○ 佐伯家・リビング(夜)
室内は電気が消え、薄暗い。
その中で赤い目が光っている。
佐伯浩介(10)が尻餅をつき、赤い目を見上げている。
横には浩介の父親と母親が血を流して死んでいる。
浩介「ひっ!」
割れた窓から風が吹き、カーテンが捲れ、月明かりが差し込んでくる。
赤い目の姿はスーツ姿に悪魔のような面をしていて、手にはナイフを握っている。
ナイフから血がしたたり落ちる。
浩介「だ、誰か……助けて」
悪魔の面をした男がナイフを振り上げる。
その時、窓を割って、神鷹誠(19)が室内に飛び込んでくる。
誠は死神のような黒いフードがついたマントにピエロのような面をしている。
右手の甲には『カップのクイーン』のタロットカードが掘られている。
カードが光り、誠はカードの部分に左手を突っ込む。
手を引き抜くと、鎌が握られている。
誠「光に喰われし、堕ちた者よ。闇へと沈みなさい」
誠が鎌を振るうと、悪魔の面をした男の体が大きく震える。
悪魔の面が縦に割れ、男が倒れる。
誠「ふう」
ピエロの面を外し、一息つく誠。
○ グリゴリ東京支部
大黒源三(53)がバンと机を叩く。
源三「新人一人で『堕天使』と戦うだなんて! 何かあったらどうするんだ!」
誠「倒したんですからいいじゃないですか」
源三「そういうことを言ってるんじゃない!」
誠が怒られているのを見ている同僚たち。
同僚1「また神鷹が単独行動だってよ」
同僚2「アカデミー首席で、いきなりクイーン持ちだからな。やることが違う」
同僚1「堕天使を殺さないで、捕縛だってよ」
同僚2「変人だな。ありゃ」
二人の近くにいる天王寺一(20)が口を尖らせて、怒られている誠を見る。
一「……」
○ 同・廊下
ぐったりしながら歩く誠。
そこに一がやってくる。
一「誠!」
誠「(振り向いて)天王寺くん」
並んで歩く誠と一。
一「お前さ、早くアルカナ持ちになりたいからって、焦り過ぎじゃないのか?」
誠「別に上を狙ってるわけじゃないって」
一「じゃあ、なんでだよ?」
誠「……早く、あの人に追いつきたくて」
一「……あの人って?」
誠「恩人。早く、近づきたくて……」
○ 神鷹家・リビング(回想)
T『――5年前』
神鷹隆(10)が、悪魔の面を被った男に首を掴まれて、抱え上げられている。
隆「助けて!」
傷だらけで、立つことができない誠が上半身だけを起こし、手を上げている。
誠「隆!」
男の足元には、殺された誠の母親が仰向けに倒れている。
隆「助けて! お――」
男の手刀が隆の体を貫く。
血を吐いて、死んでしまう隆。
男は隆を床に捨て、誠に迫る。
誠「いや……止めて――お父さん」
男が誠に手を伸ばした瞬間、窓を割って、ピエロの仮面を被った伊吹貴郁が入ってくる。
右手の甲には『愚者』のタロットカードが掘られている。
カードが光り、貴郁がカードの部分に左手を突っ込む。
手を引き抜くと、鎌が握られている。
鎌を振るうと男の悪魔の仮面が真っ二つに割れて、倒れる。
貴郁「ふう……」
仮面を取り、一息つく貴郁。
その顔を茫然と見ている誠。
○ グリゴリ東京支部・廊下
一「誠! おい、誠!」
誠「(ハッとして)え? あ、なに?」
一「名前だよ。そいつの」
誠「伊吹貴郁さん。『愚者』のアルカナ持ち」
一「え? ……お前、知らないのか?」
誠「何が?」
一「伊吹さん、先月、殉職したって噂だぞ」
誠「……どうして!?」
一「堕天使。そいつは、1級に認定さて調査が進んでる」
誠「……」
一「その時一緒にいた隠者……碓氷さんの片腕もそいつに斬られたって話」
誠「嘘だ。あの人が、死んだりなんか……」
一「……気持ちはわかるけどさ」
誠が一に背を向けて、歩き出す。
一「おい、どこに行くんだ?」
誠「見回り!」
一「被害者のところか? あんまり勝手なことするなよ」
誠「うっさい!」
一を無視して歩く誠。
○ 病院内・廊下
誠が右手に花束を持ち、左手に紙を持って歩いている。紙には『佐伯浩介 305号室』と書かれている。
誠「えっと……」
キョロキョロと部屋番を見渡す。
そのとき、ピクリと小さく体を震わせる。
誠「やっぱり、来たか……」
○ 同・305号室
浩介「うわああっ! 来るなっ!」
浩介がベッドの上で震えている。
その浩介に、淡く光った体をして、白い無表情の仮面を被った天使が近づく。
天使が浩介の両肩を掴むと、仮面の口の部分が割れて、大きく開く。
浩介「や、やめろー!」
仮面が浩介の頭を咥えようとした瞬間、ピエロの仮面を被った誠が、鎌で天使を横薙ぎにする。
天使「ギエエエエエ……」
光に溶けるようにして、消滅する天使。
浩介「……あっ」
○ 同
誠が持ってきた花が花瓶に生けてある。
浩介がベッドの上で胡坐をかき、誠が丸椅子に座っている。
浩介「……兄ちゃん、頭おかしいのか?」
誠「それが命の恩人に対しての言葉?」
浩介「だって、悪魔の力で天使を倒す仕事してるなんて、信じられるかよ」
誠「実際に襲われたあんたが、それを言う?」
浩介「……さっきのが天使、なのか?」
誠「そ。生まれたての雑魚天使。まあ、大抵の人は見えないけどね」
浩介「どうして俺は見えたんだ?」
誠「関わりを持った人間は見えるようになることが多いんだ」
浩介「……関わり? 何の?」
誠「知らない方が幸せだと思う」
浩介「でもさ、どうして天使が人を襲うんだ?」
誠「襲うんじゃなくて、食べようとしたんだ」
浩介「……天使って人間食うのか?」
誠「正確に言うと、人間の善の心、かな」
浩介「善の心?」
誠「天使は常に正しい心、清い心を保っていないと消えちゃう存在なんだ。だけど、天使にはそもそも心自体が存在しない。だから人間から補給しないといけないんだよ」
浩介「なんか、イメージと逆だなあ……」
誠「現実なんて、得てしてそんなもんだよ」
誠が立ち上がって、見舞い品の中のリンゴを取り出して、齧る。
誠「で、その天使に対抗しうる唯一の方法が悪魔の力ってわけ」
浩介「兄ちゃんが持ってた鎌のこと?」
誠「あれは借りてるだけ。本体はこっち」
誠が右手の甲に彫ってある『カップのクイーン』のタロットカードを見せる。
浩介「……トランプ?」
誠「タロットカード。この中に悪魔を封印してるんだ」
浩介「え? タロットって、太陽とか戦車とかじゃなかったっけ?」
誠「それは大アルカナだよ。一般的によく見るタロットは、上位者しか持てないんだ」
浩介「なんだ。兄ちゃんは下っ端か」
誠「あれ? 殴られたい?」
浩介「でも、事実なんでしょ?」
誠「階級で言えば上から三番目。一番下が数字の1から始まって10まで。そこからナイト、クイーン、キング。で、その上がアルカナ持ち。アカデミー卒業して、すぐにクイーンを貰ったのは異例って言われてるんだから」
浩介「そういえば、天使に善の心を喰われたらどうなるの?」
誠「今までの解説、スルー!?」
ふう、とため息をつく誠。
誠「徐々に理性が利かなくなっていく。つまり、善悪の判断ができなくなっていくんだ」
浩介「犯罪者になっちゃうってこと?」
誠「(頷いて)その確率が高くなる。でも、もと恐ろしいのは善の心を全て食べられてしまった場合」
浩介「(ごくりと唾を飲んで)どうなるの?」
誠「堕天使になる。人を殺したくなる衝動に駆られ、何の迷いもなく殺すようになるんだよ。何より怖いのが、理性が飛んでるから、人間が持つ力を最大限に使ってくることだ。だから、普通の人から見たら、常人の2倍以上の力を発揮するように見える」
浩介「……」
誠「堕天使の一番の特徴は……悪魔の面を被っているところ」
浩介「(ハッとして)じゃあ、俺の家族を殺したのは……」
誠「そう。天使によって善の心を食べられた人間……堕天使の仕業」
浩介が悔しそうに、拳を握る。
誠「そんな堕天使や天使を狩るのが、悪魔の力を借りる人間――グレゴリの仕事さ」