■概要
人数：1人
時間：5分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代ファンタジー、シリアス
■キャスト
亜梨珠（ありす）
■台本
亜梨珠「いらっしゃいませ。アリスの不思議な館へようこそ」
亜梨珠「……え？ 私に相談？」
亜梨珠「あなたが私に相談なんて、珍しいわね」
亜梨珠「いいわ。私で役に立てるなら、相談にのるわよ」
亜梨珠「……ふーん。なるほどね」
亜梨珠「え？ 私はどう思うかって？」
亜梨珠「そうね。先人の知恵というのは何事にも代えがたい貴重なものだとは思うわ。けれど、若い人からしたら、それが煩わしいと思うのも理解できるわね」
亜梨珠「若い人というのは自分を試したいものよ。いくら上司や年上からの助言だろうと、言うことを聞くというのは抵抗があるのかもしれないわ」
亜梨珠「あなたは、部下の人のことを思って言ったのかもしれないけれど、相手にしたら、必ずしもありがたいと思うわけではないってことを意識した方がいいかもしれないわね」
亜梨珠「ふふっ。部下には失敗してほしくないっていう、あなたらしい気持ちもわかるけれど、痛い目をみて、初めて気づくということもあるのよ」
亜梨珠「だから、部下の失敗も、成長のきっかけとして見守ってあげるのもいいかもしれないわね」
亜梨珠「それで、失敗したらフォローしてあげるのはどうかしら？」
亜梨珠「……え？ 部長の言うことは素直に聞く？」
亜梨珠「ふふふ。それも若い人によくあることね」
亜梨珠「つまり、格段に上の人の言うことは聞いてしまうの。たとえ、それが間違っていたとしても」
亜梨珠「この人が言うのなら、絶対に間違いはないっていう感覚なのかしらね」
亜梨珠「……あら？ どうかしたのかしら？」
亜梨珠「ああ、違うわ。別にあなたがどうこうという話ではないのよ」
亜梨珠「部長という肩書と、年齢もあると思うわ」
亜梨珠「……あまり納得できていないみたいね」
亜梨珠「そうね。じゃあ、今回は剣士になったある男についてのお話をしようかしら」
亜梨珠「その男の家は裕福ではなかったから、剣の道場に通うこともできなかったの」
亜梨珠「それに、その男の両親は農民で剣とは無縁の環境だったわ」
亜梨珠「だから、男は全て独学で身に着けるしかなかったのよ」
亜梨珠「そんな男を見て、周りは基本が出来ていない、あんなのは剣術ではないと揶揄され続けていたわ」
亜梨珠「周りから笑われ続けた幼少期を得て、男は成人になると同時に家を飛び出し、剣士になったわ」
亜梨珠「もちろん、そんな男を雇う人はいなかったの」
亜梨珠「だから、男は決闘を繰り返すことで名前を上げるしかなかったわ」
亜梨珠「何度も死線を潜り抜け、生き残った男の名前は徐々に世間に知られるようになったの」
亜梨珠「型を持たない、我流の剣士。それは剣術ではなく、獣のごとき粗暴な剣という噂も一緒に」
亜梨珠「そんな男がなぜ、生き残り、勝ち続けることができたのか……。それは型がないからこそ、相手は男の剣筋が読めなかったのではないのかしら」
亜梨珠「この世界の格闘技でも同じようなことがあるわ」
亜梨珠「格闘技経験がない無名の選手が、格上の有名な選手に劇的に勝利することは珍しくないわね」
亜梨珠「そうして、周りからは揶揄され続けた男は、それでも勝ち続けたの」
亜梨珠「そして、男が６０歳になった頃。男は世間から、達人と呼ばれるようになったわ」
亜梨珠「型を持たない、自由な剣士。その剣筋は雲のごとく奔放で捉えどころのない、無限の剣という噂と一緒に」
亜梨珠「……どうかしら？」
亜梨珠「確かに、男の剣の技量は戦ううちに磨かれていったと思うわ。けれど、根本的なものは変わっていないはずよ」
亜梨珠「けれど、世間の見る目は１８０度変わっていった……」
亜梨珠「それは年齢……つまり経験という長い年月をその道につぎ込んだという、周りからの評価によるものよ」
亜梨珠「たとえ、男が最初から達人と呼ばれるほどの腕前を持っていたとしても、周りからの評価は変わらなかっただろうし、逆に最初から技量が上達していなかったとしても、達人と呼ばれていたでしょうね」
亜梨珠「ふふっ。世間の評価なんてそんなものよ」
亜梨珠「だから、あなたも１０年後には新人から支持されるようになるわ。だから、今は経験を積むつもりで、見守るというのもいいかもしれないわよ」
亜梨珠「焦らなくても大丈夫。あなたなら、きっと尊敬される上司になれるわ」
亜梨珠「ふふっ。今日はこれで、お話は終わりよ」
亜梨珠「また来てね。さよなら」
終わり。