蜘蛛からの糸

蜘蛛からの糸

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■概要
人数:5人
時間:10分程度

■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス

■キャスト
瑛太
男1~4 ※兼ね役可
子供

■台本

瑛太(N)「僕の人生は損ばかりだった気がする」

男1「瑛太くん、次の休みなんだけど、俺の代わりに出社して仕事終わらせておいてくれないか?」

瑛太「……わかりました」

男2「瑛太、ごめん。その契約、俺の名前で出してほしい。今月、ノルマ足りなくてさ」

瑛太「この一件だけでいい?」

男2「悪いな、今度、昼飯奢るから」

瑛太「いいよ、別に」

男3「……くそ、これじゃ間に合わない」

瑛太「……よかったら、先どうぞ」

男3「いいんですか? ありがとうございます」

  男3がタクシーに乗り込み、タクシーが走り去っていく。

部長「お前、何やってるんだ! 今日だけは絶対に遅刻するなって言っただろ!」

瑛太「……申し訳ありません」

部長「もういい、おい、田中! お前、代わりにこれやっておけ! お前は資料整理でもやってろ」

瑛太「……わかりました」

女1「瑛太くんってさ、頼めばなんでも引き受けてくれるよね」

女2「便利だよねー」

女1「いつも利用されてそう」

女2「いるよねー。いい人で終わる人」

女1「だよねー。彼氏とかは絶対ないわー」

瑛太(N)「僕は誰かに好かれようと思ったことはない。ただ、困った人がいたら助けたい。そう思っただけなんだ。それが……そんなに悪いことなんだろうか?」

  船の汽笛が響く。

  穏やかな波の音。

男4「兄ちゃん、一人旅かい?」

瑛太「ええ……。会社を辞めたので、気晴らしです」

男4「ふーん。まあ、人間、誰しも癒しは必要だからな。ま、お互い、悠々自適な旅を楽しもうや」

瑛太「はい……」

  そこに子供が走ってくる。

子供「ねえ、お兄ちゃん。一緒に遊ぼう!」

瑛太「……」

男4「そのガキ、知り合いか?」

瑛太「いえ、知らない子です」

男4「ふーん。おい、ガキ。あっち行ってろ」

瑛太「……いいよ。あっちで遊ぼう」

子供「本当!?」

男4「おいおい、正気か? 知らないガキなんだろ?」

瑛太「いいんです。暇ですし」

男4「あんた、お人よしだな」

子供「それじゃ、ボールで遊ぼう!」

瑛太「ああ。それじゃ行こう」

瑛太(N)「考えてみたら、僕の人生は幸運であるとは、お世辞にも言えないだろう。百人いれば、九十人くらいは逆に不運だと言うのではないのだろうか。たとえ、今までのことを考えなかったとしても、今回の一件は不運としか言えない。今までの貯金を全てつぎ込んでの、船旅で、僕が乗った船は嵐に巻き込まれ、そして、沈没してしまった」

  荒れ狂う海。

  激しい波の中、もがく瑛太。

瑛太「ぷはっ! はあ! あぷっ!」

男4「おい、兄ちゃん、この板に捕まれ!」

  瑛太が板に捕まる。

瑛太「はあ……はあ……。あ、ありがとうございます」

男4「まさか、こんなことになるとはな。けど、あと数時間しのげば、救助が来るはずだ。頑張れ」

瑛太「はい……」

  そのとき、バシャバシャともがく音が聞こえる。

子供「た、たす……けて……たす、け……」

瑛太「あの子は……」

男4「おい、兄ちゃん、止めとけ。その板には兄ちゃんが浮くのにギリギリだ。あのガキを助ければ、兄ちゃんも沈むことになるぞ」

瑛太「……でも」

子供「助けて……たすけ……て……」

男4「いいか、兄ちゃん。緊急事態のとき、自分が助かるためなら人を蹴落としていいんだ」

瑛太「……」

子供「助けて……助けて……」

男4「よく考えろ。兄ちゃんとあのガキ、二人とも助かる可能性があるなら、俺もこんなことは言わない。だが、あのガキを助けたら、確実に兄ちゃんも溺れることになる」

瑛太「……」

男4「つい数時間前に会っただけのガキだ。兄ちゃんが命を懸ける筋合いはないはずだ」

瑛太「……」

男4「兄ちゃんの人生は、兄ちゃんのものだ。兄ちゃんのために生きていいんだよ」

瑛太「……」

子供「たす……」

瑛太(N)「僕は人生で初めて、困っている人を見捨てた。……そして、数時間後、救助が到着し、僕は生還することができた。けれど、あの子供を見捨てた光景が、脳裏から離れることはなかった……」

  屋上。

  風が強く吹いている。

  金網を登る瑛太。

瑛太(N)「あれからずっと、悪夢に悩まされる毎日を送ることになった僕の精神は、すぐに限界を迎えた。そして僕は、その日、自分の人生を自分で閉じることにした」

  屋上から飛び降りる瑛太。

  ドン!と地面に激突する。

  燃え盛る炎。

  周りからは阿鼻叫喚の声が響く。

瑛太(N)「自ら命を絶った僕は、地獄へ落とされることになった。ここに来てからどのくらいの時間が経っただろうか。そんなことを考えることが馬鹿々々しくなるくらいの時が過ぎた。だが、そんなときだった……」

神「瑛太よ……。自ら命を絶つ罪は重い。ですが、そなたは十分、その罪を償いました。そして、生前、そなたの行いは救うに値するものです。なので、そなたをそこから助けましょう。目の前の糸に捕まりなさい」

瑛太「あ、ああ……」

瑛太(N)「僕は有無を言わず、目の前のか細い糸を掴んだ。しかし……」

子供「お、お兄ちゃん……。熱いよ……」

瑛太「き、君は……あのときの……」

子供「熱いよ! 熱いよ!」

瑛太「……こっちにおいで。さ、この糸に捕まって」

神「瑛太よ……。そこから救えるのはたった一人です。それに……他者を助ける心は素晴らしいことです。ですが、自分を大切にすることも同様に大切なことなのです。瑛太よ……。そなたは今まで、随分と苦しみました。……もう、報われてよいのです」

瑛太「……」

子供「熱い……。お父さん、お母さん……」

瑛太「ほら、捕まって」

子供「え? でも……」

神「瑛太よ……。いいのですか?」

瑛太「……はい」

神「わかりました」

瑛太(N)「こうして、僕は他人を助けるために、差し伸べられた手を振り払ってしまった。確かに、あの子供を助けることができた。だけど、僕はそのせいで、今も地獄で苦しみ続けている。……僕は単に、困った人に手を差し伸べたいと思っただけだった。僕のしたことはただの自己満足なのだったかもしれない。僕は、一体、どうすればよかったのだろうか……。それは、今でも答えを出すことができていない」

終わり

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