○ シーン 9
和馬がドアを開けて、入ってくる。
和馬「千愛先輩、報告書って……。あれ? 誰もいない」
部屋を歩く和馬。
和馬「おかしいな。昼休みは、いつもここでお茶を飲んでるはずなのに……」
その時、ドアが開き、千愛が入ってくる。
千愛「あら、どうしたの。昼休みに」
和馬「あれ? どこか行ってたんですか?」
千愛「少し、調査をしてたのよ」
和馬「……調査、ですか? なんのです?」
千愛「(呆れて)あのね、和馬くん。あなたのための調査よ。命がかかってることを、もう少し自覚した方がいいわね」
和馬「え? あっ! 妖怪に襲われる原因を調べてくれたんですか?」
千愛「(ため息)真剣に調査しているこっちが、馬鹿馬鹿しくなるわ。大体、妖怪に襲われるなんて経験しておきながら、よく、そんなに簡単に忘れられるわね」
和馬「すいません。襲われても、千愛先輩がなんとかしてくれるって思うと、気が抜けちゃって……」
千愛「……(少しテレて)」
和馬「あの、それで、どうでした?」
千愛「特に変わったところは無いわね。少なくても、東棟には霊力が溜まりそうな場所、道具は見つからなかったわ」
和馬「そうですか(残念)」
千愛「でも、偶然ってレベルでもないし……。和馬くん。あなた、妖怪に恨まれるようなことしたのかしら?」
和馬「まさか。僕、妖怪に知り合いなんて、いませんよ」
千愛「それなら、人に恨まれるようなことはしてない?」
和馬「……そりゃ、生研の仕事をしてると、普通の生徒よりは、恨まれる割合は高いですけど……。もしかして、丑の刻参りとかされてるんですかね?」
千愛「そんな簡単なレベルじゃないわね」
和馬「そうなんですか?」
千愛「相手は妖怪なのよ。操るなんて、ほとんど不可能。仮に和馬くんを襲わせるように仕組むとしても、相当な知識と、それなりの道具が必要よ。生研の仕事で恨まれるくらいの執念じゃ、とてもじゃないけどできないわ」
和馬「そこまで、恨まれるような覚えはありませんけど……たぶんですが」
千愛「困ったわね。早く何とかしないと、和馬くんが、惨殺死体になるわ」
和馬「怖いこと、言わないでくださいよ」
千愛「夏姫は、なんて言ってるの? 生研の方で、何か情報は入ってこないのかしら?」
和馬「……夏姫先輩には、このこと言ってないです。変に心配かけちゃうので。それに『面倒だから、全校生徒を殴り倒せばいい。その中に犯人がいるだろ』って言いそうだし」
千愛「(苦笑して)確かに言い出しそうね」
和馬「……そういえば、千愛先輩って、夏姫先輩とは仲が良いんですか?」
千愛「仲が良いってほどじゃないわ。去年、私が散々利用されたってところね」
和馬「……あの、千愛先輩」
千愛「なにかしら?」
和馬「その……、夏姫先輩って小さい頃、何か事件に巻き込まれたって聞いたんですけど」
千愛「……和馬くん。それは、私からじゃなくて、夏姫本人の口から聞くべきじゃないかしら」
和馬「……そう、ですよね」
昼休み終了のチャイムが鳴り響く。
○ シーン 10
生研の部室にいる和馬と夏姫。
夏姫「(欠伸をして)今日は、平和でつまらんなぁ。なーんか、事件でも起きねえかな」
和馬「不吉なこと言わないでくださいよ。いいじゃないですか。平和な時間を楽しめば」
夏姫「身体が鈍る。雫も、今日は保健委員の方だし。……あー、帰ってジムにでも、顔を出すかな」
和馬「あ、あの……夏姫先輩」
夏姫「あん?」
和馬「その……小学校の頃の事なんですけど」
夏姫「ん? 小学の頃がどうした?」
和馬「あっ、いえ、なんでもありません」
夏姫「変な奴だな。まあ、いいや。じゃあ、俺、帰るぞ」
和馬「お疲れ様です」
歩き始める夏姫が、ピタリと止まる。
夏姫「和馬。……困ったことがあったら、すぐ相談しろよ」
和馬「……はい」
夏姫「じゃあな。戸締り、ちゃんとしとけよ」
夏姫が部室を出て行く。
和馬「(大きくため息)……」
○ シーン 11
廊下を歩く、和馬。
廊下は文化祭の準備をする生徒の声で賑わっている。
そこに、後ろから賀茂珠萌(16)が走って来て、和馬の背中をバンと叩く。
珠萌「なーに、トボトボ歩いてるのさ!」
和馬「痛ぁ。あっ、珠萌さん」
珠萌「最近、元気ないけど、何か悩み事かな?」
和馬「……いや、別に。そんなことないよ」
和馬が歩き出し、珠萌が並んで歩きだす。
珠萌「あらら。冷たいねぇ。愛し合う二人に、秘密は厳禁だぞっ」
和馬「(呆れて)またそんなこと言って……。京太の誤解解くの、大変だったんだからね」
珠萌「なははは。まあ、今のは冗談として、悩み事なら聞くよ。ほら、話すだけでも、気がまぎれるもんじゃん」
和馬「……やっぱり、過去って話したくないものかな?」
珠萌「……過去?」
和馬「夏姫先輩、昔、何かの事件に巻き込まれたみたいなんだ。そのこと、僕は何も知らなかったんだ」
珠萌「んー、人ってさ、誰だって知られたくないこと、あるんじゃない?」
和馬「でもさ、千愛先輩や雫先輩には、話してるみたいだし……。やっぱり、僕は信用されてないってことかな?」
珠萌「信用してるからこそ……、大事だからこそ、知られたくないってこともあるよ」
和馬「え?」
珠萌「今の関係を壊したくない。嫌われたくないから、知られたくない。そういうことじゃないかな?」
和馬「そんなことってあるかな? 信用してるなら、どんなことだって話せるんじゃない?」
珠萌「……和馬君。私、お母さんがいないこと、知ってるよね?」
和馬「う、うん。確か、事故で亡くなったって……」
珠萌「本当はね、私が殺したんだよ」
和馬「えっ!」
珠萌「(笑って)ほらね。ドン引きでしょ?」
和馬「……あ、いや……」
珠萌「ごめん、ごめん。今のは冗談。でもさ、人の過去を知るって、良いことばかりじゃないと思うよ」
和馬「……そう、なのかな」
遠くから足音が聞こえてくる。
珠萌「あれ? 誰か、こっち来るよ」
和馬「え?」
和馬と珠萌がピタリと止まる。
和馬「千愛先輩?」
千愛「和馬くん、遅いわよ。とっくに、十八時は過ぎてるわ」
和馬「すいません」
珠萌「(小声で)この人が、噂の蘆屋千愛先輩? すっごい美人だね」
和馬「(小声で)ああ、うん。でも、すごい毒舌家なんだ」
チャイムが鳴り始める。
珠萌「じゃあ、私、帰るね。なんか、邪魔みたいだし(走り出す)」
千愛「……あの子」
和馬「どうかしたんですか?」
千愛「妙な物を持っていたわね」
和馬「え? 珠萌さん、手ぶらでしたよ?」
千愛「そうじゃなくて……。まあ、いいわ。それより、調査を再開するわよ。この四日間で、妖怪に襲われた場所に案内してちょうだい」
和馬「わかりました。こっちです」
和馬と千愛が歩き出す。