■概要
人数:1人
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代ファンタジー、シリアス
■キャスト
亜梨珠(ありす)
■台本
亜梨珠「いらっしゃいませ。亜梨珠の不思議な館へようこそ。……って、あら、また来てくれたのね」
亜梨珠「今日もお話を聞きに来たってことかしら?」
亜梨珠「でも、そうそう面白い話なんてないわよ。……え? どんな話でもいいって? そうねぇ……」
亜梨珠「それじゃ……本当に普通のお客さんのお話をしてあげるわ」
亜梨珠「あなたは言霊って信じてるかしら? ……ええ、そう。言葉に宿る不思議な力のことよ」
亜梨珠「ふふふ。いきなり言われても、って顔してるわね。今回は言霊……言葉に宿る力のお話よ」
亜梨珠「言霊。言葉に宿る霊力って意味ね。これは言葉そのものに宿ると言うより、声に出して言うことが大事って話よ。つまり思うだけでも書くだけでもダメ。ちゃんと口に出して言うことで言葉に霊力が宿るの」
亜梨珠「その女の子はね、昔から引っ込み思案であまり友達もいなかったから、いつも一人で遊んでいたらしいわ。一人で遊んでいたから言葉を発することも少なかった。つまり、言霊の効果とは縁遠かったってわけ」
亜梨珠「そのせいでって言うわけじゃないけど、その女の子は何をやってもうまくいかなかったみたいよ」
亜梨珠「でも、まあ、私に言わせればそんなのは言い訳に過ぎないと思うけどね。だって、世の中には無口でも凄い人なんていくらでもいるでしょ?」
亜梨珠「私が思うに、言霊っていうのは、声に出すことでやる気だとか目標の確認をすることで、良い方に向かうものよ。無口でも凄い人は、口に出さなくても強い意志を持ってるってことね」
亜梨珠「……って、ごめんさない。話が逸れたわね。話を戻すわ」
亜梨珠「その女の子は、自分が運が悪くて、何をやっても失敗するというコンプレックスを持ったまま、高校へと進学したの」
亜梨珠「高校生。思春期。夢が膨らむ時期。そんなとき、その女の子はダメな自分を変えたいって思ったみたいね」
亜梨珠「でも、どうやって変えていいかわからない。焦りに似た感覚に囚われながら、心の中では変わりたいという強い思いが募っていったわ」
亜梨珠「そんなある日、行きつけの古本屋で一冊の本を見つけるの」
亜梨珠「タイトルは確か……言霊の力で人生を変える方法、だったかしら」
亜梨珠「その女の子は飛びついたらしいわ。そりゃそうよね。人生を変えたいと思っていた時に、具体的に変える方法が載っている本を見つけたんだもの」
亜梨珠「早速、買って、家で読んだらしいわ。もちろん、色々と書いてあったみたいだけど、まずやることは、本に書かれていることを声に出して読んでみる、ってことだったようね」
亜梨珠「最初は、起きたときと寝るときに、私は変わりたい、と声に出すこと、だったらしいわ。……そうよ。それだけ。単に言葉を口にすることだけ」
亜梨珠「それでね、それを続けて1週間が経ったとき、ふと、寝る前に少しだけ勉強をしてみたいなの。勉強って言っても、宿題をやる程度の当たり前のことよ。……今までは学校で、授業前に適当に答えを埋めてたみたいなの。それを家でやっただけ。ホントに些細なことよ」
亜梨珠「でもね、その何となく勉強することが1週間、2週間、3週間と続いたみたいなの。本には別に、勉強しろなんて書かれてなかった。ただ、一日二回、私は変わりたいって口に出すだけだったの」
亜梨珠「それから1ヵ月以上、経ったある日、抜き打ちでテストがあったみたいなの。そこで、その女の子は90点という、今までとったことのない高得点を取ることができたわ」
亜梨珠「そして、その頃、本では次のステップに進めという指示が書いてあったらしいの。この次は、私は変われる、っていうのを一日二回言うだけ。……そう。変わりたいから変われる、に言葉を変えただけよ」
亜梨珠「テストで高得点を取ったことが嬉しくて、女の子の勉強時間は段々と長くなったみたい」
亜梨珠「でもね、学校で友達がいないっていう状況は何も変わらなかったらしいわ」
亜梨珠「まあ、そりゃそうよね。変わったことといえば、家で勉強するくらいなんだもの」
亜梨珠「その女の子はテストの点数が高くなるだけじゃなく、もっと青春したいって思ったらしいわ」
亜梨珠「そんなとき、本は次のステップに進む指示に入ったの」
亜梨珠「その次は、思ったことを口に出すこと。……そう。いつでも、どんなときでも、思ったことを口にするの」
亜梨珠「……ええ、そうよ。これって意外とハードル高いと思うわよね。だって、思ったことを全部言ったりなんかしたら、下手したら喧嘩になるわ」
亜梨珠「でもね、その本にはこういう補足がされていたの。声は小さくてもいい。相手に聞こえないくらい、本当に小さい子でもいいと書いてあったらしいわ」
亜梨珠「だからね、その女の子は言いたくないことや言いづらいことは、本当に、誰にも聞こえないくらいのつぶやきをするってことでなんとかやり過ごしてみたいなの」
亜梨珠「でも、どんなに小さい声でも、下手をすると誰かに聞かれるかもしれない。そう思うと怖かったらしいわね」
亜梨珠「で、その女の子はどうしたと思う? 人が嫌がるようなことを、『考えない』ようにしたの。本には、思ったことは口に出さないといけないから、そもそも、思わないようにすればいいって話ね」
亜梨珠「それを続けていたらね、いつの間にか女の子の周りには人が増えていったらしいわ」
亜梨珠「そう。今までできなかった友達が、あっさりと、たくさんできていたの」
亜梨珠「今まで、全然自分に自信がなかったのに、少しだけ自信がついて、すごく嬉しかったらしいわ」
亜梨珠「でもね、高校生の女の子が、青春を感じるのに不可欠なものが、まだ不足していた」
亜梨珠「そう、恋よ」
亜梨珠「気持ちはわかるわ。その年の頃って恋に恋するものだもの」
亜梨珠「もう少しだけ。ほんの少しだけ、変わりたい。そう思って、あの本に頼ったの。でね、その本の次のステップは、私はクラスで一番、モテると一日二回言うことだったの」
亜梨珠「今度は結構直接的な言葉よね。で、この本で変われた女の子は、その本を信じて、一日二回、私はクラスで一番モテるということにしたの」
亜梨珠「最初は、すごく恥ずかしかったみたいね。こんな私がおこがましいって。誰も聞いてないのに、罪悪感のようなものがあったらしいわ」
亜梨珠「それで、その女の子はどうしたと思う?」
亜梨珠「……ええ、そうよ。その言葉に見劣りしないように、ちゃんと自分が魅力的になればいいと考えたの。雑誌やネットで、どうすればモテるのか。もちろん、服装だって、気を使ったらしいわ。今まで、服なんて着らればいい、くらいのものだったのにね」
亜梨珠「食生活も見直したらしいわ。無理なダイエットは逆に体を壊すということも、雑誌やネットで勉強して知っていたし、健康が一番美しいという考えだったみたいね」
亜梨珠「……まあ、予想がつくと思うけど、それから間もなく、その女の子は彼氏ができたわ」
亜梨珠「その女の子はまるで別人のように変わることができたってわけね」
亜梨珠「これで、この話は終わりよ。この後、何かが起こることもなく、平和に青春を謳歌したらしいわ」
亜梨珠「え? 今回もオチがない? だーかーら、今回は普通の話って言ったでしょ」
亜梨珠「……ねえ、あなたはこの話を聞いて、言霊ってあると思う?」
亜梨珠「……そうね。実際、その女の子は言霊のおかげで変われたと思っているわ」
亜梨珠「でも、考えてみて。その女の子が変われたのって、単に努力のたまものだと思うの。女の子が頑張ったから、変われた」
亜梨珠「それを言霊のおかげなんかにしたら、その女の子に失礼だと思うわ」
亜梨珠「……ええ、そうね。確かにきっかけにはなったと思うわ。おそらく、その本がなければ、その女の子は変わることはなかったでしょうね」
亜梨珠「……じゃあ、言霊はあるんじゃないか、って?」
亜梨珠「んー。私は、今回のは言霊っていうより催眠って感じがするけどね」
亜梨珠「とにかく、変わることができるのは言霊じゃなくて、意思ってわけね」
亜梨珠「あははは。身も蓋もないって? 今回の話は中身がないから、ちょうどいいわね」
亜梨珠「さてと、無理やりオチを付けたってことで、本当にこれでお話は終わりよ。……よかったら、また来てね。さよなら」
終わり。