■概要
人数:4人
時間:10分程度
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス
■キャスト
幸田 美琴
幸田 佑香
仙田 加奈子
坂下 ゆかり
■台本
美琴(N)「これは私が犯したことの罰……。それが、お母さんの口癖だった。いったい、どんなことをしたのかは絶対に教えてくれなかったけど、それは私に関連することなのはわかる。私はその口癖が、唯一、お母さんの中で嫌いなところだった」
ドアをノックして、幸田美琴(23)が病室に入ってくる。
美琴「お母さん、調子どう?」
佑香「あら、美琴、来てくれたのね」
美琴「ごめんね。最近、仕事忙しくってなかなか来れなくて」
佑香「いいのよ。来てくれるだけで……元気な顔を見せてくれるだけで、お母さんは十分」
美琴が鞄の中から香水の瓶を出す。
美琴「はい、これ。お母さんが好きだったマーガレットの香りがする香水。来る途中、お店に寄ったらあったから、買ってきた」
佑香「ありがとう。嬉しいわ」
美琴「そうそう、香水って言えばね、会社でさあ……」
美琴(N)「いつも私の話を微笑みながら聞いてくれるお母さん。いつも私の味方で、いつも私のことを一番に考えてくれたお母さん。そんなお母さんを、私は大好きだった」
看護師「幸田さん、そろそろ面会時間終わりですよ」
美琴「あ、すみません。それじゃ、お母さん。また近いうちに来るね」
佑香「ねえ、美琴。お見舞いなんて来なくていいの。時間の無駄だわ。これ以上、お母さんのことに、美琴の大切な時間を使わないで」
美琴「もう、何言ってるのよ。娘なんだから、お見舞いに来るのは当然でしょ」
佑香「美琴はもう、自由なの。お母さんの我がままなんかに付き合う必要はもうないわ」
美琴「もう! お母さんが我がままなんて言ったことないでしょ! 逆に、我がまま言って欲しいくらいなんだけど」
佑香「美琴と一緒にいられた、18年間、とっても幸せだった。その思い出だけで、十分よ。だから、もう私に気を使わないで」
美琴「だからさあ! 感謝してるのは、私の方だって! 身寄りのない私を引き取って、大事に育ててくれたし、大学まで行かせてくれた。この恩は、きっとこの先の私の人生、全部使っても返しきれないよ」
佑香「違うの。違うのよ、美琴。それは私の罪滅ぼしなの。本当だったら、私は幸せになったらダメだったのよ」
美琴「……お母さんが何をしたのかは、もう聞かない。お母さんが私に対して負い目を感じてることもわかってる。でもね、私はお母さんに感謝してるし、血が繋がってなくても、本当のお母さんだと思ってる」
佑香「……美琴、ありがとう。お母さんは本当に幸せ者だね」
美琴「……」
美琴(N)「それから四か月ほどして、お母さんは亡くなった。結局、お母さんが犯したという罪については話してくれなかったし、受けた恩の十分の一も返せずに終わってしまった……」
町中。
仙田加奈子(24)と美琴が歩いている。
加奈子「美琴、もう少し休んでてもいいのに」
美琴「仕事してた方が、気が紛れるからさ」
加奈子「そういえばさ、一緒に住もうって話、考えてくれた?」
美琴「うん。だけど、まだ荷物の整理が全然終わってないんだよね」
加奈子「そっか。まあ、ゆっくりでいいよ。だけど、私に彼氏ができたら、この話は無しだからね」
美琴「じゃあ、しばらくは大丈夫だね」
加奈子「あー、言ったなぁ! 玉の輿になって、あんたを羨ましがらせてやるんだから!」
美琴「はいはい。玉の輿が、あんたの高校からの夢だもんね」
加奈子「そうよ! だから、出会いが多い、営業になったの! 金持ちの御曹司を見つけやすいでしょ!」
美琴「……お願いだから、顧客に変なことしないでよ? また部長に怒られるんだから」
加奈子「恋愛は仕事と別でしょ! 公私混同しないでほしいわ!」
美琴「あんたが、一番、公私混同してるのよ」
加奈子が立ち止まる。
加奈子「おっと、危ない。通り過ぎるところだった。ここも結構、大きな会社よね。社長の息子とかと話せるチャンスだわ」
美琴「……頼むから、仕事してね」
会社内の部屋。
加奈子「ラッキーだったわね。まさか、本当に直接社長に話せるなんて……。ねえ、清楚な感じで攻めた方がいいかな? それとも、胸元のボタンを開いて、エロい感じで攻めた方がいいかな?」
美琴「……あんたのせいで契約獲れなかったら、マジで怒るからね」
ドアが開いて、坂下ゆかり(58)が入ってくると同時に、美琴と加奈子が立つ。
ゆかり「お待たせして申し訳ありません。社長の坂下ゆかりです」
加奈子「(しょんぼりして)仙田加奈子です」
美琴「(顔をひきつらせて)こ、幸田美琴です」
ゆかり「どうぞ、座って」
三人が椅子に座る。
加奈子「はあ……」
美琴「(小声)後で、話があるから覚悟して」
ゆかり「暑い中、わざわざ来てもらって悪かったわね。さっそくお話を聞かせて……」
美琴「は、はい! えっと当社の売りとなる商品はですね、他社との……」
ゆかり「……圭ちゃん?」
美琴「え?」
ゆかり「圭子ちゃんでしょ! よかった、生きてたのね!」
美琴「いえ……ひ、人違いです。私、美琴です」
ゆかり「ううん。間違いないわ。その頬の三つのホクロ」
美琴「え、えっと……」
ゆかり「赤ちゃんだったあなたを育てたのよ。五年間、一緒に暮らしたの、覚えてない? あれからもう十八年だもの。正直に言って、もう諦めてたわ……」
加奈子「(小声)美琴、どういうこと?」
美琴「わかんない……」
美琴(N)「あの後、ゆかりさんに話を聞くと、私は五歳の頃、誘拐されたらしい。犯人からの身代金の要求などは全くなく、目撃者も少なかったところから、警察はすぐに誘拐ではなく、失踪という線に切り替えたらしい。ゆかりさんは、独自に探偵等を雇い、私を探したらしいが結局、見つからなかった」
お店。
加奈子が美琴の目の前にコーヒーが入ったカップを置いて、座る。
加奈子「さっきの話、信じられる?」
美琴「正直言って、信じられない。……だけど、心当たりはある」
美琴(N)「お母さんに引き取られたのは五歳の時。ゆかりさんが言っていた誘拐された年齢もピッタリと合う。お母さんが言っていた罪。それが私を誘拐したことだとしたら……」
加奈子「……これから、どうするの?」
美琴「……わからない」
美琴(N)「何が何だかわからなかった。頭が混乱する。私は何気なく、お母さんの遺品を漁ってみた。すると、一冊の日記が見つかった」
美琴「……お母さんの日記」
美琴(N)「最初の一ページに書かれていた文章。それは、私が犯した最大の罪はあの子を捨てたこと、だった」
美琴「……え?」
美琴(N)「お母さんの日記にはすべてが書いてあった。お母さんは私を身ごもった頃、相手が失踪したこと。金銭的に生んだ私を育てられないと考えて、お金持ちの家の前に捨てたこと。そして、そのことをずっと後悔していたこと。五年後、経済的に安定したお母さんは、どうしても私と一緒に暮らしたいと考えたらしい。だけど、今更、返してもらえるわけもない。そこで、私を誘拐することを思いついたらしい。そこからは罪悪感と幸せだったことが延々と書かれていた」
美琴「う、うう……」
美琴(N)「そして、最後のページにはこう書かれていた。あなたの母親でよかった。ありがとう美琴」
美琴「うう……」
美琴(N)「嬉しかった。お母さんが本当のお母さんだったこと。私も、お母さんと過ごした日々はとっても幸せだった。だからね、お母さん。改めて言わせて。ありがとう、お母さん。そして……ただいま」
終わり