■概要
人数:3人
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、ファンタジー、シリアス
■キャスト
アレン ※死神
セシル ※老婆
男
■台本
アレン「……あなたは十分、頑張った。もう楽になってもいいのですよ?」
男「……嫌だ。死にたくない……」
アレン「あなたは死が怖いようですが、生きている間、辛くなかったと言えますか?」
男「……なんだと?」
アレン「あなたは息子さんを亡くされています。……そして、その報復とばかりに多くの者を死に追いやった。違いますか?」
男「……そ、それは」
アレン「あなたのエゴによって、死に追いやられた者たちだって、死が怖かったはずです。違いますか?」
男「待て。違う……私は……私は」
アレン「あなたはもう、誰にも愛されていない。いえ、あなたに対して、憎しみを抱く者が少なからずいます。その人たちは、あなたの死を望んでさえいます」
男「う、うう……」
アレン「もし、今、死を免れたとしても、近いうちに同じようなことが起こるでしょう。……また、辛い日々の繰り返しです」
男「あ、ああ……」
アレン「どうですか? まだ、生きたいと思いますか?」
男「う、うう……」
光が差し込むような音。
アレン「死を受け入れたようですね。それでは、狩らせていただきます」
プツっと糸を切るような音。
アレン「……ご冥福をお祈りします」
場面転換。
アレン(N)「死神。それは死を間近に控えた者の元に現れる使者。一般的には、死神は無慈悲に、強制的に魂を刈り取ると思われがちだが、それは違う。あいての生への執着を無くさせ、死を受け入れさせる。そうすると、体と魂の間に隙間が生じる。その隙間から鎌を通して、体と魂を切り離す。こうして初めて、魂を得ることができる。この、体と魂の間に隙間を生じさせるのはかなり難しい。だからこそ、体と魂が弱った者の所へ行くほうが魂を得やすい。死期が近づくと死神が現れるという伝承が生まれたのはそのような事情があるかららしい。……そして、体と魂の間に隙間が生じるのは、なにも人間だけではなく、我々、死神も一緒なのだ……」
場面転換。
セシル「はあ……はあ……」
アレン「やあ、セシル。随分と苦しそうだね」
セシル「……死神?」
アレン「ああ。そうだよ。……あまり驚かないんだね。普通の人なら、死期が迫っていても、随分と驚くものなのに」
セシル「……以前、会ったことがあるから」
アレン「へえ。そのときは、死神を追い返せたんだね」
セシル「いえ。連れて行かれたわ。娘と……夫を」
アレン「そうか、それは不運だったね。でも、今回はあなた自身が連れて行かれる番だよ」
セシル「……私にはまだやり残したことがあるの。まだ連れて行かれるわけにはいかないわ」
アレン「困ったな。でも、私は諦める気はないよ」
セシル「ねえ、一つ、聞きたいことがあるのだけれど」
アレン「なんだい?」
セシル「どうして死神は魂を狩るの?」
アレン「え? ……どうして? どうして……か。こうやって問われると難しいね。人間がどうして生きているかを問われるくらい難しい問題じゃないかな」
セシル「じゃあ、望んでやってるわけじゃないのね?」
アレン「ああ。仕事……いや、本能と言った方がいいのかな」
セシル「死神をやめたいと思ったことはなにの?」
アレン「それは、なんの悩みもない人間に、死にたくないのかと問いかけるようなものだよ」
セシル「……私の魂……ほしい?」
アレン「いらないという死神がいたら、見てみたいものだよ」
セシル「いいわ。あげる。でも……一つ、お願いがあるの」
アレン「なんだい?」
セシル「あなたのことを教えて。あなたが死神になった経緯を」
アレン「私が死神になった経緯?」
セシル「ええ。あなたが、前任の死神の魂を狩って、死神になった経緯を教えてほしいの」
アレン「随分と死神について詳しいんだね」
セシル「娘と夫を連れて行かれた時に……色々と聞いたの」
アレン「……そうなんだ? うーん。人間だった頃の話か。もう数十年前のことになるし、その辺りの記憶は曖昧になるものなんだ」
セシル「それでも聞きたいの。お願い。それを聞けば、きっと、私の体と魂の間に隙間ができるはずよ」
アレン「……わかったよ。私が……死神になった経緯……」
セシル「……」
アレン「確か、誰かを助けるため……だった気がする」
セシル「……誰を」
アレン「……誰だっただろう。とても……大切な人……だった。その人の魂を取り戻すために……」
セシル「しっかり思い出して。記憶をたどるの」
アレン「……子供だ。彼女は生まれたときから、病弱だった……」
セシル「成人までは育たないって言われていた?」
アレン「ああ。そうだ……。そうだった。でも、私は……それを受け入れなれなかった」
セシル「どうしても、生きていて欲しかった?」
アレン「そうだ。私は彼女の為に、人生を捧げた。彼女が生きられるなら、自分の命だって、捧げることができた」
セシル「……でも、そんなとき……」
アレン「ああ。あいつが……死神が現れた」
セシル「……」
アレン「あいつは……娘を……娘の生きる希望を奪った。両親が、どれだけ苦労しているのかを知っているのか、と。お前がいなくなれば、両親は幸せになれるとささやいたんだ」
セシル「……あの子は、優しかったから」
アレン「ああ。あの子は、あっさりと死を受け入れた。そこを、あの死神は……体と魂を切り離した」
セシル「それで、その魂を取り返すために、死神の魂を狩ったのね」
アレン「そうだ。私は必死だった。魂を取り戻せば、あの子は助かると思ったんだ」
セシル「でも……」
アレン「ああ。……魂を取り戻しても、娘は生き返ることはなかった……」
セシル「そして……あなたは……」
アレン「死神になった」
セシル「……」
アレン「どうだい? 君の要望通り、話したよ。それじゃ、君の魂を貰えるかい?」
セシル「……ありがとう。そして……ごめんなさい」
アレン「え?」
セシル「あなたは、もう、縛られる必要はないわ」
アレン「なにを……言っているんだ?」
セシル「あなたは、生前のことを思い出したことで……生への執着が薄くなった」
アレン「……」
セシル「そのせいで、魂と体の間に隙間ができたわ」
アレン「……え?」
プツっと糸を切るような音。
アレン「あ……」
セシル「あなたが死神になったのは、あのとき、あなたを止められなかった、私のせい」
アレン「……」
セシル「ありがとう。私の所へ来てくれて。今度は、私が死神を受け継ぐわ」
アレン「あ、ああ……」
セシル「さよなら、あなた」
終わり。