■概要
人数:4人
時間:10分程度
■ジャンル
ボイスドラマ、現代劇
■キャスト
相沢 樹 (26) 新米教師
酒井 葵 (28) 樹の先輩
川原 芽衣(8) 樹のクラスの生徒
川原 志保(32) 芽衣の母親
■台本
樹(N)「モンスターペアレンツ。誰でも、一度は耳にしたことがある言葉。普通の人であればほとんど関わることはないので、気にしない人も多いだろう。だが密接に関わらなくてはならないのであれば気にしないわけにはいかない。俺のような職場であれば特にだ」
ガラガラと職員室のドアが開く音。
樹「おはようございます……」
葵「おはよう、相沢くん」
樹「あ、酒井先生。今日も早いですね」
樹が葵の隣に座る。
葵「陸上部の朝練があったからさ」
樹「運動部の顧問は大変ですね」
葵「そういう相沢くんは? いつも時間ギリギリに来るじゃない。新任なのにさ。緊張感、足りないよねー」
樹「うっ……。相変わらず、酒井先生は痛いところ突きますね……。いや、僕だって、本当は早く来ようとは思ってるんですよ。ただ、いつも二度寝してしまうだけなんです」
葵「そういうところが緊張感ないって言ってるのよ」
樹「ははっ、反論できません。……って、ヤバ! 早く終わらせなきゃ」
樹が引き出しを開けて、テスト用紙を取り出す。
葵「なに? テストの採点? 昨日やってなかった?」
樹「隣のクラスのやつです。……宮下先生の」
葵「あー、宮下先生ね……。ありゃ、もう辞めるんじゃないかなー、教師」
樹「……怖いですよね。子供の親って」
葵「私の時代なんてさー、ちょっと先生に口答えしただけで、平手打ちが飛んできたからね」
樹「僕もそうでしたよ。同級生で、先生が怖くて不登校になったやつだっていたくらいですから」
葵「時代の流れって、恐ろしいわ。今じゃ、逆に生徒に怯えて教師が学校に来なくなるんだからさ」
樹「そういえば、宮下先生って、なにがあったんですか?」
葵「あれ? 聞いてないの?」
樹「生徒の親と揉めたってくらいしか……」
葵「まあ、他の先生もあまり口に出したくないよね。明日は我が身かもしれないんだもん」
樹「……」
葵「例えば、相沢くんは教室の空気がなんか悪いなーって思ったら、どうする?」
樹「え? そりゃ、窓を開けますよ」
葵「普通はそうだよね。……わざわざ空気清浄機を入れてほしいなんて、学校側に申請なんかしないよね?」
樹「え? するわけないじゃないですか。絶対、許可なんか下りるわけないですし」
葵「宮下先生もね、ちょっと空気の入れ替えしようと思って、教室の窓を開けたらしいの。十分くらい」
樹「……はあ」
葵「そしたら、次の日、そのクラスの生徒の親が職員室に怒鳴り込んできたってわけ」
樹「……意味がわからないんですが?」
葵「なんかね、窓を開けたから、寒い空気が入って来て、子供が風邪ひいたって」
樹「いやいやいや。なんですか、それ。そんなこと言ったら、登下校のときに外出れないじゃないですか」
葵「そういう正論が通じる親なら、わざわざ学校にまで来ないわよ」
樹「たしかに厄介な親ですけど、謝って終わりじゃないですか? 学校に来れなくなるほどじゃないと思いますけど」
葵「……そうね。まあ、当然、謝って終わりじゃなかったってわけ」
樹「延々と苦情を言い続けてたってことですか?」
葵「風邪を引いた子がね、ちょっとこじらせたみたいで入院したみたいなのよ」
樹「ああー、なるほど。それで怒りが増したと」
葵「入院費や、治療費を払えって言ってきたみたい」
樹「……は?」
葵「しかも、子供が心配で、精神的に負担がかかって、親の方も精神科にかかったみたいで、それについての費用と、慰謝料も払えって」
樹「……子供が風邪ひく前から精神的におかしかったんじゃないですか?」
葵「激しく同意するわ。そもそも、その親は最初からお金が狙いじゃないのかって話よ」
樹「どういうことです?」
葵「その風邪ひいた子って、その二、三日前からマスクしてたんだって」
樹「ええ! じゃあ、元々、風邪ひいてたってことじゃないですか!」
葵「まあ、ね……」
樹「でも、校長だって、そんな無茶苦茶な話、無視しろって言うんじゃないですか?」
葵「学校側は気にしなくても、親同士で結託されたらしいわよ。毎日、宮下先生の家に嫌がらせの電話や、ごみを放置されたりしたんだって」
樹「……恐ろしいですね」
葵「だから、相沢くんも気を付けなよ」
樹「はい。細心の注意を払っておきます」
葵「あー、えっと、ここだけの話というか噂話なんだけど……相沢くん、狙われてるらしいわよ」
樹「え? 僕がですか? どうして?」
葵「さあ? もしかしたら新任ってことで、いびりやすいって思われてるのかも」
樹「そんな! 冗談じゃないですよ!」
葵「ま、あくまで噂だから」
樹「……」
学校のチャイムが鳴り響く。
下校時間。
生徒たちが話しながら、帰っていく。
生徒1「相沢先生、さようなら」
樹「気を付けて帰れよ」
生徒2「先生、バイバイ」
樹「寄り道するなよ」
生徒たちの声が遠くなっていく。
樹「さてと、日誌書いて、帰るか」
樹が歩き出し、立ち止まる。
樹「あれ、川原? こんなところでどうした?」
芽衣「あ、相沢先生……」
樹「帰らないのか?」
芽衣「先生、お願いがあるの」
樹「お願い? なんだ?」
芽衣「私をぶって」
樹「……は?」
芽衣「それか、怒ってほしいの」
樹「いや、お前、何言ってるんだよ」
芽衣「お願い!」
樹「……なあ、川原。何があったんだ? 先生、相談に乗るぞ」
芽衣「……お母さんに頼まれたの」
樹「え? お母さんに?」
芽衣「うん。……先生に、怒られてこいって」
樹「それって、まさか……」
芽衣「だからお願い、先生」
樹「いや、無理! 絶対に無理!」
芽衣「じゃあ、自分でやる!」
樹「お、おい、川原!」
パチンと頬を叩く音が響く。
芽衣「うわーん!」
樹「……」
男性教師「おい、どうした?」
芽衣「相沢先生に殴られたー」
樹「いや、違う!」
男性教師「相沢先生、ちょっと来なさい」
樹「いや、違うんですって!」
樹が連れていかれる。
学校のチャイムが鳴る。
葵「……だから、気をつけろって言ったのに」
樹「いや、気を付けていたんですけどね」
葵「周りに誰もいなかったっていうのが、災難だったわね」
樹「……僕が生徒を殴るなんて思います?」
葵「私は思わないけど、相手の親がどう思うかよね」
樹「あー、くそ! 僕も教師を辞めることになるのか!」
葵「もうすぐね。川原さんのお母さんがくるのって」
樹「……はい」
葵「たしか、川原さんの家って、シングルマザーなのよね」
樹「ええ……。5年前くらいに離婚したって話です」
葵「それじゃ、きっとお金がないのかもしれないわね」
樹「慰謝料を請求されるってことですか?」
葵「……かもね」
樹「そんなぁ! それでなくても給料安いのに」
校長が歩いてくる。
校長「うおっほん! 相沢先生。川原さんのお母さんが来ましたよ」
樹「……今、行きます」
葵「頑張ってね」
樹「……はい」
ドアをノックする音。
ガラガラとドアを開き、樹が部屋に入る。
樹「失礼します」
志保「相沢先生。娘を叩いたらしいですね」
樹「いえ、違うんです!」
志保「言い訳はいいんです! 誠意を見せてください!」
樹「せ、誠意? お金……ですか?」
志保「相沢先生、今、付き合っている彼女はいますか?」
樹「いえ、いませんけど……」
志保「では、私と食事をしてもらいます」
樹「……食事、ですか?」
志保「あ、あの……その、相沢先生のご趣味は?」
樹「……は?」
樹(N)「そういえば、酒井先生が言っていた。僕が狙われているって……。こういう難癖をつけてくるなんて、本当にモンスターペアレンツは怖い」
終わり