■概要
人数:2人
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、ファンタジー、シリアス
■キャスト
エマ
アイラ
■台本
ガチャリとドアが開き、エマが入ってくる。
エマ「おはようございます、ご主人様」
アイラ「もう、エマ。私のことはアイラって呼んでよ」
エマ「申し訳ありません、アイラ様」
アイラ「様はいらない……って、それはもういいわ。それより、お腹減っちゃった。朝食はサンドイッチがいいわ」
エマ「トマトたっぷりのですね」
アイラ「あら、わかってるわね」
エマ「もう用意してあります」
アイラ「うそっ! どうして私の食べたいものがわかったの?」
エマ「今までのアイラ様の朝食のデータから検証を行いました。この3日間の食事の内容と今朝の気温と湿度から、アイラ様が要望するのは83パーセントの確率でサンドイッチという結果になりました」
アイラ「うーん。そこはさ、好物だからとか、勘だとか言ってよ」
エマ「承知しました。記録しておきます」
アイラ「そこは、覚えました、よ」
エマ「……上書き完了。覚えました」
アイラ「うん。よくできました。さ、朝ご飯食べよっか」
場面転換。
紅茶を啜るアイラ。
アイラ「ふう。相変わらず、エマの淹れる紅茶は美味しいわね」
エマ「ありがとうございます」
アイラ「ねえ、エマ。そろそろ、敬語止めない?」
エマ「現在、言語をアップデートしてますが、もう少し時間がかかります」
アイラ「そっか。でも、無理することないからね」
エマ「はい。承知しました。……それで、アイラ様。午後からはまた、感情の入力をお願いできますでしょうか」
アイラ「うん。わかった」
場面転換。
エマ「アイラ様。この、嬉しいという感情の続きを教えてください」
アイラ「えっと……。エマの好きなお花はなに?」
エマ「バラです」
アイラ「バラのどんなところが好きなの?」
エマ「……データにありません。単にバラが好きという設定がされているだけです」
アイラ「そっか。じゃあ、今日はバラの好きなところを探そうか」
エマ「しかし、アイラ様。私は嬉しいという感情を教えて欲しいのであって、好きという感情ではありません」
アイラ「嬉しいを知るには、まずは好きを知らないと」
エマ「そうなのですね」
アイラ「うん。そうなの。それでね、バラって言えば赤色がイメージできると思うけど、エマは赤色、好き?」
エマ「……わかりません」
アイラ「じゃあ、ちょっと出かけようか」
場面転換。
山道を歩くアイラとエマ。
エマ「アイラ様。この辺りは野犬が出るので、危険です。早く帰りましょう」
アイラ「もうちょっと……。あ、ついた!」
アイラが立ち止まる。
アイラ「エマ、見て。素敵な夕日でしょ」
エマ「……鮮やかに見えます。不思議です。綺麗と感じました」
アイラ「うんうん。それそれ。でね、夕日は赤いでしょ。エマはこの夕日の赤が綺麗と感じた。その赤色に似ているバラが好き、という感じはどうかしら?」
エマ「……はい。理解できました」
アイラ「おっけー。この感じ、覚えててね」
エマ「わかりました。あと、もう一つ、赤色が好きな理由を見つけました」
アイラ「へえー。なになに?」
エマ「アイラ様の髪の色です。アイラ様の髪の色と似ているから、バラが好き、というのも好きのうちに入るのでしょうか?」
アイラ「えへへ。ありがとう」
エマ「? なぜ、お礼を言うのでしょうか?」
アイラ「嬉しかったから。私の髪の色が好きって言ってくれて」
エマ「嬉しかった……ですか?」
アイラ「あらら。私の方が先に、嬉しいを貰っちゃったわね」
場面転換。
料理を作っているエマ。
そこにアイラがやってくる。
アイラ「エマ」
エマ「はい、なんでしょう?」
アイラ「これ、エマへのプレゼント」
エマ「バラ……ですか。でも、どうして私にプレゼントをくれるのでしょうか?」
アイラ「今日は記念日なのよ」
エマ「記念日? なんのですか?」
アイラ「エマと私が出会った、特別な日」
エマ「……ありがとうございます」
アイラ「あれ? 気に入らなかった?」
エマ「いえ、違います。なんだか、すごく胸のあたりが温かい感じがします。アイラ様と一緒に夕日を見たときの数倍の感覚です」
アイラ「うふふ。それが嬉しいって感情だよ」
エマ「嬉しい……。とっても素敵な感情ですね」
アイラ「えへへ。そうでしょ?」
エマ「ふふ。そうですね」
アイラ「あ、笑った」
エマ「え?」
アイラ「今、エマ、笑ったよ」
エマ「本当ですか? それも嬉しいです」
場面転換。
アイラ「うーん。怒りの感情かぁ。これはア後回しにしない?」
エマ「どうしてですか?」
アイラ「あんまり、いい感情じゃないからさ。怒りは凄く嫌な感情なの。相手を傷つけたいって思うような感情……。そんなのをエマには知って欲しくないかな」
エマ「私は早く感情を全部知りたいです」
アイラ「あのさ、前から思ってたんだけど、どうして、そんなに急いでるの?」
エマ「早く、アイラ様とお友達になりたいのです」
アイラ「え?」
エマ「お友達になるには、様々な感情が必要と書物で読みました」
アイラ「ねえ、エマ。私たちはとっくに友達だよ」
エマ「そうなんですか?」
アイラ「そうなの」
エマ「でも、私はアイラ様と一緒に、笑って、怒って、泣きたいんです」
アイラ「そっか。そうだよね。また、一緒に笑おうね」
エマ「はい。でも、怒りや悲しみも早く知りたいです」
場面転換。
山道を歩くアイラとエマ。
アイラ「うーん。いい天気ね」
エマ「はい。空気も澄んでいます」
アイラ「ピクニックもいいでしょ? 前に夕日を見たところだけど、あそこ、お昼もきれいな景色がみえるの。それを見ながらご飯食べるのもいいものよ」
エマ「楽しみです。それで、アイラ様。ピクニックではどんな感情を教えてくれるんですか?」
アイラ「今日は感情のお勉強はなし。一緒に笑えるようになるにはね、感情だけじゃなくて思い出も必要なのよ」
エマ「思い出……ですか?」
アイラ「うん、二人の思い出は……え?」
グルルル、と野犬の唸り声。
エマ「野犬です、下がってください。私が対処します」
アイラ「で、でも……」
ガアアアア!と襲い掛かる野犬。
エマ「くっ……」
野犬がエマに噛みつく。
アイラ「ちょっと、エマから離れなさい!」
アイラが野犬を叩く。
グルルとうなりをあげて、今度はアイラに襲い掛かる。
アイラ「え? ……きゃあ!」
アイラに噛みつく野犬。
アイラ「嫌っ! 痛いっ!」
エマ「アイラ様! この……」
野犬を思い切り蹴るエマ。
野犬が悲鳴のような声を上げて逃げていく。
エマ「アイラ様、大丈夫ですか?」
アイラ「ありがとう……。でも、ちょっとヤバいかも」
倒れるアイラ。
エマ「アイラ様!」
場面転換。
タオルを絞ってアイラの額にのせるエマ。
アイラ「うう……。はあ、はあ、はあ……」
エマ「しっかりしてください! アイラ様」
アイラ「……ごめんね、心配かけたね……」
エマ「アイラ様。私、怒りという感情がどういうものか、わかりました。アイラ様を傷つけた、あの野犬は許せないと思いました。アイラ様を傷つけた野犬を傷つけたいと思ったんです」
アイラ「はは。うん。それが怒りだね……。変なところで覚えちゃったね」
エマ「……アイラ様が言っていた通り、あまりいい感情ではありませんでした」
アイラ「そうでしょ? ……だから、エマには悲しみも……知って欲しくないな」
エマ「……」
アイラ「……ねえ、エマ。私のこと……ずっと覚えていてね」
エマ「……?」
アイラ「……エマにはずっと……笑顔で……いてほしい……の。私のこと……笑顔で……思い……だして……ね……」
エマ「……アイラ様? アイラ様! アイラ様!」
エマ(N)「私はこの瞬間、悲しみという感情を知ることができた。アンドロイドの私は、早く人間になって、アイラ様の本当の友達になりたかったから。心の欠片をそろえて、アイラ様と同じ、人間になりたかった。……でも、もうアイラ様はいない。こんな思いをするのなら、私はアンドロイドのままでよかったのに……」
終わり。