電話のコール音。
受話器を取る御門智也(28)。
智也「はい。和歌山観光協会、担当は御門が承りました。……(ため息)また出ましたか。わかりました。すぐに行きます」
加太港。
鳴り止まぬ、セミの声。
紀淡海峡の波が、港に当たる音が響く。
そこに船の汽笛の音がする。
田中耕三(58)が船から出てくる。
耕三「おーい! 御門君、こっちだ!」
智也が走って来る。
智也「耕三さん。あいつらは?」
耕三「儂らが気づいた時には、もう忍者のごとくいなくなっていたよ。で、これがいつもの紙だ。有志会って書かれてるから、あいつらの仕業なのは間違いないな」
智也「……今日は、どんなことをやられたんですか?」
耕三「船がトラブルを起こして休航になったと、デマを流された」
智也「……それはまた、地味で姑息な嫌がらせですね」
耕三「だが効果的だ。時間通りに出発しないことで帰る客も出たし、こっちは券を買った客の為に臨時船を出さにゃならん」
智也「ネットでも、変な情報を流されてますからね。島に幽霊が出るだの、行方不明者が出るだの」
耕三「まったく、困ったもんだよ。せっかく、テレビで宣伝されて、人気のスポットになったってのによぉ」
智也「宣伝というより、アニメの世界観に似てるってことで、人気が出たんですけどね」
耕三「海外でも人気らしいな。客の中に、結構外人も見るぞ」
智也「そこまでなんですか?」
耕三「この人気は保っていきたいところだよ。なのに、目に見えて客足が減ってる。早く何とかしねえと、ヤバいぞ」
智也「……そうなんですけどね。実際、何をすればいいのか、さっぱりで」
耕三「おいおい。なんだよ。頼りねえなあ」
智也(N)「友ヶ島。和歌山県和歌山市加太の紀淡海峡に浮かぶ無人島。第二次世界大戦時に、軍事要塞として利用されていた。2015年11月に友ヶ島灯台が国の登録有形文化財に指定されたことと、人気アニメ映画の世界観に似ているということで話題になり、一気に人気観光地へと上り詰めたのだった」
和歌山観光協会事務所。
智也がため息をつきながら、席に座る。
それを見て小林和弘(41)が苦笑する。
和弘「御門。大変そうだな」
智也「課長。そう思うなら、少しは手伝って下さいよ」
和弘「忙しいから無理だ。代わりに優秀な部下を付けてやっただろ」
智也「優秀……? 課長の中での優秀というのは、人の足を引っ張る人材のことを言うんですか?」
星野美香(19)が部屋に入って来る。
美香「いやー。ホント暑いですねー。もう夕方なのに、ぜんっぜん気温下がらないです」
智也「……星野。今まで何してた? ヨモギ餅屋との打ち合わせに、四時間もかからないよな?」
美香が智也の隣の、自席に座る。
美香「それがですね、智っちさん! 聞いてくださいよ!」
智也「俺のことは御門さんと呼べって言ってるだろ」
美香「あ、私、そういう礼節とか、気にしないんで」
智也「俺が気にするんだよ! ……で?」
美香「そうそう! 虎の屋に寄ったらですね、集めている同人作家の本が入荷してたんですよ! こりゃラッキーと思って、レジに持ってった時に、私はふと気づいたんです。もしかしたら、最新刊も入荷しているのではないかと」
智也「ちょっと待て。なんで、普通に本屋に行ってるんだよ」
美香「え? 帰り道だったので」
智也「……」
美香「案の定、新刊を隠し持っていたわけですよ。でも、あまり数は入荷してなくて、予約した人にしか売れないって言うんで、さっきまで交渉してたんです」
智也「業務中に、私用の買い物をしていたと?」
美香「(笑顔で)おかげで、買えました!」
智也「……ヨモギ餅屋との打ち合わせはどうなったんだ?」
美香「智っちさんじゃないと話にならないって、開始三十分で帰っちゃいました」
智也「というわけで課長、すぐに人員を入れ替えてください」
和弘「えーっと、確か、星野くん、英語が話せるそうだぞ。すごいじゃないか」
智也「うちじゃ、特に必要ないです」
和弘「(小声で)……彼女は、代議士の姪っ子なんだよ。使えないからって、追い出すわけにはいかないだろ」
智也「どうして、そのしわ寄せが自分の方に来るんですか」
和弘「まあ、これも経験だと思って」
智也「(ため息)星野。明日、友ヶ島に見回りに行くぞ。準備しておけ」
美香「ええー。肌が焼けるから嫌です。それにどうせ、行っても無駄ですよ。捕まりっこないです」
智也「うるさい。とにかく明日、加太港に十時に集合な」
美香「うわー。部下が行きたくないって言ってるのにー。パワハラだ。訴えてやるー」
智也「……逆ハラだ」
和弘「御門。有志会、捕まえるなら、現行犯で、だからな。常にビデオ、回しておけよ」
智也「……課長も来ますか? 責任者として、一度くらいは視察しておかないとまずいと思いますけど」
和弘「はっはっは。頑張れよ。検討を祈る」
智也「……」
智也(N)「数か月前から、現れた有志会。それは友ヶ島に来る観光客にほぼ毎日、嫌がらせをするという団体……というより、サークルに近い集団だ。人数や活動理由などは一切つかめていない。最初はただの悪戯とタカをくくっていたが、客足に影響が出始めると、ようやく市議は重い腰を上げた。そして、俺たちに対処するようにと、お達しを出してきたのだった」
友ヶ島内の森を歩く、智也と美香。
セミの鳴き声と、木々が風で揺れる音が響いている。
美香「なるほど。なかなか、良い所ですね」
智也「星野は、友ヶ島、初めてなのか?」
美香「こういう観光名所って、ジモティはあまり来ないもんですからね」
智也「確かにな。いつでも行けるって思うと、いつでもいいやってなって、結局行かないことが多いからな」
美香「智っちさんは、仕事以外で観光地とかに行ったりするんですか?」
智也「いや、しない。観光協会に内定が決まって、引っ越しもギリギリだったし、仕事始まってからは課長から無茶振りされて、休日はないようなもんだったからな」
美香「うわー。社畜ですね。キモイです」
智也「ねぎらいの言葉の一つでも言えんのか」
そのとき、虫がブーンと飛ぶ音がする。
美香「うーん。虫が多いですね。虫よけしてるんだけどなあ」
美香がポケットから虫よけスプレーを出して、腕に吹き付ける。
智也「それ、普通の虫よけじゃないのか?」
美香「え? 虫よけに上級とか下級ってあるんですか?」
智也「いや、そうじゃなくて、この辺、ブヨも出るんだぞ」
美香「ブヨ?」
智也「お前、本当に地元民か? ブヨっていうのは、パッと見、小さいハエみたいな感じなんだけど、刺されると腫れたり、熱が出たりするんだぞ」
美香「うわっ! 何それ、怖い」
智也「ブヨには普通の虫よけが効かないからな。ほら、これ吹き付けておけ」
智也がポケットから、スプレーを出す。
美香「どうもです」
美香が自分の周りにスプレーをする。
美香「……あれ? 臭くないです?」
智也「ん? 無香料のはずだぞ?」
美香「いや、そうじゃなくて、何か腐った系の臭いです」
智也がクンクンと臭いをかぐ。
智也「うっ! 本当だ。なんだこれ。……こっちからか?」
智也と美香が森の奥へ入っていく。
草をより分けながら、進む。
すると虫が集っている場所に行きつく。
智也「なんだこりゃ! ゴミが放置されてる」
美香「今日、ゴミの日なんじゃないですか?」
智也「いや、明らかに散らかってるだろ。それに友ヶ島は無人島だからゴミ収集車なんて来ないはずだぞ」
そこへ青木恭平(23)がやってくる。
恭平「観光客ですよ」
智也「え?」
恭平がゴミを袋に入れ始める。
恭平「観光客がこうやって、ゴミを持ち帰らずにそのまま放置していくんです」
智也「君は?」
恭平「ボランティアですよ。僕たちがゴミ掃除をしないと、この素晴らしい島がドンドン汚れていきます。市や観光協会も、見て見ぬフリですからね」
智也「……耳が痛いな」
美香「ボランティアって、何人ぐらいいるんですか?」
恭平「え? あ、えっと、まだ四人なんです。今、メンバーを募ってるんですが、なかなか賛同者がいなくて」
美香「へー。こんな広い島を四人で? すごいですねー。偉いです」
恭平「……ありがとうございます」
智也「ほら、星野、行くぞ」
美香「え? でも……」
智也「いいから。じゃあ、頑張ってください」
智也が美香を連れて、歩き出す。
美香「いいんですか? 手伝わなくて」
智也「ゴミを片付ける用意をしてきてない。それに今日来たのは、有志会のメンバーを探すためだ」
美香「なるほど。まさに見て見ぬフリですね」
智也「うるさいな」
智也と美香が元来た道を戻る。
美香「それにしても、なんだかなーって感じですね」
智也「何がだ?」
美香「観光地になるってことは、ああやって、汚されるってことなんですね」
智也「まあ、それはどこの観光地も抱えている問題だろうな。人が集まれば、どうしてもマナーの悪い人間が出てくるもんだろ」
美香「だからって、なんの対策も打たないっていうものも、どうかと思うんですけど」
智也「綺麗事だな。人間なんて、隣の芝生が青ければ羨ましがるけど、汚かったら気にしないだけだし」
美香「自分の芝が汚れてなければ、良いということですか?」
智也「自治体はお金が入って来るのは大歓迎だけど、出ていくのは渋るからな」
美香「清掃業者はお金がかかるから嫌だってことですか」
智也「一応、このことは報告であげておくさ」
美香「うわー。お役所仕事ですね」
智也「まあな。ほら、行くぞ」