【シナリオブログ】蒼天の星のように⑥

32 長屋の外
条庵が夜空に浮かぶ月を眺めている。
そこに、忍びの格好をした男が素早く近寄ってくる。
男「条庵様……」
条庵「……おう、どうだった?」
男「こちらが、藩主様からの信書です」
条庵「……そうか、ご苦労だったな」
男「それでは、失礼します(走り去る)」
条庵「……いよいよか」

33 長屋の裏
腕を組んで、壁にもたれかかっている京四郎。
京四郎「……」

34 街(夜)
見張りが二人、立っている
同心1「うう……、早く帰って、熱燗でも飲みてえぜ」
同心2「お前、いつもそれだな」
そこに、一人の男が走ってくる。
男「交代だ。で、これが今井様からの命令書だ。渡すまで中は見るんじゃないぞ」
同心1「はいはい。それじゃ、ここの入口の見張りは、任せましたよ」
男「ああ」
同心1「では……」
同心たちが歩き去っていく。
男「……(ソワソワして)」
しばらくすると、門がゆっくりと開く。
入って来たのは、黒ずくめの男。
背に、風呂敷を背負った黒ずくめの男は、見張りの男に近づく。
黒ずくめ「待たせたな」
男「遅いぞ。で、金は?」
黒ずくめ「……これだ」
男「(受け取って)早く行け。夜だと言っても、その風呂敷は目立つ。気をつけろよ」
黒ずくめの男「わかってる」
黒ずくめの男が、街の方に走っていく。

35 長屋・部屋の中
部屋にお銀と条庵が入ってくる。
条庵「なるほど。あの、手紙を届けていたやつが、直江と繋がってたみたいだな」
お銀「こっちも、大発見。売りさばいてるのは、あの中むらだった」
条庵「中むら? あの呉服店か?」
お銀「うん。街一番の大金持ち」
京四郎「これで、情報は全部そろった」
条庵「では、今井の屋敷に駆け込むぞ」
京四郎「……その前に二人に話がある」

36 同
目を見開いて、京四郎を見ているお銀。
条庵も同様に眉間にしわを寄せて驚いている。
お銀「……」
条庵「……囮だと?」
京四郎「恐らく、俺たちの行動は直江にばれてるはずだ」
お銀「そんな! どうして?」
京四郎「監視役がいる」
条庵「外をうろついている奴のことか?」
京四郎「そうだ」
条庵「それで京四郎が囮になると?」
京四郎「……ああ」
お銀「そんなの、駄目だよ!」
京四郎「俺が捕まって、半刻したら、今井の屋敷に行ってくれ」
京四郎が、出入り口へと歩き出す。
お銀が京四郎の前に回りこんで、立ちふさがる。
お銀「駄目。絶対に、駄目。行かせない!」
京四郎「……どいてくれ」
お銀「嫌! じゃあ、私が行く」
京四郎「お前じゃ、返って怪しまれる」
お銀「それでもいい!」
京四郎「……まいったな(頭を掻く)」
京四郎が、隙をついて、お銀の腹を殴る。
お銀「うっ(気絶する)」
京四郎「ふう。やれやれ、頑固な奴だな」
条庵「……囮役、ワシでも構わんぞ」
京四郎「いや、あんたにはこいつを頼みたい」
条庵「それこそ、京四郎の方がいいだろう」
京四郎「俺じゃ駄目だ。俺じゃ、お銀を堅気に戻せない。だが、あんたなら、それができるはずだ」
条庵「……」
京四郎「こいつは、商人に戻ることを望んでいる。こいつにはその才能があると思う。それに、俺は、こいつだったら出来るって思う。あとはきっかけだけだ」
条庵「妹と重ねてるのか」
京四郎「……頼めないか?」
条庵「京四郎。すぐにお銀を連れて、藩から出るんだ。その手筈は、ワシが整えてやる」
京四郎「……どういうことだ?」
条庵「二日ほど前の夜、ある情報が入った」
京四郎「忍びみたいな男からか?」
条庵「……見てたのか」
京四郎「盗み見や立ち聞きは、スリの得意技だろ」
条庵「ぶあっはっは、違いない」
京四郎「……あんた、何者だ?」
条庵「ワシは、薩長のため情報を集めるのに各地を回っている。言わば、薩摩藩の密偵だな」
京四郎「……」
条庵「ワシの部下から入った情報なんだが……近々、江戸城が無血開城されるというものだ」
京四郎「……なんだと?」
条庵「このまま、逃げ切ればいい。もう、武士の時代は終わる。新しい時代が来るんだ。京四郎、お前が囮になる必要はない」
京四郎「……」
条庵「お銀と共に生きるんだ」
京四郎「……(大きく息を吐いて)」
京四郎が懐から櫛を出して、条庵に渡す。
京四郎「お銀に渡しておいてくれ」
条庵「……これは?」
京四郎「妹の形見だ」
条庵「京四郎!」
京四郎「……そういうんじゃないんだ」
条庵「?」
京四郎「直江は俺の手で倒したいんだ。このまま、そうですか、って逃げる訳にはいかない。あっちで妹に顔向けできなくなる」
条庵「……京四郎」
京四郎「俺は明日、全てにケリをつける。あの日、怖くて何もできなかった自分に今度こそちゃんと向き合いたいんだ」
条庵「……お前さんとは、一度、飲み明かしたかったな」
京四郎「……来世で」
条庵「ぶあっはっはっは。ああ。楽しみにしておるぞ」
京四郎「……じゃあな」
京四郎が部屋を出て行く。

37 今井家屋敷・門前(朝)
表札には『今井家』と書かれている。
物陰から今井の屋敷の様子をうかがている京四郎。
京四郎「……よし」
踏み出そうとした瞬間、後ろから肩を掴まれる。
振り向くと、そこには三人の直江の兵が立っている。
京四郎「……」
兵1「何をするつもりだ?」
京四郎「さあな」
兵たちが刀を抜く。
兵1「妙な真似をした場合は斬れとの命令だ」
京四郎「そう簡単にいくかよ」
京四郎が懐から小刀を出して構える。
兵たちと京四郎が切り結ぶ。
兵2「馬鹿が。黙って従っていれば、死ぬこともなかったろうに」
京四郎「ふん。どうせ、最後には殺すつもりだったんだろ?」
兵1と鍔迫り合いをする京四郎。
兵3に後ろから刀の峰で打たれる。
京四郎「……く、くそっ」
京四郎が倒れて、気絶する。

38 直江の屋敷
身体を縛られ、座らされている京四郎。
正面にはキセルを咥えた直江が座っている。
その後ろには赤川が控えている。
直江「(煙を吐いて)まさか、裏切るとはな」
京四郎「……」
直江「ワシが気づかないとでも、思ったのか? 今井の屋敷の近くに兵を置いておいて正解だったな」
京四郎「……(ふてぶてしい表情)」
直江「……他の二人はどうした?」
京四郎「(ニッと笑って)もう、逃げてる」
灰落としをキセルで叩く直江。
キセルの灰がボトリと落ちる。
直江「ちっ! 赤川。後で追っ手をかけておけ。逃げ場といえば、港街ぐらいなはずだ」
赤川「……はっ」
直江「(京四郎を見て)貴様には、全ての罪を被ってもらうぞ」
京四郎「(つぶやくように)……ふん。馬鹿が」

39 今井家屋敷・門前
門前に立つ条庵とお銀。
お銀が悲しそうな表情で空を見上げる。
お銀「……京四郎」
門が開き、武士が出てくる。
見張り「お入りください。すぐに今井様が話を聞きたいそうです」
条庵「ふむ。さ、行くぞ。お銀」
お銀「……うん」

40 直江家屋敷・庭
京四郎が縛られ、土の上に座らされている。
京四郎の後ろには武士が立っている。
直江が、京四郎を見下ろす。
キセルの煙を吐く直江。
直江「何か、言い残すことはあるか?」
京四郎「いや……」
直江「……そうか」
その時、廊下から家来が慌てた様子で足って来る。
家来「殿! 殿っ! 大変です!」
直江「なんだ、騒々しい」
家来「たった今、江戸城が落ちたという伝令が……」
直江「な、なんだと!」
家来「それに、今井が兵を連れて、こちらに迫っているという報告が……」
直江「ど、どういうことだ?」
京四郎「くっくっく。あんたの不正がバレたってことさ」
直江「まさか、貴様ら……ええい、何をしている。そいつを斬れ。今すぐだ!」
京四郎の後ろに立っている武士が刀を抜く。そして、振り上げる。
京四郎「……ふっ(笑みを浮かべる)」
武士が刀を振り下ろし――。

41 街
往来には人々が歩いている。
往来を小さい子供たちが無邪気に走り回っている。
お銀(N)「慶応4年。江戸城が無血開城され、年号が明治と改められる。その年、直江は切腹を命じられた。京四郎の戦いは、時代の流れから見たら、本当に小さいものだったかもしれない。でも、確かに輝いていた」

42 空
昼間でも、淡く光る星たち。
お銀「この蒼天に光る、星たちのように……」

おわり

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