30 街中(夜)
街の入り口に二人の町方同心が、見張りとして立っている。
そこに提灯を持った、別の二人の町方同心がやってくる。
同心3「お疲れ。交替だよ」
同心1「お、そんな時間か」
同心3「ほら、今井様からの命令書」
同心1「(受け取って)どれどれ、次の見張り場所は……と」
同心2「俺は、北側か」
同心1「俺は南だ」
同心1「じゃあ、ここは頼んだぜ」
同心3「ああ」
見張っていた同心が提灯を受け取って、それぞれ別の方へ歩き始める。
同心達のやり取りを物陰に隠れて見ている、京四郎とお銀。
お銀「これが、今井が考えた、制度らしいの」
京四郎「……どうなってるんだ?」
お銀「ああやって頻繁に人を入れ換えるのよ。決まった場所に、決まった役人がずっといると、袖の下にお金が入ってくるから」
京四郎「密輸をしやすくなる……」
お銀「そう。これまでは、結構あったらしいんだよね」
京四郎「役人と一緒に、入る場所を移動すればいいだろ」
お銀「難しいと思うよ。だって、本人も次の場所が分らないんだから」
京四郎「分からない?」
お銀「入れ替わる人間が、ああやって、次の場所が書かれた紙を渡すのよ。それに、あの紙は毎晩、今井自身が書いてるみたい」
京四郎「……」
お銀「し、か、も。さっき二人とも別々の方に歩いていったでしょ? 組みも交替するの。だから、一緒に移動しても……」
京四郎「もう一人に、また金を払わないといけない、か」
お銀「そういうこと。それなら、かえってお金が掛かっちゃうからね。そんなことをしてまで関税をちょろまかす人はいないよ」
京四郎「……なるほどな」
その時、ビューっと風が吹く。
お銀「寒っ! 今日は、ホント寒いわね」
肩を震わせるお銀に、京四郎が羽織をそっとかける。
京四郎「ほら、羽織っておけ」
お銀「……ありがとう」
京四郎「さて、そろそろ帰るか(歩き出す)」
お銀「京四郎は、お侍が嫌いなんでしょ?」
京四郎「……(立ち止まる)」
お銀「私はね、商人がきらい」
京四郎「……商人が?」
お銀「私の家はね、呉服屋だったんだ。本当に小さかったんだけどね」
京四郎「……?」
お銀「ちっちゃい頃からずっと親の姿を見てさ、私もやりたいって思ってたんだ」
京四郎「……」
お銀「覚えてる? 二年前くらいの飢饉」
京四郎「……あれはひどかったな」
お銀「私の家もさ、当然火の車になったんだよ。そんな時、大きな呉服屋が家に資金を貸してくれたの」
京四郎「……」
お銀「お金は、景気がよくなったら返してくれれば良いって……」
京四郎「ほるほど、金貸しみたいなものか」
お銀「(苦笑して)……その時はね、本当に困ってて、何も考えずにお金を借りたの」
京四郎「……」
お銀「それから、店も持ち直した時だった。その呉服屋が来て、店をよこせと言ってきたの」
京四郎「……店を?」
お銀「証文書の利子の箇所を見て、お父さんとお母さんは愕然としていたわ。今でもその顔は覚えてる」
京四郎「……」
お銀「正当な証文書だったから、結局何も言えなかった。……その後は、単純な道筋。心中って話になるわけよ」
京四郎「……」
お銀「私も、仕方ないかなって思った。もう店もないし、借金も残ってるし。このまま生きてても、ってね。それで、一家で川に身投げ。で、私だけ助かったってわけ」
京四郎「どうして、俺に話したんだ?」
お銀「なんでだろう? ……わかんないや」
京四郎「(フッと笑って)星がきれいだな……」
お銀「え?(空を見上げる)」
夜空には様々な星が輝いている。
お銀「本当だ。綺麗」
京四郎「あんな、星でさえ、身分が存在する」
お銀「え?」
京四郎「明るさが違うだろ」
お銀「……(星を見つめる)」
京四郎「生れてすぐ、明るさが決まっているんだ。明るい星、暗い星……」
お銀「……?」
京四郎「殺されたんだ」
お銀「え?」
京四郎「俺には、五つ年の離れた妹がいた」
お銀「……妹?」
京四郎「あれは、妹が五つの頃だった。街で祭りがあったんだ。まだ幼かった妹は、それはもうはしゃいでいたよ」
お銀「……」
京四郎「やんちゃな奴だった。俺が走るなって、何回言っても聞かなかった。……そのうちな、ある侍にぶつかった」
お銀「……それで?」
京四郎「斬られた。理由は、着物に飴がついた。それだけだったよ。武士の着物に飴を着けた、そんな理由で妹は死んだ。……俺は何もしなかったんだ。あの侍が刀を抜いたのが、怖くて、身体が動かなかった。妹と目が合ったんだ。ひどく怯えてた。手を伸ばせば、届く距離だったのに」
お銀「……どうして、それでスリに?」
京四郎「(自傷気味に笑い)復讐したかったんだろうな。今の時代、侍はほとんど金を持ってない。何度か金をスレば、奴らはすぐに破産する」
お銀「……」
京四郎「慌てるあいつらを何人も見てきたよ……。俺はそんな小さな男なんだ」
お銀「……京四郎」
条庵「なるほど。そんな理由があったのか」
物陰から条庵が現れる。
京四郎「坊主が立ち聞きか」
条庵「ぶあっはっは。まあ気にするな。そばでも奢ってやるから許せ」
京四郎「誤魔化すな」
お銀「……おそば?」
京四郎「……釣られんな」
31 長屋・部屋の中(夜)
条庵が地図に印を付けながら話す。
条庵「この町には入り口が五つある。中央、北、南、東、西……。まず、時間が来たら、一組の見張りが動き出し、次の見張りの場所へ移動する。次に、交代した見張りが、次の場所へ向かい、交替する。この間(ま)で、何とか町に入ることはできんか?」
京四郎「難しいだろうな」
お銀「うん、交替するときは、逆に人数が増えるからね」
条庵「やっぱり、荷物の中に、紛れ込ませてるのかもな?」
お銀「(口を尖らせて)前、それは無いって、二人が言ったんじゃなかったっけ?」
条庵「ふむ。そうだったか?」
京四郎「……八方塞がりだな」
お銀「どうしよう。もう時間もないよ」
条庵「参ったな」
お銀「もう! 今井も変な制度なんか作って」
ぐしゃぐちゃと地図を破る。
条庵「地図にあたっても、しょうがないだろ」
お銀「うう……だって」
地図をジッと見る京四郎。
京四郎「地図……。この地図どっかで……」
条庵「どうした?」
京四郎「いや、さっき、あんたが書いた街の地図、どっかで見た気がしたんだ」
お銀「そりゃ、この街に住んでたら、地図のひとつくらいは見るんじゃない?」
京四郎「いや、地図に丸を書いたあの地図……。あっ!」
お銀「なになに?」
京四郎が、懐から一枚の地図を出す。
それは赤川からスった地図。
京四郎「これだ……」
お銀「ホント。条庵が書いた地図にそっくり」
条庵「これは?」
京四郎「赤川からスった財布に入ってた」
お銀「赤川って……ああ、直江の腰巾着か」
条庵「そういえば、あの時、直江も、紙のことを気にしてたな」
京四郎「この地図に、なにか、今井が考えた制度の抜け道があるんじゃないか?」
条庵「ふむ……。さっき、ワシが書いたのと、そう変わらんがな」
京四郎「……この赤い丸は? どうして、ここだけ赤いんだ?」
条庵「最初という意味じゃないのか?」
お銀「どこが最初なのかも毎回変わるからね。それで、印をつけてるんじゃない?」
条庵「大して、役に立たないようだな」
京四郎「……いや、待て。最初の所だけ、人がいないんじゃないのか?」
お銀「ん? どういうこと?」
京四郎「最初の起点となる、入り口が、一つずれて、最後に戻ってくるまで、そこが空く。……どうだ?」
条庵「そこも、抜かりない。今井の手紙を持ってきた奴が、そこに留まるんだ」
京四郎「持ってくる奴は、何人だ?」
条庵「……一人だが?」
京四郎「持ってくる奴も交代制か?」
条庵「いや、確か、決まった奴だ」
京四郎「そこだけは、一人だけで、しかも時間が長い……」
お銀「……?」
条庵「ん?」
京四郎「……そうか。分かったぞ」