■概要
人数:2人
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、シナリオ
■キャスト
貴文(たかふみ)
玲子(れいこ)
■台本
ゴウンゴウンと観覧車が回る音。
貴文(N)「今日も延々と回る観覧車。毎日、毎回、同じところを同じスピードで回っていく。何の変りもなく、同じことの繰り返し。それはまるで、俺の人生そのもののようだ」
ガチャンと観覧車のドアが開き、人が降りて来る。
貴文「ありがとうございましたー。次の方、どうぞ」
次の客が観覧車に乗り込んでいく。
貴文(N)「時計のように回り続ける観覧車。俺の人生も、同じように消費されていく。観覧車の案内員。この俺の仕事に、なんの意味があるのだろうか」
ガチャンと観覧車のドアが開き、人が降りて来る。
貴文「ありがとうございましたー。次の方、どうぞ」
玲子「……すみません。今回は、私はパスします」
貴文「あ、そうでしたね。じゃあ、その後ろの方、どうぞ」
玲子の後ろの客が観覧車に乗り込む。
貴文(N)「いつからだろうか。毎日、観覧車に乗りに来る客がいる。その客は、なぜかわからないが、必ず零号機にしか乗らないのだ」
ガチャンと観覧車のドアが開き、人が降りて来る。
貴文「あ、零号機だ。どうぞ」
玲子「ありがとうございます」
玲子が観覧車に乗る。
貴文(N)「……今日も何事もなく、観覧車が回っていく」
場面転換。
観覧車内の掃除をしている貴文。
貴文「ふう。こんなもんかな」
貴文(N)「俺の仕事は単に観覧車に客を案内するだけではない。観覧車内を掃除するのも俺の仕事。……ただ、この仕事もルーチンワーク。何が変わるわけでもない」
そのとき、カサっと紙が落ちる音。
貴文「……手紙?」
貴文が手紙を開ける。
貴文(N)「手紙には、たった一言だけ書かれていた。『いつもありがとう』。その一言だけ。忘れ物か悪戯か。俺は特に気にせず、手紙をポケットの中に入れた」
場面転換。
ガチャンと観覧車のドアが開き、人が降りて来る。
貴文「あ、零号機ですよ。どうぞ」
玲子「ありがとうございます」
玲子が観覧車に乗り込む。
場面転換。
掃除をしている貴文。
貴文「あ……また手紙だ」
貴文(N)「そこにはまた、『いつもありがとうございます』と書かれた手紙があった。その観覧車は零号機。……俺は何気なく、『いつもご利用ありがとうございます』と書いて、手紙があった場所に隠した」
場面転換。
ガチャンと観覧車のドアが開き、玲子が降りて来る。
玲子「……」
貴文(N)「いつも零号機に乗り込むお客。降りるときに、心なしか嬉しそうにしていた」
場面転換。
観覧車内の掃除をしている貴文。
貴文「やっぱり、あの子だったんだ」
貴文(N)「今日もまた、同じ場所に手紙があった。今回は一言だけじゃなく、『いい天気でしたね。すごくいい景色でした』と書かれていた。俺もまた、他愛のないことを書いた手紙を隠す。そんな奇妙な文通が続いた。……そのとき俺は、なんの変わりのない日常に、変化があったことが嬉しかった。……ただ、それだけだった」
場面転換。
ガチャンと観覧車のドアが開き、人が降りて来る。
貴文「ありがとうございました。次の方どうぞー」
客が乗り込んでいく。
貴文「……今日は遅いな」
貴文(N)「結局、その日、彼女は観覧車に乗りに来なかった。少しだけ寂しい気持ちになったが、次の日、彼女は何気ない顔をして、観覧車に乗りに来た」
ガチャンと観覧車のドアが開き、人が降りて来る。
貴文「零号機ですよ。どうぞ」
玲子「ありがとうございます」
観覧車に乗り込む玲子。
場面転換。
貴文(N)「その日、彼女からの手紙はいつもより長かった」
※以降、玲子のセリフは手紙の内容。
玲子「昨日は観覧車に乗りに来れなくて、ごめんなさい。体調を崩しちゃって、先生から外出の許可が貰えなかったんです」
貴文(N)「彼女は小さい頃から体が弱く、入退院を繰り返していたらしい。そして、最近はずっと入院生活が続いているようだ」
玲子「いつも、病室から観覧車を見てたんです。観覧車が一周すると、観覧車は一周するとちょうど30分。観覧車が一周するたび、30分、生きられたって実感できるんです。……いつも観覧車を動かしてくれて、ありがとうございます」
貴文(N)「別に俺が動かしているわけじゃない。……でも。それでも、俺の仕事が何か意味がある気がして嬉しかった」
玲子「あ、そうだ。零号機に乗るのは、私の名前が玲子だから。玲と零を掛けたってだけなんです。ごめんなさい、くだらない理由で」
貴文(N)「なんとも、彼女らしい理由だと俺は思って、俺は少し笑ってしまった」
場面転換。
ガチャンと観覧車のドアが開き、人が降りて来る。
貴文「ありがとうございました。次の方どうぞ」
貴文(N)「あの日から、彼女が来なくなった」
場面転換。
台風の音。
貴文(N)「台風の直撃。当然、観覧車は休業になった」
強い風の音。
貴文「……」
雨の音も激しい。
貴文「……くそ、俺は馬鹿か!」
貴文が走り出す。
場面転換。
強風が吹き荒れる中、観覧車が動く。
貴文「……こりゃ、始末書じゃ済まないよな」
貴文が観覧車に乗り込む。
貴文(N)「観覧車が止まれば、彼女の人生も止まってしまうのではないかと思った。こんなのはただの妄想で自己満足だ。彼女が病室で観覧車を見てないかもしれないし、そもそも、もう、見られる状態じゃないかもしれない」
貴文「……それでも俺は」
貴文(N)「俺はその日、延々と観覧車を回し、零号機の中で、彼女に頑張れと祈り続けた」
場面転換。
ガチャンと観覧車のドアが開き、人が降りて来る。
貴文「ありがとうございました。次の人、どうぞ」
玲子「今回は、私はパスします」
貴文「あ……」
玲子「ありがとうございました」
貴文(N)「そこには少し痩せた彼女が立っていた。そして、彼女は笑顔でぺこりと頭を下げたのだった」
場面転換。
ゴウンゴウンと観覧車が回る音。
ガチャンと観覧車のドアが開き、人が降りて来る。
貴文「ありがとうございました! 次の方、どうぞ!」
貴文(N)「今日も延々と回る観覧車。何の変りもなく、いつも通りに回る。……今、俺はこの仕事に誇りを持っている」
終わり。