにスレたような痕が出来
   ます。
   それがどっちにもない。
   つまり、これはどっちも新規で発行した定期券ということになります。
 
私 :それのどこが変なんですか?
 
黒葛:仮に、お父さんが名刺に書かれていた会社とは違う会社に勤めていたとしまし
   ょう。
   ですが、違う会社だったとしても、通うのであれば『継続』になるはずです。
 
私 :じゃあ、その……例えば、父は派遣のような仕事をしていて、月ごとで仕事の
   場所が変わるとか、ですか?
 
黒葛:その可能性は高いですね。
   正社員ではなく、派遣になってしまったので家族に言えなかった、というのは
   十分考えられます。
 
私 :なるほど……。
   真面目な父らしいです。
 
黒葛:派遣会社なら、葬儀に来ないのも電報などがないことも頷けます。
   ただ、それでも違和感がある箇所があります。
 
私 :なんですか?
 
黒葛:名刺です。
   なぜ、『通ってもいない会社』の名刺を持っていたか。
 
私 :え? 
あー、それは派遣になったことを知られたくなかったから……?

黒葛:それなら、最初に派遣された会社のを持ち続ければいいはずです。
   『わざわざ』偽造して名刺を作ったことになるんですよ?
 
私 :確かに……。
 
黒葛:給料明細などの、会社からの書類などはないんですか?
 
私 :それがなにも。
   家計を管理していたのは父だったので。

黒葛:他に何か気になることはないですか?
   なんでもいいのですが。
 
私 :そういえば……その……。
   変といえば、父には多額の貯金があったんです。
   8000万ほどの。
   母の話では父の安月給では考えられない額だって……。
 
黒葛:なるほど。
   ただ、会社を偽っていたのなら給料も偽っていたとしても変じゃありません。
   おそらく、高額な年収を貰える会社だったのかもしれません。
   ……他には何かありませんか?
 
私 :あとは……。
   いつも同じスーツを着ていたくらいですかね。
 
黒葛:どんなスーツですか?
   
私 :ダークスーツです。
   それ以外のスーツを着ていたのを見たことがないです。
 
黒葛:ダークスーツ……。
 
私 :それなのに、ネクタイは凄く派手なんです。
   それも色んな種類のネクタイを持っていて。
 
黒葛:お父さんは営業をしていたと言ってましたよね?
 
私 :はい。
 
黒葛:あまり、営業向きな格好じゃないですね。
 
私 :私もそう思います。
   でも、父はスーツに関してはすごいこだわりがあったと思います。
 
黒葛:どんなこだわりですか?
 
私 :絶対に、人に触らせようとしませんでした。
   頻繁にクリーニングにも出してましたし。
   元々、父には異常なほど神経質なところもあって。
   こだわり始めると、とことんこだわるタイプと言いますか……。
   きっと、スーツに何か思い入れがあってこだわりのスーツなんだろうと、母と
   話してました。

黒葛:新規に発行した、異なる駅の定期券……。
   勤務先の偽装。
   多額の貯金。
   ダークスーツ。
   異常なほどの神経質。
   ……そうか。なるほど。

私 :え? なにかわかったんですか?
 
黒葛:説明する前に、一点、確認させてください。

   その、お父さんのスーツは残ってますか?
   できれば亡くなったときに着ていたスーツが残っているのがベストなんです
   が。
 
私 :はい。あります。
   何着か棺桶に入れたんですが、クリーニングしたものの方がいいってなって。
   だから、生前に着ていたスーツは残っていると思います。
 
黒葛:それなら、そのスーツをここに持って行ってください。
********************************

そう言って、探偵さんは住所の書いたメモを渡してくれた。
私は言われた通り、その場所に父のスーツを持って行った。
 
そこは科学研究所というところで、父のスーツについているものを調べてくれる場所だった。
 
私はその結果を持って、再び、探偵さんの元へと向かった。
 
探偵さんにメモを渡すと、探偵さんは大きくため息をついた。

********************************
黒葛:やはり、そうか。

私 :あの……?

黒葛:申し訳ないですが、あなたの依頼に応えることはできません。
   いや、できなくもないですが、知ることによるリスクが高過ぎます。
   下手をすると、命が危険にさらされることも十分に考えられます。
   ですので、今回は前金だけのお支払で結構です。
 
私 :どういうことですか?
 
黒葛:あなたのお父さんはかなり危険なことをしていたようです。
   ただ、あなたや家族は知らない方がいい。
   知るべきではない、と言った方がいいかもしれません。
 
私 :そんなの納得できません。
   なんなのか、教えてください。
 
黒葛:わかりました。
   ただ、これはあくまで私の仮説です。
   正解とは限らない。
   逆に、聞けば荒唐無稽で、バカにしてると思うでしょう。
 
私 :それでも聞きたいです。
 
黒葛:……では、話します。
   まず、定期券の件です。
   行先の駅の周辺を調べてみると、ある共通点が見つかりました。
 
私 :共通点、ですか?
 
黒葛:ええ。
   それはどちらの駅からも『葬儀場』が近いということです。
 
私 :え? そんなことですか?
   今って、結構、葬儀場が多かったりしませんか?
 
黒葛:そうですね。
   ハッキリ言うと、こんなものは共通点とはならないくらいです。
   それこそ、どちらの駅もコンビニが近いといっているのと同じようなものです
   から。
 
私 :それなら……。
 
黒葛:そこでもう一つ注目してもらいたいのが、スーツです。
 
私 :スーツ、ですか?
 
黒葛:いつもダークスーツに派手なネクタイをしていたんですよね?
 
私 :はい。
 
黒葛:この格好は、ネクタイを黒に替えれば喪服になります。
 
私 :……確かにそうかもしれませんが、それがなにか?
 
黒葛:ここでもう一度、定期券に戻ります。
   定期券を買っていた、ということはお父さんは頻繁に葬儀場に『通っていた』
   ということになります。
 
私 :じゃあ、父は葬儀屋で働いていた?
 
黒葛:そうなると、定期券が継続ではないことが変です。
   それに名刺の件の辻褄が合わなくなります。
   葬儀屋は家族に隠すことはない、立派な職業です。
   わざわざ名刺を偽造する意味もない。
 
私 :それなら、どういうことですか?
 
黒葛:ここまでのヒントを総合して考えてみましょう。
   一ヶ月ごとで新規で、葬儀場がある場所の定期を買う。
   名刺は入ってもいない会社の物を持っていた。
   これは自分の身分を偽造するためだと思います。
   会社からの書類は残っていない。
   そして、多額の貯金。
   さらに最後のピースとして、スーツに付着していたものが挙げられます。
 
私 :父のスーツに何がついていたんですか?
 
黒葛:まず1つ目が塩です。
 
私 :塩?
 
黒葛:はい。
   お葬式が終わり、家に入るときに塩を体にかけますよね?
 
私 :ああ。確かに。
   じゃあ、父はお葬式に出ていたということですか?
 
黒葛:おそらく。
   そして、もう1つ重要なものが付着していました。
 
私 :なんですか?
 
黒葛:毒です。
 
私 :毒?
 
黒葛:特殊な毒ですね。
   劇薬ですが、それを飲むと自然死に見せかけることができるものです。
 
私 :なんで、そんなものが父のスーツに?
 
黒葛:そこから考えられる可能性として――
   お父さんは殺し屋だったのだと思います。
 
私 :……は?
 
黒葛:何かしらの方法で、ターゲットにこの毒薬を飲ませます。
   自然死に見せるために、極微量を飲ませます。
   ただ、それだと、本当に殺せたかどうかがわからない。
   調べようとすれば、それはリスクにもなります。
   それに、お父さんは真面目な性格だったようですので、おそらく、自分の目で 
   死亡を確認するというのがポリシーだったのだと思います。
   お父さんは神経質だった。
   仕事のことであれば、尚更、神経質になっていたのでしょう。
   そして、直接、ターゲットの死亡を確認できる場所。
   それが葬儀の場、ということです。
   ただ、いつ、葬儀があるかはわからない。
   だから、定期券を買い、毎日、葬儀場に通ったのでしょう。

私 :いや、待ってくださいよ。
   そんなことって……。
 
黒葛:もちろん、そんなことを家族に言えるわけがありません。
   偽装するために名刺を作るのも辻褄が合います。
   多額の貯金も。
 
私 :そんなわけ……。
   父が?
   殺し屋って。
   馬鹿馬鹿しいです。
 
黒葛:ええ。
   これはあくまで私の仮説です。
   なので、信じるかどうかは依頼者であるあなたにお任せします。
********************************

そのあと、私はどうやって家に帰ったのかがあまり思い出せない。
あんな滑稽な話を聞いた後じゃ、当然だろう。
 
最後に探偵さんが言った言葉が胸の奥でチクチクと痛む。
 
「世の中には知らない方がいいこともあります。あなたのお父さんは家族を養うために、必死に仕事をしていた。それでいいじゃないですか。あなたのお父さんも、きっとそう思っていて欲しいはずです」
 
私の中の父は優しく、真面目で、いつも私の味方をしてくれていた。
私は父を尊敬している。
 
それはこれからも変わらない。
 
私は2枚の定期券を手に取り、ハサミで切ってゴミ箱に捨てた。
 
終わり。

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