■概要
人数:2人
時間:10分程度
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、コメディ
■キャスト
千金良イノリ
青手木シオ
■台本
イノリ(N)「辛いものが好きな人は、ドンドンと辛さの強いものを求めるようになると聞いたことがある。そして、辛さという感覚は味覚ではなく、痛覚で感じるものらしい。何が言いたいかというと、人という生物は刺激というものに対して、ドンドンと強いものを求めるということだ」
イノリ「ぐあああああ!」
イノリが床を転げまわる。
シオ「どうですか、イノリさん。美味しいですか?」
イノリ「……青手木。今の僕のリアクションを見て、本当にそう思うか?」
シオ「……むせび泣くほど嬉しい、という表現を聞いたことがあります」
イノリ「なるほど。本当にそんなことをする奴がいるかどうかは別として、少なくても今回の僕の場合は違うと言わざるを得ない」
シオ「では、もう一口、どうぞ。あーん」
イノリ「僕の話、聞いてる?」
シオ「私は、イノリさんの声を聴いているだけで幸せです」
イノリ「お願いだから、ちゃんと内容も聞いて! ……それより、青手木。お前さ、料理するとき、レシピを見るようにしたらどうだ?」
シオ「見てますが?」
イノリ「見てるの!? これで?」
シオ「はい」
イノリ「うーん……。それなら、なぜ、このような物体が出来上がるんだろうか。もしかして、見てるレシピって、怪しい薬を作るものとか、黒魔術に使うものとか、そういう本じゃないのか?」
シオ「いえ。普通の料理の本です」
イノリ「おかしいな……。普通、そのまま作れば、少なくても、食べれるものができるはずなんだが……」
シオ「いえ、多少アレンジしてます」
イノリ「それだ! え? アレンジしてんの? なんで、そんなことすんの?」
シオ「一流の料理というのは、芸術品です。芸術とは創作。つまり、マニュアル通りでは生まれません」
イノリ「……」
シオ「イノリさんには一流のものを食べてもらいたいんです」
イノリ「僕は食べ物であれば、なんでもいいんだけどな……」
シオ「次はこれを食べてみてください。材料がなかなか手に入らなかったんですが、ようやく仕入れることができたんです」
シオがタッパーをパカッと開ける。
イノリが起き上がり、椅子に座る。
イノリ「へー。見た目はすごい美味そうなんだけどな。これは何が入ってるんだ?」
シオ「これは……」
イノリ「あ、待った! やっぱいいや。聞くと食べれなくなりそうだからな」
パクリとイノリがシオの料理を食べる。
イノリ「……」
シオ「どうですか?」
イノリ「意外と、なんともない! 青手木! すごいぞ! 食べても、ダメージがない……ってあれ?」
シオ「どうされました?」
イノリ「……なんか、体が痺れ……」
ドサッと倒れるイノリ。
シオ「イノリさん! しっかりしてください!」
イノリ「あ、青手木……。ち、ちなみに……手に入らなかった……材料って……なんだ……?」
シオ「正式な名称は失念してしまったのですが、0.1グラムでクジラを動けなくするものです」
イノリ「く、しまった……。やっぱり、先に……聞けば……よかった……」
シオ「イノリさん!」
イノリ「青手木……。月見里さんに……ごめんと……伝えて……くれ」
シオ「いや! 死なないでください、イノリさん!」
イノリ「こ……殺そうとした……お前が……言うな……」
シオ「イノリさん! イノリさん!」
イノリ(N)「今回はマジでヤバいかも……。にしても、青手木は、泣き顔もきれいだな……」
場面転換。
イノリ「危うく、川を渡って、お花畑に行くところだった」
シオ「電気ショックの器具を持っていてよかったです」
イノリ「なぜ、そんなものを持ち歩いてる?」
シオ「イノリさん、しばらく学校はお休みして体を回復させてください」
イノリ「ああ、そうする。どっちにしても、動けそうにないしな」
シオ「あの、よかったら、これ食べてください。胃に優しく、滋養があります」
イノリ「……暗殺が失敗したから、止めを刺す気か?」
シオ「こちらは澪さんに作っていただきました。しばらく、私が作ったものを持ってくるのは止めます……」
イノリ(N)「……澪さんて、メイド長さんのことかな? とにかく少しは反省してくれたみたいだな」
イノリ「ありがたくいただくよ」
シオ「では、どうぞ。あーん」
イノリ「いや、自分で食べれるよ」
シオ「……」
イノリ「あ、嘘嘘! 手が痺れてるから食べさせてくれ」
シオ「はい!」
イノリ(N)「くっ、あんな悲しそうな顔をするのは反則だよな」
シオ「あーん」
イノリ「あーん」
イノリがもぐもぐと食べる。
シオ「……どうですか?」
イノリ「ん? ああ、普通に美味いよ」
シオ「そうですか……」
イノリ「どうかしたか?」
シオ「いえ。では、あーん」
イノリ「あーん」
イノリがモグモグと料理を食べていく。
イノリ(N)「しばらくの間。言った通り、青手木はメイド長さんが作ったであろう料理を持ってきてくれた。そのおかげか、僕の体調はすっかりと良くなった。確かに、メイド長さんの料理は美味しい。それは間違いない。だが……」
シオ「イノリさん、今日は要望通り、麻婆豆腐です」
イノリ「ありがとう。なんか、悪いな。毎日飯作ってもらっちゃって。今度、メイド長さんの仕事を手伝いに行くって伝えておいてくれ」
シオ「わかりました。はい、ではどうぞ」
イノリ「サンキュー」
イノリがシオから皿を受け取り、食べ始める。
シオ「いかがですか? イノリさんが希望されていたので、大分、辛くしてもらったんですが」
イノリ「……」
シオ「辛すぎましたか?」
イノリ「……なあ、青手木」
シオ「なんでしょう?」
イノリ「……作ってもらって悪いんだけど」
シオ「はい……」
イノリ「今度は青手木の料理が食べたい」
シオ「え?」
イノリ「なんだろう。確かに、美味いんだけど刺激が足りないっていうか、青手木の料理が懐かしいっていうか……」
シオ「はい!」
イノリ(N)「これはお世辞ではなく、本音だ。……ヤバいな。あんな料理を作れるのは青手木しかいない。青手木の料理じゃないとダメって、完全に詰みだよな。けど……」
イノリ「青手木」
シオ「はい」
イノリ「いつも、僕の為に料理を作ってくれて……ありがとう」
シオ「はい!」
イノリ(N)「たぶん、一番ヤバいのは、青手木のこの笑顔をいつまでも見ていたいと思ってしまっていることだと思う」
終わり