■概要
人数:1人
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代ファンタジー、シリアス
■キャスト
亜梨珠(ありす)
■台本
亜梨珠「いらっしゃい。亜梨珠の不思議な館へようこそ」
亜梨珠「ふふ。この言葉を言うのも、何百回目かしらね」
亜梨珠「え? そんなに言ってない? そうかしら? まあ、細かいことはいいじゃない。もう、長い付き合いなんだから」
亜梨珠「ええ? そんなに長くないって? もう、ホント、空気読まないわね。こういう時は頷いておけばいいのよ。まったく……」
亜梨珠「でも、長いって言っても、感覚は人によって違うから難しいのよね」
亜梨珠「例えば、ある人からしたら、1年の付き合いがあれば長いって感じるけど、他の人から見たら10年くらいしないと長いって感じない人もいるからね」
亜梨珠「まあ、そうね。確かに付き合いの密度……どのくらいの頻度で会ってるか、っていうのも大事よね」
亜梨珠「そういう点で言うと、私が、あなたとの付き合いが長いって言うのも、わかる気がしない?」
亜梨珠「……なんで、そこで否定するのかしら。まあ、いいわ」
亜梨珠「あとは、年齢によっても時間の流れの感覚は違うって言うわよね?」
亜梨珠「ほら、学生の頃の1年はすごく長く感じるけど、社会人になってからの1年は短く感じる、って言うのも良く聞くわよね」
亜梨珠「……そうね。忙しかったり、暇だったりで、感じ方も変わってくるわよね」
亜梨珠「あ、そうだ。じゃあ、今日は、時間に関するお話をしようかしら」
亜梨珠「すごーく、昔のお話」
亜梨珠「商売によって大きく発展した国があったの。その国では、たくさんの商人を育ててたわ。それでね、子供の頃から下働きをして、成人になると同時に、国を出て行商人になるっていう制度があったの」
亜梨珠「つまり、行商人になって、実際に自分で商売をすることで一人前にするってことね」
亜梨珠「ある少年が、成人を迎える前に、ある噂が流れてきたの」
亜梨珠「それは、黄金の国が存在するという噂よ」
亜梨珠「その噂が流れて来た時、その少年の同期達が全員、噂の黄金の国を目指して旅立とうという話になったわ」
亜梨珠「もちろん、その少年も黄金の国を目指して旅立とうって考えてたの」
亜梨珠「そして、ついに旅立ちの日」
亜梨珠「同期の人たちは早く黄金の国に到着できるように、馬やラクダ、馬車なんてものも用意する人もいたらしいわ」
亜梨珠「誰が一番早く付けるか、なんて競争する人たちもいたみたいね」
亜梨珠「それで、その少年は何を用意したか……」
亜梨珠「なんと、何も用意しなかったの」
亜梨珠「つまり、徒歩を選んだわけね。周りは乗り物を用意していたのに、その少年だけは徒歩を選んだ」
亜梨珠「周りは、その少年を笑ったわ。歩いてなんて行っていたら、いつ着くかわからない。途中で諦めることになるって」
亜梨珠「それでも、少年は徒歩で出発したの。他の同期の人たちと比べたら、10分の1のスピードだったらしいわよ」
亜梨珠「毎日、毎日、歩きで進んでいたわ。それにね、その少年は人一倍、好奇心が強い上に、かなりのお人よしだったみたい」
亜梨珠「旅の途中で、面白そうな話を聞いたら、進路を変えて、その場所を通っていったり、困っている人がいれば助けたり、とにかく、寄り道ばかりしていたのよ」
亜梨珠「そうして、旅を続けていくうちに、時は過ぎていき、何年も経っていったわ」
亜梨珠「でも、その少年はまったく焦ることなく、ゆっくりと徒歩で、黄金の国を目指していったわ」
亜梨珠「旅立ってから、20年の月日が流れたの。黄金の国を目指すのに、人生の半分以上の時間を費やしていったわ」
亜梨珠「でも、その少年……いえ、もう男って言った方がいいかもしれないわね。その男はまったく、後悔はしていなかったわ」
亜梨珠「なぜなら、その男にとって、黄金の国は単なる目的地だったからよ。道中を楽しむことの方が、男にとって大事だったのよ」
亜梨珠「もしかしたら、その男にとっては、黄金の国に着かなくてもよかったのかもしれないわね」
亜梨珠「だけど、進んでいれば、必ず到着するものよ」
亜梨珠「その男は30年をかけて、ようやく黄金の国に辿り着くことができたわ」
亜梨珠「その国は噂通りの、華やかな国だったみたいね。さっそく、男は道中で仕入れた商品で商売を始めたわ」
亜梨珠「その国の人たちは、その男が持ってきた珍しい商品に群がったの」
亜梨珠「初めて、他国の物を見たって、喜んでいたようよ」
亜梨珠「でもね、そこで、男は思ったの。自分の前に、同期が来たはずだって」
亜梨珠「それはそうよね。他の同期の人たちは乗り物を用意して、その男の10倍以上のスピードで黄金の国を目指していたんだから。とっくに着いているはずよね」
亜梨珠「……でも、誰も辿り着いていなかった。その男が初めて到着したってわけ」
亜梨珠「どうしてだと思う?」
亜梨珠「他の同期の人たちは、途中で諦めちゃったのよ。進んでも、進んでも到着しないことに、嫌気がさして、目指すのを止めちゃったってわけ」
亜梨珠「過酷な道をいつまで進めばいいのかわからない。そんな状態で進め続けられる人は滅多にいないでしょうね。だから、黄金の国なんてものは、単なる噂で、そんな国は存在しないって、自分に言い訳して、進むのを止めてしまったの」
亜梨珠「でも、その男は旅自体を楽しんでいたから、気にならなかった。いつまで進めばいいのか、本当に黄金の国なんか存在するのか、そんな不安なんて関係なかったのよ」
亜梨珠「こんな言葉があるわ」
亜梨珠「好きこそものの上手なれ。それが好きな人には勝てないって話ね。努力を努力だと思わない。それ自体が好きだから」
亜梨珠「そういう人が、天才って言われるのかしらね」
亜梨珠「今回の話の教訓は、進むスピードは関係なくて、進み続けることが大事。そして、その道中を楽しむことが一番って、ところかしら」
亜梨珠「……え? その後、その男はどうしたかって?」
亜梨珠「ふふふ。すぐにまた、新しい国を見つけるために旅立ったらしいわ。だって、その男は、道中が……旅をすることが楽しかったから。ずっと進み続けたらしいわよ」
亜梨珠「もし、あなたも何か目指すところがあれば、辿り着くことよりも、道中を楽しんだらどうかしら?」
亜梨珠「はい、これで、今回のお話は終わりよ」
亜梨珠「よかったら、また来てね。さよなら」
終わり。