鈴虫と蛙の鳴く声が響いている。
智也「まさか、現れもしないとは思いませんでした」
和弘「今はお盆シーズンで学生たちが多いのにな。囮の場所はともかく、他の場所にまで一切現れないというのは、おかしいぞ」
智也「……そうですね。最悪、このまま奴らが現れなかった場合、どうなります?」
和弘「それは、本当に最悪のケースだな。まず、私は降格、もしくは他部署へ移動になるだろうな」
智也「自分たちも移動、良くて減俸ですかね」
和弘「……覚悟しておいた方がいいな」
智也「……課長。今回の件、多少は予算を使うことってできますか?」
和弘「もちろんだ。我々の首がかかってるんだからな。多少の無理はするつもりだ」
智也「人を増やしましょう」
和弘「人を、か? しかしなぁ。これ以上、役所の人員も避けてはもらえんし、何より、明日、募集したところで間に合わんだろう」
智也「大学生です。確か、和歌山大学で、この島の探査部があって夏休みを使って、大規模な調査をするようなことがブログで書いてあった気がします」
和弘「……大学生か」
智也「それに、考えてみたら、市の役員……三十代の男が騒いでいるって時点で怪しいですよね。その点、大学生ならリアリティも出てくると思います」
和弘「なるほどな。いい案かもしれん。それに打てるだけの手は打っておきたいしな」
智也「今から、星野に電話して、明日の朝一で大学にコンタクトを取ってもらいます」
和弘「ああ。そうしてくれ」
智也が携帯を取り出し、電話を掛ける。
智也「あ、星野か? 明日、すぐに動いてもらいたいことがあるんだ……」
昼。セミの声が当たりに響く。
美香「帰った方が大変だったんですけど!」
智也「まあ、そう言うな。で? どうだ?」
美香「サークル内だけじゃなく、知り合いも呼んでもらえるってことで、三十人近くにはなるみたいです」
智也「よし、上出来だ。作戦はすぐに始めるぞ。昨日、囮役だった市の職員の方は捕まえる側に回ってもらう」
美香「あ、智っちさん、私、今日は別行動しますから」
智也「報告の前に、まずは許可を取れよ。……まあいい。で? 何するつもりだ?」
美香「言えません」
智也「……サボる気じゃないだろうな?」
美香「それなら、最初から島に来てないです」
智也「……わかった。が、無線は持っていけ。何かあったら、すぐに連絡しろ。いいな?」
美香「あ、じゃあ、ついでに市の職員さんたちがどう動いてるか、逐一報告ください」
智也「……俺、上司なんだぞ?」
美香「知ってますよ。じゃあ、お願いします」
美香が颯爽と走り出す。
智也「(ため息)全然、わかってねえだろ」
智也(N)「作戦は花火やキャンプファイヤーなど、とにかく目立つことをして、奴らを待つことになった。星野にそのことを伝えると、引き続き、連絡を入れるように言われた。少々、癪に障ったが、あいつにも何か考えがありそうだったので、言われた通り、状況は伝えることにした」
花火の音が辺りに響く。
そして、それを見て騒ぐ学生たち。
そこに無線が入る。
和弘の声「御門。そっちの状況はどうだ?」
智也「今のところ、異常なしです」
和弘の声「了解だ。引き続き、警戒を頼む。何かあったら、すぐに連絡を入れろよ」
智也「わかりました」
さらに、また無線が入る。
美香の声「智っちさん! 大変です!」
智也「どうした!? 出たのか!?」
美香の声「出ました! 野生のクジャクです! 捕まえますか?」
智也「……いや、いい。放っておけ」
美香の声「了解しました」
無線が切れる。
智也「……あいつ、何やってるんだよ」
そこに男子学生がやってくる。
男子学生「御門さん、花火なくなったんですけど、次、どうしましょうか?」
智也「え? もう? ……そっか。もしかしたら、本部に残ってるかもしれない。持ってきてもらうから、少し休憩してて」
男子学生「わかりました」
男子学生が歩き去っていく。
智也「……あの子の方が、よっぽど部下らしいよな。っと、連絡連絡」
智也が無線のスイッチを入れる。
智也「課長、そっちにまだ花火ありますか?」
和弘の声「あるぞ。ひと箱以上、残ってる」
智也「すいませんが、誰かに持ってきて貰えますか?」
和弘「すまん。今、人手が足りなくてな。御門が取りに来てくれないか?」
智也「え? ここ、離れても大丈夫ですか?」
和弘の声「少しなら、構わんだろ。第三砲台跡の方から、一直線に戻ってきてくれ」
智也「わかりました」
砲台跡地を歩く、智也。
智也(N)「なにか違和感がある。今まではほぼ毎日のように現れていた有志会が、この三日間、現れる気配すらない。……こちらが本腰を入れたタイミングでだ。……もしかしたら」
そこへ和樹と亮介が現れる。
智也「……あ、君たちは有志会の……」
和樹「よし! 亮介、逃げるぞ!」
和樹と亮介が逃げ出す。
二人を追う智也。
走りながら無線を入れる。
智也「課長! 現れました! すぐに応援を呼んでください。場所は第三砲台跡です!」
智也(N)「現れたのは、以前に見た、和樹と亮介と呼ばれていた二人だった。課長は素早く指揮を取り、二人を囲むように人を配置する。二人を捕まえるが目前に迫った、その瞬間だった……」
智也の無線に連絡が入る。
美香の声「智っちさん。今、どこですか?」
智也「星野か! 今、第五砲台跡だ。すぐにお前も来い! 有志会の奴らが現れた」
美香の声「あ、それ囮です」
智也「は? 囮?」
美香の声「ちょっと、船着き場まで来てください。誰にも連絡しないで、一人で」
ぶつりと無線が切れる。
智也「……なんなんだ?」
船着き場。汽笛が鳴っている。
船からデリック・ブルーム(47)とそのSPが降りてくる。
デリック「(英語で)ここが友ヶ島か!」
その様子を遠くから見ている美香。
そこへ智也がやって来る。
智也「……おい、説明しろ! 囮ってなんだ?」
美香「あれ、見てください」
智也「ん? 外人か? それがなんだ?」
美香「イギリスの親善大使ですよ。あの人」
智也「は? そんなわけないだろ。だって、来るの、明後日のはずだぞ!」
美香「そんなこと言われても、来ちゃった事実は変えられませんよ」
智也「……どういうことなんだ?」
美香「二パターン考えられます。大使が嘘ついて早く来たか、こっちに来た情報が間違えてたかですね」
智也「どっちもあり得なさそうだけどな」
美香「あっ! 動き出しましたよ」
智也(N)「親善大使は周りにいる、体格の良い黒服の男……おそらくはSPの人たちに待機するように命じて、先へと進む。そして、その先には……迷彩服を着た、見覚えのある青年がいて、その青年と握手をする。それは、最初に会った、ボランティアと名乗った、あの青年だった」
美香「様子を見る限り、あの、有志会メンバーと待ち合わせをしていたようですね」
智也「馬鹿な! そんなこと、あり得ない!」
美香「いやいや。現実を見てください。ほら、仲良く歩いていきますよ」
智也「……」
美香「まあ、前向きに考えましょうよ。これで、今、何が起こってるか、わかったわけですし」
智也「……ああ。そうだな」