■概要
人数:5人以上
時間:10分
■ジャンル
ボイスドラマ、現代、コメディ
■キャスト
優吾(ゆうご) 19歳 大学生
店主 48歳
岬(みさき) 45歳 優吾の母親
男 年齢23~25
女 年齢23~25
客1~3 年齢性別自由
■台本
優吾(N)「初恋。誰もが必ず経験するものであり、そして、一度しか経験できないという特別なものだ。俺にとっての初恋。それは……記憶の彼方に、朧げにしか残っていない。すべてを包み込んでくれるような優しい笑顔。顔はぼんやりとしか覚えていない。それが、俺の心には強く残っていて、今でもこの胸を焼き続けているのだ」
場面転換。
真夏の海の家。
浜辺はたくさんの人で賑わっている。
そんな中、忙しく働く優吾。
優吾「はい、お待ちどうさま。やきそばとやきとり3本ね」
店主「おい、優吾! こっち、ビールあがったぞ」
優吾「はーい!」
客「すいません。らーめんとコーラ、まだ?」
優吾「ただいまー!」
場面転換。
海の家。客がいなくなっている。
どかりと座り込む。
優吾「はあ……。疲れたぁ」
店主「お疲れ様。ほら、ジュース」
優吾「ありがとうございます」
店主「いやあ、毎年毎年、助かるよ。優吾が手伝ってくれてさ」
優吾「いいんですよ。ついでなんで」
店主「ついでねぇ。一体、優吾は浜辺をウロウロしながら、なにをしてるんだ?」
優吾「ははは。ちょっと探し物を……」
店主「なんなら、手伝ってやるぞ?」
優吾「いや、いいんですいいんです。それより、おじさん。パソコン教室の成果出てるみたいですね」
店主「おおよ! このポップとか力作だろ? 俺が作ったんだぜ」
優吾「……いや、ホント凄いですよ。プロ顔負けです」
店主「がははは。そうだろうそうだろう? 今じゃ、最近だと教師の方が俺に聞いてくるくらいだからな」
優吾「……それって、もう、通わなくていいんじゃ……。と、すいません。そろそろ行きます」
店主「お! わかった。また、夕方頼むな」
優吾「わかりました」
優吾が立ち上がって、走り出す。
場面転換。
海辺を歩く優吾。
周りは観光客であふれ返っている。
優吾「……はあ。見つかるわけないよなぁ。そもそも、いるかどうかもわからないのに」
優吾(N)「毎年、夏になると俺はこの浜辺を、まるでゾンビのようにウロウロして回っている。目的は人探し。そう、初恋の、あの人を探しているのだ。俺の記憶の中では、あの人は水着を着ていた。そして、波の音と砂浜。海と言えば、ここにしか来たことがない。だから、ここで出会ったはずなんだ」
ザクザクと砂浜を歩く優吾。
男「ほら、もっと寄れって」
女「ちゃんと綺麗に撮ってよ。いつもブレブレなんだから」
男「んなこと言ったって、自撮りは難しいんだよ」
優吾「よかったら、撮りましょうか?」
男「お! マジか。頼む」
優吾「じゃあ、撮りますよ」
カシャッというシャッター音。
男「サンキュー」
優吾「いえいえ……」
再び歩き始める優吾。
優吾(N)「もう、三年も探し続けているが、まったく見つからない。……正直、見つけたからどうだという話でもないのだ。とはいえ、玉砕が確定しているとしても、想いだけは伝えたい。というより、初恋の人の顔をしっかり覚えておきたいのだ」
場面転換。
海の家で働く優吾。
客2「こっち、かき氷とオレンジジュース!」
客3「俺は焼きそばね!」
優吾「はーい、毎度! あ、いらっしゃいませー!」
場面転換。
海の家。お客がいなくなっていて、店主が閉店の準備をしている。
優吾「はあ……今日も疲れた」
店主「お疲れさん」
優吾が立ち上がって。
優吾「あ、閉店作業、手伝いますよ」
店主「いいっていいって。座ってて」
優吾「いや、おじさんが働いてるのに、俺だけ座ってられませんよ」
店主「すまないね。じゃあさ、そこの壁のポスターを剥がして、こっちに張り替えてくれる?」優吾「わかりました」
優吾がポスターを持って、壁に向かう。
そして、ポスターを剥がし、新しいポスターを広げる。
優吾「……え?」
優吾(N)「一瞬、時間が止まったような感覚がした。あれだけ……3年間もずーっと浜辺をウロウロしてきたのに、見つけれらなかった人が、突然、目の前に現れたのだから、当然のことだろう」
優吾「あ……ああ……あの……」
店主「あはははは。すごい美人さんだろう?」
優吾(N)「水着姿で恥ずかしそうに座っている、20歳前後の女性。まさしく、俺の初恋の人だった。やっと見つけたと思った反面、暗い絶望にも似た感情が俺を包んだ」
優吾「芸能人……だったのか」
店主「すごくよく撮れてるだろ? それ、おじさんが撮ったんだぞ」
優吾「っ!? お、おじさんが撮ったんですか?」
店主「最初は渋られたんだけどね。頼み込んでやっと撮らせてもらったんだ。それを加工してポスターにしたってわけ。ふふ。その写真はおじさんの宝物だよ」
優吾(N)「ということは、実際にここに来たという証明になる。しかも、芸能人だったなんてオチじゃない。俄然、俺のやる気が高まっていくのだった」
場面転換。
強い日差しが差し込む浜辺。
多くの観光客でにぎわっている。
浜辺を歩く優吾。
優吾「くそ、いない。……どこだ? どこにいるんだよ。……って、やば! そろそろ夕方の忙しい時間だ」
優吾が浜辺を走って行く。
場面転換。
海の家。お客はいなくなっている。
優吾「はあ……。疲れた」
店主「お疲れさん」
そのとき、女性が店に入ってくる。
岬「こんばんは」
優吾「げっ! 母さん! なんで来たの?」
岬「いいじゃない。あんたがちゃんと働いてるか見に来たのよ」
優吾「子供じゃないんだから、そんなことすんなよ」
店主が奥から走ってくる。
店主「いやあ、岬ちゃん、ご無沙汰だねぇ」
岬「どうも。優吾がお世話になってます」
店主「いやあ、岬ちゃんはいつ見ても別嬪さんだね!」
岬「もう、おだてないでください」
優吾(N)「母さんが顔を赤くして、もじもじしている。息子としては、正直、気分がいいものじゃない。てか、さっさと帰ってほしいんだけど」
岬「……あら? このポスター……」
店主「へへへ。綺麗だろ? 俺がパソコンで加工したんだ。凄いだろう?」
岬「ちょっと、やめてくださいよー。恥ずかしいじゃないですか」
優吾「……え? 恥ずかしい?」
店主「何言ってるんだよ。今時の女優なんかより、よっぽど綺麗だって」
岬「もう、おだてるの上手いんですから」
優吾「ちょ、ちょ、ちょっと待って……。このポスターに写ってるのって……」
岬「うん。お母さんよ」
優吾「ぎゃああああああああ!」
優吾が崩れ落ちる。
岬「え? なに? どうしたの?」
優吾(N)「この瞬間、俺の初恋は、黒歴史へと変貌を遂げたのだった」
終わり。