■概要
主要人数：4人
時間：10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シリアス
■キャスト
伊織（いおり）
貴文（たかふみ）
監督
政義（まさよし）
■台本
伊織（Ｎ）「才能。世の中には努力ではどうしようもない壁がある。では、才能がない人間はどうすればいいのか？ きっと、そのことに正解はないんだろう」
場面転換。
格闘ゲームの音。
伊織「あ、また負けた」
貴文「伊織はホント、ゲーム弱いな。センスっていうか、才能がないよな」
伊織「……才能、か」
貴文「どうする？ まだやるか？ どうせ、また俺が勝つだろうけど」
伊織「いや、もういいや。そろそろ、部活だし」
貴文「部活、ねえ。そっちの方はどうなんだ？ レギュラー取れそうなのか？」
伊織「……」
貴文「いるんだよなぁ。なにやっても、ダメな奴って」
伊織「……うるさいな」
場面転換。
伊織がボールを投げる。
バンとミットが音を立ててボールを受ける。
監督「軸がブレてるぞ！ フォームをしっかり意識して投げろ！」
伊織「はい！」
伊織がボールを投げて、ミットがバンと音を立てて、ボールを受け取る。
監督「ほら、ドンドン投げ込め！」
伊織「は、はい！」
そのとき、政義がやってくる。
政義「ういーっす」
監督「遅いぞ、政義！ もう練習、始まってるんだぞ！」
政義「さーせん」
監督「……ったく。よし、伊織。政義と代われ」
伊織「え？ で、でも、俺、まだ投げ込み始めたばかりで……」
監督「いいから代われ。お前は走り込みでも行って来い」
伊織「……は、はい」
政義「悪いな、伊織」
伊織「……」
政義がボールを投げると、伊織の時よりも大きな音を立てて、ミットの音が鳴る。
監督「よーし！ いいぞ、いいぞ！ 球が乗ってる！ ドンドン投げ込め！」
政義「はいはい」
政義が投げると、ミットの大きな音が鳴り響く。
伊織「……くそ。何の努力もしないくせに……」
伊織（Ｎ）「俺は才能があるやつが嫌いだった。努力が才能を上回るって、信じていたんだ」
場面転換。
伊織「……え？ ちょっと待ってください！ どういうことですか？」
監督「だから、お前は外野手に転向しろ。一年にいいピッチャーが入ったからな。このままだとお前、控えにも入れないぞ」
伊織「監督、俺、ずっとピッチャー一筋で頑張ってきたんです！ 小学生の頃から、ずっと」
監督「いいか、伊織。何年前からやってたとか、どれだけ努力したとか、そんなことはスポーツじゃ、意味はないんだ。実力が全てだ。わかるか？ 例え、今日、野球を始めたばかりのやつだったとしても、上手ければレギュラーで使う。代えられるやつが、どんなに努力を継続していたとしてもな」
伊織「……才能がなければ、どんなに努力しても無駄ってことですか？」
監督「結果が全てということだ。勝負に過程は必要ない」
伊織「……」
伊織（Ｎ）「普通だったら、そんなことを言われれば、心が折れて野球を辞めるか、監督の言う通りポジションチェンジをするだろう。だけど、俺は逃げたくなかった。才能に抗おうと決意した」
場面転換。
伊織が走り込みをしている。
伊織「はっ！ はっ！ はっ！」
伊織（Ｎ）「俺には才能がない。だから、人の数倍練習するしかないんだ！」
場面転換。
伊織が投げるフォームの練習をしている。
伊織「ふっ！」
シュッと腕を振る音。
伊織「俺には球速がない。だから、コントロールと球種で勝負するしかない」
伊織「ふっ！」
シュッと腕を振る伊織。
伊織（Ｎ）「こうして、俺は考えられる練習を何でもした。練習量で言えば、人の倍やった自信はある。それを半年間、続けた。そして、運命の日を迎える」
場面転換。
監督「それじゃ、オーダーを発表する。ピッチャーは、そのまま政義」
伊織「……」
伊織（Ｎ）「くそ、やっぱり、レギュラーまでは取れなかったか。けど、やってきたことはきっと、どこかで活かせるはずだ」
監督「そして、控えは拓真だ」
伊織「……え？」
監督「次に……」
伊織「ちょっと待ってください！ どうしてですか！？ どうして！ この半年間、俺は限界以上の練習をしてきました。なのにどうして、控えからも外されるんですか！」
監督「……言ったはずだ。経過は関係ない。実力が全てだ」
伊織「……」
伊織（Ｎ）「さすがの俺も、その言葉で心が折れてしまった」
場面転換。
格闘ゲームの音。
貴文「あ、くそ、負けた」
伊織「もう一回、やろうぜ」
貴文「いいけど、お前、部活は？」
伊織「辞めたよ」
貴文「そっか……」
場面転換。
格闘ゲームの音。
貴文「お前！ ふざけんなよ！」
伊織「いや、そう言われても……」
貴文「くそ！ なんでだよ！ 俺、小学生のときから、ずっと格闘ゲーム一筋でやってきたんだぞ！」
伊織「……」
貴文「なんで……なんで、大した努力もしてない、お前に……勝てないんだよ！」
伊織「ご、ごめん……」
貴文「謝るなよ！ 余計、惨めになる！」
伊織「……」
貴文「いい気になるなよ、伊織！ 絶対に、お前を負かせてやるからな。くそ！ くそ！ 才能なんて認めないからな。……練習だ。お前の１０倍、練習して、お前に勝つ！」
伊織「……」
伊織（Ｎ）「才能。世の中には努力ではどうしようもない壁がある。だが、その才能も、自分の望んだ分野で発揮できるとは限らない。全く興味のなかった分野で才能が開花するなんてことは、そう珍しいことじゃないのかもしれない。……それから８年後、俺は格闘ゲームの世界大会で優勝することができたのだった」
終わり。